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物故日本画家一覧

【あ行】

相生垣秋津(1896-1967年04月27日)川端画学校卒、師川合玉堂、俳句に親しみ俳画を描く
相川松瑞(1894-1969)美校卒
相澤積翠(1845-不明)師荒川晴海
合沢仙居(不明-不明)南画
相田黄平(1911-1995年12月15日)元現代水墨画協会理事長・顧問
会田耕源(1851-1913)師青山永耕
会田蘭涯(1867-1953)師小松雲涯・滝和亭
会津勝三(1905-1991年05月04日)京都絵画専卒、帝展等
会津勝巳(1905-1991)京絵卒、師中村大三郎
相場朋厚(1834-1911年06月22日)下野足利藩士、師田崎草雲、号古雲
合屋南山(1830?-1897年02月28日)日出町西教寺第十世寺主
相山公秀(不明-不明)池上秀畝の門と伝えられる
青樹逸岳(1883-不明)師今尾景年、名晨、字吉甫、別号清滋
青木玉雲(1900-不明)師玉置頼石
青木江崖(不明-1916年09月16日)師山本梅逸
青木篁村(1825-1901)師高橋杏村
青木翠山(1842-1896年12月13日)師福田半香、別号蓬斎
青木栖古(1880-不明)師佐々木介堂・服部石仙、名浅次郎、別号交墨庵
青木生冲(1891-1973年06月28日)京都絵画専卒、師竹内栖鳳、日展
青木石農(1889-1968年11月)師笹澤櫟亭、名丈夫、別号荻村、信濃美術会結成に参加・後に会長
青木大乗(1891-1979年04月05日)京都絵画専卒、川崎小虎と大日美術院を結成・解散後は無所属、日本表象美術協会創立時名誉会員
青木天華(1903-1971)師伊藤天外
青木田卿(1912?-2001年01月20日)無所属
青木淑江(1960-2008年04月07日)日本美術院院友
青木梅岳(1867-1947)師杏雨
青木柏堂(1863-1929年02月12日)師貫名天蓼、本名輝吉
青木英夫(1922-1987年11月11日)師加藤栄三、日展会友、炭火書画研究会会員、元日本美術院院友
青木木平(不明-1974年01月16日)日本画府理事
青野桑里(1842-1877)師狩野勝川院雅信
青野琳江(1900-1984)小倉美術協会会長
青谷保男(1935-2002年04月29日)日本美術院院友
青柳喜実子(1905-不明)師矢沢弦月
青柳琴僊(1867-1962年02月22日)師林青山・児玉果亭、全国南画共進会等で受賞
青柳青蛙(1884-1907)師水野年方・鈴木華村
青柳八十二(1925-1989)日本美術院院友
青山永耕(1817-1879)師丸野清耕・狩野永真立信
青山百合子(1918-1997年01月28日)日本画院同人
阿嘉宗教(1826?-1890?)琉球の絵師
赤井伸生(1899-1967年04月23日)師木村武山・安田靫彦、日本美術院院友
赤井稲斎(1839-1878)師鉄翁
赤井龍民(1898-1945年12月01日)師菊池契月、帝展出品
赤池南鳳(1835-1912)都城の四条派、師若松則文
赤座再生(1829?-1902年05月01日)旧岡藩士
赤坂青竜(1926-2003年04月08日)現代水墨画協会理事、近代水墨画院理事、青森水墨画会会長
赤坂石泉(1805?-1887)師岩礼
赤澤白翠(1910-1982)師平福百穂、北海道日本画協会を設立・会長
明石翠光(1899-1972)菅野舞山らと宝樹社で活動
明石元二郎(1864-1919年10月26日)軍人・陸軍大将
縣六石(1823-1881)江戸後期から明治期の画家、宇都宮藩士、名信緝、通称勇記
赤羽雪邦(1865-1928年08月25日)師尾崎雪濤・橋本雅邦、東美卒、別号知足
赤堀禅稲(1891-1964年01月)師森村冝稲、桂林寺住職
赤松雲嶺(1892-1958年10月16日)師姫島竹外、文展無鑑査
赤松寸雲(1817-1879)美作津山の人で諸国を遊歴した
赤松柳史(1901-1974年09月15日)俳画界の第一人者、砂丘俳画会を主宰
赤松燎(1922-1996年05月31日)日展会友、晨鳥社所属
安芸菖渓(1831-1900年03月21日)俳人・画もすぐれた
秋岡友哲(1816?-1878年07月04日)医師、師帆足万里
穐月明(1929-2017年04月15日)無所属
秋田仙橋(1899-1976)新興美術院会員
秋月可山(1867-1932年06月29日)東美蒔絵科卒、洋画も手掛けた
秋月石窓(1842?-1909年09月03日)師帆足万里
秋月種樹(1833-1904年10月17日)徳川家茂や明治天皇の侍読をつとめた
秋月必山(1841-1913年05月10日)佐伯藩の儒者
秋根墨石(不明-不明)南画、師川田墨鳳
秋野松堂(1880-1957)師武藤鶴城・奥原晴湖・奥原晴翠
秋野不矩(1908-2001年10月11日)文化勲章、文化功労者、師石井林響・西山翠嶂、創画会員、京都市立芸術大学名誉教授
秋葉長生(1911-1978年05月12日)師山口蓬春、日展会員、菊華賞
穐本砂人(1943-2017年06月22日)日本芸術協会副理事長
秋吉天呉(不明-不明)南画
芥川梯岳(1889-1925)師寺崎広業
浅井貫希(1918-1998年04月18日)大阪美術協会顧問、全日本水墨画協会理事
朝井観波(1897-1985年11月06日)師荒木十畝、元日本美術院院友、漢学者・朝井国南の子
浅井呉竹(1868-1945年06月03日)師曽我徳丸・尾竹竹坡
浅井秀水(1919-2014年05月09日)師伊東深水、日展会友
浅井小仙(1894-1938)師山本石叟
浅井菁亭(1929-2011年12月25日)全国水墨画会会長
浅井蒼石(1872-1946年01月22日)師越智東予、墨香会会員、浅井弥兵衛の養子
浅井蘇来(不明-不明)四条派
浅井聴石(1884-1957)師山本石叟
浅井楠荘(1895-1978)師神谷石洞・山本香雲、名清、日置流弓道の妙手
浅井正臣(1896-1979)京都絵画専卒、師西山翠嶂
浅井柳塘(1842-1907年11月23日)師谷口靄山・木下逸雲・日高鉄翁、全国南画共進会受賞
朝一圭鳳(1895-1969)師月田淡山・板谷桂舟
朝岡翠洲(1847-1934年04月24日)師横地清渓・伊藤翠雲・岡本柳南、名正備、朝岡宇朝の長男
朝倉玉蘭(1886-1906)朝倉政通の娘、松平雪江の門
朝倉摂(1922-2014年03月27日)文化功労者、師伊東深水、新制作協会日本画部や一采社に参加、絵本・挿絵なども手がけ、舞台美術家としても活躍、朝倉文夫の長女
浅田蘇泉(1911-2001年12月24日)師松田杏亭・中村岳陵、白士会結成に参加
麻田鷹司(1928-1987年07月01日)師父麻田辨自、創画会会員、武蔵野美術大学客員教授
浅田庭史(1909-1981年08月21日)師矢野橋村・中村貞以、日本美術院特待、春泥会員
麻田辨自(1900-1984年10月29日)日本芸術院賞、京都絵専卒、師西村五雲、日展参事、文部大臣賞、旧号辨次、国画創作協会
浅野鶴汀(1891-1965年12月04日)京都絵画専修、師渡辺公観・橋本関雪、運筆画展
浅野錦州(不明-不明)杵築の人
浅野耕園(1910-1982年12月07日)師熊耳耕年
浅野松江(1856-不明)師安田老山・武山霞岳
浅野紫露(1917-2001年06月06日)師川端龍子、新美術協会顧問
浅野静洲(1847-不明)南画
浅野梅堂(1816-1880年02月17日)南画家、赤穂浅野家支族
浅野芳邨(1889-1975年09月02日)師黒住章堂
浅野雄飛(1812?-1880)師月僊
麻畑雅泉(不明-不明)東美卒
朝見香城(1890-1974年08月29日)師森月城・西山翠嶂、名寅次郎、別号泰冝・松籟荘、文展・帝展・日展出品、中京美術院を開設
浅見松瑩(1886-1969)師上村松園・寺崎広業・松岡映丘
浅見松江(1890-1969)師上村松園・寺崎広業・松岡映丘
蘆澤蘭處(1837?-1878)師兒島竹處
芦田恭子(1917-2009年04月29日)師真道黎明・小松均、日本美術院院友
葦名晴畝(1868-1959)師荒木寛畝
葦名蘆洲(1842-1896)師東東莱・大槻磐溪・安田老山
葦原眉山(1838-1887年07月05日)師鉄翁、僧名維新、奥村石蘭らと同好社創立
小豆澤禮(1922-2011年02月18日)京都絵画専卒、師池田遙邨、日展会友、青塔社
東韶光(1922-2014年02月20日)師中村岳陵、日展参与、審査5、菊華賞、特選
東笙蒼(1926-1990年06月20日)師小野寺梅丘、日本清興美術協会会員、扇面画家として活躍
東草江(不明-不明)師別所春濤
東桃園(1881-1966年01月15日)旧制山口中学を国文漢学を教え退職後南画家・俳人として活動
東東龍(1833?-1911)山本琴谷とともに中国人に学んだとされる
麻生玉僊(不明-不明)師渡辺秋谿・野口小蘋、名順子
麻生貞樹(1837-1919年05月01日)日出藩の人、帆足文庫創立に尽力した
麻生珠溪01(1876-1958年02月01日)師富岡鉄斎・川端玉章
麻生珠溪02(不明-不明)師田能村竹田
麻生東谷(1836-1908)師村田東圃
安宅白鶴(1844-1921年08月22日)師浅井柳塘・後藤田南渓・渡辺小華・佐依篁石
足立芸香(不明-不明)女性画家、東美卒、師寺崎広業
安立完二(1914?-2000年05月07日)創作画人協会理事
足立玉興(不明-不明)師池田興雲
足立光嶺(1904-不明)師堂本印象
足立秋英(1825-1895年12月25日)師十市石谷・田辺文琦
足達石泉(1836-1923)師前村洞泉、狩野派、土陽美術会高知支部会員
足立雪山(1845-1921)師福田半香
安達丹霞(1858?-1930年10月13日)師児玉芦香
安達天松(1879-1946年09月28日)曹洞宗龍雲寺の画僧
安達半仙(1870-不明)師児玉芦香
安達半僊(1870-不明)師児玉蘆香・小栗布岳
安達不伝(1911-1981年01月13日)島根新樹社主宰、松江城壁画制作
我妻碧宇(1904-1970年10月28日)師赤羽雪邦・中村岳陵、名栄之助、白士会結成に参加、日展評議員
渥美芙峰(1893-1973年08月27日)師岸浪百艸居、芙峰門展主宰
阿出川真水(1877-1943年03月24日)師柴田是真・久保田桃水・川端玉章・川合玉堂、別号掬碧楼・高遠居
跡部白烏(1900-1973年08月02日)師堅山南風、日本美術院院友、大調和会運営委員
跡見花蹊(1840-1926年01月10日)師円山応立、跡見女学校を創立した女子教育者
跡見玉枝(1859-1943年08月07日)師長谷川玉峰・玉泉、日本美術協会員、跡見花蹊の従妹
穴山勝堂(1890-1971年07月23日)東美卒、師松岡映丘・蔦谷龍岬、文展受賞
阿南大耘(1902-1970)仏画
阿南竹☆(1864-1928年11月05日)師入田被雲・淵野桂僊、☆は「土」+「它」
阿南東林(1896-1986?)名は虎三、別号は稲川、東淋
安仁屋政伊(1834-1902)琉球王府最後の絵師、唐名は東承徳
安孫子荻声(1901-1987年08月14日)京都絵画専卒、師福田平八郎、創作画人協会の創立に参加
阿部王樹(1888-1974)俳画、師坂本繁次郎・森三美
阿部鶴峯(1813-1880)師僧恵教・岸良


安倍清隆(1953?-2019年10月10日)大阪美術協会常任委員
安部止水(1865-1949年12月24日)師木村香雨
阿部春峰(1877-1956)師深田直城・菊池芳文、文展褒状等
阿倍晴洋(不明-1887)松山藩最後の絵師、別号養年
阿部雪庵(1823-1879年04月10日)師滝山霞崖、画僧
阿部曽岳(1876-1915年05月15日)師柿本柿融・森川曽文・谷口香きょう
安部枕山(1851-1911)師門脇笛斎・浅井柳塘・田能村直入
安部信雄(1916-2006年04月08日)帝美卒、元新興美術院会員、元創造美術会員
阿部梅處(1857?-1940年04月02日)師帆足杏雨
阿部風木子(1923-2018年11月23日)国際墨画協会会長、フジ芸術友の会会長、パリ・ド・フランス会長
安部孫一(1918-2005年11月26日)師大山忠作、日展会友
阿部芳明(1934-1999年11月11日)日本美術院院友
阿部能人(1913-1992年10月10日)師契月、前号尚一
阿部蘭坡(不明-不明)師岸駒
阿部蓮舟(1855-1911)師小松雲涯
阿部六陽(1906-1987)師川合玉堂、白合会同人
天草神来(1869-1917年04月27日)師淵上誠方、東美卒・助教授、朝鮮で李王家の壁画等を制作
天田慎子(不明-1999年10月27日)日本美術院研究会員
天沼青蒲(不明-不明)師鏑木清方
天野耕造(1938-2011年11月19日)日本画府理事
天野痩石(1837-1896)師金子雪操
天野嗽石(1837-不明)師近藤桃江・金子雪操
天野大虹(1906-1999年01月27日)京都絵画専卒、師山口華楊、日展会友、晨鳥社幹事
天野方壺(1824-1894年12月26日)師中林竹洞・森田樵眠、名俊、字太吉
天野耕峰(1890-1964)師菊池芳文・川北霞峰
雨宮芳洲(不明-1885)江戸後期から明治期の画家・下館藩士、真岡の三楽及び立山南圭らに学ぶ
雨森敬亭(1793-1881年11月11日)師松村景文・西村楠亭
阿邑梧堂(1857-不明)師藤島華僊、名新晤、別号清蔭・百花園・桜隠閑人
雨森白水(1793-1881年11月11日)師松村景文・西村楠亭
綾岡輝松(1817-1887年05月24日)綾岡有真の父、師柴田是真・中川憲斎
綾岡有真(1846-1910年04月03日)師柴田是真、父綾岡輝松を継いで書画や図案の制作に従事
綾部文盟(1797?-1881年09月21日)師十市石谷・帆足万里・海野祐憲
新井勝重(1821-1893 )幕末から明治期の画家、新井勝房の子、俳号五村
荒井寛方(1878-1945年04月16日)師水野年方、文展無鑑査、日本美術院同人
荒井篁一郎(1899-1934)東美卒、師小貫博堂・結城素明
新井広成(1876-1940年10月25日)師平福穂庵・松本楓湖
新井勝利(1895-1972年06月21日)師梶田半古・安田靫彦、日本美術院同人、多摩美術大学名誉教授
荒井翠圃(1879-1939)師小松雲涯・小室翠雲
新井清堂(1906-1991年08月)師山川永雅、日本美術協会褒状
荒井草雨(1890-1967)師関雪・林響・大観、名聳、京都の画塾で学ぶ
荒井朝吉(不明-1998年10月)創造美術会運営委員
新井洞巌(1866-1948年05月02日)師長井雲坪・菅原白竜・高森砕巌
新井白鳳(1910-1935年05月30日)師中村岳陵、日本美術院院友
新井豊(1913?-2000年05月04日)創作画人協会理事
荒井緑荷(1900-1986)名信次郎、永田春水の門
荒岩松庭(1847-1928年12月05日)本名常吉
荒金丘烏(1832?-1901年09月14日)醸造業、画をよくした
荒金嘯雲(不明-不明)醸造業、師桂仙
荒川華関(1870-1941年08月31日)師国井雲嶂・小林寒林・野澤白華、日本南画院等に出品、鹿島村村長を務める
荒川月江(1863-1923年08月12日)名保真、通称栄七
荒川公圭(不明-不明)師渡辺秋谿
荒川静渕(1887-1957年12月27日)師奥村恭法・寺崎広業、名秀太郎、名秀太郎、別号秀法
荒川晴海(1817-1876)仙台藩画員、師狩野晴川院
荒川青亭(1894-1977年10月27日)師結城素明
荒川梅挙(1894-不明)師白石松挙・鈴木松年、名慶次、別号楓館・天龍館
荒木雲溪(1826?-1905)師戸祭雪湖
荒木雲石(1842?-1926)備中岡田藩士、画をよくした
荒木淵泉(1854?-1900)師川田甕江・三島中洲
荒木寛一(1827-1911)師江崎寛斎、荒木寛友の父、荒木寛快の養子、梅隠斎
荒木寛畝(1831-1915年06月02日)江戸後期から明治期の画家、帝室技芸員、師荒木寛快、東美教授、万国博受賞
荒木寛友(1849-1920年11月23日)師父荒木寛一・山本琴谷、荒木寛一の子
荒木曲肱(1789?-1878)師白神こう々
荒木月畝(1873-1934年11月18日)師田崎草雲・荒木寛畝・荒木十畝
荒木幸子01(1923-不明)日展会友、師堂本印象
荒木十畝(1872-1944年09月11日)日本芸術院会員、日本画院創立委員、師荒木寛畝、帝展審査
荒木千洲(1807-1876年06月15日)唐絵目利頭取をつとめた、師渡辺鶴洲
荒木探令(1857-1931年04月09日)師菊川淵斎・狩野探美、日本画会の結成に参加
荒木墨仙(1856-1897)師野村文挙
荒木柳城(1894-不明)師横山大観
荒瀬乙彦(1925-2002年12月)東美卒、日展会友、23特選
櫟文峰(1891-1970)加藤英舟・橋本関雪に師事
有友藺溪(1852-不明)師如林宗信・塘雲田
在原古玩(1829-1922年08月13日)土佐派、日本美術協会審
有馬素岳(1868-不明)師高瀬梅堂・平山東岳・天野方壺・鈴木百年・後藤碩田
有馬百鞭(1835-1906年05月30日)師父有馬千里・馬外翁、通称麿助、号酔漁
有松晩翠(1854-1927)南画
有賀伊波留(1921-1994年01月18日)日本芸術家協会会員
淡路釆草(1898-1931年12月21日)本名浅之助、別号紫水、大滝雨山・平福百穂に師事
淡島椿岳(1823-1889)幕末から明治期の画家、円山派、師椿年、別号南平堂
粟田栄暉(1911-1993)師西村五雲
粟野千秋(1883-不明)下妻一高の図画教師を務めた
安西啓明(1905-1999年01月11日)師東畝・川端龍子、元青龍社社人
安斉義郎(1933-2014年10月24日)日府展理事
安静木公(不明-不明)南画
安東九華(1825-1904年01月08日)師帆足万里、画をよくした
安藤旭亭(不明-1935)昭和期に田川郡添田町で活動
安藤錦城(不明-1885)田辺の画家
安藤耕斎(1862-1939年02月03日)文人画家・政治家、富岡鉄斎に私淑
安東黄石(不明-1934年04月27日)俳人、画もよくした
安藤重春(1912-2006)日展会友
安藤州一(1872?-1950年12月27日)真宗大学教授をつとめた
安藤松陽(1849-1931年02月05日)官職のかたわら書画をよくした
安藤翠浦(1909?-1988年03月10日)現代俳画協会会長
安藤正楽(1866-1953年07月24日)号任堂、政治家・歴史家
安藤石友(1824-1892年01月15日)醸造業、画をよくした
安藤得醐(1836-1891年10月06日)四方の志士とまじわった
安東南豊(1889-1977)小山正太郎に洋画を学び荒木十畝に日本画を学ぶ、茨城美術展等出品、茨城県内の高校校長をつとめた
安東碧蓮(不明-不明)俳人、画もよくした
安藤義行(不明-1993年03月)師嶋谷自然、日展会友
安藤老山(1843-1911)師高橋杏村
安徳義洋(1941-1993年03月13日)日展出品
安養寺智雄(1829?-1897年05月18日)臼杵安養寺第十二世寺主
飯尾剛史(1915-2009年11月14日)川端画学校卒、師小林古径
小池池旭(1824-1878)大沼枕山の義妹、号紫雪、梅蔭
飯島杏堂(1825-1907)師木村耕巌・梁川星巌
飯島光峨(1829-1900年02月11日)師沖一峨、別号後素堂
飯田雅泉(1907-1993)木村武山・堅山南風に師事、日本美術院院友
飯田九一(1892-不明)東美卒、師川合玉堂、別号鳩一巣
飯田晴圃(不明-1887)江戸後期から明治期の画家、奥原晴湖の門人
飯田素亭(1821-不明)師上部茁斎・横山清暉
飯田柏石(1858-1915)猪瀬東寧に学ぶ、名新右衛門
飯田芳文(1868-1940)津島寿山の門人、図画教師
飯塚香山(1838-1910)渡辺小華の門人、名穆、通称孫次郎、別号椿田
飯塚聖林(1877-1946)松本楓湖に師事、名就、字子錦、初号楓溪、飯塚椿田の子
飯塚栖圃(1915-1999年07月18日)師望月春江、日本画院同人
飯野雲樵(不明-不明)師小松雲涯
飯野隆(1922?-2007年04月09日)埼玉県美術協会会員
飯淵櫟堂(不明-不明)村上天心の師
飯山保敬(1845-1917)師垣内雲りん、字勝之助のち精一、別華郷
家永千絵(1911?-1988年09月25日)月燿会主宰、無礎会会員
猪飼嘯谷(1881-1939年06月16日)師谷口香きょう、文展・新文展出品、歴史画を中心に描いた
伊貝良一(1901-1969)師西田青草
伊賀上雄鳳(1895-1948)師竹内栖鳳、愛媛美術協会結成の発起人
五十嵐真穂(1907?-1982年09月21日)肖像画家、師山川秀峰・永田春水、現代創像美術協会名誉会長
五十嵐悌二(1904-1975)東美卒、師小貫博堂
五十嵐秀人(1919-2003年02月)現代金箔研究所主宰
五十嵐豊岳(1874-1955)師小荒井豊山
井川洗厓(1876-1961年10月13日)師稲野年恒・富岡永洗、新聞小説の挿絵
生井春坡(1828-1885)師貫名海屋・日根野對山


生重定(不明-1988年05月26日)新世美術会創立会員、元青龍社所属尾
生島竹雨(1898-1943年10月14日)師鏑木清方、松江絵を語る会同人、美人画
生田花朝女(1889-1978年03月29日)師北野恒富・菅楯彦・帝展受賞、
生田南水(1860-1934)俳人・国学者
井口華秋(1880-1930年07月12日)師竹内栖鳳、池田桂仙らと日本自由画壇を結成
井口玉秀(1894-1941)師望月玉溪・玉泉
井口香山(1877-1951年11月03日)師松林桂月
井口邨僊(1867-1941)師村田香谷
生野秀峯(不明-1966)東美卒
池内観象(1895-1926年05月)師湯浅桑月・上島鳳山
池内秋峰(1863-1938)師宮田洞雪
池内美顕(1835-1885)師橋本小霞
池上秀畝(1874-1944年05月26日)師荒木寛畝、旧帝展審査員
池上文僊(1887-1921年01月19日)師野村文挙、父は池上雲昂、号禅画堂
池沢青峰(1895-1960年09月30日)師蔦谷龍岬・安田靫彦、日本画会無鑑査、帝展・新文展・再興院展に出品
池島邨泉(1844-1907)師木下逸雲
池田阿彦(不明-不明)住吉弘定に学ぶ、水戸藩の画員池田養信の子
池田雲樵(1825-1886年06月30日)師中西耕石・前田暢堂、名政敬、字公維、別号半仙
池田雲鳳(1890?-1950年04月16日)東美卒、師川合玉堂
池田栄廣(1901-1992年02月25日)師安田靫彦、日本美術院特待
池田秧青(1901?-1992年01月23日)創造美術会員
池田駒城(1818-1873)師鉄翁
池田桂仙(1863-1931年12月27日)文人画家、日本南画院の設立に参加
池田月潭(不明-不明)師村田丹陵・松本楓湖
池田憲二01(1917-1999年08月05日)川端画学校卒、師小林古径、日本美術院特待
池田虹影(1892-1956年09月17日)師竹内栖鳳、文展・帝展出品
池田恒象(1915-1983年06月01日)師堂本印象・三輪晁勢、名勇、日展会友
池田幸太郎(1895-1976年08月16日)川端画学校、東美卒、師結城素明、日本画府理事
池田興雲(1876-1962)師川端玉章
池田三州(1909-1999年10月18日)元日本南画院評議員
池田蕉園(1886-1917年12月01日)師水野年方・川合玉堂、文展賞、輝方の妻
池田湘江(1858-不明)南宗派
池田輝方(1883-1921年05月06日)師水野年方・川合玉堂、文展賞
池田桃谷(1839-1913年12月28日)南画を学ぶ
池田尚志(1909-2005年11月02日)東美卒、師山口蓬春、日展会友
池田木僊(1893-不明)師白須心華・草刈樵谷
池田遙邨(1895-1988年09月26日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、京絵、師竹内栖鳳、青塔社主宰
池田洛中(1903-1982年05月27日)師加藤映舟・堂本印象、元青龍社社人
池田龍甫(1885-1974年06月29日)東美卒、師寺崎広業
池野蘆水(1839-1916)水戸藩士、熊坂適山・鈴木鵞湖に学ぶ、名子水、別号瓊林・宝槍居士
池永春堂(不明-不明)師別所春濤
池原日南(1830-1884)文人画家・医師、師鉄翁
池辺安民(1913?-2001年11月19日)新美術協会顧問、元大日美術会会員
池部絢霞(不明-不明)師野際白雪
池辺田邨(1837-1893年01月20日)師帆足杏雨・柳井九嶷
池辺魯堂(1860?-1936年01月20日)京都画学校に学んだ
井後楳雪(1837-1907年10月07日)師赤松藍洲・後藤田南渓
生駒石渓(1862-不明)師木村金秋・奥村石蘭・久保田米僊、名筍吉
生駒大飛(1857-1922年09月05日)本荘藩士、師日根対山
伊坂天坊(1879-1952)師寺崎広業、本名新之助、別号旭江・胡山
砂金青嶂(1894-1974)砂金竹香の長男
砂金竹香(1858-1930)菅原竹侶の二男
井澤蘇水(1880-不明)師川合玉堂・橋本関雪、別号龍眼斎・栖堂
石南岳(不明-不明)円山派
石南淵(不明-不明)師岡本豊彦
石南圃(不明-不明)師中西耕石、石南園の子
石井了(1927-2018年10月02日)院展特待
石井九峰(1878-不明)師国峰・渡辺秋谿
石井金陵(1842-1926年11月19日)師椿椿山・岡本秋暉、名俊、字君明、兼篆刻
石井春鳳(1875-不明)師奥村石蘭・望月金鳳、別号子葉、石井義翁の孫
石井素堂(1873-1920)師柳本洞素、狩野派・四条派
石井耐年(不明-不明)師寺崎広業
石井澹石(1865-不明)師石丸僊舟
石井千鶴子(1918-1990)師福王寺法林、日本美術院院友
石井鼎湖(1848-1897年11月02日)師父鈴木鵞湖、石井姓継ぐ、石井柏亭・鶴三の父
石井滴水(1882-1945)師鏑木清方
石井天風(1884-1930年02月25日)石井林響の初号
石井東江(1799-1874)歌人、南部三傑の一人
石井百畝(1902-1943年10月02日)独学、別号柏峰
石井楽水(不明-不明)明治期の画家、津村洞養に師事
石井林響(1884-1930年02月25日)師橋本雅邦、初号天風
石垣東山(1804-1876年02月06日)江戸後期から明治期の画家、狂歌・和歌・俳句にも優れた、通称東平、別号角鹿・石東
石川梅子(1890-1973)兼工芸、ミシン刺繍、別号楳華・素月、師玉堂・十畝
石川栄一(不明-1988)新興美術院会員
石川英鳳(1896-1973年10月20日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、名英男、帝展・文展・日展出品、彩交会結成
石川逢洲(不明-不明)狩野派
石川寒巌(1890-1936年03月25日)師小室翠雲・佐竹永邨、日本南画院同人、華厳社の結成に参加
石川寒厳(1890-1936年03月25日)師佐竹永邨、日本南画院同人、華厳社の結成に参加
石川景雲(1882-1947年07月04日)師今尾景年・梅村景山
石川鴻斎(1833-1918年09月13日)幕末から明治期の漢学者・画家、名景英のち英、字君華、別号崇雲・芝山外史・石英・雲泥・芝山
石川呉山(1844-1917年05月07日)師日高鉄翁・木下逸雲
石川秀穂(1894-1956)石川漁舟の子、師高橋広湖・池梅秀畝
石川晶斎(1810-1884年09月01日)名雅琢、字盛器、幼名玉治、通称田十郎、初号玉台、別号岸琢
石川照波(不明-1947)師山田松岳、歯科医、本名力松
石川晨山(1857-1925)師河田小龍
石川翆村(1909-1994)新美術協会理事、京都絵画専卒
石川青城(1889-不明)師石川柳城・後藤秋厓、一太郎、安藤清次郎の長男のちに祖父石川真清の養子となる
石川雪溪(1887-1930)東美で川端玉章に学び婿となる、名広介
石川義(1930-2009年09月12日)師堂本印象、日展評議員、文部科学大臣賞、菊花賞、会員賞、特選2、金沢学院大学名誉教授
石川淡水(1855-1928)師林文匡・安田老山
石川丹麗(1882-1962年04月27日)師川端玉章・橋本雅邦・下村観山・寺崎広業
石川竹邨(1884-1952年08月)師松本楓湖・鈴木華邨、名克巳、字秀達、別号名狸庵
石川拝山(1868-1941)師藤堂凌雲・服部波山
石川晴彦(1901-1980年04月11日)師村上華岳・入江波光、仏画を制作、国画創作協会
石川繁馬(1867-1918)師父柳本素石
石川響(1921-2000年12月05日)東美卒、師加藤栄三、日展評議員
石川美峰(1892-1969)師山川秀峰
石川不成(1833-1901)師森高雅、尾張藩士、名信守、通称吉太郎
石川碧水(不明-不明)小倉師範学校教官
石川朝彦(1901-1982年08月13日)師野田九浦、白合会同人
石河有隣(1870-1952年07月03日)師園田忠監・織田杏斎、日本美術協会委員、別号両鶴軒・千石斎
石川羅翠(1863-不明)師茂庭竹泉・滝和亭
石川栗庵(1831-1895年11月05日)日出藩の儒者
石川柳江(不明-不明)南画
石川柳城(1847-1927年11月17日)師中野水竹・吉田稼雲、本姓伊東、名戈足、通称金三郎、字子渕
石川良風(1901-1984)師荒木十畝、読画会出品、イタチの作家として知られる
石川林泉主春(1796-1876)盛岡藩の国元狩野派絵師、佐助林流の子
石川林泉(2代)(1796-1876)盛岡藩の国元狩野派絵師・石川家四代
石倉大鳳(1903-1976年03月23日)師堂本印象、東丘社に所属していたがのちに無所属で活動した
石黒雲峰(1886-1962年12月)師岡本柳南・橋本独山、名春三
石黒清房(1905-1991)師朝見香城・土田麦僊・奥村土牛、日本美術院院友
石黒隆彦(1924?-2007年03月23日)日本文人画府監事
石坂古洲(1843-1886)都城の四条派、師速見晴文
石崎桂洲(不明-不明)師荒木千洲
石崎光瑤(1884-1947年03月25日)師竹内栖鳳、帝展審
石崎蓼洲(1842-1877)師荒木千洲
石島古城(1878-1932)東美卒、梶田半古の門人、名文太郎
石島良則(1902-1939年12月14日)師西山翠嶂、帝展
石曾根貞(1909-1997)日展会友
石田耕古(1894-1987)京絵卒、師堂本印象
石田重子(1904-不明)師川崎小虎、日展
石田粧春(1896-1982年11月27日)東美卒、師結城素明、日本画府副理事長、日本表象美術協会創立常務理事
石田武(1922-2010年12月24日)京美卒、児童書の挿画やイラストを描いた後、日本画に転向
石田東楼(不明-不明)明治年間に活動した筑前の人
石田立斧(1824-1888年01月06日)師田能村竹田
石田老年(1872-1937)師松牛、名喜三郎、別号堪忍堂、だるまを専門とした
椎塚蕉華(1884-1934年04月21日)水野年方・村田丹陵に師事
石塚仙堂(1890-1972年11月01日)川合玉堂・橋本関雪に師事、帝展出品
石永皓一郎(1937-2011年02月01日)武蔵美卒、新美術協会理事、兵庫県日本画家連盟副理事長
石野玉僊(1883-1949)師中川蘆月・川端玉章
石橋一貫(1898-1966)松田権六・寺崎広業に師事
石橋一径(1909-不明)師七尾英鳳・尾竹竹坡・野田九浦
石橋玉僊(1883-1945)師川端玉章
石橋謙吾(1897-1932年11月10日)師小野竹喬、国画創作協会展出品・解散後は新樹社結成に参加
石橋雪渓(1844-1906)本名幾千蔵、橋本雪蕉に師事


石橋徳次郎(1886-1958)久留米の産業振興の先駆者
石原学山(1843-1888)師和田僊嶺・岸連山・日根対山、通称嘉十、別号十八面山人
石原玉関(1882-1950)師川合玉堂・川端玉章
石原紫雲(1906-1981年11月15日)師小室翠雲
石原紫山(1905-1978)京都市立絵画学校でまなび、絵画教師をつとめた
石原翠香(1926-2000年03月19日)無所属
石原石丈(不明-不明)南画
石原梅溪(1906-1989年06月27日)師谷口香巌、仏画を得意とする
石原昌幸(1920-1994年12月07日)師川端皐白、元日本南画院理事
石丸秀庵(1822-1914年04月08日)医師、画もよくした
石丸僊舟(1824-1893)石丸春牛の子
石丸大象(1910-1944)京都絵画専門学校卒
石丸拝月(不明-不明)師嵯峨山巨星
石本正(1920-2015年09月26日)芸術選奨、創画会会員、日本芸術大賞、京都芸大名誉教授
石本雪溪(不明-不明)表具師、師野際白雪
石山太柏(1893-1961年01月17日)師柏倉雪章・寺崎広業、院展出品後帝展・新文展出品
石山鼎湖(1848-1897)三浦乾也の養子
石渡風古(1891-1961)師川合玉堂、日展
泉尚志(1927-2001)師加藤雨月・山本丘人
泉智等(1849-1928年09月)画僧、師柴秋邨
泉川白水(1872-1965年02月04日)創造新南画創始
出雲井晶(1926-2010年05月16日)日本の神話伝承館館長
伊勢関水(1899-1977)名宇右衛門、伊勢門水の子
伊勢光雲(1902-不明)師寺崎広業
伊瀬紫雲(1919-1998年10月11日)国際京美会副会長、西宮新日本画美術協会会員
伊勢門水(1859-1932年01月15日)通称伊勢屋宇右衛門、国旗商を営む伊瀬屋七代目
五十川玉邦(1927-不明)師玉置頼石
五十川昇乗(1918-2003年01月17日)師青木大乗、日本清興美術協会顧問、日本表象美術協会創立理事
五十川正康(1924-2008年12月17日)元岐阜県水墨画協会理事長・名誉会員
磯坂煙崖(不明-不明)津藩士、文化文政の人
礎崎頓一(1868?-1928年09月02日)実家は表装家、鳥羽絵や人物漫画をよくした
磯田長秋(1880-1947年10月25日)師小堀鞆音、歴史画、文展褒状
磯田又一郎(1907-1998年05月22日)師菊池契月・宇田荻邨、日展会友
磯野松泉(1854-1897)師石丸僊舟
磯野直樹(不明-不明)師別所春濤
磯野楽山(不明-不明)南画、師石丸僊舟
磯野怜子(1936-2007年11月26日)師前田青邨・平山郁夫、日本美術院特待
磯部菊渓(1789-1881)江戸後期から明治期の画家
礒部草丘(1897-1967年01月09日)師川合玉堂、帝展受賞、初号眠潮、別号尺山子
磯部潮花(不明-不明)昭和初期に門司市で活動
磯部百鱗(1836-1906年04月17日)師林棕林・長谷川玉峰
磯辺豊陽(1842-1917年06月04日)海軍少尉、画をよくした
磯山六郎(1907-1944)木村武山の門人、別号青々
井田一雄(不明-2003年04月11日)日本画院顧問
板垣銕香(不明-不明)内国絵画共進会出品
板倉晃邦(不明-不明)師室星成章・川合玉堂
板倉星光(1895-1964年12月17日)京都絵画専卒、師菊池芳文・菊池契月、文展
板橋泰山(1921-2012年04月07日)東京展会員
市原円潭(1816-1901)師狩野探淵・冷泉為恭
市川君泉(不明-不明)師月樵、通称晋蔵、字九渕、別号春樵、市川君主の子
市川霞道(1905-1987年01月30日)師田中青坪、日本美術院院友
市成太煌(1921-1987年08月05日)新美術協会常任委員
市野龍起(1942-1997年11月23日)師川端龍子・高山辰雄、日展評議員
市野亨(1910-1966年01月20日)師川端龍子、青龍社社人、市野龍起の父
市花湖月(不明-不明)四条派
市村松塢(1853-不明)師細谷風翁・児玉果亭
市村崇雲(不明-1997年08月16日)南画院院友
一楽湖城(1879-1976年01月30日)師湯浅桑月、住吉派
逸堂(1855-1916年03月09日)南画、安宅白鶴の画友
井爪丹岳(1832-1900年05月17日)師大江霞岳・小田海僊
井出岳水(1899-1982)荒井寛方の門人
井出嘉汕(1874-1943年02月23日)仏師
出口畔石(不明-不明)昭和初期に小倉市で活動
出光松寿(不明-不明)南画
出光梅屋(不明-不明)師白須心華
出利葉晴鳳(不明-不明)師近藤藍圃
井戸芳水(不明-不明)小庵に住む半俗半僧
伊藤有美(1893-1980)表具店経営、宝樹社会長
伊藤一鳳(1882-1934)師朝一圭鳳・島崎柳塢
伊藤馬次郎(不明-1996年03月30日)水潮会名誉顧問
伊藤鴛城(1864-1936)南画
伊藤鴎外(1857-不明)師塩田銕香
伊藤王淏(1911-1977年02月20日)師伊藤一鳳・望月春江、日本画院委員、王淏会主宰
伊藤華城(1872-不明)師奥村石蘭・石川柳城
伊藤花竹(1805-1881)備前岡山藩士、師浦上春琴
伊藤喜久井(1911-2003年06月08日)新興美術院参与
伊藤亀城(2代)(1842-1918)南画、松洞宗古の子
伊藤宜堂(1792-1874)漢学者、余技で墨竹を描いた
伊藤響浦(1883-1960)師山内多門・川合玉堂、文展日展に出品、後に南画に転じた、別号響浦
伊藤薫風(1926-1996年03月16日)師井上石邨、日本南画院常務理事、日本水墨画壇理事長
伊藤渓水(1880-1967年10月19日)師山元春挙、帝展委員
伊藤憲(1914-1991)日本画院
伊東紅雲(1880-1939年04月02日)師川辺御楯・邨田丹陵、文展無鑑査
伊藤耕洲(1852-1910)福島柳圃の門人、本名弥六
伊藤弘人(1916-1988年08月07日)師前田青邨、日本美術院特待
伊藤紫山(1859-1917)師河田小龍
伊藤紫泉(不明-不明)南画
伊藤春興(1894-1941年05月)本名粂之助、師柴田棋渓
伊藤舜堂(1913-1975年07月29日)師川合玉堂、新美術人展等出品
伊藤小坡(1877-1968年01月07日)師磯部百鱗・竹内栖鳳、日本自由画壇結成に参加・翌年脱退
伊藤深江(1856-1925年06月02日)南画
伊東深水(1898-1972年05月08日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、師鏑木清方、号此君亭、現代風俗画、美人画の道を開拓した
伊東信天翁(不明-不明)師井上学圃、真鍋常昌の子
伊東俊了(1833-不明)江戸後期から明治期の画家、小田寿山に学ぶ、別号雲谷
伊藤翠雲(1859-1909年12月01日)師中野水竹、名錞次郎、本姓岩田氏
伊藤隋松(不明-不明)松林桂月の門人
伊藤鈴子(1903-不明)師小堀鞆音・川崎小虎
伊藤晴雨(1882-1961年01月28日)野沢堤雨に琳派を学ぶ、風俗画家としても知られる
伊藤西瀛(1850-不明)師中西耕石
伊藤青邱(1894-1969)師大楽桃白・小茂田青樹・荒木十畝
伊藤西湖(1866-不明)師田能村直入
伊藤誠二(1929-1999年01月26日)東美卒、師古径、日本美術院院友
伊藤石僊(1862-不明)師森琴石
伊藤千湖(1885-1967)師児玉果亭、大正初め水戸市鉄砲町に居住し画室を塩原洞と称した、水戸市の神応寺本堂に襖絵を奉納
伊東仙湖(1885-不明)大平小州・児玉果亭に学ぶ、名直樹、画房は塩原洞
伊藤草白(1896-1945年12月09日)師竹内栖鳳、国画創作協会会員、新樹会結成に参加
伊藤素軒(1876-1956)師竹内栖鳳・木島桜谷
伊藤孝之(1894-1982年05月09日)浮世絵師・版画家、師結城素明・鏑木清方、創作画人協会会員
伊藤卓斉(不明-不明)師狩野栄信
伊藤停雲(1834-1931)師松原文忠
伊藤鐵女(1863-不明)号古仙、父は伊藤利量
伊藤天外(1890-1968)師益田筈峰・上田秋陽
伊藤仁三郎(1905-2001)師麦僊
伊藤信次(1919-2009年12月16日)日展出品
伊藤梅洲(1883-1918)師石河有鄰
伊藤柏台(1896-1932年03月07日)国画創作協会出品、新樹会結成に参加、京都絵専卒
伊藤武陵(1892-1982)仙台在住の町絵師
伊藤望岳(1869-不明)師織田杏斎
伊東万燿(1921-1970年11月26日)日本芸術院賞、師父伊東深水、日展評議員、総理大臣賞
伊藤三喜庵(1914-1996年03月05日)師河口楽土、日本自由画壇理事長、日本南画院常務理事、別名伊藤喜三郎
伊東茂右衛門(1850-1923年03月)師福沢諭吉
伊藤保親(1809-1877)師伊藤南華
伊藤容真(1866-1921)本名文助、歴史画を得意とした、
伊藤龍崖01(1880-1960年07月31日)師寺崎広業、院展・文展・帝展等出品
伊藤龍涯01(1901-不明)川端画学校卒、異端同人
伊藤鷺城01(1873-1948年08月08日)師谷口香きょう
稲井耕雲(1889-1956年01月04日)師犬伏真渕、住吉派
稲生松林(不明-不明)師野際白雪
稲垣錦荘(1894-1968年11月)師橋本関雪・山本石荘、名幸吉、別号錦箒・歡爽居・錦箒庵・錦艸庵
稲垣晴雪(1895-1987年09月06日)師上村松園、名静子、別号松韻、旧姓鈴木、美人画
稲垣仲静(1897-1922年06月24日)国画創作協会出品、妖艶な動物画を描くが25歳で急逝
稲垣伯堂(1928-1998年06月01日)日本水墨画会名誉顧問、雪舟国際美術協会顧問
稲垣碧峯(1813-1879年08月12日)浦上春琴に学ぶ
稲川光風(1905-1986)吉原雅風に師事、水墨画研究
稲木皓人(1926-1991年12月)東美卒、師安田靫彦・光志、日本美術院特待


稲田和正(1918-2006年07月02日)京美卒、師池田遙邨、日展参与
稲田九皐(1866-1931)師和田華岳
稲田耕山(1853-1894年02月25日)師渡辺小華、文笠の養嗣、別号臥嘉、小学校で教鞭をとる
稲田吾山(1880-1938年07月15日)東美卒、師寺崎広業・門下四天王と称される
稲田釣月(1896-1970年12月17日)京都絵画専門、名隆吉
稲田文笠(1808-1873年08月26日)江戸後期の南画家、師谷文晁、幼名佐吉郎、名林広
稲田米花(1890-1985)紀州の南画家
稲田豊章(1836-1895年09月18日)師中島来章
稲葉希峯(1912?-1986年01月)近代日本美術協会会員、桃源会副会長
稲葉香雨(1822-1896)師貫名海屋
稲葉五雲(1816-1894)師貫名海屋
稲葉秀佳(1925-2010年02月)立鼎社水墨画協会理事
稲葉春生(1890-1976年01月29日)師竹内栖鳳・土田麦僊、帝展・文展等出品
稲葉松雨(1847-1922)師村瀬太乙
稲葉墨池(1808-1892)師岸駒
稲元実(1946-2013年08月15日)師加藤東一、日展評議員、審査4、特選2
稲吉雲洞(1888-1954年08月)師山本梅荘、名佐市(才知)、別号大雲・大雲洞
乾南陽(1870-1940年06月29日)東美卒、師橋本雅邦・山名貫義・下村観山、文展出品、土陽美術会設立に参画
犬伏真渕(1874-1949年10月11日)師森魚渕、住吉派
犬山凌濤(1820-1887)師大原呑響
稲留源左衛門(不明-不明)四条派
伊能松林(不明-不明)狩野派、江戸晴川院の流れを汲む
井上安海(不明-1948)津和野遍照寺住職、詩書画をよくした
井上雨山(1892-不明)田川南画会会員
井上雲景(1871-1949)師山本梅荘・森半景
井上雲樵(1822-1880年12月31日)師鉄翁、幼名は梅吉のちに大二郎
井上永悠(1898-1978年09月25日)京絵卒、前号素塔、国画創作協会・新樹社展出品、南瓜の画家として知られる
井上薫(1934?-2017年11月12日)関西扇面芸術協会顧問・相談役
井上華陵(1862-1930年07月)師渡辺小華、名泰蔵・泰次郎、通称忠左衛門、別号韓斎・明声館
井上憙齎(1936-2008年01月29日)善通寺西行庵再建、吉野山寺社奉納
井上九嶋(1817?-1889)師三宅西浦
井上玉翠(不明-不明)四条派、藤井良節の弟
井上茶山(不明-不明)師田近竹邨・石井金陵
井上紫城(1890-不明)師鏑木清方、別号春芳
井上春芳(不明-不明)四条派
井上石邨(1896-1975年03月25日)師田近竹邨・小室翠雲、日本南画院理事
井上素川(1864-1926)師柳本洞素、狩野派
井上泰山(不明-不明)南画、師堤紫僊
井上竹逸(1814-1886年04月03日)幕末から明治期の画家、名令徳、崋山門四天王
井上恒也(1895-1979)東美卒、師川合玉堂、文展・日展出品
井上白楊(1893-1968年12月27日)東美卒、師梶田半古、院展・帝展・文展等
井上方周(不明-1993年09月20日)新興美術院会員
井上墨堂(不明-不明)南画、師川田墨鳳
井上通世(1903-不明)京都絵卒、師契月
井上保春(1925-1998年08月04日)元日本画府理事
井上流光(1891-1945)師山元春挙
井上陵華(1898-1967年08月15日)師朗風、日本美術院院友、元新美術人協会会員
井上蘆仙(1873-1941年07月26日)師小野晴雲・中川蘆月・菊池芳文
井内竹仙(1845-1919年10月)師渕野桂僊・木下逸雲・帆足杏雨
井之川知白(1902-1933年04月19日)師平福百穂・郷倉千靱、院展出品
猪木匡四郎(1917-1991年04月17日)帝美卒、日本画院同人、武蔵野美術大学名誉教授
猪瀬東寧(1838-1908年04月23日)師日根対山、内国勧業博覧会褒状、日本美術協会審、東京南画会を結成
猪田青以(1906-1976年06月27日)京都絵画専卒、師山口華楊、晨鳥社、花鳥を得意とした
猪原大華(1897-1980年02月05日)日本芸術院賞恩賜賞、京都絵専卒、師西村五雲・山口華楊・土田麦僊、日展参与、総理大臣賞、
猪巻清明(1894-1974年02月24日)師菊池華秋、帝展・日本画院等出品
猪俣琴溪(不明-不明)南画
井村常山(1839?-1925年01月18日)師渡辺崋山・大竹蒋塘、名貫一
伊原春耕(不明-1905)師島村澹山
井原春畝(不明-不明)師別所春濤
茨木衫風(1898-1976年08月12日)師近藤浩一路、新興美術院創立同人、故郷の琵琶湖やその周辺の風景を多く描いた、漱石文学全集の挿絵なども描いた
今井映方(1901-1997年02月27日)師堅山南風、日本美術院特待
今井亀洲(不明-不明)師帆足杏雨
今井景樹(1889-1965)師今尾景年
今井佳相(不明-不明)師荒木千洲
今井松雲(不明-不明)師服部石仙
今井小藍(1859-1922)師今井如藍・河田小龍、土陽美術会高知支部会員
今井如藍(1823-1884)師中村鏡湖・島本蘭溪、今井小藍の父
今井津城(1878-1939年08月12日)東美卒、師川端玉章、名重信
今井爽邦(1872-1945年02月19日)師橋本雅邦・下條桂谷
今井守彦(1923-2013年04月02日)日展会員、13特選
今泉香国(不明-不明)師別所春濤
今泉楳渓(1869-不明)師木村金秋・竹内栖鳳、別号梅渓・楳啓
今尾景祥(1902-1993年12月26日)京美卒、師父今尾景年、金閣寺、銀閣寺などに大作を描いた
今尾景三(1926-1998年04月07日)日展会友、国際墨絵協会副会長
今尾景年(1845-1924年10月05日)帝国美術院会員、帝室技芸員、師鈴木百年
今尾津屋子(1903-不明)師土田麦僊
今坂雪光(1899-1988)師小林観爾・川北霞峯
今田謹吾(1897-1972年11月16日)師武者小路実篤、大調和会の復活創立に参加
今田直策(1869-不明)学習院につとめ皇族に日本画の指導をした
今中素友(1886-1959年08月01日)師川合玉堂、文展・帝展
今橋竹二(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
今長谷蘭山(1911-1971)水墨画、僧
今府直峰(1845-1898)師佐藤雪斎
今村興宗(1873-1918)師亨斎・楓湖容斎派、巽画会会員
今村紫紅(1880-1916年02月28日)師松本楓湖、日本美術院同人、36歳で病死、最後まで新しい日本画の創造に取り組み、後輩の速水御舟らの育成に尽力した
今村東翠(不明-不明)柳河に生まれ榎津本町で活動
今村太郎(1942-2011年03月09日)日展出品、信州美術会会員
井水和内(1815?-1883年06月16日)臼杵藩絵師
妹背平三(1901-1997年10月17日)京都絵画専卒、師堂本印象、日展会友、東丘社
井本恵裕(1912-1985年11月21日)師立脇泰山、青峰美術院会長、元新美術協会会員
入江喜作(1873-1952)師鈴木松年・下村観山、社寺建造物の彩色修理に多く携わった
入江子介(不明-不明)師吉嗣拝山、別号馬溪
入山白翁(1904-1991年11月11日)乾漆ヘラ芸、指頭画による漆画及びウルシ版画
入江波光(1887-1948年06月09日)国画創作協会創立会員・解散後画壇を離れる、京都市立絵専教授
入江北宰(1902-1995年10月06日)師川端龍子、日本画府名誉会員、元青龍社、旧号臥水
入江正巳(1924-2004年11月24日)師前田青邨、日本美術院特待、元横浜美術協会会長
入江酉一郎(1921-2013年03月24日)師山口華楊、日展参与、会員賞、10特選
入沢清隆(不明-1993年12月28日)日本美術院展出品
入間川南渓(不明-不明)師春木南湖
岩井王山(1859-1933)師徳弘董斎・橋本小霞・名草逸峰、土陽美術会高知支部会員
岩井宗繁(不明-1876)泉流の末裔で、岩井宗雪の子
岩井漕浦(1876-1945年10月27日)東美卒、師川端玉章・寺崎広業
岩井竹坪(1891-1973年04月17日)師田近竹邨・沈雪盧
岩井文(1957-2004年06月02日)日展会友、特選
岩片華翠(1912-1956)師父華巌・菊地華陽・中村爽歩
岩壁冨士夫(1925-2007年04月19日)東美卒、師奥村土牛、日本美術院同人・評議員
岩上青稜(1917-2005年07月30日)日本水墨画協会長
岩城照夫(1908-1944)東美卒、結城素明・川崎小虎に師事
岩倉壽(1936-2018年10月11日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、師山口華楊、日展理事、審査9、総理大臣賞、会員賞、特選2
岩倉友仙(1923-1985)師宇野松仙
岩越鉄庵(1858-1943)師稲岡天真
岩佐古香(1884-1951)京都絵画専門学校卒、師竹内栖鳳、名丈助
岩佐楳仙(1901-1980)院展院友
岩佐梅窓(1858?-1908)師中川愛山
岩崎松雲(1852-1918)円山派、師守田洞山
岩崎石峰(不明-不明)師山内多門
岩崎天外(1884-1968)師吉嗣拝山
岩崎巴人(1917-2010年05月09日)師小林古径、日本表現派結成、新興美術初代会員、川端校
岩崎奉仙(不明-不明)南画
岩崎柳圃(不明-不明)南画
岩崎冷泉(1905?-1984年10月24日)日本美術院院友
岩澤重夫(1927-2009年11月07日)文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、京美卒、師堂本印象、日展顧問
岩沢松圭(不明-1931年12月01日)師日比野白圭、通称勘兵衛
岩島月耕(1826-1889)師小木曽文洲
巌島虹石(1869-1903)師森寛斎
岩瀬菅川(不明-不明)通称栄助、狂号浦内古則
岩瀬半夢(1817-1885年08月05日)浮世絵、別号可隆、師訥言・一蕙
岩瀬広隆(1808-1877)紀伊藩のお抱え絵師、様々なジャンルや画題に挑戦した
岩田橘園(1833-1885)広瀬淡窓に学び、田能村竹田に私淑した
岩田雀里(1832-1919)岩田霞岳の妻
岩田昇斎(1883-不明)師森村冝稲・織田杏斎・毛受昇堂
岩田心斎(1860-1937)師森琴谷・山本梅荘、別号石斎
岩田専太郎(1901-1974年02月19日)新聞連載小説のさし絵で一躍人気作家となる、師契月・伊東深水、菊池寛賞、出版美術家連盟会長
岩田桃斎(不明-不明)師上田桃逸、通称錫吉
岩田北岳(1821?-1885)師春木南湖
岩田正巳(1893-1988年03月09日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、東美卒、師寺崎広業・松岡映丘、日展顧問、興大和絵会結成
岩田彌光王(1911-1999年12月16日)師小林古径、元日本美術院院友


岩月美川(1885-不明)師山田友二、名亮二郎
岩戸雨村(1873-1941)師菅原嘯雲
岩永墨☆(不明-不明)南画、師川田墨鳳、☆は「靏」の「寉」を「令」
岩波其残(1815-1894年04月04日)俳人、俳画
岩橋英遠(1903-1999年07月12日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、芸術選奨、師安田靫彦・山内多門、日本美術院同人
岩橋鷺洲(不明-不明)師野際白雪
岩淵芳華(1901-1956年06月06日)師松本楓湖・山口蓬春、日展特選、元日展審査員
岩渕芳華(1903-1956)蔦谷龍岬・松本楓湖・山口蓬春に師事、名完
岩間華仙(1893-1924)梅津霞峰・相馬寛哉に学ぶ、名久子
岩間東芝(1811-1875)江戸後期から明治期の画家、名平治郎
岩間武平(1914-1997年10月14日)創造美術会運営委員
岩松雲濤(不明-不明)師木村耕巌
岩松松堂(不明-不明)南画
岩本和夫(1949-2008年07月)創画会会員
岩本周煕(1900-1987年06月17日)師菊池契月・宇田荻邨、京都絵専卒、日展・新日展出品
上垣候鳥(1909-1997年09月16日)師安田靫彦、日本美術院特待
植木華城(不明-不明)南画家、師田中柏陰
上島素水(1888-1965)師柳本素石
上島鳳山(1876-1920年07月26日)師木村貫山・西山完瑛・渡辺祥益
上杉信斎(1850-不明)師林鶴梁・長三洲・蒲生聚亭
植田衣洲(1855-1925年04月19日)師渡辺小華、幼名耕三郎、名新寛、字耕圃、通称七三郎、別号苔石・垂蔭居
上田宇三郎(1912-1964)独修、朱貌社を結成
上田臥牛(1920-1999年06月11日)師小林古径、新興美術院の再興に参加、川端
上田禾僊(1899?-1981年12月10日)龍雲社主宰
上田華法(1886-不明)師奥村恭法
上田堯民(1895-1982年02月)日美卒、師安田靫彦、大調和会委員
上田魚行(1841-1900年03月02日)師守住貫魚、住吉派
上田珪草(1911-1985年07月23日)師郷倉千靱、日本美術院特待
上田桂圃(不明-不明)上田鉄耕の父
上田研峯(不明-不明)南画
上田耕冲(1819-1911年01月21日)師孔寅、国内名所巡、宮内省献画
上田耕甫(1860-1944)師上田耕冲
上田三郎(1905-1985)師千靱
上田秋湖(1874-1920)四条派
上田昇邦(不明-1945)上田鉄耕の子
上田眞吾(1901-1994年09月10日)京都絵画専卒、国画創作協会展・新樹社展出品
上田丹崖(不明-1945)師梶山九江
上田鉄耕(1849-1914)師父上田桂園・中西耕石・日根対山、連合絵画共進会出品
上田田単(1830-不明)師田能村竹田
上田晴也(1919-2003年09月)新制作展、創画展出品
上田萬秋(1869-1952年12月15日)師鈴木百年・今尾景年、日本自由画壇結成に参加
上田主親(不明-不明)師狩野主信
上田陽愷(1903-1981年01月11日)日本漆画を独創
上地瑛一郎(1908-2000年02月14日)新興美術院理事長、信州美術会委員長
植中直斎(1885-1977年08月12日)師山元春挙・橋本雅邦、歴史画・風俗画
上野玄春(1946-2004年11月08日)師加藤勝重、現代思潮杜美学校卒
上野草風(1901-不明)師木原信
上野又春(1904-1988)師郷倉千靱、日本美術院院友
上野泰郎(1926-2005年08月11日)東美卒、師山本丘人、創画会会員、多摩美術大学名誉教授、元日本美術家連盟理事長
上原古年(1877-1940)師梶田半古・松本楓湖、連合絵画共進会出品
上原卓(1926-1986年07月27日)京美卒、創画会会員、京都市立芸術大学教授
上原桃畝(1882-1947)師寛畝・十畝
上原文☆(1816-1888年04月)師塩川文鱗、四条派、☆は「糸」+「肅」
上村松園(1875-1949年08月27日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、帝室技芸員、師竹内栖鳳・鈴木松年
上村松篁(1902-2001年03月11日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、芸術選奨、師西山翠嶂・上村松園、創画会会員
植村泉里(不明-1984)新興美術院会員
植村墨遷(不明-不明)師川田墨鳳
魚住荊石(1799-1880)南画家、名毅、字子剛
鵜飼節夫(1902-1983年02月20日)日本美術学校卒、師小茂田青樹・堅山南風、日本美術院特待
鵜飼東岱(1828-1874)菊池東江の門
宇喜多松庵(不明-1893年05月01日)幕末から明治期の画家、宇喜多一蕙の子
浮田正一(不明-不明)昭和期に築上郡椎田町で活動
宇佐美省吾(1916-2006年11月13日)創作画人協会理事・顧問、東京展運営委員、元日本表現派委員
宇佐美竹城(不明-1889?)江戸後期から明治期の画家、宇佐美太奇の子、名翼
牛尾武(1955-2012年12月31日)神戸芸術学校卒、成川美術館等個展
潮田周海(不明-不明)南画
牛田☆村(1890-1976年10月12日)師松本楓風、別号俯仰子、春日光の名で舞台美術を手がける、☆は「谿」の谷が「隹」
牛田松南(1870-1945)師山本梅荘、名円空
臼井応真(1892-不明)師森村冝稲・竹内栖鳳
臼井剛夫(1890-1943年05月19日)東美卒、松岡映丘に大和絵を学び歴史風俗研究を深める、帝展・文展出品
臼杵一穂(1905-1981年07月14日)師川端龍子、元青龍社、新美術協会会員、別号香穂
臼杵英堂(1875-不明)師鈴木松年
薄景月(不明-不明)四条派
宇田大虚(1899-1977年02月23日)師堂本印象、日展・新日展出品、東丘社幹事
宇田荻邨(1896-1980年01月28日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、師中村左洲・菊池芳文・菊池契月、日展顧問、元京都芸術大学教授
宇田裕彦(1930-2004年02月09日)師宇田荻邨、元日展会員、菊華賞、特選2
歌川豊國(1903-2000年11月11日)師立石春美、美人画・花鳥
内ケ崎敏雄(不明-不明)東美卒、高等学校などの絵画教師を経て聖和短大教授となった
内田嘉一郎(1925?-1988年04月27日)日本美術院院友
内田青薫(1902-1942年10月04日)師池田輝方・荒井寛方、新興美術院創立同人
内田土卵(1910-1976年11月21日)師川端龍子・奥村土牛、日本美術院特待
内田文皐(1842-1910年12月)師池上秀畝・福島柳圃
内畠暁園(1874-1917年02月07日)師竹内栖鳳、連合絵画共進会出品、国画玉成会結成に参加
内堀吉兆(1915-1993年02月28日)師堅山南風、日本美術院院友、元青龍社
内堀タカコ(1919?-1984年11月17日)大調和会会員
内間☆逸(不明-不明)昭和期に福岡市で活動、☆は「鳥」+「入」
内海松岑(不明-不明)師小栗琴溪・遠藤速雄
内山一観(1823-1897)師父能勢一清
内山雲抄(不明-1941年10月18日)師高島北海
内山秀圃(1876-1963年11月01日)師内藤適畝
宇都宮逵山(1822-1898年07月18日)師帆足万里・角田九華
内海雲石(不明-不明)津藩士、池田雲樵の師
内海加寿子(1919-1952年06月30日)師中川紀元・岸浪百艸居
内海吉堂(1849-1925年10月09日)師塩川文麟・前田暢堂、勧業博他褒状
内海春光(1903-1982年01月20日)師松林桂月、帝国美術協会審査員
鵜殿長庚(1887-不明)東美卒
宇野松仙(1899-1985)師遠藤速雄、河北文化賞
宇野逸雲(1895-1981年11月01日)師菊池芳文・谷口香きょう
海野梅城(1881-不明)鈴木赤城・池上秀畝に師事、名留吉、別号天留
海野靖子(不明-1999年09月29日)日展会友
梅岡蒿亭(1860-不明)師矢島董文・三木恒山、岸派
梅川三省(1912-1986)師郷倉千靭、日本美術院特待
梅崎雲嶺(1881-1962)南画、富岡鉄斎の私淑、積墨画、奉祝展金牌
楳崎洙雀(1896-1969年05月27日)師橋本関雪、文展・日展出品
梅津霞峰(1846-1921)水戸藩士、山内勝春・立原杏所に学ぶ、名敬
梅津玉翁(1923?-1992年09月19日)水墨画家
梅津玉洲(1853-1897年10月08日)独修で四条派風の画を描いた
梅野実(1871-1969)南画、師河東碧梧桐
梅村景山(1866-1934)師鈴木瑞彦・今尾景年、連合絵画共進会出品
梅村香暁(1894-1978)大楽桃白と交遊
梅村翠雨(不明-不明)師帆足杏雨
梅村素渓(1894-不明)師梅村白鴎・竹内栖鳳
梅本杜丘(1917-1989年09月22日)師小松均、日本美術院院友
宇山明(1928-不明)無所属
浦壁静芳(不明-不明)師別所春濤
浦志武火子(1891-1965)東美卒
浦島春濤(1892-1956)師山元春挙
浦田長次郎(1846-1913)高橋廣湖の父
浦田正夫(1910-1997年11月30日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、東美卒、師松岡映丘・山口蓬春、日展顧問
卜部京洲(1871-不明)師藤井蘇堂・津田白印
卜部金英(不明-不明)師江馬細香
占部耕煙(不明-不明)師木村耕巌
瓜生涓泉(不明-不明)師吉嗣楳仙
瓜生鼓洲(不明-不明)南画
瓜生紫山(不明-不明)東美卒、師森琴石・川村梅谷、南画
瓜生梅城(不明-不明)南画
宇留島撫山(不明-不明)南画
上泉真軒(不明-1896)師菊池江外
雲谷等雄(1811-1882)雲谷等周の家督を相続
雲谷等範(1832-1877)雲谷等球の長男
雲谷等龍(1804-1875)雲谷等村の嫡子
海野梅岳(1821-1877)幕末から明治期の画家、師松本董斎・巻菱湖
雲甫斉(不明-不明)師周文
雲龍子月山(1935-2012年04月20日)焼入画法創始、父は月山貞一
雲林院蘇山(1837-1914)師梶山九嶽・淵野桂仙
江上瓊山(1861-1924)師守山湘☆(☆は馬+風)、名景逸、京都美術協会員、長崎後の三筆


江上東邨(1849-不明)師平野五岳・吉嗣拝山
江川閑雲(1835-1874)師東夢亭
江川近情(1852-1921)師三井戴星・龍三瓦
江川武村(1887-1948)師翠雲・広業、名茂利
江川文展(1921-1984)羽石光志に師事、江川武村の子
江川鈴織(1924-1996年12月23日)師中村貞以・福王寺法林、日本美術院特待、青林会所属
絵金(弘瀬洞意)(1812-1876年03月08日)土佐の町絵師、通称金蔵、号友竹斎雀翁
江口雨堂(1897-不明)師山田介堂、名周五郎
江口鴎村(不明-不明)山形県庄内の人
江口暁帆(1839-1921年03月18日)師佐多椿斎、明治天皇奥羽幸の際には地図を制作した
江崎孝坪(1904-1963年06月27日)師蔦谷龍岬・前田青邨、日展審査員、新聞の挿絵や歌舞伎の舞台装置等も手がける
江島勝正(1870-1907年09月30日)東京聾唖学校絵画科卒、連合絵画共進会出品
江尻十五郎(1926-2018年03月24日)東美卒、師安田靫彦、院展特待
江尻十九郎(1932-2013年02月06日)日本美術院特待、師靫彦
柳後亭其亭(1854-1890)俳人、画もよくした
恵鶴雲幹(1804-1889)江戸後期から明治期の画家、亀坂京助の長女、夫は恵鶴椿南
江藤蕉雨(1847?-1907年03月18日)師帆足杏雨
衛藤晴邨(1898-1971年08月08日)師田近竹邨
衛藤半仙(1859-1914)医師
江藤無逸(不明-不明)師児玉芦香
江中無牛(1868-1928)師平野五岳、東美中退
江夏英璋(1876-1946)師川端玉章・川合玉堂
榎本健一(1923-2007年01月17日)日展会友、特選、鎌倉美術協会会員
榎本獅山(1885-不明)土佐派・狩野派を学び雪舟に私淑
榎本獅鳳(1885-不明)土佐派・狩野派を学び雪舟風の画に私淑した
榎本千花俊(1898-1973年03月30日)東美卒、師鏑木清方、帝展・文展
榎本遊谷(1848-1923)狩野派、師笹川遊原
江☆晩香(1805-1881年09月05日)江戸後期から明治期の画家、☆は「巾」+「者」
江原硯洋(不明-不明)南画
海老沢東丘(1905-1995年08月29日)師中村岳陵、日展出品、茨城県美術展名誉会員
海老沢柳糖(1887-不明)橋本秀邦に学ぶ
海老名長紅(1881-1959)京都絵画専卒、連合絵画共進会出品、別号長江、海老名正夫の父
海老名正夫(1913-1980年01月04日)京都絵画専卒、師菊池芳文・宇田荻邨、日展会友
海老原正治(1927?-2005年11月15日)近代水墨画会会長
江馬金粟(1812-1882)江馬蘭斎の養嗣・松斎の二男、師江馬細香
江間高峯(1861-1933年05月31日)代議士・弁護士、名俊一
江馬進(1910-1973年06月04日)京都絵画専卒、帝展・日展
江馬南坡(1876-1936)江馬家の新家・江馬春琢の長男
江村晴虹(不明-不明)師宮崎青谷、津藩士
江森天壽(1887-1925年02月18日)東美卒、師寛畝、文展、宮内庁買上
江守若菜(1923-2014年10月24日)東美卒、師山口蓬春・橋本明治、日展参与、審査4、会員賞、11特選
江良装雨(不明-1926)師福田太華
宴行(不明-不明)狩野派
遠藤亀洋(1911-1972年07月25日)師岡生峰
遠藤教三(1897-1970年10月18日)東美卒、師松岡映丘、新興大和絵会結成、国画院の結成に参加
遠藤玉泉(不明-不明)内国絵画共進会出品
遠藤虎山(1848-不明)師佐久間晴岳
遠藤秋岳(1846-1911年01月03日)医師、師柴秋邨
遠藤秋村(1836-不明)独修
遠藤石城(1887-1929年11月)師山本石荘、名峯貞
遠藤桑珠(1917-2011年12月26日)師中村岳陵、日展参与
遠藤てる子(1930?-1993年09月10日)無所属
遠藤延子(1910-1941年01月)女子美術に学んだ
遠藤梅窓(1814-1889)細谷風翁と交友
遠藤速雄(1866-1915年08月06日)師原在泉、仙台で作画を続ける
遠藤広賢(1835-1883)師遠藤広実、遠藤広実の三男
遠藤喜丸(1923-1987)師前田青邨・島多訥郎、日本美術院院友
遠藤龍峯(不明-不明)師龍峯岸林内
及川豪鳳(1894-1970)川端画学校で学び、岩手県芸術展等に出品
及川芙月(1904-1974)師佐藤耕雲
生出大璧(1863-1954)師山内耕烟
於保有明(1910-1977年02月12日)日本美術院院友
王欽古(1830-1905)師小田海僊、日本美術協会展等出品
黄鶴山人(1891-1934年09月)本名鈴木朝二、別号鈴木黄鶴・不可解山房
逢坂松琴(1833-1913)師中村雲幾
尾越竹憲(1879-不明)師児玉芦香
大石月江(1859-1932)松江藩士、師松岡呉藍・木村耕巌
大石哲路(1908-1990年01月10日)創造美術・新制作展出品、日韓交流五元美術連盟を結成
大出東皐(1841-1905年03月14日)師藤堂凌雲、日本美術協会委員、日本美術会委員
大岩聚星(1898-1969年10月)京都絵画専卒、師西山翠嶂、名六三郎
大内竹渓(1826-1909)師山内耕烟
大内適斎(1865-1927)松平雪人の門人、名栄、通称得斎
大海嘴白(1898-1981)米沢で美術連盟結成に尽力
大浦青穂(1916-1991)東美卒、日本美術院院友
大江貫厳(1839-1878年10月03日)名西浦庄の光巌寺の僧、南画と書を得意とした
大江筑南(1892-不明)南画
大岡盤谷(不明-1917)山口の明倫館教授
大賀正耕(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
大賀半農(不明-不明)博多に住み書画をよくした
大貝岡僊(不明-不明)師小室翠雲
大神一晁(1908-1976)師北野恒富
大神墨洲(不明-不明)南画、師川田墨鳳
大川一男(1914-2001年12月06日)師伊東深水・浦田正夫、新興美術院理事
大河内夜江(1893-1957年11月27日)師菊池契月、帝展受賞
大木豊平(1899-1980)川端校、師竜岬、帝展委員
大城谷桂樵(1823-1903)南画
大草小雲(1825-不明)南宗の画を作り、詩歌花茶など幅広く嗜んだ
大草水雲(1817-1874)名亮道、字皆令、別号微笑・桂華・煙雨亭主人
大日躬世子(1905-1996)師堂本印象、日展会友、特選
大串潮(1904-不明)師土田麦僊
大串玉静(1891-1936)黒田長政三百年祭記念美術展出品
大串芦月(1825-1887)師鳥羽雲明、岸派
大口蓊山(1870-1957年01月27日)師日下部道壽、東京薬科大学理事長、名理一郎、別号喜六
大口仙嶺(1870-1954)名千代次郎、別号秋月・秋畝・自然道人
大久保玉珉(1871-1946)師川端玉章、故郷長崎に初めて近代日本画を導入した
大久保月船(不明-1905)師土田鉄船
大久保浩山(1862-不明)師神保木石、行徳玉江・姫島竹外、名銈三
大久保青園(不明-不明)師鏑木清方
大久保西翁(1798?-1874)師三宅西浦・野呂介石
大久保千尋01(1880-1963)日本美術学校で学ぶ
大久保楓閣(1880-不明)松本楓湖・小堀鞆音に学ぶ
大隈一男(不明-1974年08月29日)日本画府評議員
大熊秀斎(1871-1938)師川辺御楯・菊池芳文・山田耕斎
大倉雨村(1846-1899年06月10日)師日高鉄翁、上海領事館勤
大倉雨邨(1845-1899)師松尾柴山
大栗旌☆(1887-1963)師小室翠雲、帝展・日本南画院展出品、☆は「イ」+「斤」
大河内信古(1829-1888)三河吉田藩の第7代藩主
大河内正夫(1920-2010年06月17日)東美卒、師西山翠嶂、創画会会員
大河戸晩翠(1845-1921年10月18日)師稲田文笠・渡辺小華、名挺舟、字守節、別号梅笠・馴雀・六聡散人
大坂東岳(1842?-1882)通称新吉・甚兵衛、別号五松庵・酔月堂・一雅
大里晃生(1934-2000年02月27日)京都仏画研究所所長
大沢恒躬(1891-1944年11月10日)東美卒、結城素明に師事、帝展等出品
大路孫三郎(1904-2004年07月)師近藤浩一路、新興美術院名誉会員
大鹿登世志(1904-1979)師安藤暁香
大嶋月庵(1931-2004年06月13日)日本南画院理事、日本水墨院会長、全国水墨画会顧問
大島祥丘(1907-1996)京絵卒
大島哲以(1926-1999年04月12日)師中村貞以、从会会員
大島桃山(1907-1952)東美卒、師伊東深水
大島梅隠(1825-1892)師山本梅逸・赤松藍洲・後藤田南渓
大島梅窓(1827?-1897年04月28日)師帆足万里
大島秀信(1928-2014年08月29日)師川崎小虎・東山魁夷、元日展参与、審査4、特選2
大島豊南(1866-1918年12月16日)田能村竹田の研究をした
大関禹江(1906-1975年02月27日)川端画学校卒、師金島桂華、帝展等、日本美術院院友
大曽根柳崖(1860-1916)師茂庭竹泉
太田一彩(1892-1979)京都絵画専卒、師川合玉堂、名伊八、別号南涯、動物専門
太田稲吉(1913-1990年01月19日)師加藤栄三、日展会友
太田霞岳(1842-1887)師佐久間晴岳
太田岳参(不明-不明)内国絵画共進会出品
太田義一(1891-1937年10月01日)東美卒、師小貫博堂・結城素明、帝展・文展等出品
太田研斎(不明-不明)師木村金秋
太田沙夢樓(1884-1969)洋画家・太田三郎の別号
太田秋亭(1875-不明)師守山湘☆(☆は「馬」+「風」)、通称勝徳、字士孝、別号湘山・庭雨山房主人
太田秋民(1881-1950年06月15日)東美卒、師荒木寛畝、文展・亭展
太田秋嶺(1885-不明)師太田秋亭、名友治、別号梧竹書屋
太田仙草(1838-1891)師森高雅、名一郎、別号仙斎、太田三郎の父
太田棲雲(1843-1901)津藩士、師池田雲樵・椿椿山
太田大仙子(1901-1949)師小貫博堂・田中咄哉


太田聴雨(1896-1958年03月02日)師前田青邨、日本美術院同人、東京芸大教授
太田天洋(1884-1946年02月24日)東美卒、師小堀鞆音、旧官展推薦
太田東村(1867-不明)師加藤秋村
大田歳(1914-2000年02月13日)東美卒、師東山魁夷、日展会友、特選、新美術協会理事、元日本画院同人
大田南岳(1873-1917年07月13日)師野口幽谷、俳人、篆刻もよくした
太田美山(1897-不明)細田画塾で学び後の上京して伊東深水に学ぶ、名才次
太田百香(1863-不明)師奥村石蘭、名藤吉、太田良哉の子
太田正弘(1914-1978年05月21日)東美卒、師山本丘人、創画会会員
太田龍一(1915-1994年10月12日)師西山翠嶂、日展会友
大平小洲(1849-1930年03月08日)師渡辺小華、日本美術協会会員、日本南画協会会員
大高為山(1893-1945)京美卒、師西山翠嶂、帝展・文展・新文展出品
大田垣蓮月(1791-1875年12月10日)歌人画家
大瀧雨山(1871-1931)師石川拝山・市原円潭・川村雨谷
大滝月窓(1873-1936)師石川拝山・荒木寛畝
大滝松景(1913-1968年04月13日)師竹村松嶺
大竹敬康(1899-不明)京都絵画専卒、師西山翠嶂、別号嘉鑑
大竹湘堂(不明-不明)渡辺小華の門人
大谷雲亭(1837-1886)師前田暢堂
大谷光演(1876-1943年2月06日)明治後期の東本願寺第23代法主
大谷石邨(1832-1901)南画
大智勝観(1882-1958年08月08日)東美卒、師横山大観、日本美術院同人
大津雲山(1885-1971年04月22日)師桂月、帝展等に出品、南画壇の古老
大津桂邨(1850-1904)師胡鉄梅
大津日楠(1901-1986年12月22日)山水水墨を得意とした
大塚明(1926-2017年09月26日)京美卒、師西山英雄、日展会員・元参与、審査5、特選2
大塚花御史(1924-2018年03月18日)日本美術院院友
大塚楠緒子(1875-1910年11月09日)師跡見玉枝・橋本雅邦、小説家・詩人としても活躍した
大塚堅二郎(1921-1992年04月06日)東美卒、師中村岳陵・安田靫彦、日展出品
大塚晃緑(1903-1982)師松沢松湖・朝見香白、名幸平
大塚香緑(1903-1982年08月01日)師川端龍子、元青龍社社人
大塚春嶺(1861-1944)師深田直城・谷口香☆
大塚榛山(1871-1944年02月05日)師滝和亭
大塚新平(不明-1997年03月16日)顕彰会会長
大塚半山(1846-不明)渡辺小華の門人、名宜逸
大塚均(1911?-1998年04月02日)元創造美術会運営委員
大塚晶子(1930-2007年11月13日)師秀雄・箕輪芳二、日本美術院院友、愛知県水墨画協会名誉会員
大坪正義(1874-1967年02月10日)師山名貫義、住吉派と古画粉本の模写研究をした
大西瑳都(1914-1981年07月15日)師北野恒富・中村貞以、日本美術院院友
大西雪溪(1814?-1892)師中島来章
大西泰石(1892-1951年12月23日)満谷国四郎に洋画を近藤泰山に日本画を学ぶ、郷土徳島の美術振興に尽力
大西南山(1874-1943年03月08日)師山元春挙・寺崎広業
大西蓬莱(不明-不明)中津の女性画家
大西黙堂(1851-1921)別号黙仙・黙遷、浅井柳塘に師事
大沼杏村(1859-1942)師柿本柿融・川村雨谷
大貫鉄心(1892-1958年08月11日)東美卒、師川合玉堂、帝展・新文展・日展出品
大貫徹心(1892-1958年08月11日)東美卒、師川合玉堂、帝展・新文展・日展出品、旧号鉄心
大沼渓水(1893-不明)師平尾墨仙・松村玉年
大根田雄国(1898-1952)師長田雲堂・小室翠雲、帝展・新文展・日展出品
大野花渕(不明-不明)種田豊水の師
大野居巌(不明-不明)師堀江友声
大野重幸(1900-1988)師山内多門・川合玉堂、日本美術院特待
大野静方(1882-1944年09月17日)師水野年方、連合絵画共進会出品、浮世絵研究を手がける
大野竹皐(1870-1944年09月)師田近竹邨
大野滴山(1922?-1998年03月24日)水墨画家、日本水墨画振興会名誉会長
大野友久(1927-2003年10月02日)師箕輪芳二、日本美術院院友、岐阜県水墨画協会理事
大野俶嵩(1922-2002年09月05日)無所属、京都市立芸術大学名誉教授、京美大卒
大野博(1912-1972年12月03日)大美卒、師矢野橋村、元日本南画院理事
巨野文祐(不明-不明)師谷文晁、桑名に移り住む
大野北山(不明-不明)南画
大野百樹(1920-2019年03月01日)師奥村土牛、日本美術院同人、総理大臣賞、文部科学大臣賞
大庭学僊(1820-1899年08月21日)師朝倉南陵・小田海僊、絵画共進会審査員、明治宮殿の杉戸絵制作に参加
大羽東洲(不明-不明)師杉山呉洲、本名誠一
大橋廉堂(不明-不明)師高森砕巌
大橋翠石(1865-1945年08月31日)師天野方壺・渡辺小華、パリ世界博、英博
大橋万峯(1860-1943)大橋翠石の兄
大林耕念(1909-1987)師関口貫山・山田申吾
大林千萬樹(1887-1959年04月26日)師富岡永洗・川合玉堂・鏑木清方、名頼憲、日本美術院院友
大林牧斎(1810-不明)師山内耕烟
太平華泉(1913-1983)師荒川華関
大平華泉(1913-1983年08月23日)師荒川華関・松林桂月、日本南画院副理事長、日展会友
大平蹄山(1821-1888年11月21日)師大平亀陰・増田九木
大堀半仙(1875-1961)師野出蕉雨
大亦観風(1894-1947)師翠雲
大亦墨亭(1879-1951)師曽文・芳文、帝展文展
大宮俊興(1907-1984年01月16日)帝美卒、師山口蓬春、日展菊華賞
大村寛次(1895-1959)東美卒、号雅祥
大村廣陽(1891-1983年06月28日)京都絵画専卒、師竹内栖鳳、帝展・文展・日展で活躍
大守峨山(1830-1895年05月10日)師古市金峨
大森運夫(1917-2016年09月29日)中村正義に影響され日本画を始める、新制作協会会員を経て創画会結成に参加して会員、山種展大賞
大森敬堂(1876-1911年06月14日)師川端玉章、平福百穂らと无声会を結成
大森照子(1801-1877)百々廣年の妻、号は高月
大森真津夫(1926-2010年08月25日)師堅山南風、日本美術院特待
大矢黄鶴(1911-1966年02月28日)師児玉希望・田中青坪・蔦谷龍岬、日本美術院院友
大矢峻嶺(1892-1967年04月01日)師三木翠山・竹内栖鳳、文展・新文展出品
大矢米年(1879-1966年04月03日)師奥村石蘭・森川曽文・久保田米僊、名清次
大山雨香(不明-不明)南画
大山華珱(1902-1973年12月05日)日本画院同人
大山更青(1897-1979年02月22日)東美卒、国画創作協会出品
大山鎮(1937-2016年03月02日)師吉岡堅二、元創画会准会員
大山忠作(1922-2009年02月19日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、東美卒、師山口蓬春、日展会長
大山魯牛(1902-1995年04月09日)師小室翠雲、新興美術院顧問、大東南宋院委員
岡愛山(不明-不明)昭和初期に久留米市で活動
岡興州(1883-1912)師池田興雲・梶田半古
岡茂以(1900-不明)師北野恒富
岡舟皐(不明-不明)師帆足杏雨
岡秋芳(不明-不明)河島春嶂に画を教えた
岡春英(1874-不明)師足立秋英・十市石田
岡松濤(不明-不明)津の人
岡世紀(1915-1991)師羽石光志、日本美術院院友
岡西湖(1881-不明)師山元春挙・菊池芳文・竹内栖鳳
岡千仞(1833-1914)漢学者
岡庭道(1914-1988年03月09日)日本水墨画協会常務理事
岡南国(不明-不明)師石南岳
岡白陽(不明-不明)南画
岡不崩(1869-1940年07月29日)東美修、師狩野友信・狩野芳崖、真美会を創設し活発な美術活動を展開した、芳崖門下四天王のひとり
岡文濤(1876-1943年12月28日)師山元春挙、四条派を学んだ
岡倉秋水(1866-1950年12月30日)師狩野芳崖、岡倉天心の甥
岡崎雲隣(1850-1919年12月17日)師天野漱石、元衆議院議員
岡崎江山(不明-1881年05月26日)江戸後期から明治期の画家、松平雪山の門人、名邦彦
岡崎秀巴(1882?-1921)師竹内栖鳳
岡崎準(1909-1972)東美卒、師安田靫彦、日本美術院出品
岡崎忠雄(1943-2002年07月06日)京美卒、無所属
岡崎南田(1860-1932)北海道展創立会員
岡里古軒(1885-不明)名七郎、津澄村長を務めた
小笠原華文(1876-1924年06月)師荒木十畝、名庸雄、通称庸、字光明、別号竹立園、読画会展等受賞
小笠原笠斎(1835-不明)文人画をよくした
岡島清曠(1827-1877)四条派、横山清暉門
岡島百濤(不明-2007年10月04日)日本文人画府名誉理事
岡田桜邨(1876-1913年03月05日)師長元華筵・鈴木華邨、連動絵画共進会出品
岡田華郷01(1894-1981)師吉川霊華、帝展出品
岡田菊僊(1865-1910年08月)児玉果亭に南画を学ぶ、日本美術協会展等
緒方橘香(不明-不明)南画


岡田琴湖(1863-1945年08月23日)師平福穂庵
尾形月耕(1859-1920年10月01日)容斎派画風、雑誌挿絵
尾形月山(1887-1967年12月27日)師父尾形月耕・小堀鞆音、連合絵画共進会出品、文展・帝展等出品
尾形月三(1887-1967年12月27日)浮世絵師・日本画家、実父尾形月耕に師事、尾形月山の初号
岡田耕以(1914-不明)師中村岳陵、名吉三、別号大穂
岡田壺中(1895-1955)師松本楓湖・速水御舟、日本美術院院友、帝展等出品
岡田杉峰(1870-1960年07月28日)師鈴木拳山、宮大工、本名永次
緒方紫竹(不明-不明)南画、師堤紫僊
岡田秋嶺(1876-1941年06月08日)東美教授、連合絵画共進会出品
岡田象外(不明-2001年12月13日)日本南画院理事
岡田松峯(1871-1960)師鈴木挙山、名永次、宮大工
岡田青慶(1908-1981)川端画学校卒、師中村岳陵、日展
岡田静虫(不明-不明)岸派を学ぶ
岡田晴峰(1895-1966年09月28日)師小室翠雲、帝展受賞、日本南画院同人
岡田誠也(1928-1988)新興美術院会員、茨城大学卒
岡田石腸(不明-不明)美馬市脇町猪尻に住み南画を描いた
岡田石嶺(1886-不明)師奥村石亭・川北霞峰、名鉄治郎、別号朝暉荘
岡田蘇水(1880-1942年10月03日)師佐竹永湖・王欽古、別号喜堂、日本美術協会委員
緒方大☆(1894-1938)東美卒、☆は「日」+「熏」
岡田隨雲(1855?-1935年11月18日)仕事のかたわら画をよくした
岡田多栄(1927?-2012年08月02日)日本画院理事
岡田淡雅(1913-1992年04月18日)日本南画院常務理事
緒方竹雲(不明-不明)南画
岡田竹涯(1850-不明)師阿部北涯
尾形洞眠(1839-1895)福岡藩絵師尾形家九代
尾形奈美(不明-不明)下岡蓮杖の孫、師川崎小虎
岡田昇(1907-1945年08月06日)東美卒、師松岡映丘、瑠爽画社・一采社結成
岡田楳顛(1803-1877)師村井蕉雪・福田太華
岡田春生(1926-2002年04月16日)芸大卒、師加藤栄三、日展会友、埼玉県展審査員・運営委員
岡田三穂麿(1923-1989年08月11日)多摩帝国美校卒、師安田靫彦、日本美術院院友、元東明美術保存会理事長
岡田守巨(1919-2002年09月13日)東美卒、師前田青邨・橋本明治
岡田安治(1924-2011年02月11日)師後藤純男、日本美術展特待、元大潮会員
岡田雄☆(1904-1997年03月06日)東美修、師横山大観・橋本静水、元日本美術院院友、☆は「皇」+「光」
岡田錬石(1904-1996年06月14日)師蔦谷龍岬、新興美術院名誉顧問
尾形芦香(1857-1946)師菊川淵斎・狩野探美
岡野竹痴(1834-1889)江戸後期から明治期の画家、高久靄崖の門人、梅老の弟
岡野泰子(不明-不明)師伊東深水
岡橋萬帆(1924-2001年12月15日)師橋村、元日月社会員、青燈会主宰
岡部雲程(1812?-1889)師古市金峨・三宅西浦
岡部寛山(不明-不明)画家ではないが画をよくした
岡部光成(1893-1972)師寺崎広業・菊池契月、帝展・文展出品
岡部春谿(1836-不明)師藤重春山
岡部南圃(1807-1873)師岡本秋暉・春木南湖
岡部文暢(1877-不明)師渡辺杏堂、名泰蔵
岡部陽(1904-1982)師蔦谷龍岬
岡部楽水(1882-1950年11月07日)師野村応山
岡部榴園(不明-不明)風栄蔵と称した
岡見渓斎(1870-1904年05月07日)本名仲、岡見知康子孫、小室怡々斎に師事
岡村宇太郎(1899-1971年10月11日)京都絵画専卒、師土田麦僊、国画創作協会会員、新樹社結成に参加
岡村鶴翁(1796-1900)仙台に生まれ諸国を遊歴
岡村葵園(1879-1939年10月08日)川端画学校日本画科主任教授
岡村圭三(1846-1910)師岡村熊七・養子
岡村竹條(1817-1880)師古屋竹原
岡本雲晴(1850-1896年08月09日)師鳥羽雲明・矢野誼軒、岸派
岡本金波(1823-1896年02月25日)師古市金峨
岡本月村(1876-1912年11月11日)挿絵画家、師今尾景年・浅井忠、新聞や雑誌に挿絵を描いた
岡本硯農(1849-1923年10月19日)師木村金秋・胡鉄梅、名久敬
岡本香邨(1883-1963年02月08日)名は虚、別号は竹山、香谷など
岡本秋石(1868-1940年11月14日)東美卒、橋本雅邦に師事、二葉会会員で特許局審査官をつとめる
岡本神草(1894-1933年02月13日)京都絵画専卒、菊池契月に師事、国画創作協会・帝展等
岡本大更(1879-1945)京都府画学校中退、巽画会・大正美術会
岡本淡雅(1913-1992年04月18日)大美卒、師矢野橋村・深林人、日本南画院常務理事
岡本智岳(1856-1950)沼辺洞昌寺の画僧
岡本竹山01(1883?-1963)師田近竹邨・佐久間竹浦
岡本常彦(1816-1891年11月23日)父岡本豊彦に四条派を学ぶ
岡本桃里(1806-1885年12月21日)四条派、鯉を得意とした、号武陵斎
岡本梅英(1869-1890年06月10日)師山本海逸、名伸夫、字考祺、通称唯三、別号銀香斎
岡本萬三(1905-1975年12月29日)京都絵画専卒、師池田遙邨、日展
岡本豊洲(1868-不明)師帆足杏雨
岡本芳水(1878-1959年02月27日)師平井直水・菊池芳文
岡本豊陽(1879?-1952年06月21日)農業、ダルマ画をよくした
岡本彌壽子(1909-2007年06月25日)女子美卒、師小林古径・奥村土牛、日本美術院同人・元評議員
岡本遊汀(1854-1914)師笹川遊原・筑紫翠雲、南宗画をよくする
岡本柳英(1897-1891年03月28日)師父岡本柳南、名六出、別号鶉口
岡本柳南(1848-1934年03月08日)師岡本梅英、名申夫、字公寿、通称萬平、別号掬翠山房・対竹草堂
岡本亮彦(1823-1883年11月18日)師岡本豊彦、号畔生・暁翠園
岡本緑邨(1811-1881)山本梅逸風の南画をよくした
岡山酔谷(不明-不明)指頭画を得意とした
小川雨虹(1911-2002年01月20日)師中村貞以、春泥社、元日本美術院院友
小川芋銭(1868-1938年12月17日)日本美術院同人、日本画を独学で学び、詩書や労荘思想に通じた、別号草汁庵
小川栄太郎(1899-1978年11月15日)師土田麦僊、国画創作協会・新樹社出品
小川歓斎(1838-1926年12月18日)師佐藤きん斎、名金也、初号文雅
小川鴻城(1884-1973年03月15日)師石川柳城・小室翠雲、名権、別号温故山人、龍陽会を結成
小川恒貞(不明-不明)師野際白雪
小川五瓢(不明-不明)南画
小川樵山(1886-不明)師高倉観崖
小川翠村(1902-1964年05月09日)師西山翠嶂、文展・帝展・日展出品
小川清處(1854-1932)師安田老山
小川雪洲(1823-1898年05月09日)名彭、別号琴松斎健洲
小川洗二(1905-1962年04月13日)東美卒、師中村岳陵、新興美術院理事、小川芋銭の二男
小川千甕(1882-1971年02月08日)師浅井忠・翠雲、洋画から日本画に転向
小川窓月(1879-1927)師今井小藍・種田豊水、土陽美術会高知支部会員
小川立夫(1914-2001年05月04日)京都絵画専卒、師堂本印象、日展会友、特選2、東丘社理事
小川竹生(1914-1978年12月07日)師奥村土牛、日本美術院特待
小川千代子(1949-2003年04月26日)宝塚日本画協会会員
小川芳崖(1866-1952)師森魚渕、住吉派
於川龍人(1901-1977年02月11日)師小野竹喬、国画創作協会・新樹会出品、戦後は創作画人協会に出品
沖冠岳(1817-1876)師岸駒、狩野派の画風
沖九皐(1841-1912)鳥取藩御用絵師沖家八代
荻田邦孝(不明-1994年04月01日)日本画府理事
荻田東嶺(1899-不明)師小室翠雲
沖津殿山(1831-1895)師熊坂適山
荻津白銀斎(1821-1915年01月03日)狩野派
荻根沢映泉(1910-1991年11月14日)師郷倉千靱・今野忠一、日本美術院特待
沖野一秋(1867-1945)師宮田洞雪、土陽美術会高知支部幹事
荻山雅広(不明-1876)師狩野雅信
大給近孝(1878?-1958年03月26日)貴族院議員
荻生天泉(1882-1947年10月09日)東美卒、師橋本雅邦、帝展等出品、勝田蕉琴らと福陽美術会を設立・初代幹事長
荻原侍経(不明-不明)師土田麦僊、国画創作協会・新樹社出品
荻原春山(1821-1897年06月)師樋口春翠・狩野洞章
荻原涌石(不明-不明)在京作家による筑前美術展出品
奥月渓(1874-1950)僧、達磨の画を得意とした
奥征二(1942?-2019年03月15日)創造美術会(日)会員
奥生不倒(不明-不明)博多築港記念展覧会出品
奥田元宋(1912-2003年02月15日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、師児玉希望、日展顧問
奥田雀草(1899-1988年12月13日)俳画家、原爆忌全国俳句大会の創始者
奥田正治郎(1901-1981年05月05日)京絵卒、日展会友
奥田正治良(1904-1981年05月05日)京都絵画専卒、師中村左洲・山口華楊、日展会友
奥田東香(不明-不明)南画
奥田明斎(不明-不明)師森月航
奥田芳彦(1880-不明)森魚渕に住吉派を学んだ後、橋本雅邦に師事
奥田蘭雪(1832-1893)徳山藩士、師柳田雲屋・山本琴石
奥谷秋石(1871-1936)師重春塘・森寛斎、日月会
奥出玉陵(不明-不明)師佐竹永陵
奥富順三(1907-1978)師奥富宝年
奥富宝年(1886-1942)師鈴木松年
小国重友(1825-1889)幕末から明治期の画家、神主、通称鈴木浪江


奥原晴湖(1837-1913年07月28日)師福田半香、新傾向の闊達な画風で一世を風靡、女流三羽烏(他は跡見花蹊・野口小蘋)
奥原晴翠(1852-1921年09月01日)師奥原晴湖、晴湖の養女
奥村永伯(1831-1886)江戸後期から明治期の画家、佐竹永海の門人、吉川小学校の校長を務めた
奥村厚一(1904-1974年06月25日)京都絵画専卒、師西村五雲、創画会会員
奥村紅稀(1897-1968年06月05日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、名鏞三、日展出品
奥村恭法(1865-不明)師鬼頭道恭、名環次郎、仏画を得意とした
奥村石亭(1874-1945年03月03日)師父奥村石蘭・磯部百鱗、名季彦
奥村石蘭(1834-1897年02月07日)師野村玉渓・横山清暉、名庸、通称源吾・大助、別号知芳園・楓斎・庸堂主人
奥村霜樹(1882-1927)名寅雄、奥村老圃の二男
奥村桃村(不明-1889年06月27日)師前田暢堂
奥村土牛(1889-1990年09月25日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、師梶田半古・小林古径、日本美術院名誉理事長
奥村梅禅(不明-不明)南画
奥村梅堂(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
奥村牧鳳(1914?-2004年11月11日)日本文人画府名誉理事
奥村木巣(1887-不明)京都絵画専卒、師山田松渓・竹内栖鳳、名保一
奥村玲瓏(1901-1984年02月29日)師堅山南風、日本美術院院友
奥村老圃(1860-1926)名亀三郎、父の永伯に絵を学んだ
奥本高于(1899-1962年03月)師田近竹邨、日本南画院理事
奥山芳泉(1913-1993年09月18日)師川崎小虎・東山魁夷、日展会友、森々会会員
小倉魚禾(1876-1957年11月05日)師川端玉章
小倉篁花(1916-1990年08月28日)日本画院幹事
小倉青於(1842-1894年03月13日)師高久隆古
小倉遊亀(1895-2000年07月23日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、芸術選奨、師安田靫彦、日本美術院同人
小倉芳司(1909-2006)師小虎、日展会友
小栗潮(1921-2013年06月20日)師山口蓬春、日展参与、審査5、文部大臣賞、菊華賞、特選
小栗琴渓(1824-1912)師斑目東雄・椿椿山
小栗錦水(1828-1892年03月30日)師父小栗伯圭、通称六平
小栗松靄(1814-1894)福田半香の門人
小栗亮彦(1818-1884)師父小栗伯圭・岡本豊彦、通称保吉、字士朗、別号暁翠・澄神斎、岡本亮彦と同一
小栗正(1912-1985年08月28日)師郷倉千靱、日本美術院院友
小栗俊彦(不明-1889年07月24日)師父小栗伯圭・岡本豊彦、小栗伯圭の二男、通称友松、別号岡本舎人、岡本俊彦と同一
小栗布岳(1834-1915年05月15日)師帆足杏雨
小栗正気(1853-1927)師種田豊水、土陽美術会高知支部会員
尾越勝之助(1916-1969)師川端龍子
小坂芝田(1872-1917年09月05日)師児玉果亭、不折従弟、文展二等賞他
尾崎逸岳(不明-不明)師名草逸峰
尾崎聖峰(1892-1926)師川村曼舟・畑仙嶺、名一郎
尾崎雪濤(1828-1910)内国絵画共進会出品
尾崎片雲(1840-1916)師谷口靄山
長村楓村(不明-不明)師高橋杏村
納鳳陽(1883-不明)吉村鳳柳の門人
小沢魚興(1836-1888)徳島藩御用絵師、師父小沢輝興・守住貫魚、住吉派
小沢春雷(1846-不明)師藤重春山
小沢小門(1865?-1895年01月01日)師十市石谷
小沢翠石(1845-1917)小沢晁洲の子
小沢丹田(1845-1917)名守真、別号翆石・翆月、小沢晁洲の子
小沢晁洲(1811-1877)師谷文晁、祖先は小沢嘉右衛門
小沢道治(1915-2000年04月17日)東美卒、師中村貞以、日本美術院特待
押田翠雨(1892-1985年05月21日)洋画から転じ野田九浦に師事、日本画院同人
鴛海謙斎(1822-1892年09月29日)医師、詩書画をよくした
鴛海暘谷(1828?-1890年08月11日)藩立高田学校教授をつとめ、画をよくした
尾関圭舟(1883-不明)師日比野白圭、別号圭秋
尾関秋逸(1893-不明)師渡辺秋谿
小関秋華(1875-不明)師菊池芳文・木村金秋・渡辺秋谿、名玉三郎、字禎、別号可信園・竹陰居
尾関東園(1834-1903年10月17日)師渡辺清・大和絵を学ぶ、名祐命、通称三代目柏屋弥兵衛、別号永
尾瀬戸春光(1918-2009年05月10日)師望月春江、日本画院同人
織田観潮(1889-1961)師尾竹国観、文展出品
織田杏逸(1890-1970年07月27日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、杏斎の三男、名三吉、字子香
織田杏斎(1845-1912年11月24日)師父織田共樵・張晋斎、日本南宗画科井幹事、織田杏逸の父、名啓、字子道、通称鎌吉、別号緑天館
織田旦斎(1879-1966年08月09日)師伯父織田杏斎・佐竹永湖、名鐘吉・旦斎、字子致
小田知周(1851-1919)第二代高松市長、詩文和歌書画をよくした
小田半溪(1864-1902年10月14日)師前田暢堂、京都画学校教授
小田容亭(1859-1905年01月07日)松本檀嶺に南画を学んだ後、滝和亭に師事、小村雪岱は甥
小田喜五耕(不明-2002年08月26日)全国水墨画美術協会秀作展評議員
小田切春江(1810-1888年10月19日)師高力猿猴庵、尾張藩士、名忠近、通称伝之丞、別号歌月庵喜笑
小田切春光(1899-不明)師森村冝稲、別号春峰・春江
小田切春陵(1857-1902年06月03日)師父小田切春江・立松義寅、小田切春江の長男、名忠和、通称多芸雄
尾竹越堂(1868-1931年12月03日)明治中期から昭和初期の浮世絵師、尾竹三兄弟の長兄
尾竹国観(1880-1945年05月18日)東美卒、師小堀鞆音、文展無鑑査
尾竹竹坡(1878-1936年06月02日)師川端玉章・靹音、帝展無鑑査、今村紫紅らと大同絵画会設立
尾竹正躬(1903-1985)東美卒、帝展出品、郷里長野で長く教鞭生活を送る
小田島春耕(不明-不明)小田島大鵬の子
小田島大鵬(不明-1915?)師山内耕烟
小田島椿所(1820-1884)師佐久間六所
越智正治(1942-1996年08月24日)師小倉遊亀・松尾敏男、東京芸大中退、日本美術院院友
越智東予(1893-1967)師田辺竹邦・小室翠雲
越智和心(1909-不明)和然会会長、元日中水墨交流協会理事
落合素江(1831-1885年04月13日)洋風画
落合直文(1857-1903年12月17日)文人画家・歌人・国文学者、直亮の嗣、号桜舎、一高教授
落合朗風(1896-1937年04月15日)師菊池契月・小村大雲、青龍社人のち明朗美術聨盟主宰
小妻要(1939-2011年09月27日)出版美術家連盟理事、美人画、叔父は坂井草子
尾中蘆山(1893-1963)師水野年方・鏑木清方
鬼木湘江(不明-不明)昭和初期に築上郡黒土村で活動
鬼沢小蘭(1838-1907)水戸藩士伊藤家に生まれ高浜鬼沢久富の後妻となる
鬼塚溪仙(1902-不明)師甲斐虎山・白須心華・前田直渓
小貫博堂(1879-1960)東美卒、師橋本雅邦
小野一三(不明-不明)南画
小野一郎(1923-1993)東美卒、新興美術院理事
小野桜山(1853-1937年06月26日)馬溪文庫を創設
小野臥牛(1828-1889)岩手県水沢で活動
小野勝太郎(不明-不明)南画
小野華堂(1884-1949年07月22日)中国に渡り南画の技法を研究
小野寒江(1884-1971)師下條桂谷
小野具定(1914-2000年05月18日)芸術選奨、東美卒、師結城素明・児玉希望、創画会会員、日本北辺に散在する漁村をテーマにした
小野茂明(1897-1994)師下村為山・小室翠雲・川崎小虎
小野周文(1847-1935)姫路市立美
小野春陵(1860-不明)中島亨斎の門人、別号天真
小野蘇堂(1824-1897)師佐々布篁石・福田太華
小野竹下(1845-1897)師関石城・白神澹庵
小野竹桃(1880-1959年01月10日)師竹内栖鳳、国画創造協会展に素描・版画で入選、新樹会結成に版画会員として参加、小野竹喬の兄
小野竹喬(1889-1979年05月10日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、京都絵専卒、師竹内栖鳳、国画創作協会創立会員
小野杜堂(1840-1915年10月14日)師渡辺小華、号掃石、幼名柳三郎、通称久六、諱正爾
小野梅邨(1871-1960年04月24日)師森琴石・田能村直入
小野墨洋(不明-不明)師川田墨鳳
尾之内半農(不明-不明)師山本石荘
小野崎如水(1846-1917年01月10日)秋田藩士、平福穂庵に学ぶ
小野崎大凌(1888-1944)師荒木寛畝・寺崎広業
小野田祥雲(1872?-1932)師晴雲
小野寺☆流(1846-1915)全国絵画共進会受賞、☆は「高」+「鳥」
小野寺東卓(1829-1901)師佐藤東嶺
小野寺梅丘(1889-1963)師青木梅岳・山本梅荘・西村五雲、名澄夫
小圃千浦(1885-1975)師邨田丹陵、アメリカの自然を描いた
小畑稲升(1812-1886)鳥取藩御用絵師、師黒田稲皐
小圃六一(1864-1928)宮城師範学校・第二高等学校で絵画を教えた
尾原光海(不明-1939)師石橋和訓
小原小邨(1877-1945年01月04日)師鈴木華邨・フェノロサ
小原重哉(1836-1902年05月28日)幕末から明治期の武士・官僚、号米華
小原祥仙(1917-2009年01月20日)新興美術院名誉会員
小原尋(1900-1991年09月12日)師松岡映丘・結城素明
小原姥南(1875?-1935年07月25日)医師
小尾義人(不明-1978)新興美術院会員
帯屋青霞(1889-1977)師立花素嵒
小村成章(1831-1904)師三島等泉・中島来章
小村大雲(1883-1938年02月20日)師山元春挙、文展受賞
小茂田青樹(1891-1933年08月28日)師松本楓湖、日本美術院同人、赤曜会結成に参加
尾山幟(1921-1995年09月17日)師中村岳陵、日展評議員、多摩美
小山友郷(1879-1926年10月22日)東美卒、橋本雅邦・川端玉章に師事
小山田秋甫(1873-1927)師中原南渓、大橋翠石に私淑
小山田青水(1927-2010年01月)師望月春江、日本画院同人
及部力(1942-2019年04月09日)無所属
恩田耕作(1896-1971年05月07日)京絵卒、師古徑・麦僊、新興美術院理事、国画創作協会展・新樹社・院展出品
恩田節園(1879-1931)勝谷小学校校長
恩田得壽(1884-1960年09月24日)師橋本雅邦・野田九浦、官展出品

【か行】

川合石舟(1823-1899年07月10日)師岡本秋暉
甲斐虎山(1867-1961年09月26日)師帆足杏雨・加納雨篷
甲斐青萍(1882-1974年02月24日)東美卒、師高橋広湖、馬と武者絵の画家といわれた
甲斐宗平(1902-1988)長崎県展・市展の創立審査員をつとめた
甲斐常一(1893-1966年08月10日)師玉堂、別号秋聲
甲斐東渓(不明-不明)師竹村大鳳、谷村巣玄の子
甲斐巳八郎(1903-1979年06月16日)京都絵画専卒、師福田平八郎、元日本美術院院友
甲斐和里子(1868-1962)足利義山の五女、甲斐虎山の妻
海外天年(1860-不明)師岸竹堂・鈴木百年
海碧(不明-不明)宮城県田地方に作品が残されている
垣内雲☆(1845-1919年07月18日)師塩川文麟、号錦嶺・右竹斎、☆は「隣」の「こざとへん」が「山」
垣内右☆(1825-1891年08月31日)師塩川文麟、☆は「隣」の「こざとへん」が「山」
甲斐庄楠音(1894-1978年06月16日)京都絵画専卒、師川北霞峰、国画創作協会同人
貝谷春涛(不明-1879年11月10日)江戸後期の画家、師父貝谷采堂、貝谷采堂の長男
帰山阡蒼(1899-1978年12月)日本美術学校卒、師小林古径・橋本静水、帰山秀子は妹
帰山秀子(1904-1956)日本美術学校卒、師橋本静水、帰山阡蒼は兄
華岡(不明-不明)菊地華樵など華の付く画家の門人とみられる
花厓(不明-不明)四条派風
柿内青葉(1892-1982)師鏑木清方、美人画
蠣崎波鶩(1797-1874)蠣崎波響の子
垣添文亭(1890-1963)宮司、山下太助に漢学を学ぶ
柿沼宗居(1903-1971)日美卒、師中村岳陵・咄哉州、日本美術院院友
鍵野石耕(不明-不明)師野際白雪
柿木初子(1905?-1988年01月09日)青峰美術院常任委員
柿本柿融(1836-1897)師土田鉄船
賀来春斎(1806-1891年04月17日)医師、南画をよくした
賀来飛霞(1816-1894年03月10日)賀来有軒の長男、小石川植物園園長
鶴聲(1819-1884)師堀江友声
加倉井和夫(1921-1995年09月24日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、東美卒、師山口蓬春、日展常務理事
筧梅屋(不明-不明)師加藤梅翁・篠崎小竹
筧伯雅(不明-不明)医師、俳画をよくした
影浦鉄洲(1917-不明)西日本日本画連盟会員
笠素竹(不明-不明)師堤紫僊
葛西松隠(1832-1906)山本梅逸に私淑
葛西省斎(1820?-1884)日柳燕石らと交友した
葛西潮山(不明-不明)南画
笠井道明(1918?-1989年12月26日)全日本水墨会会員、富士宮市地区桃源会員
笠井柳堤(1829?-1881)師中川愛山、山内水竹らと交友した
笠原愷泉(不明-不明)明治29年出版の「松島真景全図」に挿絵画が掲載されている
笠原景親(1845-1922)師楊洲周延
笠原清見(不明-不明)京都絵画専門学校で学ぶ
笠原可雄(1912-1990年10月24日)師野田九浦、日展会友
笠間桃園(1813-1892)狩野派、師山野峻峰斎
笠松紫浪(1898-1991年06月14日)師鏑木清方
笠谷貫樹(1879-1962年12月30日)師湯浅桑月、住吉派
笠谷総樹(不明-1901年03月21日)笠谷貫樹の祖父、書画をよくした
梶喜一(1904-1980年02月15日)京都絵画専卒、師都路華香・西村五雲・山口華楊、日展会員、晨鳥社所属
梶徳行(不明-2012年06月02日)日展出品、香川県展等出品
梶浦奇渕(1822-1891)師村瀬秋水・雪峡、僧名得聞、別号蘭月
柏倉雪章(1878-1925)師小松雲涯・川端玉章
梶田半古(1870-1917年04月23日)師鍋田玉英・菊池容斎・鈴木華邨、日本青年絵画協会を創立
梶並蘭窟(1805?-1881)師丸川松隠
梶野玄山(1868-1939)師鈴木松年、京都中学絵画科教授
樫野南陽(1887-1956年07月31日)京美卒、国画創作協会展出品
鹿島鹿峯(不明-1994年12月08日)日本文人画府常任理事、国際墨画協会顧問
賀島牛山(1853-1931)詩と南画をよくした
加島祥造(1923-2015年12月25日)詩人・墨彩画家
鹿島探☆(1825-1886)師狩野探淵、☆は「王」+「周」
梶間文洋(1874-不明)四条派
梶村義川(不明-1897?)師田能村竹田
樫村白圭(1905-1973)横山大観の門人、名篤、院展出品
樫本翠邨(1893-1973)別号石亭・蕉雨荘、漁火同人、前衛墨画院主宰
梶山九嶽(1804-1877)矢野派、師矢野良敬
梶山九江(1940-1890年07月30日)師佐々布篁石・田中亀水・淵野桂仙・鉄翁、別号泉外
梶山大海(1836-1923)宇佐美太奇に学ぶ
華州(1880-不明)師山元春挙
柏木貫邦(1900-不明)師山元春挙
柏木蜂溪(不明-1879)師高木豊水・石南園
柏木緑雨(1843-不明)師中西耕石、別号半農・石亭・松処
梶原水田(1827?-1874)師兒島竹處
梶原緋佐子(1896-1988年01月03日)師菊池契月、日展参与、伝統的な美人画を継承しながら対象の個性を見据えた女性像を描いた
鹿末坪石(不明-1900年01月17日)師田辺文琦
春日仲装(1848-1873年01月21日)幕末から明治期の画家・儒者、通称装三郎、号融化
春日鉄山(不明-1883)師土佐光起
春日光親(不明-1883)別号鉄山
数原俊(不明-1995年09月07日)芙峰画会所属
片岡京二(1899-1993)師龍岬、別号光明
片岡球子(1905-2008年01月16日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞恩賜賞、師安田靫彦、日本美術院同人
片岡米山(1811-1897)師佐藤周鱗斎
片桐白登(1908-1997年06月17日)日本南画院副会長、日本中国水墨画交流協会名誉理事、日本文人画府相談役、師竹圃
片倉白麟(不明-不明)師菅原白龍
片野南陽(1841-1882)師山本梅逸
片村晩翠(不明-不明)北画
片山雅洲(1872-1942年08月12日)師幸野楳嶺・今尾景年・橋本雅邦、全国絵画共進会出品
片山菊渓(1833-1887)師後藤田南渓・鉄翁
片山春潮(1839-1896)師浦上春琴・成田半煙
堅山南風(1887-1980年12月30日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、師高橋広湖・横山大観、日本美術院同人
片山牧羊(1900-1937年08月26日)師鶴友・蔦谷龍岬、帝展
勝浦舟屋(1841?-1912)師中川愛山
勝田蕉琴(1879-1963年09月09日)東美卒、師野出蕉雨・橋本雅邦、文展受賞、帝展審、福陽美術会を組織・会長
勝田深氷(1937-2012年07月31日)伊東深水の二男、姉は朝丘雪路、兄は伊東万耀
勝田哲(1896-1980年11月17日)京都絵画専卒、東美卒、師山元春挙、日展会員
勝部其峰(1823-1881)師横山雲南・浅井柳塘
勝部静処(1861-1919)出東村村会議員などと勤め、書画をよくした
勝見完斎(1831-1896年09月30日)兼金工、師容斎、名恭世
勝見光雪(1930-2012年03月08日)日本文人画府常任理事
勝谷米荘(1871-1925)文人画家、日本南画院同人、日本美術協会員
勝谷木僊(1894-1978)師西山翠嶂
勝山西圃(1866?-1915)四條派、師矢部楳山
桂香屋(1852?-1920年01月09日)師十市王洋・帆足杏雨
門井掬水(1883-1976)師鏑木清方、帝展出品、清方門下の郷土会や伊東深水・山川秀峰の青衿会に美人画を発表した
加藤雨艇(1858-1916年02月27日)師木村雲渓・川崎千虎・木村金秋、名彬、字経明、通称菊三郎、別号梧雲・蘿石・臨池堂
加藤英舟(1873-1939年02月15日)師幸野楳嶺・竹内栖鳳
加藤栄三(1906-1972年05月24日)日本芸術院賞、創造美術協会の創立に参加後に離れて官展に復帰、東美卒、師結城素明、日展理事
加藤勝重(1914-2000年09月06日)師奥村土牛、日本美術院特待
加藤吉甫(1823-1905)師吉川君渓
加藤牛山(1832-1902)師牧野永昌
加藤玉壺(1828-1919年06月03日)師渡辺小華、通称皆蔵
加藤玉荘(1912-不明)師玉置頼石
加藤丹丘(1889-1945)師中野春翠
加藤玉亭(1872-不明)東美卒、橋本雅邦・川端玉章に師事、名紀高、別号香霞洞
加藤琴江(不明-不明)内国絵画共進会出品
加藤元白(1825-1910年06月15日)師桜斉広元、別号玄白・粽猿
加藤香瀾(不明-1953)師伊藤素軒
加藤香蘭(1890-1953年02月07日)師福田平八郎、鯉図の閨秀作家として知られる
加藤彩華(1912-2001年09月14日)師中村岳陵、日展会友
加藤紫雲(1901-1931年03月28日)師沢梅谷、名弥太郎、通称孫八
加藤重寿(1913-1974年05月14日)京都絵画専卒、日展
加藤紫軒(1895-不明)師沢梅谷・菊池契月、名三造
加藤子柏堂(1872-不明)師望月玉泉・岸竹堂
加藤秋荘(1912-1995)東美卒、日展
加藤竹邨(1880-不明)師田能村直入
加藤秋村(1839-1917年04月20日)師村瀬秋水、名豊、字子誠、別号青哦・秋耕


加藤春甫(1879-1950)師鈴木松年
加藤春峰(1912-1991年01月09日)師郷倉千靱、日本美術院特待
加藤正音(1930-2014年08月18日)白士会委員
加藤松溪(1909-1948)師後藤松亭・小室翠雲、新文展出品
加藤晨明(1910-1998年07月07日)師中村岳陵、日展参与
加藤清隠(1869-不明)師加藤秋村・石川柳城、名欽治、別号春泉・六々野人・洗心軒
加藤井竿(1930-2007)一掃米作百熊、鳥取県庁知事室買上
加藤石邨(1895-不明)師白井永川、名房一
加藤雪窓(1872-1918年11月22日)師小室秀俊・橋本雅邦、連合絵画共進会二等褒状
加藤雪柳(不明-不明)内国絵画共進会出品
荷堂禅石(1837?-1878)旧大分町外堀・常念寺第七世寺主
加藤素毛(1825-1879年05月12日)師沙門鉄翁
加藤春来(不明-不明)師川田墨鳳
加藤丹楓(1850-1924)篤学者
加藤千波(1827-1877)宮城の人、萩園と号した
加藤鼎山(1815-1890)師十市王洋
加藤天岳(1883-1951)師高島北海・尾形月山
加藤東一(1916-1996年12月31日)文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、東美卒、師山口蓬春、日展顧問
加藤東効(1785?-1878)狩野派
加藤淘綾(1901-1987年05月01日)師安田靫彦、短歌を斎藤茂吉に学ぶ、日本美術院
加藤蘆鶴(1838-1921年03月14日)師蘆汀、名喜重、通称喜右衛門
加藤獨歩(不明-不明)昭和初期に大牟田市で活動
加藤直昌(不明-不明)堀尾実、水谷勇夫らと匹亞会を結成
加藤南涯(1873-1959年11月)東美卒、師幸野楳嶺・橋本雅邦、西岐波村村長
加藤南峰(1809-1892)師東東洋、佐沼の三大画家の一人
加藤登(1930-2006年02月01日)師小松均・今野忠一、日本美術院特待
加藤半渓(1841-1905年02月10日)師父加藤半山・伯父加藤墨渓、、内国絵画共進会賞状
加藤楓斎(1826-1879)名来治、養蚕の導入の傍ら画を描いた
加藤豊春(不明-不明)津の人、染織の傍ら画を描いた
加藤将郎(1933-1985年01月22日)師小松均、日本美術院
加藤美代三(1912-2012年05月10日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、日展会友
加藤弥寿子(1919?-2014年04月28日)日本文人画府会長
加藤友介(不明-不明)兼洋画、高校定時制の主事をやっていた
加藤雄飛(1839-不明)師高橋容所
荷堂弦(1878?-1962年04月17日)大分市長浜町常念寺寺主
加藤揚州(1883-1926)師三宅呉暁・川北霞峰
加藤和英(不明-不明)本名半造、屏風や襖絵を多く描いた
門垣無門(不明-不明)南画
金井一章(1879-1944年02月)東美卒、師川端玉章・寺崎広業
金井畊風(不明-1997年08月20日)日本南宗会常任理事、日本自由画壇壇人
金井毛山(1806-1879)江戸後期から明治期の画家、名寿、字寿平、別号無溟・研香
金沢虹坡(1900-1990)師川合玉堂、平和博・奉祝展等
金島桂華(1892-1974年09月16日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、師竹内栖鳳、日展顧問
金田和郎(1895-1941年11月12日)師曽木聴松、京都市美卒、国画創作協会展樗牛賞
金谷朱尾子(1953-2004年10月06日)京都芸大卒、日展会友、特選
金光成文(1888?-1971年01月10日)師松林桂月
要樹平(1906-1994年02月10日)京美卒、師土田麦僊、国画創作協会展、新樹社展
金森観陽(1882-1932年04月18日)師尾竹越堂、文展褒状、大正美術会
金森南耕(1880-1935年10月28日)師祖父金森南塘・尾形月耕、文展出品
金森南塘(1823-1904年08月31日)師春木南湖、日本絵画協会展二等褒状、兄は山内林斎
金谷玄道(不明-不明)東美卒、見樹院第十五世住職
金山鴎隣(1863-不明)師天野漱石
金山霊水(1910-1996)師朗風・児玉希望、日展出品
可児無門(1852?-1919年03月08日)醸造業、画をよくした
金子雲英(1890-不明)尾竹国観に師事、名英太郎
兼子雲英(1890-不明)師尾竹国観
金子鴎雨(1848-1884)師岸明・帆足杏雨
金子海堂(1865-1946)師小澤小門
金子菊所(1853-不明)師日根野対山、名耕平
金子耕雲(不明-不明)師亀田耕雨
金子秀雲(1924-1997年03月23日)日本美術院院友
金子紫陽(1885-不明)師岡秋芳
兼子泰秋(1899-1979)師下村為山、遊戯三昧会副会長
金子孝信(1915-1942年05月27日)東美卒、モダンな女性風俗を描く、26歳で戦死
兼子東雨(1862-不明)渡辺小華の門人、別号小華堂、俳号雨来
金子八畝(1903-1983)師寛畝、新興美術院会員
金子米軒(1883-1946)師小室翠雲・山岡米華、帝展出品
金子兵輔(1848-1884)師岸明・帆足杏雨
兼重暗香(1872-1946年11月02日)師荒木寛友・野口小蘋、文展出品
金重菱江(1895-1967年08月22日)師松林桂月、戦後山口市で江山画塾を開設
兼島暗香(1872-1946)師野口小蘋
兼城昌興(1866-1930)師中川蘆月
金曽大畔(1911-1989年10月21日)師矢野橋村・佐藤太清、日展会友、元日本南画院理事
金田南村(1895-1941)京都市立美術工芸大学卒業
金田豊(1900-1964)師亀割隆・田中青坪、日本美術院院友
金田由人(1914-1981年04月17日)師石川竹邨、名睿
兼松南園(不明-1890)師春木南溟・中村鏡湖
兼松蘆門(1864-1917年08月20日)師鷲見春岳・神保木石・中野水竹、名亀四郎、別号松泉
兼本春篁(1855-1926)師田能村直入
金山郡司兵衛(1812-1881)画と彫刻に勝れた
鹿野金華(不明-不明)南画
狩野晏川(1823-1892年11月20日)幕末から明治期の画家、名貴信、別号皆春斎、師栄信、表絵師
加納雨篷(1866-1933年09月)師帆足杏雨
狩野永祥(1811-1886)師狩野永岳、父は永信
狩野永笑(1819?-1888)高松藩絵師、松平頼該の師
狩野永朝(1831-1900年08月12日)狩野山楽直系の九代狩野永岳の養子
狩野永悳(1814-1891年01月29日)帝室技芸員、木挽町狩野伊川院栄信の第六子
狩野応信(1842-1907年01月)木挽町狩野家十代勝川院狩野雅信に師事、父は狩野玉圓
狩野応心(1851-1907)師狩野勝川
加納黄文(1824-1891)師野村玉渓・横山清暉
狩野休意(1817-1881)盛岡藩の常府狩野派絵師、師狩野洞白春信、狩野休雪の子
狩野光雅(1897-1953年12月17日)東美卒、師松岡映丘、帝展・文展出品、国画院の結成に同人として参加
狩野三岳(1829-1904)師東東莱
加納三楽(1898-1981)師山元春挙・山村耕花、後に川端龍子に師事し青龍社社人として活動
加納三楽輝(1898-1981年04月30日)師山元春挙・川端龍子、元青龍社社人
狩野寿信(1814-1897)『本朝画家人名辞書』を著した
狩野春碩存信(1845-1913)盛岡藩の常府狩野派絵師、休意の子
狩野春水(不明-不明)狩野三岳の子
狩野春碩(1845-1913)盛岡藩の常府狩野派絵師、師狩野董川中信
狩野春川友信(1843-1912年08月15日)浜町狩野家董川中信の子
狩野勝玉(1840-1891年01月16日)師狩野雅信、父は貞信
狩野勝川院(1823-1880)名雅信、別号素尚斎、叙法印、木挽町九世
狩野翠穂(1888-不明)狩野三岳の孫
狩野素川(1814-1897)幕末から明治期の画家、名寿信、幕府表絵師、別号朝音斎、猿屋町狩野
狩野素川寿信(1820-1900)猿屋町代地狩野家九代
狩野素朴(不明-1911)狩野派
狩野忠信(1864-不明)宗家中橋狩野家の狩野永悳に師事し養子となる
狩野探岳(1859-1922年01月08日)師叔父狩野探美、父は狩野探原
狩野探道(1890-1948年06月04日)師狩野応信・荒木探令、日本美術協会審査員、父は狩野探岳
狩野探美(1840-1893年06月19日)狩野探淵の子、名守貴、叙法眼、奥絵師
狩野探令(1857-1931年04月09日)師狩野深美守貴、日本画会幹事
狩野洞春(8代)(不明-不明)駿河台狩野八世
狩野友信(1843-1912年07月15日)師狩野雅信、中信の子、東美教授
狩野梅斎(1883-1969年02月19日)師池上秀畝、名政次郎
狩野芳崖(1828-1888年11月05日)師狩野雅信、別号松隣・勝海、近代日本画の父と称される
狩野雅信(1823-1880年08月09日)幕末から明治期の画家、晴川院養信の子、号勝川院・素尚斎
狩野養長(1815-1875)肥後狩野家十代
狩野幽谷(不明-不明)師堀江友声
狩野良信(1848-不明)師狩野雅信、内国絵画共進会受賞
加納凌雲(1878-1958)師野村文挙・野口小蘋・橋本雅邦、仏画や寺社天井画等を制作
狩野朗左門(1911-2001)岡田三郎助に師事、槐樹社展・白日会展等出品、その後日本画に転向、落合朗風に師事
彼末一溪(不明-不明)師弘瀬洞意、狩野派
彼末堤馬(1842-1926)師弘瀬洞意、絵金派
加畑桃僊(1897-1985年04月03日)京都絵画専卒、山元春挙、日展・大毎展
鏑木華国(1868-1942年06月05日)師渡辺小華、名武輔、小崋会会長
鏑木清方(1878-1972年03月02日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、帝室技芸員、師水野年方、結城素明らと金鈴社を創立、日展顧問
加部松園(1850-1922)師野口幽谷
下保昭(1927-2018年08月07日)師西山翠嶂、日展文部大臣賞、菊華賞
鎌倉秀雄(1930-2017年03月14日)師安田靫彦、日本美術院同人・常務理事
鎌田糸平(1916?-1980年01月01日)師水越松南
鎌田堅白(不明-不明)町狩野
鎌田方晴(1919-1997年02月12日)師野田九浦・中谷光炎、父は鎌田緑峯


鎌田緑峰(不明-1979)新興美術院会員
蒲池玉英(不明-不明)蒲池来潮の妻
蒲池来潮(不明-不明)四条派
上泉華陽(1892-1979)東美卒
神坂松濤(1882-1954)師菊池芳文・浅井忠、神坂雪佳の弟
神坂雪佳(1866-1942年01月04日)佳都美会主宰、京都市立美術工芸学校教諭
上條静光(1908-2007年04月24日)師川端龍子、元新興美術院常任理事
上條肇(1925-2005年11月13日)師郷倉千靱・今野忠一、日本美術院特待
上條義守(1876-1967)日本民俗資料館
神庭白黎(不明-不明)東美卒、師百穂
上村広成(1870-1938)川島文信と五光会結成
神谷幸子01(1927-2011年01月02日)日展会友
神谷紫水(1836-1901)師浅井香雨・村瀬秋水、名彦・泰彦、通称彦十、別号霞外山房主人
神谷石洞(1864-1936年02月)師山本梅荘、名有馬之助
亀井琴嶺(不明-不明)師根本幽峨
亀井玄兵衛(1901-1977年03月11日)元青龍社社人、東方美術協会結成に参加
亀田耕雨(1898-1977)師小室翠雲
亀井明二(1909-不明)師大智勝観、名明治
亀川盛棟(1861-1893)師小波蔵安章
亀川盛武(1808-1890)琉球の絵師、唐名は毛允良
亀田豊二(1912-1987年01月22日)京都絵画専卒、新制作協会出品
亀田正行(不明-不明)福岡美術会結成に参加
亀永吾郎(1890-不明)師鏑木清方
亀山秀景(1927-2009年11月18日)師春峰、玄画会副会長
亀割隆(1901-1981年01月15日)師葛谷龍岬・荒木十畝、文展・帝展・日展
亀割隆志(1901-1981)師龍岬、別号青亀洞
鴨下晁湖(1890-1967年10月20日)東美卒、師松本楓湖、文展賞、戦後は挿絵や装丁に従事し出版美術家連盟会員
嘉本周石(1889-1976年08月15日)師森琴石
萱島鶴栖(1827-1878)師斎藤秋圃・桑原鳳井・石丸春牛・村田東圃
萱島秀岳(1886-1939)師父秀山、萱島秀山の長男
萱島秀山(1858-1938)師荒木寛畝、萱島鶴栖の長男
萱島秋邨(不明-不明)南画
萱島秀峰(1901-1973)師父秀山、萱島秀山の三男
萱田万海(1851-不明)師父月仙
茅野春村(不明-不明)師斎藤秋圃
香山梧堂(1812?-1891)師佐々布篁石・福田太華
香山太宣(1899-1963年04月09日)師山内多聞
加山又造(1927-2004年04月06日)文化勲章、文化功労者、師山本丘人、創画会会員、元東京藝術大学教授、元多摩美術大学教授
狩山幽壑(1811?-1883)師中西耕石・鼎金城
粥川伸二(1896-1949年01月01日)師土田麦僊、国画創作協会
華陽仙人(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
唐沢湖城(1819-1980年01月06日)師島高麿・狩野甘国斉
辛島詢士(不明-不明)医師
辛島望山(1855?-1943年10月28日)師田口橘林
川合雲鳳(不明-不明)帝展出品、南画をよくした
河合英忠(1875-1921年09月17日)師右田年英、清方らの烏合会参加
川井勝美(1941-2000年11月20日)日本美術院院友
河合玉泉(1896-1966)師白井青淵、宗墨会顧問、県議会議員、本名河合源三郎
川合玉堂(1873-1957年06月30日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、帝室技芸員、師橋本雅邦・幸野楳嶺、名芳三郎、別号偶庵、日本美術院創立に参加
川合清(1918-2008年10月27日)元日本画院同人、東美卒、中村岳陵に師事、新潟大学名誉教授
川井硯海(不明-不明)南画
河合健二(1908-1996年02月04日)京都絵画専卒、師西村五雲・山口華楊、日展参与
川合小梅(1804-1889)紀州藩藩校「学習館」督学の妻、小梅日記を書いた
河合秋堂(1826-1898)師高橋杏村
川合誠司(1927-2008年01月)師川端龍子、新美術副理事長
川合白流(1899-1940年12月12日)東美卒、師玉堂
河合琶江(1821?-1907年11月09日)師帆足杏雨
河合文林(1875-1912年09月01日)師父河合栗邨・今尾景年、絵画共進会二等褒状
河合墨雪(1901-1989年12月21日)現代水墨画協会顧問
河合栗邨(1851-1908年03月14日)師白神澹庵・鎌田玄渓
川合龍山人(1875-1945年09月15日)師福本松鄰・寺崎広業
川上馨谷(不明-不明)大和絵凧を描いた
河上鴻立(1869-不明)師河上鶴立、別号梅痴庵主々子
川上孤山(不明-不明)師川上盤山
川上拙以(1901-1976年12月03日)京都絵画専卒、師翠嶂、帝展文展
川上如雲(不明-不明)日本楽器会社社長、似顔を描く
川上游(1929-1995)日本美術院院友
川北霞峰(1875-1940年08月14日)師幸野楳嶺・菊池芳文、文展特選、帝展委員
川口月泉(1875-1934)川口月村の子
川口月村(1845-1904年10月17日)師父川口月嶺、絵画共進会三等褒状
川口春波(1899-1972)師川端龍子、青龍社の結成に参加、脱退後明朗美術連盟を結成
河口小波(1913?-2011年05月11日)師河口楽土、日本自由画壇創立に参加・名誉顧問
川口澹斎(1853-1909年12月05日)師渡辺拈華
川口南天(1874-不明)名茂、別号一竿、帝国絵画協会会員
河口祐貴子(不明-1995年03月10日)日本画府理事、元女流画家協会委員
河口楽土(1898-1991年04月27日)師富岡鉄斎・橋本関雪、日本南画院の創立に参加・会長、日本自由画壇を創立・理事長
川崎小虎(1886-1977年01月29日)日本芸術院賞恩賜賞、東美卒、師川崎千虎・小堀鞆音、名隆一、日展顧問
川崎千虎(1835-1902年11月27日)師沼田月斉・土佐光文、通称源六・鞆太郎、東美教授、日本美術院設立に参加、故実に通じ歴史画を得意とした
川崎春彦(1929-2018年10月02日)日本芸術院会員、日本芸術院賞恩賜賞、東美卒、師川崎小虎・東山魁夷、日展顧問、審査9、文部大臣賞、特選2
河崎蘭香(1882-1918年03月12日)師菊池芳文・寺崎広業、文展褒状
川崎李塘(不明-不明)博多祇園町で活動
河島春嶂(1889-1967)師父河島雪峰・岡秋芳
川島梅関(1902-1977)京都絵画専卒、師山元春挙
河島梅峯(1878-不明)師池田琴峰
川島浩(1910-1994年01月09日)京都絵画専卒、師西村五雲・山口華楊、日展会員、晨鳥社役員
川島文信(1889-1975)師荒木探令
川島正之(1910-不明)師川崎小虎、別号香陽
川島雄童(1948-2015年03月15日)無所属
河島養素(不明-不明)師江馬細香
川島伃音子(1904?-1994年03月26日)日本美術院院友
川瀬麿士(1941-2019年08月15日)院展同人・評議員、師今野忠一
河底墨翠(不明-不明)師川田墨鳳
河田賢三(1904-1970年04月20日)京都絵画専卒、師堂本印象、日展・新日展出品、東丘社
河田小桃(1864-1919)師父河田小龍・滝和亭
河田小龍(1824-1898年12月19日)師中林竹洞・島本蘭溪
河田翠涯(1822-1900)師根本幽峨
川谷高雅(1827-1890)師松浦松洞
河内郷花(1908-1988)師荒井寛方
河内鼓外(不明-不明)南画
川地寿山(1912-1983年02月21日)師田中松寿、大垣市で活動
河内政義(1919-2002)元日本総合芸術協会理事
河津光浚(1899-1990年10月24日)京都絵画専卒、師菊池契月、創作の傍ら宇治平等院鳳凰堂壁画などの模写を手がけた
川手青郷(1902-1966年08月)師鴨下晁湖・堅山南風、日本美術院特待
河鍋暁雲(1860-1908年08月28日)名周三郎、別号猩々暁雲、河鍋暁斎の二男
河鍋暁斎(1831-1889年04月26日)諷刺の効いた独特の画風を展開した、師狩野洞白、別号狂斎・惺々狂斎・画鬼など
河鍋暁翠(1868-1935年05月07日)師父河鍋暁斎、日本美術協会会員、東京女子美術学校教授
川浪養治(1898-1985年11月14日)無所属
河野珠石(1875-1950年04月)師三好藍石
河野僊山人(不明-不明)師十市王洋
河野竹陰(不明-不明)師田能村竹田
河野東溪(不明-不明)師十市石谷・小沢小門
河野棹舟(1868-1945)師宮田洞雪・菊池芳文、土佐美術協会創立に参加、土陽美術会高知支部会員
河野白華(1875-1962年01月11日)医師
河野米邨(1891?-1950年09月13日)師前田直渓
川辺旭陵美楯(1879-1931)川辺御楯の三男
川辺白鶴(1871-1892)川辺御楯の長男
川辺御楯(1838-1905年07月24日)師土佐光文、号花陵・鷺外
川端健生(1944-1995年10月09日)京都市立美大卒、創画会会員、父は川端皐白
川端玉章(1842-1913年02月14日)帝室技芸員、師中村来章、東美教授、川端画学校創立
川端皐白(1896-不明)師三井飯山
川畑春翠(1880-不明)師山元春挙
河端石泉(1877-1940)川端画学校
川端龍子(1885-1966年04月10日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、元日本美術院同人、青龍社結成
河原瑛州(不明-1997年02月)南画家、日本書画新興協会理事
河原進(1933-2015年01月24日)師龍子・操
河原木鶏(1866-不明)師奥村石蘭、名鉄次郎
川人穎栗(1871-1962)師森魚渕・富岡永洗・結城素明・狩野友信
川船水棹(1887-1980年05月16日)師小堀鞆音、帝展受賞
川辺華堂(1893-1962)京都絵画専卒、師西村五雲・菊池契月、文展・帝展・日展出品
川辺菊久(1899-1980年09月16日)師安田靫彦・川崎小虎、日本美術院院友
川辺九皐(1871-1892)師父御楯、川辺御楯の子
河部貞夫(1909-1987)東美卒、師松岡映丘、創造美術展・日展等
河辺青蘭(1868-1931年04月19日)師橋本青江
川部洋子(1932-2006年01月03日)師武、日本画院幹事、国際美術運営理事
川俣眞澄(不明-2008年05月16日)日本画府会員


川松石泉(1856-不明)師司馬老泉、名礼助
川村雨谷(1838-1906年12月29日)師木下逸雲・日高鉄翁、別号陸蓮子・烏黒
川村淇泉女(不明-不明)明治期の画家、那珂淇水弟の娘、はじめ観斎に師事した
河村慶士(1913-不明)師本田翔
川村憲邦(1913-1985年10月28日)京都絵画専卒、日展会友
河村虹外(1861-1932)師重春塘、日本南画協会の結成に参加
河村更堂(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
河村光文(1867-不明)師父河村穆堂・立松義寅、名竹彦
川村春洋(1800-1876)師東東洋
河村穆堂(1839-1880)師佐々木月岱・柴田義董・岡本清暉
河村清司(1902-1995)大分の日本画家
河村双舜(1907-1959年01月28日)師小茂田青樹、元日本美術院院友、新興美術院会員
川村智保(1896-1993年03月09日)東美卒、師結城素明
川村斗己(不明-1994年12月)新興美術院理事
河村富絵(不明-不明)博多築港記念博覧会出品
河村春生(1904-1958)師中村貞以
川村曼舟(1880-1942年11月07日)帝国芸術院会員、師山元春挙、帝展審、京都市立絵画専門学校長兼京都美術工芸学校長
川村雲民(1846-不明)南宗の画風を修めた
河原茂郷(1894-1949)師山内多門
川村暘谷(1882-1955年12月21日)師西島青浦・木村香雨
河村李軒(1896-1953年12月19日)師池田春渚・甲斐虎山
川面稜一(1914?-2005年01月09日)日本建築物・壁画修復家
河本其山(1875-1951)京都絵画専卒、師山元春挙
川本月下(1818-1882)本名改作、成人後に姓を川本と改めた
川本末雄(1907-1982年12月24日)日本芸術院賞恩賜賞、東美卒、師松岡映丘・山口蓬春、日展参事、文部大臣賞
神木鴎津(1873-1962)師松本楓湖、南宗画を修め美術批評に携わる
神崎慶次郎(不明-不明)南画
神沢素堂(1843-1902年05月10日)師西宮藤長
冠者幸作(1912-不明)師木村斯光
神田英僊(1904-1979年11月23日)師郷倉千靱、日本美術院院友
神田耕雲(1817-1888)詩文をよしく、画も巧みだった
神田幸始(1918-2001年02月07日)日本美術院特待
神田三千枝(1924-1992年01月20日)師安田靫彦、日本美術院特待
菅野梁川(1881-1933)師高森砕巌
上林房峯(不明-不明)師狩野友元
神戸凌雪(1871-不明)師奥村石蘭・森川曽文・今川景年、名直三郎・直盛、字盛卿、別号操軒・蔔邦・喬松軒・玄遠斎
岸明(不明-1905)師父・岸規
岸礼(1816-1883年06月)岸岱の子
喜井黄羊(1901-1997)師矢野鉄山
木内春園(1869-不明)師藤重春山
木内直秋(1862-1930)師池田雲樵・重春塘・村田香谷・田能村直入、四条派
菊池花仙(1887-1966)師川合玉堂
菊川淵斎(1838-1891)師佐久間六所・狩野探淵
菊川多賀(1910-1991年01月15日)師堅山南風、日本美術院同人・評議員
菊川南楊(1896-1929年05月29日)姫島竹外に師事した後、橋本関雪に師事
菊川晩香(1848?-1920年11月19日)帆足杏雨
菊田桂州(1829-1903年09月)菊田伊洲の養子、内国絵画共進会出品
菊田香蘋(1830-不明)菊田伊州の娘
菊田米子(不明-1912)菊田伊州の娘
菊竹六鼓(1880-1937年07月21日)福岡日々新聞の編集長をつとめた
菊地愛山(1819-1906)師狩野貞信、染物屋の染付けの仕事ののち作画に専念
築地雲渓(1902-1948)師土田麦僊
菊池鴎江(不明-不明)福井江亭の門人
菊池華秋(1889-1946年06月09日)師川合玉堂、文展・帝展出品
菊地華樵(1888-1965)師佐藤華岳
菊地華陽(不明-1946)菊地華樵の子
菊池九江(1830-1900)本名貞蔵、別号九皇・起、漢詩人としても知られる
菊池清彦(1811?-1883年10月12日)庄屋
菊池契月(1879-1955年09月09日)日本芸術院会員、帝室技芸員、師菊池芳文、京都市立美術大学名誉教授
菊池公明(1899-1993年05月06日)大調和会委員、新興美術院創立同人・後に退会
菊池栖月(1874-不明)師赤池南鳳・北郷南水、山内多門と交流
菊池素空(1873-1922)師幸野楳嶺、詩人菊池三渓の養子
菊池素香(1852-1935)師橋本雪蕉・菊池黙堂
菊池隆志(1911-1982年05月16日)東美卒、師父菊池契月、創造美術の創立に参加、創画会会員
菊地武郎(1967-2000年08月06日)日本美術院院友、芸大大学院修
菊池猶喜(1888-1966)東美卒
菊沢武江(1882-1975)美校卒、師寺崎広業、帝展
菊池芳文(1862-1918年01月18日)帝技、師幸野楳嶺、京都絵専教授
菊地黙仙(1878-不明)北陽会展に参加
菊池黙堂(1837-1897)師橋本雪蕉
菊地友一(1912-1993年01月17日)創造美術会員
菊池容斎(1788-1878年06月16日)江戸後期から明治期の画家、狩野派・高田円乗師事、有識故実研究の他幅広い流派を学ぶ
菊地養之助(1909-2003年12月15日)創画会会員、川端画学校・クロッキー研究所に学ぶ、前衛美術会結成に参加
菊地良爾(1922-1975年10月20日)師川合玉堂・奥田元宋
菊池魯岳(不明-不明)師名草逸峰
岸魚躍(1826-1908年04月03日)師守住貫魚、住吉派
岸竹堂(1826-1897年07月27日)帝室技芸員、中島安泰・狩野永岳に狩野派を学んだ後に岸連山に師事、連山没後に岸家を継いだ
岸天岳(1814-1877)師岸駒
岸米山(1883-1910)師竹堂、京美卒、名精太郎
岸融岳(1885-不明)師柿本柿融
岸龍山(1816-1889)岸駒の娘婿
岸上西☆(1795-1880年12月03日)師山本梅逸、名嘉樹、☆は「たけかんむり」に「均」
岸浪静山(1889-1952)師小室翠雲、父は岸浪柳渓
岸浪百艸居(1889-1952年09月21日)師小室翠雲、元日本南画院同人
岸浪柳渓(1855-1935年12月10日)師田崎草雲、明治・大正・昭和に亘る南画壇の古老
岸原白鳳(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
木島柳鴎(1882-不明)師島崎柳塢・松岡映丘、日本画会会員
岸村鵬山(1844-不明)師川村春洋・渡辺佐洲・宍戸九帯
岸本圭逸(1890?-1977年04月26日)師川合玉堂、圭逸会主宰
岸本江峯(不明-不明)師上田鉄耕
北逸斎(不明-1887)師塩田銕香
喜田華堂(1802-1879年02月07日)師岸駒、名是静、字伯寿、別号竹石居・半舟翁、木田華堂の表記も
北喜久子(1911-1990年01月14日)師竹圃、日本南画院評議員、日本水墨画協会同人
喜多暉月(1863?-1919)師中川露月
北尾次郎(1844-1907)師内村鱸香
北角六橋(1898-1983年02月01日)師大口蓊山・白井青淵、本名藤吉
北上峻山(1881-1915年08月24日)師下村観山、日本美術院院友
北上聖牛(1891-1970)京都絵画専卒、師竹内栖鳳、文展・帝展出品
喜多川玲明(1900-1940年06月19日)京都絵画専卒、師菊池契月、帝展・新文展出品
北郷南水(1858-1913)都城の四条派、師速見晴文
北沢映月(1907-1990年04月07日)師土田麦僊、日本美術院同人・評議員
北沢楽天(1876-1955年08月25日)日本画家・漫画家、近代漫画の先駆者
北島順孝(1803-1886)北島家七十五代全孝の初名
北田到津(1898-不明)九州南画院会員
北出三紀子(不明-1984年10月19日)日本画府会員
木谷千種(1895-1947年01月24日)師野田九浦・北野恒富、文展無鑑査
木谷来僊(1874-不明)師野口友真・川端玉章
北野以悦(1902-1971年07月03日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、父は北野恒富
北野恒富(1880-1947年05月20日)師稲野年恒、日本美術院再興に参加・同人、巽画会・大正美術会、大阪画壇で活躍・美人画
北野等永(1839-1915)北島勝永の子
北野治男(1946-2018年07月29日)日展会員・元理事、審査5、総理大臣賞、会員賞、特選2
北野井正義(1920-1993年11月05日)大阪美術学校卒、師佐藤太清、日展会友、奈良県美術人協会委員
北原龍太郎(1932-2013年03月01日)日本水墨美術院理事長
北村愛竹(1876-1930年05月01日)名周助、称置石月・菅原白竜に師事
北村五台(1909-1945)師川合玉堂・河野棹舟
北村左久馬(1883-1957)師河田小龍
北村佐久馬(2代)(1883-1957)師宮田洞雪・南部錦溪
北村秋亭(不明-不明)南画
北村省吾(不明-不明)師北野勝永
喜多村松斎(1867-1934年10月05日)師小野晴雲・三好雲外・今尾景年
北村石樵(1841-1913)師高橋杏村
喜多村麦子(1899-1986)師森村冝稲・土田麦僊・福田平八郎、旧姓内藤、名林吉
喜多村麦人子(1899-1986)京都絵画専卒、師土田麦僊・福田平八郎、帝展出品
北村明道(1896-1962年01月28日)師児玉希望、帝展・新文展・日展出品、歴史画
北村幽林斎(1840-1887)師前村洞泉、狩野派
北村李軒(1881-1961)師細谷立斎
北目春月(1880-1937)竜雲院再建時に紫苑と合作で欄間壁画「飛天図」を描いた
吉川忠安(1824-1884年10月09日)幕末の武士


吉川秀山(1891-1960年12月07日)師松林桂月・池上秀畝、信濃美術会の結成に参加
吉川椿香(1840-不明)内国絵画共進会出品
吉川霊華(1875-1929年03月25日)師山名貫義、帝展審査員
木付義路(1839?-1898)師広瀬淡窓・長三洲
吉祥寺雲外(1885?-1969年12月05日)吉祥寺寺主
橘田永芳(1902-1974)師小室翠雲、文展・日展
狐坂忠信(不明-1992)新興美術院会員
木戸高顕(1892-1967)師五条某
木戸竹石(不明-不明)師平尾魯仙・三上仙年
鬼頭如石(1891-1978年10月)師川合玉堂、名米吉
貴道草衣(1899-1984)京都絵画専卒、師山元春挙、別号春鳳、帝展
鬼頭篁(1907-1988年12月16日)京都絵画専卒、師中村岳陵、名正三、白士会顧問、東海地方の日本画家の育成に尽力した
鬼頭道恭(1840-1904年04月15日)師森高雅・北村季隆・岡田為恭、名道恭、通称玉三郎
鬼頭道周(1874-1943年03月20日)師父鬼頭道恭・日比野白圭・橋本雅邦、鬼頭道恭の子、名道周、通称隆三郎
鬼頭敏郎(1945-2013年03月10日)日展会員、23特選、11特選
衣笠豪谷(1850-1898年04月26日)師中西耕石、別号天桂山人、日本南画協会創立
衣笠探谷(1852-1912)福岡藩絵師衣笠家八代
衣笠守正(1852-1912)福岡藩絵師衣笠家八代
衣笠守是(1822-1894)福岡藩絵師衣笠家七代
木下章(1927-2017年06月21日)京都創画10賞
木下旭(1919-2001年03月27日)新興美術院会員
樹下孝太郎(1909-1993年12月20日)師堅山南風、日本美術院展出品
木下二介(1896-1968年03月27日)挿絵画家、師河井寛次郎・矢野橋村、時代小説の挿絵で人気を博した
木下静涯(1887-1988年08月)師村瀬玉田・竹内栖鳳
木下青陽(1901-1966年11月04日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、青甲社
木下春(1892-1973年06月27日)師前田青邨、日本美術院特待、富安風生に師事し俳句をはじめ若葉同人となる
木下蘆洲(1807-1879)江戸後期から明治期の画家、名直行、師林文坡
其白(不明-不明)師堀江友声
木原春城(1882-不明)古画を研究し画法を身につけた
木原信(1914-2005年06月03日)日本南画院同人
鬼原素俊(1902-1978年03月16日)師荒井寛方、新興美術院創立同人
木間明(1934-2016年12月07日)創作画人協会会長
儀満暢園(1849-1926)師黄仲祥・浅井柳塘
木村雲渓(1829-1880)師野村玉渓、名元雅、字士尚、通称六右衛門、別号雪渓・見外山人
木村葭郷(不明-不明)師浦上春琴
木村雅祥(1895-1959)日本美術学校卒、院展・帝展出品、名寛次
木村華邦(1903-1982)師関田華亭・松林桂月、日本南画院常任委員、関東水墨画研究会主宰
木村貫山(1835-不明)師円山応立
木村其樵(1850-1937年12月09日)師養父木村培樵、日本美術協会会員
木村杏園(1885-1957年08月22日)師橋本関雪、帝展・日展出品、木村雨山の兄
木村金秋(1833-1917年06月22日)師森高雅、尾張藩士橋本義俊の子、名充恒、通称鍬吉、号蓬乾舎
木村月塘(1812-1876年02月04日)金谷町西照寺の住職、木村半雨の父、師板倉呂仙
木村香雨(1842-1912年11月03日)師草野東蕙、日本美術協会員
木村耕巌(1830-1911)師中西耕石・前田暢堂
木村広吉(1912-1990年09月12日)師西山英雄・まつ本一洋、日展会員
木村斯光(1895-1976年11月10日)師菊池芳文・菊池契月、帝展受賞
木村松亭(1885-1948年05月07日)師森魚渕、住吉派
木村棲雲(1885-1967年07月27日)師宮崎竹叢・小室翠雲、田能村竹田に私淑
木村青籃(不明-不明)師堀江友声
木村泉石(1859-1877年08月20日)師森寛斎
木村大成(1898-1947)美人画をよく描いた、九曜会を結成
木村丈夫(1900-1976年06月27日)京絵卒、師菊池契月・川北霞峰
木村武夫(1935-1987年10月22日)師父木村武山・前田青邨、日本美術院特待
木村巴江(不明-不明)平沢屏山にアイヌ絵を学んだ
木村半雨(1844-1910)幕末から明治期の画僧、福田半香の門人
木村武山(1876-1942年11月29日)東美卒、師川端玉章、日本美術院同人、岡倉天心の日本画への理想を体し天心没後も大観らと日本美術院の発展に尽くした
木村碧山(不明-不明)豊前企救郡の人
木村揚昭(不明-不明)京都絵画専卒、国画創作協会出品
木村立雲(1873-1905年03月09日)東美修、父は狩野派の木村立嶽
木村立嶽(1827-1890年09月09日)師狩野養信・狩野雅信、名雅経
木本橘巣(1828-1888年01月02日)師後藤碩田・帆足杏雨・小田海僊
木本大果(1901-2001年11月09日)師松本楓湖・荒木十畝、日展会友、日本画院客員
木本板屋(1859?-1880年10月15日)熊本藩で医を学んだ
喜友名安信(1831-1892)八重山の絵師
行徳玉江(1828-1901年06月22日)漢詩人・篆刻家
玉湖(不明-不明)昭和期に仙台地方で活動
清瀬九帯(1802-1882)師菅井梅関
清竹紫秋(1923-2003年05月13日)ル・サロン会員
清原雅石(1893-1967年12月21日)師高橋清舫・白井青淵、本名清原速雄
清原南豊(1861-1893)清原無暦の長女
清原斉(1896-1956年09月14日)師松本楓湖・堅山南風、日本美術院同人
清原無暦(1832-1904年03月24日)森本重誓の四男
清久南畝(不明-1876)四条派
清光光雲(1927-2010年01月16日)宝石象嵌、新日本美術院常任理事
桐村秋亭(不明-不明)師十市石谷、中津藩士
桐谷洗鱗(1877-1932年07月19日)東美卒、師富岡永洗、旧官展、渡印仏跡巡
桐谷天香(1896-1929年01月29日)桐谷洗鱗の妹
宜湾朝保(1823-1876)宜野湾朝昆の三男
金泰伸(1922-2014年12月25日)新美術協会創立会員、雪舟国際美術協会委員
金城唯貞(1888-1969)丹青協会に所属
金城安太郎(1911-1999年01月)師山田真山
琴石(不明-不明)明治期に活動、琴石山人等と号した
金原霞汀(1839-1904)名玉城、金原明善の妻
空閑虎頭(不明-不明)南画
久我小年(1868-1938年05月27日)柚木玉邨の実弟、師清人胡鉄梅・松田呑舟・鎌田平山
空閑陽樹(1881-1938)東美卒
釘宮春魁(不明-不明)師渡辺拈華
釘宮對宕(1920-1986年08月19日)ドイツ音楽や文学をテーマに墨絵を描いた、兼油彩
釘宮晩翠(1827?-1895年11月01日)師帆足杏雨・石艸逸峯
久座梅屋(1838-1889)師上代英彦・堀江友声
日下八光(1899-1996年03月23日)東美卒、師結城素明、古墳壁画模写を多く手がけた、東京芸大名誉教授
日下部鳴鳳(不明-不明)師小室翠雲
草刈樵谷(1892-1993年02月15日)師田近竹邨・佐久間竹浦、田能村竹田の研究で知られる
草刈龍岡(不明-不明)師菅原白龍
草川華山(1832-1908)師岸連山
草彅興宗(1904-1936年11月22日)京都絵画専卒、師竹村篁邨・平福百穂・中村大三郎、帝展・文展出品
日柳三舟(1839-1903)教育者、日柳燕石の子
草野東蕙(不明-不明)師斑目東雄
草野露光(不明-不明)大正中期から仙台市の展覧会に出品
草場金台(1858-1933)草場船山の三男
草場船山(1819-1887)師篠原小竹・古賀精里
草深香畦(1895-1973年02月28日)師松林桂月・河北霞峰、名孫之丞、日展委員
具志堅古嘉(1908-1998)師山田眞山
具志堅聖児(1908-1998年09月09日)師伊東深水・佐藤太清、日展会友、日月社委員
櫛田直観(1889-不明)師奥村恭法
久住三郎(1946-2000年07月16日)日本美術院院友
葛江月(1880-1918年04月30日)東美卒、岩手県初の美術団体岩手彩友会を結成
葛岡年定(1876-1948)月岡芳年の孫弟子
楠瀬豊山(不明-不明)師種田豊水
楠瓊州(1892-1956年03月24日)師田中柏陰、油彩や水彩を研究し南画との融合をはかる、詩作や書にも秀でた
楠原琴泉(1832?-1907)師小石石鱗
楠本宗平(不明-1991)師竹内栖鳳・金島桂華、竹杖会員
久世時子(不明-不明)師鏑木清方
工藤華章(1845-1919)師三木恒山、岸派
工藤甲人(1915-2011年07月29日)芸術選奨文部大臣賞受賞、毎日芸術賞、師福田豊四郎、創画会会員、元東京芸大教授
工藤紫煌(1904-1946)川端画学校卒、帝展、日本画院展出品
工藤晴華(不明-1965)師三上仙年
工藤晴好(1867-1924)師三上仙年
工藤青山(1873-1946)東美卒
工藤仙乙(1839-1895)師平尾魯仙
工藤仙来(1863-1944)師工藤仙乙・三上仙年
工藤久(不明-不明)師秦米陽
工藤不学(1868?-1936年05月05日)工藤和男の父
工藤龍橋(1877-不明)名祐興、叔父の石川道之助に学ぶ
国井應章(1844-1873)明治中期の日本画家、應立の嗣、本姓森氏、名龍次郎
国井應文(1833-1887年03月29日)円山派、師円山応立、円山応震の甥、字仲質、別号彬々斎
国井馨水(1887-不明)師寺崎広業
国井月峰(1904-1967)師川合玉堂
国井独立(1871-1962)師本沢竹雲
国枝佳玉(1922-1997年09月)師玉置頼石、日本動物画協会幹事
国枝杏蹊(1835-1891)師高橋杏村


国枝杏邨(1807?-1879年06月19日)師帆足杏雨
国島半僊(不明-1932)師田能村直入・草場船山
国友大誉(1898-1971年01月10日)京絵卒、烏城会会員
国安竹陵(1828-1883年06月17日)名庫治・光徳、俳号は梅の屋、宮沢水寮に師事
久野樵仙(不明-不明)四条派
久野千代子(1922?-2018年07月13日)師松永光玉、創造美術会員
久野柳荘(1887-1975年09月27日)師尾之内半農・小室翠雲、名林太郎
久場島清輝(1864-1920)八重山に移住した画家
久保安悟(1822-1893)師弘瀬洞意、絵金派
久保吉郎(1942-2015年05月07日)日展会友、師堂本印象、東丘社
久保祖石(不明-不明)師堤紫僊
久保提多(1885-1955年12月01日)東美卒、中学教師として川越で活動
久保南窓(1848-1917)師弘瀬洞意、絵金派
久保梅亭(1821?-1883)師中川馬嶺
久保田矮松(不明-不明)師野際白雪
久保田魁(1915-1976年05月27日)師児玉希望、日展会員、菊華賞、特選2
久保田華房(1895-不明)師岩崎天外
久保田金僊(1875-1954年10月09日)舞台装置家、師父久保田米僊・幸野楳嶺・川崎千虎、別号雪片子・喜舞・紫波画房
窪田松門(1838-1921年04月30日)師古曳盤谷
窪田積翠(不明-1887)唐風画
久保田宗九(1877-1936)東美中退、師橋本雅邦
久保田天南(1875-不明)師名草逸峰・河田小龍
久保田南崖(1830-1890年06月30日)佐伯藩士、師平野五岳・鉄翁・木下逸雲
窪田寛(不明-1972)新興美術院会員
久保田米斎(1874-1937年02月14日)舞台美術家、師久保田米僊
久保田米僊(1852-1906年05月19日)師鈴木百年、別号錦麟子、京都青年絵画研究会結成に参加、京都美術協会創立に尽力、元石川県立工芸学校教授
久保田満明(1873?-1937年02月14日)久保田米僊の長男、師原田直次郎・田崎草雲・橋本雅邦
久保田菱雨(1860?-1882年04月12日)師児玉芦香
久保田桃水(1841-1911年04月18日)師横山清暉・西山芳園、日本美術協会員
熊谷晴岳(1887-1954年06月26日)師狩野三岳
熊谷青城(1819-1900年11月23日)福田半香の門人、字子方、別号全安・此君楼
熊谷雪山(1885-1963年04月10日)本名善松、三浦雪堂に師事
熊谷藻川(1884-1943)和田三造らに洋画を学んだ後日本画に転向
熊谷敏雄(1928-不明)師井端皐白、日本南画院理事、日本墨彩画協会顧問
熊谷豊四郎(1898?-1987年08月08日)水墨画家、別号春華
熊谷直彦(1828-1913年03月08日)帝室技芸員、師岡本茂彦、四条派
熊耳耕年(1869-1938年08月24日)師尾形月耕、創刊期の『河北新報』に挿絵を制作
熊坂長庵(1844-1886年04月29日)日本画家・医師
熊坂東以(1907-1995)師安田靫彦・小倉遊亀、日本美術院特待
熊沢観明(1910-2003年01月10日)無所属
熊代芳谷(1898-1970年06月10日)師黒住章堂
熊田梅石(1889-1971年06月23日)師毛利梅友、名嘉平、日本南画院院友
熊田梅芳(1898-1976年05月01日)師夫熊田梅石、名とみ
熊埜御堂春暉(1849-1929年03月)官職退職後画をよくした
熊本峻斎(1820-1890)師荒木千洲
久米霞岳(1815-1900)江戸後期から明治期の画家、加藤雪潭の門人、名雅禮、通称波衛門
公文菊僊(1873-1945)師楠永直枝・久保田米僊、土陽美術会会員
公文芦渕(1876-1942)師森魚渕、住吉派
倉石乾山(1808-1878)江戸後期から明治期の画家、倉石米山の子
倉石松畝(1874-1945年08月02日)師荒木寛畝、日本画会評議員
倉内一壺(1899-不明)師白井永川・福田浩湖、初号寛山道人
倉島丹浪(1899-1992年12月23日)師横山大観・橋本静水、創作画人協会結成に参加・名誉理事、倉島美友・重友の父
倉田謙(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
蔵田耕州(不明-1994年12月05日)神奈川県美術協会会員
倉田鼓瑠(不明-不明)南画
倉田松濤(1865-1928年07月11日)師平福穂庵、日本美術協会会員
倉田澤上(不明-不明)師田能村竹田、津の人
倉田立美(1934-2012年02月08日)師木村琢一、中村岳陵門
倉富勇三郎(1853-1948)儒者・倉富胤厚の二男
倉野煌園(1827-1896)師日高鉄翁
倉光博之(1911-2007年12月10日)師中村岳陵、日展会友
倉持芳柳(1864-1943)本名倉持子之吉、五姓田芳柳の娘と結婚して二世芳柳を名乗る
栗田愛石(不明-不明)南画
栗田沙羊(不明-不明)南画
栗田石癖(1869-1927)師守山湘帆
栗田嵐嶽(1919-1984年11月14日)無所属
栗原映霞(不明-不明)昭和期に福岡市で活動
栗原玉葉(1883-1922年09月09日)女子美校卒、師寺崎広業、文展褒状
栗本梅谷(1849?-1919)師岩瀬広隆
栗山鴻山(1855-1918)師梶山九江
栗山石宝(1822-1888)江戸後期から明治期の画家、幼名徳松、名子孝、通称寿、別号快雲堂石宝
榑松玉峰(1890-1982年01月15日)小室翠雲の門人、名良平
久蓮石雨董(1902-不明)京都絵画専卒、師川崎千虎
黒川雪蒼(不明-不明)師阿刀雪庵、南画
黒木華郷(1848-1919)師黒木華郷(初代)
黒澤亜津志(1915-1998年11月23日)師望月春江、日本画院同人
黒沢吉蔵(1928-2009年02月22日)東京芸大卒、師山本丘人、創画会会員
黒沢花子(不明-不明)師鏑木清方
黒島孫正(1848-1905)八重山の絵師
黒住章堂(1877-1943年01月29日)師岡本金波
黒田一槍(1893-1967年12月21日)師白井青淵、宗墨会会長、本名黒田彦蔵
黒田華川(1880-1934年03月13日)師荒木寛畝、名孝顕、田原洗浄寺十四世住職
黒田古郷(1893-1967)師松本楓湖、日本美術院院友
黒田彩弘(不明-1977)日本画院委員幹事、受賞4、煌土社同人、院展他出、
黒田城峯(1858-1924)独修
黒田盛山(不明-不明)師堀江友声
黒田青龍(1839-1886)南画
黒田猛(1910-2002年03月28日)京都絵画専卒、師山口華楊、晨鳥社、大阪府美術家協会副代表、元園田学園女子短期大学教授
黒田椿年(不明-不明)師堀江友声
黒田貞次郎(1902-1973)師長谷川朝風、日本美術院院友
黒田哲二(1910-1995)東美卒、成層絵画研究集団結成、日本美術院院友
黒田彦次郎(不明-1996)新興美術院会員
黒田米秀(不明-不明)昭和初期に大牟田市旭町で活動
黒田耕仲(1885-1950)師父黒田城峯
黒野猪吉郎(1855?-1921年08月27日)南画同好会水石会会員
黒部拈華(1856-1933)元鳥取藩士、師日根対山
黒光茂樹(1909-1993年03月21日)京都絵画専卒、師金島桂華、日展会員
黒柳雅勝(1914-1994年07月05日)師小室翠雲・三尾呉石、虎・山水を得意とした
畔栁赫(1912-2014年02月11日)白士会創立会員、岡崎市文化協会顧問
畔柳孤峰(不明-不明)師野際白雪
鍬形恵林(1826-1909年08月17日)師狩野雅信、鍬形蕙斎の養子
桑波蘇堂(不明-不明)博多築港記念展覧会出品
桑野青晃(1899?-1986年01月02日)京都美術協会顧問・同会の創設に参加
桑野博利(1913-2008年04月11日)京都絵画専卒、日展出品、司馬遼太郎『街道をゆき』の挿絵担当
桑原文(1919-1999年07月30日)元たぶろう美術協会委員
桑原玉晃(1940-不明)師玉置頼石
桑原繁(1923-1988年11月22日)師小松均、日本美術院院友
桑原大暉(1894-不明)師渡辺秋谿、五日会所属
桑本鉾郷(不明-不明)狩野派
郡司硯田(1907-1975)師堅山南風、日本美術院院友、日光東照宮の天井画の修復に従事
軍司白羽(1882-1978年09月27日)師狩野三岳
袈裟丸鬼笑(不明-不明)南画
下司凍月(1880-1980)師種田豊水・柳本素石、土陽美術会会員
下司龍川(1817-1896)師町田光雅、狩野派
下條桂谷(1842-1920年12月01日)師目賀多雲川信済、日本美術協会員、貴族院議員
下条桂谷(1842-1920年12月01日)明治初期から大正期の日本画家、狩野派、日本美術協会員、貴族院議員
月小路石朋(不明-不明)師小室翠雲
月査(1822-不明)幕末から明治期の画家、俗姓高橋、名行慶、別号遠湖
玄空(不明-不明)画僧
呉斉旺(1917-2014年09月22日)墨画新鷹会会長、日本・中国水墨交流協会顧問
小荒井豊山(1858-1908)師父小荒井輪鼎
小荒井輪鼎(1819-1898)師遠藤香村
五井金水(1879-1942)師久保田桃水・中川蘆月
小池池旭女(1824-1878)大沼枕山の義妹
小池汀雪(1932?-2009年10月13日)日本文人画府評議員
小池裸石(不明-不明)師速水御舟、朝光会会員
小石井金鳳(1892-不明)師寺崎広業
小泉勝爾(1883-1945年07月28日)東美卒、師結城素明、東美教授、帝展審
小泉淳作(1924-2012年01月11日)東美卒、師山本丘人、元創画展、作陶でも活躍
小泉芦舟(1887-1919年03月25日)東美卒、本名政吉、荒木寛畝に師事
小泉二山(1858-1936年02月26日)師川上冬崖・鈴木月谷
小出東嶂(1823-1889年05月 )福田半香の門人、山梨稲川の甥、「静岡新聞」を刊行した
小出半畝(1862-不明)師林半窓、住吉派
小井上曻(1911-1998年02月19日)師児玉希望、日展、旧号定夫
洪小南(不明-不明)日本民俗資料館


郷倉和子(1914-2016年04月12日)文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞恩賜賞、師安田靫彦、日本美術院同人・理事
郷倉千靱(1892-1975年10月25日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、師安田靫彦、日本美術院同人、帝国美術学校教授
高坂青邱(1901-1981)師堅山南風
高坂東竜(1801-1878年12月30日)医師
郷司黄城(1878?-1956年10月30日)南画
幸田暁治(1925-1975年11月16日)京美卒、師池田遙邨、日展
幸田春耕(1897-1976年12月16日)師山元春挙・池田遙邨
甲田雪嶺(不明-不明)画僧
河内雅渓(1873-1943)師橋本雅邦、連合絵画共進会出品
河内錦舟(1937?-2008年11月16日)日本水墨画会会員
上妻華堂(1899-1978)師池田松華・山元春挙
高妻五雲(1820-1891)師篠崎小竹、高妻騰雲の弟
上妻陽年(1884-1966)師松田蘇雪
神門桐郎(1932?-2018年04月26日)京都墨彩画壇理事、元日本南画院理事
郷内楓嶽(不明-1908年01月27日)師松本楓湖
河野華涯(1900-1984年02月22日)師松林桂月、日本南画院理事
河野渓南(1818-1890)医師、詩・画をよくした
河野香村(1835-1912年06月10日)兄は医家・漢詩人の河野鉄兜、山水画と書をよくした
河野秋邨(1890-1987年12月03日)師田近竹邨、日本南画院会長・理事長、墨道興隆運動
幸野西湖(1881-1945年03月29日)京美卒、師父幸野楳嶺・師谷口香きょう
河野泰山(1915-1997年12月22日)無所属
河野泥麟(1902-1967)県展等出品
幸野豊一(1914-2002年04月14日)京都絵画専卒、師西村五雲、日展会友
幸野楳嶺(1844-1895年02月02日)帝室技芸員、師塩川文麟・中島来章、京都青年絵画会創設、京都府画学校設立に参加
河野正長(1909?-2000年08月31日)新興美術院理事
河野立巌(1855-1920)師鈴木月谷
河野菱渚(1844-1900)師父幽篁、京都市画学校教授、別号半湖
鴻巣一善(1892-1969)東美卒
香梅国照(1815-1876)江戸後期から明治期の画家、岡野梅老に学び、後に豊国に学ぶ
郷原古統(1887-1965年04月06日)東美卒、台湾美術振興に尽力
光妙寺半雲(1812-1874)画僧、師矢野括山・中林竹洞
合谷三顧(1822-1883年02月04日)師斎藤秋圃
五雲亭貞秀(1807-1878年頃)歌川国貞の門人、歌川貞秀と同一
古小高信吉(1925?-1990年11月22日)師石井大順
古賀一壺(1902-1984)独修
古賀観山(不明-不明)南画
古賀玄洲(1877?-1922年05月15日)東美卒、文展出品、国画玉成会会員
古賀晨生(1892?-1948年09月18日)新聞記者、俳句・画をよくした
古賀台仙(不明-不明)師武島桂岳
古賀初二(1894-不明)大牟田高等小学校の図画教師をつとめた
古賀半夢(不明-不明)南画
国分文友(1823-1900年11月26日)師松村景文、別号双松など
国分友雪(1817-1879)師能勢一清、平岡為龍の子
国府田亀山(不明-1884)江戸後期から明治期の画家、小林蔵六の門人、のちに猪瀬東寧に師事
木暮成起(1913-1998年07月03日)川端画学校卒、日本美術院院友
古後雲溪(1860-1924)南画
小坂勝人(1901-1953年05月01日)東美卒、師結城素明、帝展・文展出品、富山の美術振興に尽力
小坂虎雪(1850-1897年12月06日)師藤森江岸
小坂春里(不明-1930年07月24日)師甲斐虎山・松林桂月
小坂象堂(1870-1899年06月02日)浅井忠に洋画の指導を受ける、東美助教授
小沢鉄巌(1863-不明)野竹我師に師事、名亮、字子敬、別号有竹居
小塩美州(1899-1966)師野原桜州・寺崎広業
越塚友邦(1875-1936年07月03日)師橋本雅邦、連合絵画共進会出品
こしの千涯(1895-1958)良寛に私淑、相馬御風・会津八一と親交
小柴春泉(1898-1943年08月26日)師翠雲、別号春道人、旧日本画会員
小島一谿(1899-1974年11月12日)師前田青邨、日本美術院特待、前号一谷
児島華鳳(1900-不明)師弦月
児島基隆(1819-1887年07月28日)師森高雅・浮田一蕙、名基隆、通称平太郎
小島紫光(1889-1960年08月08日)師菊池芳文・契月、新興岐阜美術院の創立に参加
小島雪☆(1806-1878)師宋紫岡、☆は「山」+「青」
小島丹漾(1902-1975年09月27日)師大智勝観・奥村土牛、日本美術院同人
兒島竹外(1845?-1893)師父兒島竹處
小島竹泉(1860-不明)師司馬老泉、名金之助
小嶋悠司(1944-2016年06月07日)芸術選奨文部科学大臣賞、創画会会員、京都市立芸大教授
古城江観(1891-1988年10月25日)師福井江亭・山元春挙、文展・帝展出品
古城江洋(1910-不明)京都絵画専門学校卒業、師山元春挙
小杉放庵(1881-1964年04月16日)日本芸術院会員、太平洋画会会員・再興院展洋画部同人を経て春陽会創立に参加、兼洋画、別号未醒
巨勢小石(1843-1919年09月17日)巨勢家末裔、師岸連山・中西耕石、東美教授
小関雲洋(1852-1925)師川村春洋
小関きみ子(1905-1984年12月)師川崎小虎・東山魁夷、元日本画院同人
五代友厚(1835-1885年09月25日)五代秀堯の子
古田嶋菅子(不明-2004年08月01日)若葉会会長、元日本南画院同人
小谷苔明(不明-1990年05月26日)元江戸浮世絵研究会員
児玉果亭(1841-1913年01月14日)師田能村直入、日本南画会の設立に参加
児玉希望(1898-1971年05月02日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、師川合玉堂、日展常務理事
古玉荊山(1873-1952)師菅原竹侶
児玉三鈴(1915-2002年02月01日)師川端龍子、御形塾に学ぶ、日本画府理事長、新興美術院初代会員
児玉石峯(1853-不明)師高橋杏村・武光桂園、名玄成、別号間梅寒士
児玉素光(1890-1966年02月)師下村観山・木村武山、日本美術院院友
児玉輝彦(1898-1992年09月27日)師鞆音、日本国画院会長
児玉天雨(1826-1888年12月24日)上原源兵衛の子、昌平校に学んだ
児玉徹(1904-1990年11月05日)川端画学校卒、師奥村土牛、日本美術院院友
児玉芳月(1883-1926)師土井義芳
児玉実枝(1918-1972)師中村丘陵・田中青坪
児玉芦香(1846-1906年05月08日)師帆足杏雨
小寺雲洞(1871-1930年01月13日)師奥村石蘭・竹内栖鳳、名鈴彦、東海美術協会理事長
小寺霞峰(1808-1885)師日野霞山
小寺春翠(1866-1918)師藤重春山
小寺稲泉(1882-1945年06月05日)師森村冝稲、別号公僊
後藤杏(1909-1973)師橋本関雪、日本美術院院友
後藤蟹洲(1828?-1905年03月17日)師帆足杏雨
後藤鶴磯(1826?-1873年11月15日)師田能村直入
後藤和信(1930-2007年05月22日)師田中青坪、日本美術院特待、元国際墨絵協会会長
後藤華平(1885-1945)師今尾景年
後藤紀一(1915-1990年09月11日)師北村紅華、文筆にも親しみ、第49回芥川賞を受賞した
後藤喜太郎(不明-不明)元大分町長
後藤吸霞(1903-不明)師山田介堂・喜田華堂、別号半仙
後藤杏塢(1907-1973)師橋本関雪・前田青邨
五島耕畝(1882-1958年06月11日)師荒木寛畝、日本美術家協会会員、文展褒状、日展委員
五藤自適(1839-1913)東照宮の神官、松平雪山に学ぶ、名近知
後藤秋厓(1886-不明)師田近竹邨・後藤釣雪
後藤松亭(1870-1933)師小松雲涯・滝和亭・小坂芝田・田能村直入
後藤志朗(1924-1992年04月19日)師前田青邨、日本美術院特待
後藤普(1925-2007年09年23日)日本美術院院友
後藤純男(1930-2016年10月18日)師山本丘人・田中青坪、日本美術院同人・理事、中国・西安美術学院名誉教授
後藤碩田(1805-1882年05月25日)師田能村竹田
後藤蘇雲(不明-不明)庄内町の人
後藤蘇山(不明-不明)師村瀬秋水
後藤大学(不明-1986)師川端龍子、新興美術院会員
工藤岱泉(1910-1982)日本南画院・春光会などの出品
後藤たき(1930-2001年01月16日)白士会会員
後藤釣雪(1846-不明)師村瀬秋水
後藤貞之介(1905-1958)京都絵画専修、師菊地契月
後藤奈牙遠(1811-1886年03月10日)臼杵藩家老、師中島広足
後藤晩青(1829-1898)師渡辺拈華
古藤半仙(1834-1892)藤井藍田・重春塘と交友
後藤芳仙(1904-1987年07月07日)師安田靫彦、大調和会の復活創立に参加、元日本美術院院友
後藤隆法(1890-不明)師奥村恭法
琴塚英一(1906-1982年02月21日)京都絵画専卒、師岡本大更、元青龍社社人
小永井小舟(1829-1888)江戸後期から明治期の儒者・佐倉藩士、名岳、字君山、通称八郎
小西皆雲01(1828-1900)南画、師胡公寿・張子祥
小西皆雲02(1832-1909)師蠣崎縉斎・鉄翁祖門
小西翠蘭(1838-1896)小西皆雲の妻
小西蒼山(1858?-1898)師中川愛山
小西長広(1892-不明)京都絵画専卒、日本画研究会蜜栗会結成に参加
木島桜谷(1877-1938年11月03日)師今尾景年、旧帝展審査員、京都市立絵画専門学校教授、円山四条派の流れを汲む叙情的な写実的画風
許斐白川(1872-不明)師木村耕巌
小波蔵安章(1832-1886)琉球の絵師、唐名は毛文達
小畠鼎子(1898-1964年01月26日)師川端龍子、青竜社社人


小浜亀角(1899-1985年09月29日)師岩橋英遠、日本美術院特待、旭川大学教授、大雪山をテーマにした
小早川清(1899-1948年04月04日)師鏑木清方、帝展受賞
小早川好古(1888-1971)京都絵画専卒、師木島櫻谷、小早川秋声の弟
小早川秋声(1885-1974年02月06日)京都絵画専卒、師山元春挙、元北京国画院顧問、日展委員、新古典派宗教画
小林雲道人(1893-1972)僧侶、書・画・篆刻・陶芸と広く活動
小林永濯(1843-1890年05月27日)別号鮮斎、師狩野永悳
小林華徑(1897-1980年04月05日)京絵卒、師土田麦僊・西村五雲、前号雅青
小林柯白(1896-1943年11月08日)師今村紫紅・安田靫彦、文展無鑑査、日本美術院同人
小林観爾(1892-1974年12月23日)京都絵画専卒、師荒木十畝、日展無鑑査、帝展特待
小林寒林(1814-1887)江戸後期から明治期の画家、椿椿山に学ぶ、名翠、字幹
小林菊枝(1926-不明)女流創作日本画会会員
小林玉潤(1841-1877)江戸後期から明治期の画家、小林蔵六の妻
小林藕塘(1832-1908年01月)師渡辺小華
小林月峰(1834-1888)狩野派、師山野峻峰斎
小林源太郎(1883-1951年10月27日)東美卒、養祖父結城正明に学ぶ、成層絵画研究集団結成
小林恒岳(1932-2017)師小林巣居人、新興美術院常任理事
小林呉☆(1871-1928年11月12日)師今尾景年、号日昇斎、日本美術協会委員、☆は「山」+「喬」
小林古径(1883-1957年04月03日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、帝室技芸員、師梶田半古、日本美術院同人、東美教授
小林五浪(1926-2005)師福王林法人、日本美術院特待
小林三季(1893-1971)藤島武二に洋画を学んだのち梶田半古に師事、新興美術院創立同人
小林朱土(1912-2004年07月20日)師加藤栄三、日展会友
小林淳亮(1929-2007年02月01日)東京芸大卒、師安田靫彦、日本美術院院友
小林正路(1923-2002年04月16日)師児玉希望、日展会友、志木市美術協会会長
小林松僊(1877-1946年02月11日)師竹内栖鳳・山元春挙・川合玉堂、名清六
小林晴楓(不明-不明)日本民俗資料館
小林石雲(1889-不明)師児玉果亭
小林巣居人(1897-1978年09月25日)師小川芋銭・平福百穂、新興美術院創立同人
小林草月(1906-1986年10月)日本南画院理事、日中水墨画協会理事
小林蔵六(1837-1878 )南画家、妻は小林玉潤、師椿椿山・山本琴谷・福田半香、名明、字子益、号友竹居
小林大幾(1911-1984年10月14日)師八木岡春山・堅山南風、日本美術院特待、菊川多賀らと八晃会結成
小林忠01(1910?-2002年01月30日)日本画府理事
小林竹石(1838-不明)独修
小林恒火子(1916-2011年07月25日)師玉村方久斗、八元会会長
小林天外(1845-1929)書画や漢詩をよくした
小林珮芳(1799-1879)師小橋香村・鉄翁祖門、小林栄秀の三女、東夢亭の妻
小林彦三郎(1896-1987年10月17日)京都絵画専卒、師山元春挙・西山翠嶂・川端龍子、元大輪画院主宰
小林秀恒(1908-1942年09月10日)挿絵画家
小林等(1910-2003)兵庫県日本画家連盟参与
小林黙山人(不明-不明)佐伯藩士、師広瀬淡窓
小林養建(1815-1876)師狩野晴川院養信・馬場伊歳
小林磊渓(不明-不明)内国絵画共進会出品
小林立堂(1903-不明)師川崎小虎、元日本画会会員
古原鶴谷(1847?-1923年10月16日)師十市王洋
古曳盤谷(1807-1885年06月)江戸後期から明治期の画家、師岡田半江・山本梅逸、名愿、字正民、別号鋤竹斎
小藤圓太(不明-不明)師別所春濤
小堀喜代栄(1918?-1997年10月06日)創作画人協会理事、ル・サロン理事
小堀鞆音(1864-1931年10月01日)帝国美術院会員、帝室技芸員、師川崎千虎、展審
小堀碧山(不明-不明)南画
小堀墨秀(1915-2005年08月29日)師堅山南風、日本扇面芸術協会運営委員
小堀安雄(1902-1970)師小堀鞆音・安田靫彦、日展特選
小俣王水(不明-不明)師十市石谷
小松雲涯(1833-1919)師服部武陵・春木南溟
小松應春(1878-1943)土陽美術会高知支部会員
小松甲川(1861-1938)師佐多椿斎・柳田龍雪・鍋倉春窓
小松秋洋(1844-不明)師十市王洋
此松春峰(不明-不明)南画
小松澄佳(1926-1998年01月28日)東美卒、師小倉遊亀、日本美術院特待
小松洞玉(1831-1893)師前村洞和
小松均(1902-1989年08月23日)文化功労者、日本美術院同人、芸術選奨、師土田麦僊
小松正二(1940-2017年09月11日)日展準会員、特選2、師堂本印象、東丘社
小松原翠邨(1898-1995年01月21日)師竹内栖鳳・翠濤、兵庫県日本画家連盟参与、西日美会長
小松原良之進(1883-1944)師菅原嘯雲
小味丑太郎(1847-1913)絵金派
五味秋篁(1883-不明)師奥村恭法・竹内栖鳳・渡辺秋谿、別号秋皐
小南香堂(1891-1957)土陽美術会会員
小峯大羽(1873-1945年05月24日)師狩野洞谷
小宮栄泉(1921?-1991年11月)日本清興美術協会会員
小宮綿石(不明-不明)土佐派
小宮好信(不明-1890?)狩野派、師鎌田堅白
小宮大宙(1907-不明)京都絵画専門学校卒業
小宮山俊(1918-2006年09月12日)師結城素明、新美術協会理事長
古村紘一(1941-不明)院展院友
小村雪岱(1887-1940年10月17日)東美卒、師松岡映丘・荒木寛畝、国画院同人
古村徹三(1909-1982年07月02日)師中村貞以、日本美術院院友
小村桃里(1820-1891)師古屋竹原
小室怡々斎(1837-1900年12月17日)出羽久保田藩藩士、別号耕雲館主人
小室谿邨(不明-1914)文人画家、翠雲の父、名牧三郎
小室翠雲(1874-1945年03月30日)日本芸術院会員、帝室技芸員、師田崎草雲、日本南画会・日本南画院の設立に参加
小森研甫(1884-1932)東美卒、師荒木寛畝
古森鼓☆(1872-不明)師杉原鼓澤、☆は「土」+「厓」
小谷津任牛(1901-1966年05月19日)川端画学校卒、師小林古径、日本美術院同人
小谷津雅美(1933-2011年10月11日)師小谷津任牛・安田靫彦、日本美術院同人
小柳創世(1906-1983年07月05日)京都絵画専卒、師土田麦僊・橋本関雪、日本南画院常務理事、創造美術会会員
小薮白江(1889-1963)師津田白印
小山雲泉(1855-1911年12月25日)南宗画、師中田熊峰、別号芝石道人
小山栄達(1880-1945年08月18日)師小堀鞆音、文展褒状
小山汪水(1858-1935)渡辺小華の門人、通称伝二郎、初号華谷、別号甞百艸堂
小山松渓(1863-1903年11月01日)小山杉渓の養子、師服部波山・小野湖山、本姓伊藤、名堅、字子鑽、通称三木造
小山大月(1891-1946年07月02日)師松本楓湖、日本美術院同人
小山聴雨(1816-1893)師中島広足
是永学秀(1900-不明)師堂本印象
紺一彩(1929-2002年07月10日)無所属
今田青宏(1909-1988年05月06日)師荒井寛方・中村岳陵
今田彦治(1909-1969年09月03日)川端画学校卒、師福王寺法林
近藤五浦(1924-不明)師藤田隆治
近藤一雄(1923-2010年12月09日)師寺田白鳳、白鳳社会員
近藤乾年(1894-1984年05月23日)京都絵画専卒、師寺崎広業、川崎小虎らと日本画院を創設
近藤浩一路(1884-1962年04月27日)東美洋画卒、日展会員、白日会創立会員、元日本美術院同人、水墨画、諷刺画
近藤香村(1857-1934年01月12日)長崎で南画を学んだ
近藤弘明(1924-2015年09月13日)東美卒、師山本丘人、創造美術・新制作展出品
近藤樵仙(1866-1951)師杉谷雪樵、文展褒状、日本美術協会委員審
近藤昌鳳(1898-不明)師西山翠嶂、名良一
近藤翠嵐(1890-1954)岩波其残に私淑
近藤泰山(1868-1930年12月)師川端玉章
近藤藍圃(1832-1914)師高木豊水
近藤千尋(1903-1995年06月14日)師前田青邨、日本美術院特待、法隆寺金堂壁画模写修復などに携わった
近藤桃江(不明-不明)師小田海僊・熊斐
近藤白鳳(1899-不明)師小寺雲洞・西山翠嶂、名良一
近藤美光(1936?-2008年03月24日)師岩田彌光王、連展会長、元日本画府理事
今野雨洗(1879-1939)師佐藤耕雲
今野可啓(1898-1986)京都絵画専卒、師植中直斎・堂本印象
今野忠一(1915-2006年04月15日)師郷倉千靱、日本美術院同人・常務理事
今野由恵(1927-1996年01月04日)無所属
紺谷光俊(1890-1945)師高村右暁・山元春挙

【さ行】

斉白石(1863-1957)清末から中華人民共和国の画家・書家・篆刻家、近代中国画壇に一時代を画した
雑賀重村(1836-1880)師星暁村、開拓使官吏となって北海道開拓に尽くした
斎川芳☆(1804-1892)師三浦紫えん、☆は「田」+「宛」
西郷孤月(1873-1912年08月31日)東美卒、師狩野友信・橋本雅邦、日本美術院創立
西條正一(1912-1983)師龍子、青東社主宰、元青龍社人
西条竹里(1864-1918年11月)師田近竹邨
斉田春奈(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
斎藤朝雄(1931?-2010年02月25日)国際墨絵協会理事長
齊藤惇(1925-2009年10月04日)師郷倉千靱、日本美術院特待
斎藤雨橋(不明-不明)内国勧業博覧会出品
斎藤雨洲(不明-不明)内国勧業博覧会出品
斎藤英壱(1926-1999年10月21日)師高橋萬年、日本美術院特待
斎藤鴎江(不明-不明)元福岡藩士、福岡美術会の創立に参加
斎藤黄葉(1890-1958)師小貫博堂・小室翠雲
斎藤畸庵(1808-1883)師中林竹洞、別号息軒老人
斎藤弓弦(1881-1974)師鞆音、前号灑仙
斎藤拳石(1798-1874年05月03日)師鈴木南嶺・高久靄崖
斎藤茂01(1920-1993年02月)師福王寺法林、日本美術院院友
斎藤紫山(1902-1963年01月11日)京都絵画専卒、師山元春挙、日展ののち院展に出品
斎藤倭文緒(1894-1985年07月24日)日本美術学校卒、師郷倉千靱、日本美術院特待
斎藤松雲02(不明-不明)仙台市元櫓町に住んでいた、多くの色紙、掛軸が残っている
斎藤翠紅(1913-1987年10月23日)日本美術院院友、春光美術院同人
斎藤誠軒(1826-1876年06月02日)儒者、斎藤拙堂の子、名正格、字致卿、通称徳太郎・徳蔵
齋藤清策(1921-2009年07月07日)師西山英雄、日展会員、25特選、23特選
齋藤☆(1919-1999年09月09日)東美卒、師素明・武二・福沢一郎、☆は「鬼」+「申」
斎藤猛彦(1825-1876)師上代英彦
斉藤南北(1925-2015年01月16日)全国水墨画普及協会理事長、南北墨画会会長、師河合墨雪
斎藤徳子(不明-1998年11月19日)日本美術院院友
斎藤梅園(1865-不明)師斎藤畸菴
斎藤白渓(1841-1920)師浅井柳塘
斎藤墨湖(1772-1874年03月01日)師春木南湖
斎藤無岳(不明-不明)菊池容斎の門人、名伝
斉藤洋像(不明-1996年03月)現代水墨画協会会員
西丸いさ子(1887-1971年10月12日)師野口小蘋、島崎藤村の姪、島崎敏樹・西丸震哉の母、西丸哲三の妻、号小園
佐伯鶴友(不明-不明)師堀江友声
佐伯岸礼(1816-1883)江戸後期から明治期の日本画家、岸岱二男、字士弟、別号雲峰・北鵬
佐伯圭山(1815-1878)萩藩士、師林百非
佐伯向陽(1846-1914)師鈴木湘堂
佐伯春虹(1909-1942)師塚原霊山・伊東深水
三枝一田(1870-不明)池上秀畝の門人、名徹夫
三枝雲岱(1811-1901)師竹邨三陽・日根対山、山水を得意とした
三枝素光(1886-不明)師尾竹竹坡
三枝保年(1815?-1889)師中川愛嶺
佐野桑弓(1907-1965年07月)師大月、大調和会委員
酒井亜人(1904-1965年01月05日)師安田靫彦、日本美術院院友、大観賞、新日本画研究会等を結成
酒井霞園(1831-不明)内国絵画共進会出品
酒井三良(1897-1969年06月08日)師坂内青嵐、日本美術院同人、文部大臣賞、国画創作協会に出品
酒井紫陽(1906-不明)師中垣楳山・吉村丹鳳
坂井初雪(1917?-1999年07月12日)水墨画家、日本文人画府理事
坂井青泉(1902-1956年12月23日)東美卒、師川合玉堂、父は坂井藍涯
酒井遷喬(1875-不明)師太田秋亭
酒井忠発(1812-1876)庄内藩第九代藩主、酒井忠器の長男
酒井忠發(1812-1876)師鹿島探☆(☆は「王」+「周」)
酒井椿渓(1851-1921)師松吉樵渓・奥村石蘭・川端玉章、名唯一、別号山茶園
酒井鶴吉(不明-不明)南画
酒井道一(1845-1913年02月11日)山本素堂の二男、山本光一の弟、鈴木其一に琳派を学び、雨華庵三世酒井鶯一の養子となる
酒井兎支(1904-1992年09月06日)師郷倉千靱、日本美術院特待
酒井梅斎(不明-不明)師山本梅逸
酒井白澄(1902-1985年04月17日)師野出蕉雨・西沢笛畝、元日本美術院院友、青龍社結成に合流するが脱退、大調和会創立に参加、福陽美術会幹事長
酒井羽雪(1898-1968)京都絵画専卒、師橋本関雪
坂井藍涯(1873-1959年01月08日)師松本楓湖・橋本雅邦、坂井青泉の父
酒泉杏村(1877-1957)東美卒、小室翠雲の門人、名真一
酒泉五楓(1878-1957)師松平雪江、東美卒、川端玉章・山田敬中に師事、のちに小室翠雲に師事し南画を修める、別号杏邨
境野大樹(不明-1984)新興美術院会員
榊篁邨(1823-1894)伊勢津藩士、師服部北溟、蘭書により油絵を試みた
榊原雨村(1885-1963)京絵卒、別号佳山
榊原佳山(1885-1963)京都絵画専卒、父は榊原蘆江、紫峰・苔山・始更は実弟
榊原始更(1895-1969年10月02日)京都絵画専卒、父は榊原蘆江、紫峰は兄、旧国画創作会員
榊原紫峰(1887-1971年01月07日)日本芸術院賞恩賜賞、国画創作協会創立会員、師竹内栖鳳、文展審、京美大教授
榊原石奥(1910-1970年02月29日)師山本石荘、名林
榊原苔山(1890-1963年09月18日)京都絵画専卒、師竹内栖鳳、竹杖会会員、文帝展褒状・招待、父は榊原蘆江、紫峰は兄
榊原文翠(1825-1909年12月20日)師谷文晁、土佐光武らと大和絵会の結成に参加
阪口一草(1902-1997年08月19日)師川端龍子、日本画院客員、青炎会会員
坂口麻沙子(1926-2014年07月17日)創画会会員
坂田鴎谷(不明-1881)江戸後期から明治期の画家、名愛、字世誨、通称亮八
坂田耕雪(1871-1935年02月06日)師尾形月耕、巽画会会員
坂原五行(1871-1941)師大庭学僊
酒巻于宜(不明-不明)一柳友善・立原杏所に師事
坂巻信成(不明-1990年01月22日)日本画府評議員
坂本雲谷(1871-不明)川村雨谷の門人、名恭明
坂本旭英(不明-1876年09月16日)師円山派の吉村孝敬
坂本慶斎(1866-1922年11月06日)師小室恰々斎
阪本晧楓(1912-1999年09月21日)日本美術院特待
坂本春幸(1905?-2004年01月27日)無所属
坂本半酔(1934-2017年11月04日)蒼樹会会員、墨酔会会長
坂本宏(不明-1993年09月12日)新興美術院常任理事
嵯峨山巨星(1898-1984年11月29日)師藤瀬冠邨
佐川華谷01(1868-1950)師渡辺小華・野沢白華・荒木十畝・小室翠雲、帝展出品
鷺山晴洲(不明-不明)師藤瀬冠邨
佐久間雲窓(1796-1983)師雲潭
佐久間晴岳(1818-1885 )佐久間六所の子、師狩野晴川院養信、別号蕉雪・長春舎
佐久間石居(1841-1925)師日野霞山
佐久間扇溪(1869?-1952年10月01日)南画
佐久間素球(1859-1928)師山川雪鴻
佐久間竹浦(1867-1925年02月02日)師田能村直入・田近竹邨
佐久間鉄園(1850-1921年04月25日)北宗派、別号晩晴園主人、文展審
佐久間得棲(1851-1890)師佐久間晴岳
佐久間盛行(1826?-1876年12月27日)森藩士
佐久間頼峯(1920-1993年01月12日)師玉置頼石
桜井雲洞(不明-不明)師田能村直入
桜井華水(不明-不明)名憲、桜井華陵の子
桜井華陵(不明-不明)豊田笠洲・田中鉄斎らに師事
桜井観水(1904-1964)木村武山・中村岳陵・奥村土牛に師事、名彦一
櫻井鴻有(1906-1960)京都絵画専卒、師西村五雲、晨鳥会結成に参加
櫻木春山(1822-1903)師三宅棠陽・斎藤拙堂・川村竹坡
櫻井清香(1895-1969)師丹羽玉邦
桜井正澄(1882-1943)歴史画、師柴田楳渓・菊池芳文
桜井武彦01(1852-不明)号桂山
櫻井増雄(1916-1995年11月01日)元日本表象名誉会長・日本表象美術協会創立時会長
桜田石泉(1844-1918)師茂庭竹泉
櫻庭藤二郎(1915-1994年02月22日)師郷倉千靱、日本美術院特待
佐香美古(1839-1910年04月15日)師住吉弘貫・佐香貫古、貫古の子、住吉派
佐々白鶯(不明-不明)師日比野白圭
左座白軒(1874-不明)師杉原鼓澤・宮崎来城
笹井二洲(1900-1948)師津田白印
笠井平蔵(1903-1965年09月)師福島省三、大調和会の復活創立に参加
笹岡與一(1900?-1985年12月)名彩画院役員、東洋画院会員
笹川和也(1930-2012年02月12日)日本文人画府名誉理事、国際墨画協会理事、蛙戯画
笹川遊原(1829-1881)狩野派、笹川遊泉の子
笹川蘭斎(1824-1883)師馬場伊歳・谷山探成
佐々木介堂(不明-1895年08月21日)師父佐々木月岱
佐々木暁山(1909-不明)光陽・太平洋展
佐々木京林(1900-1897)師小茂田青樹・山村耕花、別号蕉月
佐々木邦彦(1909-1972年07月30日)師川端龍子、元青龍社人、青龍社解散後は東方美術協会会員
佐々木しげ(1905-1938)日本美術院展、東北美術展に出品
佐々木自蹊(1883-1950年07月10日)朝来の西白寺の寺主
佐々木松翠(1852-1917)師山村勉斎・岩田橘園
佐々木尚文(1890-1970年08月08日)師川合玉堂、日本画会会員
佐々木辰也(1940-不明)日展出品
佐々木静観(1915-1974)師矢野鉄山
佐々木拙庵(1893-不明)師堂本印象
佐々木雪洞(1811-1879)江戸後期から明治期の画家、本名栄蔵、「雪洞のタカ」と称されるほど鷹の絵を得意とした


佐々木泉玄(1804-1879)師鶴沢探泉
佐々木大更(不明-不明)昭和初期に仙台で活動
佐々木竹溪(不明-不明)師田能村竹田
佐々木天璋(1890-1928)師梶谷南海・佐々木九皐・田中頼璋
佐々木楳軒(不明-1924)西円寺住職、師釈天鱗
佐々木美山(1876-不明)師大橋翠石
佐々木弘(1930-2012年10月11日)京美卒、創画会会員
佐々木裕久(1933-2002年08月14日)創画会会員
佐々木無胆(1851-1924)医師、南画をよくした
佐々木与条(1897-不明)師中村岳陵、元日展委員
佐々木林風(1884-1933年05月27日)東美卒、寺崎広業に師事、帝展出品
笹沢櫟亭(1855-1935年08月27日)師児玉果亭、日本美術協会会員
笹島月山(1874-1944)東美卒、師川端玉章
笹沼寛祐(1905-1985)師荒井寛方、仏画を制作
笹沼竹風(1903-1981)松本楓湖・木村武山に師事、別号青波・静波・明峯
笹原富山(1895-1966)師後藤華平・寺崎広業
笹山養意(5代)(不明-1881)長府藩御用絵師
佐瀬柳渓(1848-不明)師佐久間晴岳
佐々布篁石(1817-1880)師斎藤畸庵・福田太華
佐多椿斎(1817-1891年02月15日)師馬場伊歳
佐多芳郎(1922-1997年12月16日)師安田靫彦、日本美術院特待、歴史画・小説の挿絵を手がける
定方塊石(1882-1966年12月28日)師巨勢小石
佐竹永海(1803-1874年12月24日)彦根藩御用絵師、師萩原盤山・谷文晁
佐竹永湖(1835-1909年07月24日)師佐竹永海、本姓加藤、佐竹永海女婿
佐竹永邨(1845-1922年08月07日)師佐竹永海、日本美術協会委員、日本画会委員
佐竹永陵(1872-1937年01月08日)師佐竹永湖、日本美術協会委員
佐竹義堂(1880-1924年04月28日)宮城県豊里町香林寺に代表作「山水図」がある
佐竹藍川(1878-1952年07月20日)師姫島竹外・橋本雅邦
貞村梅堂(不明-不明)博多築港記念博覧会出品
雑賀竹溪(不明-不明)師川口澹斎、警察官
佐藤愛山(1845-1920)師天野嗽石
佐藤以撒(不明-不明)一関の人
佐藤一琳(1863-1927年05月02日)師木村立嶽・川端玉章・島崎柳塢、連合絵画共進会出品
佐藤一艸(1893-1981)佐藤耕雲の五男
佐藤雨耕(1837-1917)師佐藤鷹翁
佐藤雨声(1895-1941)師白井永川・小坂芝田・福田浩湖、旧氏名加藤房一、旧号石邦、別号対巻居
佐藤雲保(1859-1930年02月11日)師帆足杏雨
佐藤栄次郎(1888-1970)北海道展出品
佐藤永芳(1909-1969年02月05日)師川崎小虎、日展
佐藤応声(不明-不明)師堀江友声
佐藤岳洋(1924-1982)新興美術院委員、湯沢美術協会会長
佐藤華岳(1887-不明)師桂月・華石
佐藤一美(不明-1988年07月23日)日本画府評議員
佐藤勝彦01(1926-2008年05月10日)新制作協会出品、京都日本画家協会会員
佐藤寛堂(1868-1948年06月29日)師中根半嶺・巌谷一六・長三洲
佐藤暁関(1878-1933)野口北巌に漢籍を学び、河鍋暁斎・寺崎広業に師事
佐藤旭眞(1867-1918)師柴田真哉・荘司竹真
佐藤潔(1912?-2001年04月28日)新興美術院会員、日本表象美術協会創立理事
佐藤金一郎(1912-1983)師中村岳陵、日展
佐藤空鳴(1894-1944)京都絵画専卒、師西山翠嶂、名喜奘
佐藤圀夫(1922-2006年01月24日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、東美卒、師山口蓬春、日展顧問、名古屋芸術大学名誉教授
佐藤玄覧(1818-1885)四条派、師南嶺
佐藤耕雲01(1854-1920)師菅原竹侶、別号に天文台下山人、内国絵画共進会出品
佐藤光華01(1887-1944年01月30日)京美校卒、師契月
佐藤耕寛(1902-1975年01月18日)師池田輝方・荒井寛方・堅山南風、日本美術院院友
佐藤公紀(1920-1997年09月03日)師伊東深水、美人画
佐藤恒三(1904-1965)東美卒、帝展・文展出品
佐藤晃蓬(1901-1965)川端画学校卒、師岩田正巳
佐藤耕方(1888-1937)師水野年方・尾形月耕
佐藤紫雲(1889?-1986年05月31日)淡紫会会長、師秀方・寛畝、現代水墨画協会顧問
佐藤紫烟(1874-不明)師滝和亭・衣笠豪谷
佐藤紫煙(1874-1943年03月10日)師滝和亭・衣笠豪谷、日本南宗画会結成に参加
佐藤紫雪(1889?-1986年05月31日)現代水墨画協会顧問、日本画淡紫会会長
佐藤蔀(1852-1944)師平尾魯仙
佐藤脩平(1938-1993)師横山津恵・今野忠一、日本美術院院友
佐藤壽山(不明-不明)師堀江友声
佐藤春矼(不明-不明)師平野五岳・長三洲
佐藤春翠(1885-不明)師山本梅荘、名勝
佐藤小皐(1861-1928)師渡辺小華・滝和亭、佐藤竹皐の子
佐藤樵山(1849-1926)内国絵画共進会出品
佐藤松僊(1913-1945)師後藤松亭・松林桂月・橘田永芳
佐藤昭三01(1928-2018年01月16日)師加藤栄三、日展会友
佐藤翠谿(1884-不明)師大橋翠石
佐藤翠渓(1884-1926)師山田松渓・小森呉橋
佐藤瑞漆(1891-1973)漆画、師晩霞
佐藤進04(1845-1921年07月25日)医師、順天堂医院院長、書画をよくした
佐藤青牛(不明-不明)歌人・原阿佐緒の叔父
佐藤静渓(1852-1909年02月15日)師松吉樵渓・立松義寅、名正教、字子訓、通称利助、別号椿園・本立堂
佐藤精斎(1836-1905年04月12日)師佐々木月岱、名重昌
佐藤石邦(1895-1941)師白井永川、旧号加藤房一、別号雨聲
佐藤雪洞(1893-1986年12月)師大森敬堂、長野の教鞭をとる
佐藤大寛02(1898-1983年01月03日)師高森砕巌、東洋古典派、日本海外墨絵代表
佐藤大醒(1907-1990)師荒木十畝、新興美術院会員
佐藤太清(1913-2004年11月06日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、師児玉希望、日展顧問
佐藤多持(1919-2004年10月21日)東美卒、真言宗僧侶の二男、水芭蕉をテーマに描いた
佐藤淡香(不明-不明)師十市王洋
佐藤竹皐(1819-1882)師高久靄崖・岡本秋暉、佐藤周鱗斎の養子
佐藤竹村(不明-不明)商家
佐藤千曲(1911-1975年07月11日)東美卒、師児玉希望、日展
佐藤続(1899-1955)佐藤耕雲の七男
佐藤適圃(1834-1915年09月07日)師長谷川嵐渓
佐藤柊堂(1890?-1957)師福田平八郎
佐藤土筆(1911-2004年06月12日)師川端龍子、東方美術協会創立会員
佐藤南田(1827-1893年08月01日)師後藤碩田
佐藤日梵(1898-1990)師尾竹竹坡、本名秀廊
佐藤梅軒(1825-1893年10月12日)江戸後期から明治期の儒者
佐藤梅所(1866-1929)師佐久間晴岳
佐藤梅亭(不明-不明)内国絵画共進会出品
佐藤梅南(1821-1881)師菅井梅関
佐藤梅鄰(1805-1873)師恩田石峰・鈴木南領・岡本豊彦、名維淳、字伯還
佐藤白華(1887-1963)師津田白印
佐藤晴行(1912-1980年08月22日)京都絵画専卒、師池田遙邨、日展会友、創立以来青塔社所属
佐藤博(1923-1984)河北美術展河北賞受賞
佐藤風岱(1874-1923)山形経済界の先駆者
佐藤望山(1870-1939)師服部波山・滝和亭
佐藤牧水(1835-不明)師高橋杏村・前田半田、名良三
佐藤木公(1860-1916)師奥原晴湖
佐藤夢楽児(1896-1951)佐藤耕雲の六男
佐藤美雄(1911-1989)川端画学校卒、師岩田正巳
佐藤柳村(不明-不明)師荒木千洲
里見雲嶺(1849-1928)師西山芳園・山県二承・中井泰嶺
里見米菴(1898-1993年10月20日)京都絵画専卒、師土田麦僊・郷倉千靱、日本美術院特待
佐渡山安豊(1852-1899)琉球の絵師、唐名は毛永保
眞田圓山(不明-1888)師藤田板屋
讃井墨舟(不明-不明)南画
実藤笑春(不明-不明)南画
佐野光穂(1896-1960年12月30日)師菊池契月、日本美術院院友
佐野紅洋(1832-1925年04月16日)本名市太郎
佐野五風(1886-1974)京美卒、帝展出品、別号肱有年
佐野石峰(1857-1942)師佐藤適圃・川村雨谷
佐野徳輝(1858-不明)師鈴木月谷
佐原修一郎(1895-1965年05月27日)京都絵画専卒、師土田麦僊、国画創作協会で活躍
佐原竹崖(1887-1936年10月07日)師山下青厓、本名竹次、初号竹堂
三郎丸竹川(不明-不明)北画
寒川雲晁(1823-1907年08月31日)寒川養斎の養子、師大岡雲峰・谷文晁
沢宏靱(1905-1982年09月24日)師西山翠嶂、創画会創立会員
佐和埜鶴(1768-1873)佐和華谷の子
沢梅谷(1861-1928年07月)師山本梅荘、名理、通称理喜三郎、字黄中
佐和藍田(1890-1977年09月12日)師森魚渕・團藍舟
佐脇波登麿(1853-1922年09月29日)師土佐光文、土佐派の画家佐脇源好は父
沢木四方吉(1886-1930年11月07日)画家・美術史家
沢口静山(1833-1916)師日根対山
澤田育(1913-2001年05月20日)師安田靫彦、日本美術院特待
澤田石民(1905-1944年09月15日)京都絵画専卒、師土田麦僊、国画創作協会出品
沢田雪渓(1844-不明)師藤江雲峨・吉沢雪庵
沢田雪嶺(1825-1877)盛岡藩の円山四条派
沢田実01(1929-2006年05月31日)師中村岳陵、日展会友
澤野文臣(1914-2005年05月15日)京都絵画専卒、師堂本印象、日展会員、菊華賞
山田(1823?-1902)山田村永覺寺住職、師兒島竹處
三宮竹谷(1865-1931)師菅原竹侶、三宮郡蔵の子
三宮楠亭(不明-不明)師弘瀬洞意、狩野派
四夷星乃(1903-1965)師北野恒富・中村貞以、日本美術院院友
椎名剛美(1897?-1984年05月07日)創造美術会の結成に参加、素朴で純雅な作品を描いた
椎野李渓(不明-1917年07月17日)師木村雲渓
塩川文鳳(不明-不明)師塩川文麟
塩川文麟(1801-1877年05月11日)師岡本豊彦、別号雪章・可竹斎・泉声答斎・木仏老人
塩崎逸陵(1884-1974年01月12日)東美卒、師寺崎広業、元日展委員、別号水仙洞


塩崎函谷(1838-1922年03月21日)師日根皆山
塩路五水(1853-1930)南画の山水をよくした
塩田銕香(1850-1889)師田能村直入・石川晃山・守山湘帆
塩月秋圃(1850?-1920?)師岡部南圃
塩出英雄(1912-2001年03月20日)帝美卒、師奥村土牛、日本美術院同人、武蔵野美術大学名誉教授
塩原光旦(1906-1989)師赤羽雪邦・中村岳陵、戦後は版画を手がけた
塩原友子(1921-2018年01月28日)武蔵美校卒、師望月春江、日本画院同人、日本画の抽象
塩見仁朗(1929-1996年04月06日)京都絵画専卒、創画会会員、京都市立芸大客員教授
塩谷寛泉(1858-不明)師本田寛栗、名源
志賀正兆(1887-1974年08月21日)長野県松本で活動した、兼洋画、志賀正人と同一
志垣美多(1893?-1997年10月11日)日本美術院院友
鹿見喜陌(1948-2018年10月13日)日展会員、審査2、特選2、師堂本印象
鹿村春畝(1888?-1972)師荒木十畝
式田春蝶(不明-不明)師斎藤秋圃
式田春蟻(不明-不明)師斎藤秋圃
直原玉青(1904-2005年09月30日)大美卒、師矢野橋村、日展会友、日本南画院会長・理事長
重春塘(1833-1904年01月21日)師河北春谷、花鳥と得意とし石の絵を好んだ、別号単香
重浦元暢(1831?-1896年06月12日)医師、画をよくした
信太金昌(1920-2015年01月06日)師山本丘人、創画会会員
信田邦彦(1885-1959)本名鉄治、竹内栖鳳に師事
信太湘北(1866-1925)師内村鱸香・岩溪裳川
七条長州(1875-1917)師佐竹永湖
志津田稲亭(不明-不明)師別所春濤
志津里徳隣(1839?-1898年11月05日)森藩地森の専光寺の寺主、竹画をよくした
篠月舟(不明-不明)大分市に作品が多く残っている
篠木伊勢松(不明-不明)南画
篠崎青峰(1917-2002年12月16日)無所属
篠崎美保子(1931-2013年11月01日)院展97奨励賞、師青邨・郁夫
篠田雨江(1818?-1894年06月09日)師帆足杏雨
篠田直山(1873-不明)師滝和亭
篠田柏邦(1883-1969年04月18日)東美卒、師今尾景年、名十一郎、文展・帝展出品
篠田豊岳(1873-不明)師児玉芦香
篠原香山(1803-1896)江戸後期から明治期の画家、松平雪山・立原杏所に学ぶ、名吉信、通称所三郎
篠原素石(不明-不明)南画
篠原竹条(1829-1921年10月03日)南画家、別号伴雲楼主人
篠原弥次兵衛(1865-1938)南画、中山規矩磨の父
斯波春陵(1828-1893)別号真所・鵞溪
芝千秋(1877-1956)師梅村景山、帝展出品
柴宗広(1899-1979年06月03日)師新井芳宗・郷倉千靱、日本美術院院友
司馬老泉(1841-1910年11月26日)師喜田華堂・張月樵・木下逸雲、名柴田常次郎、別号弘斎・対梅・明仏庵
芝垣興生(1895-1968)師横山大観・木村武山、日本美術院脱退のち新興美術院再興に参加
柴田花守(1809-1890)師牛島藍皐
柴田一雄(1914-1988年12月27日)師西山翠嶂、日展会友
柴田春光(1901-1935年04月01日)師佐藤紫雲・川崎小虎、日本美術院展等で受賞
柴田松谷(1890-1945)師川合玉堂、南谷の孫、楳渓の子
柴田小蘭(1866-不明)師父柴田芳洲、名かね
柴田泰山(1821-1884)幕末から明治期の画家、師山梨鶴山・岸岱、通称正平・昭平
柴田隆之(不明-不明)昭和初期に筑前折尾町で活動
柴田光子(1920-2005年07月18日)師伊東深水・羽根万象、日展出品
柴田年人(不明-1910?)師水野年方、柴田芳洲の妻、名のぶ
柴田南谷(1802-1873)師鈴木南嶺
柴田楳溪(1852-1922)師幸野楳嶺、柴田南谷の子
柴田晩葉(1895-1942年08月)京都絵画専卒、師山元春挙、文展出品
柴田芳洲(1840-1890年10月10日)師喜田華堂・村田香谷、名弘、字子道、通称栄三郎
柴田白雨(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
柴田馬嶺(1850-1928)師寺崎広業、本名政治
柴田安子(1907-1946年07月27日)師松岡映丘、新美術人協会結成に参加
柴谷道三(1908-1974)京都絵画専卒、師中村大三郎、新文展・日展出品
柴廼戸下蔭(1852-1925年10月15日)日本画家・狂歌師
柴原魏象(1885-1954年09月09日)京美卒、師竹内栖鳳、文展・帝展出品
柴山光台(1913-2002年07月30日)師伊東深水
柴山松琴(不明-1899年05月24日)師父東巒、名加七郎、別号松雲
澁澤卿(1949-2012年04月29日)東京芸大卒、日蓮宗僧侶
渋谷江津(1917-2003年06月09日)師中村岳陵、日展会友、特選
渋谷松香(不明-不明)幕末から明治期の画家、本名渋谷松蔵
紫峰松声(1919?-1987年04月14日)日本南画院理事、師華泉
島御風(1900-不明)師北野恒富
島春潮(1897-1963年04月29日)文展・日展出品、師玉堂
島心象(1931-1986年03月03日)金沢美工大卒、師郷倉千靱、日本美術院院友
島成園(1892-1970年03月05日)師北野恒富、文展褒状・帝展出品
島万里(1927?-2010年07月27日)日本南画院副理事長補佐
島井觀山(不明-不明)南画
島内松南(1881-1962)師種田豊水・柳本素石、土陽美術会設立に参画
嶋内松南(1881-1962年12月11日)師橋本雅邦・梶田半古、文展褒状
島崎旭洲(不明-不明)南画、高家村初代村長
島崎柳塢(1865-1937年01月21日)師松本楓湖・川端玉章、日本美術協会理事
島沢柳亭(1849-不明)師奥村石蘭、名孝忠
島田英雲(1865-1930)師堀江友声
島田香雲(不明-不明)島田疎石の妻
島田晃州(1918?-2007年11月19日)師石川寒巌、日宋美術院理事長、元日本画府理事、元新日本美術院副会長
島田寅雲(不明-不明)師淵野桂僊
島田春濤(不明-不明)南画
島田春昤(1903?-1972年11月03日)爽生会主宰
島田松秀(1891-不明)師寺崎広業
島田雪湖(1865-1912)島田雪谷の子
島田雪谷(1828-1884月01月19日)文人画家・福井藩士、別号青崖、字樗園
島田素言(1869-不明)師奥村石蘭・木村金秋、名束稲
島田疎石(1834-不明)師黒岩金岳・島崎呉江・安田老山
嶋田桃嶺(1808-1881年12月16日)師円山応瑞
島多訥郎(1899-1983年11月20日)師郷倉千靱、日本美術院同人、元多摩美術大学教授、特異な幻想的画風
島田虎次郎(1858-1915)絵金派
島田柏樹(1892-1958)師平福百穂、帝展・日展出品
島田遍井斎(1825-1884)江戸後期から明治期の画家、佐野勘十郎に学ぶ、名義輔、覗絵を得意とした
島田墨仙(1867-1943年07月09日)日本芸術院賞、師父島田雪谷・橋本雅邦、文展審査員
島田楽山(不明-不明)南画
島袋宗展(1840-不明)島袋宗封の三男
島村小湾(1829-1882)師河田小龍・画塾
島村亮(1901-1958年03月20日)師多門・玉堂
島本秋月(1845-1912)師守山春農
嶋谷自然(1904-1993年08月13日)師中村左洲・矢沢弦月・西山翠嶂、日展参与、名古屋芸術大学名誉教授
清水甘泉(1880-1964)師坂井藍涯・川合玉堂
清水玉舟(1919?-2006年10月17日)日本画院同人、現代創像美術協会運営副委員長
清水公照(1911-1999年05月06日)水墨画家、東大寺長老
清水古関(1879-1949年05月05日)京都美術学校卒、師菊地芳文
清水大国(不明-不明)昭和初期に門司市出雲町で活動
清水拝香(不明-不明)南画
清水比庵(1883-1975年10月24日)書家・画家・歌人・政治家
清水美一(不明-1997年03月10日)文展に出品
清水撫玉(不明-不明)師片岡撫陵・堀江友声
清水正一01(1912-1981年08月06日)京都絵画専修、師西村五雲、晨鳥社、日展・新日展出品
清水光行(1884-1955年06月)師竹内栖鳳、名和堂、字尚古、別号柳堂
清水保男(1928-2005年07月05日)師望月春江、日本画院同人
清水友雲(1841?-1934年02月01日)師後藤碩田
清水要樹(1911-1999年12月13日)師矢野橋村、日展会友、日本南画院副会長、現代南画協会副理事長
清水米子(1913-2001年12月18日)国際現代美術家協会名誉会員
清水麓松(1863-1919年07月06日)師幸野楳嶺、内国絵画共進会褒状
四宮藍英(1852-1912)師藤井藍田、南画
四宮藍園(1850-1926)師藤井藍田、南画
志村桂枝(1905?-1990年01月31日)日本南画院同人
志村武(1929?-2007年11月07日)京千会主宰
志村立美(1907-1980年05月04日)挿絵画家・美人画家として活躍、師山川秀峰、出版美術家連盟会長、日本作家クラブ名誉会員
下川千秋(1909-2000年01月22日)京絵卒、日展会友、特選
下川立夏(1926-2013年05月09日)師郷倉千靱、院展特待
下河辺行廉(1829-1888年12月15日)師能勢一清
下倉祺世(1925-1997年06月25日)日展会友、師華楊、晨鳥社、1997年07月25日歿か?
下倉祺世子(1925-1997年06月25日)師山口華楊、日展会友、晨鳥社
下郷采蘭(1818-1900)師小島老鉄・森高雅、名禎斎
下條香玲(1911?-2002年11月27日)日本文人画府常任理事
下林素光(1885-1940年08月24日)東美卒、師内山容湖
下平霞舟(不明-不明)野口小蘋に学ぶ
下宮竹邨(不明-不明)師藤井松林、のちに油絵を学ぶ
下村英斎(1855-1916年12月23日)名晴長、通称彦三、別号白峰、渡辺洞昌に師事
下村快雨(1879-不明)師長尾華陽・益頭峻南、大河戸晩翠の甥、名諦信、願成寺の住職
下村観山(1873-1930年05月10日)帝室技芸員、師狩野芳崖・橋本雅邦、日本美術院創立及再興に参加・日本画の革新を目指した、東美教授
下村晃園(不明-不明)師上村松園
下村春章(不明-不明)師川崎千虎・木村金秋・川端玉章
下村千秋(1893-1955年01月31日)小説家・画家
下村正一(1914-2014年08月08日)京絵卒、師堂本印象、日展会友、東丘社顧問


下村里仙(1830-1894年10月)師日根野対山・高橋由一、名謙太郎、通称甚兵衛、別号亮士・耕空・壺中園
下村良之介(1923-1998年12月30日)パンリアル美術協会会員、元大谷大学教授
釋翠邨(1888-不明)名政光、初号天江
釈台鞍(1881-1959)師望月玉泉・川端玉章
釈尾弘邦(1908-1999年01月08日)仏画師、京絵卒、師西山翠嶂
社本我泉(1911-1981年02月)師中村岳陵、名善次、白士会創立会員
秀暉(不明-不明)昭和20年前後に仙台市で活動
秀紅(不明-不明)昭和期に仙台地方で活動
秀山(不明-不明)昭和期に仙台地方で活動
十時園四起(1831-1905年02月12日)日本画家・狂歌師
秋澤(不明-不明)仏像を描いた
十二町仁三(1926-2000年12月28日)日本美術院特待
粛粲寶(1902-1994年03月13日)師黒田清輝・小林古径、帝展等出品、本名水島太一郎
首藤雨郊(1883-1943年06月06日)師福田平八郎
首藤☆雨(不明-不明)南画、☆は「山」+「喬」
首藤西湖(不明-不明)南画
首藤白陽(1867-1927年09月23日)師帆足杏雨
春玉(不明-不明)師川村春洋
春峰(不明-不明)師川村春洋
城登(1919-1993年10月04日)京都絵画専卒、師金島桂華、日展会友、朴土社所属
床井玉照(1889-1986年01月01日)玉照派創始、乃木神社奉納
松韻(不明-不明)師田能村直入
正墻適処(1818-1875)師建部樸斎
庄司丘霞(1839?-1908)師細谷立斎
庄司謙斎(1797-1886)南画家
庄司香渓(1831-1892年04月18日)名清梧、初号鳳斎、晩年になり香渓と号した
庄司穂軒(1863-1946年09月28日)師平福穂庵、初号竹堂、元前田村村長
庄司多々史(不明-不明)帝国美術学校卒
庄司竹真(1854-1936)日本画家・漆芸家、師柴田是真
荘司半仙(1870-1944年04月14日)荘司義敦の長男、牧野雪僊に師事
荘司福(1910-2002年10月19日)女子美卒、師郷倉千靱、日本美術院同人・評議員
庄田鶴友(1879-1948年04月25日)師山元春挙、文展褒状、自由画壇同人
庄田耕峯(1877-1924年07月01日)師尾形月耕、絵画共進会褒状、狂号雲の屋峰助
上代栄白(不明-不明)師堀江友声
上代英彦(1819-1883)師堀江友声・岡本豊彦
生野箕谷(不明-不明)庄内町の人
荘野南崖(1835?-1905年06月19日)師足立秋英
菖蒲洸(不明-1990年05月05日)兵庫県日本画家連盟常任理事、父は菖蒲大悦
菖蒲大悦(1902-1999年08月13日)日美卒、師中村岳陵、日展会友、群青社主宰
正村竹亭(1890-1986年05月12日)師笹沢櫟亭・小室翠雲、日本南画院展出品
勝屋春嶺(不明-不明)徳山の画家
白井永川(1884-1942年04月17日)師森田緑雲、名儀三郎、神職の傍ら画作につとめた
白井烟嵓(1894-1976年01月19日)師松林桂月、名龍司、別号烟巌、日本南画院創設に参加、桂月鑑定の第一人者
白井小石(不明-不明)渡辺小華の門人
白井青淵(1910-2006)師中村岳陵、白井永川の長男、中部日本南画会創設
白井草村(不明-不明)南画
白石計雄(不明-1995年01月17日)新興美術院理事
白石松挙(1877-不明)師鈴木松年、名兼松、別号登龍館
白石晴洲(不明-不明)師小坂芝田
白神澹庵(1825-1888)小野竹喬の祖父、四條派から南画に転じた
白髪悠(1928-2000年11月27日)無所属
白川琴水(1856-1890年09月01日)師村田香谷・菊地三渓
白倉嘉入(1896-1974年10月09日)師田近竹邨・小室翠雲、帝展特選・文展無鑑査・日展出品後無所属
白子墨城(不明-1988年04月01日)日本南画院理事、日本水墨院理事長
白須心華(1870-1939年08月31日)師甲斐虎山
白鳥映雪(1912-2007年06月15日)日本芸術院会員、日本芸術院賞恩賜賞、師伊東深水、日展顧問、川端校
白鳥白駒(1871-1916)東美で橋本雅邦に学ぶが兵役に退学、帰国ののち郷里長野で画作を続ける
白山春邦(1886-1961年01月05日)師鈴木華邨・橋本雅邦、国画創作協会等出品、父は漆芸家の白山松哉
白水春峰(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
城田花乃(1900-不明)師北野恒富、前姓橋本
秦米陽(1852-1928年09月19日)師田能村直入
新貝真蔭(1827-1908年10月03日)幕末から明治期の画家、別号探古堂
新庄牛歩人(1925-2000年11月29日)新美術協会会員
神前福正(不明-2001年12月10日)元新美術協会常任理事
新谷鉄僊(1867-1954)師木村耕巌
新耘堂(1816-1893)俳人、梅画に長じた
進藤鼓峡(不明-不明)南画
真道秋皓(1900-1980年12月25日)師堅山南風、日本美術院院友、兄は真道黎明
真道黎明(1897-1978年11月17日)師安田靫彦・堅山南風、日本美術院同人、内閣総理大臣賞
新野楳窓(1877-1945年03月)師井後楳雪
榛葉淡南(1890-1971)木村半雨に学ぶ、本名貫次
神保江村(不明-不明)南画、師山下蕉雨
神保朋世(1902-1994年03月11日)師鰭崎英明・伊東深水、「オール読物」連載の「銭形平次捕物控」の挿絵等で知られる
神保木石(1837-1903年08月04日)師高橋杏村・董其昌、名恭平
新間雲屏(1833-1905年06月)平井顕斎の門人
新見虚舟(1904-1995年07月18日)京都絵画専修、師土田麦僊、国画創作協会解散後新樹社結成に参加
吹田草牧(1890-1983年11月08日)師竹内栖鳳・土田麦僊、国画創作協会会員
水道秋聖(1921-1999年03月20日)創造美術会運営委員
末綱紫水(1884?-1936年11月06日)京都で画を学んだ
末永感来(1876-不明)福岡美術会の創立に参加
末永光司(1907-2004年06月11日)東美卒、日展
末永天山(不明-不明)師十市石谷・田能村直入
末延旺洋(1900-1944)師都路華香・杉山響洋
末松壽峰(不明-不明)南画
末松松溪(1825-1902)師高橋杏村
菅其翠(1831-1887)幕末から明治期の画家、菅松峰の子、円山四条派
須加五々道(1913-2008年10月16日)須加美術研究所主宰
菅盛南(1844-1897)菅楯彦の父
菅楯彦(1878-1963年09月04日)日本芸術院賞恩賜賞、師塩川文麟、伝統雅楽の保存に尽力、父は菅盛南
須賀蓬城(1874-不明)名金之助、南宗派
菅真人(1896-1983)師菅楯彦
菅守雄(1921-2011年04月16日)師川端龍子、元青龍社
菅井義秋(1855-不明)師立松義寅、通称孫右衛門、菅井海霜の子
菅井春山(1877-不明)師田口高康・尾形月耕
菅井田龍(1820-1904)菅井梅関の養子
菅沢幸司(1910-1976年11月15日)東美卒、師結城素明、大日本美術院展等出品
菅沼茗溪(1819-1890年04月09日)師十市石谷・王洋
菅野圭文(1912-2009年01月29日)村山美術宝樹社同人、元霹靂社委員
菅野舞山(1892-1936)師朝一圭鳳
菅谷晴亮(1906-1970)師永田春水・児玉希望、日展出品、茨城日画会創立会員
菅原弘道(不明-不明)柴田郡村田町の竜泉院に山水画が残されている
菅原春涛(1874?-1924)師山本堂
菅原嘯雲(1853-1904)菅原竹侶の長男
菅原翠洲(1874-1931年08月21日)東美卒、師橋本雅邦、北海道展日本画部創設に尽力
菅原晴雲(1850-1906)水沢近郊の画工
菅原竹侶(1824-1893)名圭之輔・常元、字素遊、屋号は臥雲楼・錦雲堂・以雲楼、菅原常恒の子
菅原東雲(1836-不明)師斑目東雄
菅原梅里(1894-1952)独修
菅原白龍(1833-1898年05月24日)師奥原晴湖・熊坂適山、号日橋穏士
菅原無田(1902-1956)北海道展出品
杉渭石(1826-不明)独修
須木一胤(1873-1936)師佐香美古、住吉派
杉清恵(不明-不明)師鏑木清方
杉石抱華(1888?-1977年01月01日)師山田松岳、歯科医
杉浦俊香(1844-1931年06月08日)哲学者・仏教学者、画独学
杉浦富春(不明-不明)府内藩士
杉江有昌(1897-1940年05月05日)師山本石荘・香雲・立松翠涛・久野柳荘、名経次、別号芳月
杉岡宗一(1914-1995年01月06日)師池田遙邨、日展会友、兵庫県日本画家連盟理事、明石美術協会理事
杉崎芳章(1920-1998年04月09日)帝美卒、師堅山南風日本美術院特待
杉下守中(1867-1945)師前川文嶺
杉下苔石(不明-1875年04月23日)師市村鳳頂・高橋杏村・村瀬秋水
杉田春泉(1890-1943)師河野豊水・宮岳春山
杉田勇次郎(1900-1984年08月31日)京都絵画専卒、師入江波光、国画創作協会会員
杉谷雪樵(1827-1895年08月04日)矢野派、師矢野良敬、熊本藩士、杉谷行直の子
杉渓六橋(1865-1944)名言長、字信卿、南宗派
杉原健吉(1914-2012年09月20日)京都春季創画展
杉原元人(1912-2009年06月29日)師児玉希望、日展参与
杉原鼓澤(1864-1924)師奥田蘭雪・大庭学僊・高橋由一、名重道、通称一郎、字子清、別号都保美・悳山人・発春軒


杉原不僊(1891-不明)師中村不折・小室翠雲
杉原豊洞(1878-1930年04月)師田近竹邨・佐久間竹浦
杉村直樹(不明-不明)師十市王洋
杉本亀山(1855-不明)師田中亀水
杉本竹厓(1838-1896)師父古屋竹原
杉本哲郎(1899-1985年03月20日)京都絵画専卒、師山元春挙、インドやセイロンの壁画の模写をはじめ一貫して宗教画を描いた、元印度国立中央大教授
杉山響洋(1880-1949)師竹内栖鳳・寺崎広業
杉山光鳳(1903-1983)東美卒、横山大観・荒木十畝に師事
杉山呉洲(1863-1929年05月23日)師跡見復山、名半七、初号小谷・雲領
杉山古林(1808-1888)美人画・南画
杉山秀峰(1929-2007)師自然、日春展・中日展等出品
杉山小谷(1863-1922)師跡見復山・滝和亭・山本梅荘、名義光、通称半十、別号惟一斎・桜香舘・臥龍
杉山丈夫(1919-1974)師中村岳陵、白士会会員
杉山哲郎(1905-1970年06月15日)師富取風堂・平岩三陽、名朗
杉山寧(1909-1993年10月20日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、東美卒、師結城素明・松岡映丘、日展顧問
鋤柄博(1927?-2001年02月)日展出品、日本表象理事
図師舟堂(1828-1910)師板谷桂舟
図子竹春(1898-1979)京都絵画専卒、師山元春挙、帝展
鈴木雲渓(1867-1945)独修
鈴木雲荘(1863-不明)師山田来翁・山本石荘、名寿、通称鶴吉、字子成、別号大夢・紅雪軒
鈴木黄鶴(1891-1935)別号黄鶴山人・不可解山房
鈴木寉仙(1882-不明)近藤樵仙の門人
鈴木岳鼎(1841-1902)師佐久間晴岳
鈴木華泉(1884-不明)師渡辺華石
鈴木華邨(1860-1919年01月03日)師小磯崎雪窓、美協・巽画会員
鈴木霞村(1804-1885)名友、字文輔
鱸亀峰(1857-1902)師名草逸峰
鈴木拳山(1842-1915年11月15日)師稲田文笠・鈴木鵞湖、名潜、字子竜、別号竜雨・成道、魚介の絵を得意とした
鈴木空如(1873-1946年07月21日)仏画家
鈴木景福(不明-不明)紀藩士、師野際白雪
鈴木月谷(1835-1906)師岡部南圃
鈴木けん(1887-不明)東京女子美術学校卒、鈴木源松の長女、別号秀紅
鈴木皐雲(1903-1947)師高田疎石、茨城美術展出品、横山大観と文通を行い中央画壇に誘われる
鈴木光瑛(1905?-1988年06月30日)日本画府理事、元青龍社社友
鈴木香峰(1804-1885)江戸後期から明治期の画家、福田半香の門人、吉原宿の駅長を務めた
鈴木鼓村(1875-1931)土佐派の絵を描いた、箏曲家としても知られる、京極流の創始者
鈴木鼓来(不明-不明)師杉原鼓澤
鈴木鼓浪(不明-不明)師杉原鼓澤
鱸采蘭(1848-1889)幕末から明治期の漢詩人、鱸松塘の次女
鈴木三朝(1899-1997)師中村左洲・荒井寛方・安田靫彦、日本美術院特待、新興美術院創立同人・後に退会
鈴木茂子(1907-不明)師柿内青葉
鈴木篩雪(1910-1988)日本文人画府創立
鈴木守一(1823-1889)鈴木其一の子、父に絵を学び20歳で跡目を継いだ、父同様に描表装作品も得意とした
鈴木春栄(不明-1975)師丘陵、新興美術院会員
鈴木丈岳(1887-1988)石巻の人、河北美術展出品
鈴木松年(1848-1918年01月29日)師父鈴木百年・塩川文麟、初号百僊
鈴木心次(1928-2016年10月18日)日展出品
鈴木翠村(1881-1947年01月)師狩野三岳・松本楓湖
鈴木瑞彦(1848-1901年12月31日)師塩川文麟、京都市画学校教授
鈴木朱雀(1892-1972年05月04日)挿絵画家、師野田九浦、日展
薄寸浦(不明-不明)在京作家による筑前美術展出品
鈴木誠一01(1835-1882年06月29日)鈴木其一の子
鈴木晴波(1884-1918)師渡辺華石・小坂芝田、名三省、別号華泉・竹翠画房
鈴木雪哉(1875-1945年04月02日)東美卒、師菅原白龍・橋本雅邦、連合絵画共進会出品
鈴木雪鱸(不明-不明)師天野漱石
鈴木☆豁(不明-不明)内国勧業博覧会出品、☆は「僊」の「イ」を「木」に
鈴木草牛(1905-1988)東美卒、師小川芋銭・岡本一平、新興美術院理事、九月会創立
鈴木大祥(1883-1944年11月11日)庄司穂軒・小室翠雲に師事
鈴木大麻(1903-1975)師小茂田青樹・前田青邨、日本美術院院友
鈴木大嶺(1895-1973)師柳沢貴園・鳥谷幡山
鈴木隆03(不明-不明)南画、鈴木蘭溪の孫
鈴木孝之(1909-1986年10月02日)師郷倉千靱、日本美術院特待
鈴木竹柏(1918-2020年02月07日)文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、師中村岳陵、日展顧問・元会長、審査15、文部大臣賞、菊華賞、特選
鈴木重象(1901-不明)川端画学校卒、師蔦谷龍岬
鈴木千代子(不明-2003年10月)女子美卒、師奥村土牛、元日本美術院院友
鈴木棠皐(不明-不明)師荒木千洲
鈴木東洋(1857?-1910)師中川愛山
鈴木富喬(不明-不明)師北野恒富、名喬
鈴木主子(1898-2000年10月28日)女子美卒、師堅山南風、日本美術院院友
鈴木梅巌(1836-1918年07月)師山本栞谷・塩川文麟・渡辺小華、通称五平次のちに吉兵衛
鈴木百年(1825-1891年12月28日)師大西椿年・横山華渓・岸岱・連山、別号大椿翁、宮中納画
鈴木豊溪(1873-1957年05月02日)師篠田豊岳
鈴木黙仙(1893-1935)角館画人
鈴木康夫(1948-2004年01月21日)日本美術院院友
鈴木康之01(1911-1980)師伊東深水
鈴木芳子01(1929-1998年04月23日)東美卒、師山本丘人、創画展に出品、夫は彫刻家の鈴木実
鈴木蘭涯(1859-1917)師福島柳圃
鈴木蘭溪(1823-1887年06月11日)仙台の南画家
朝木良之助(1905-1974)新興美術院会員
進光楽(不明-不明)師川端玉章・川合玉堂・鏑木清方
須田霞亭(不明-不明)師寺崎広業
須田珙中(1908-1964年07月10日)東美卒、師前田青邨、日本美術院同人、東京芸大助教授
須藤聖馬(1900-不明)師野沢如洋
須藤尚義(1902-1956)師蔦谷龍岬・川合玉堂・児玉希望
須藤貘(1915-1992年08月17日)師望月春江・川﨑小虎
須藤博(1923?-2003年03月16日)日本水墨画振興会理事長
須藤泰子(1931-2007年12月03日)東京芸大卒、日本美術院院友
須網雨亭(1887-不明)師太田秋亭・水田竹圃、名正晶
須原松濤(1908-1947)師竹村松嶺、住吉派
須磨対水(1868-1955年01月14日)師久保田桃水
角寛逸(1868-1913)花鳥・山水を得意とした
炭光任(1894-1980)北海道日本画協会の創立に参加
角紫渓(不明-不明)久留米市の日本画研究団体「丁未画会」創立に参加
住友竹仙(1853-1933)師三宅舞村、竹の絵を得意とした
住友南州(1876-1956)京都絵画専門学校卒、住友竹仙の子
住吉廣賢(1835-1883年05月30日)住吉弘貫の養子、名内記
陶山雅文(不明-不明)師父陶山勝寂
陶山勝寂(1828-1877)松江藩御用絵師、師狩野勝川院、橋本雅邦・狩野芳崖と同窓
諏訪蕉雨(不明-1877)紀州の画家
諏訪醉古(不明-不明)師田能村直入
諏訪部直亭(1868-1940年01月26日)師児玉果亭、日本美術協会会員
静居(不明-不明)仙台市春日町で活動
関旭巌(1854-1907年03月27日)日出藩士関讃蔵の長子
関啓畝(1887-不明)五島耕畝・荒木寛畝に師事、通称兵次
関尚堂(1875-不明)狩野立獄・橋本雅邦に師事、名織之助、別号探岳
関主税(1919-2000年11月01日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、東美卒、師結城素明・中村岳陵、日展理事長
関長年(1813-1877年10月16日)師大西椿年・重春塘
関鳳鳴(1885-1931)師池上秀畝
関口貫山(1889-1961)今野忠一の義父
関口正男(1912-2005年08月28日)師堅山南風・荒井寛方、日本美術院同人・評議員
関口雄揮(1923-2008年07月17日)師東山魁夷、日展会員、特選
関田華亭(1866-1919年12月18日)師野口幽谷、日本画会評議員
関田華堂(1894-不明)関田華亭の長男、父に学び後に池田蕉琴の門に入る
石腸(不明-不明)南画
関戸文章(1892?-1987年11月08日)山水を得意とした
関戸文璋(1892-不明)師田中頼璋
関根雲停(1804-1877)江戸後期から明治期の日本画家、大岡雲峰門
関根江左(1847-不明)師梶山九江
関根痴堂(1841-1890年09月22日)師渡辺小華、名録三郎、字美意・美柔
関根将雄(1919-2013年04月06日)東美卒、師伊東深水、日展特選・白寿賞、元埼玉県文化団体連合会会長
関谷雲崖(1880-1968)師寒川雲晁・小室翠雲、文展・帝展出品
関山慶(1921-1989年05月16日)師小林古径・小谷津任牛、元日本美術院院友
雪琴(1843-1893)福成寺の雪庵に密法と書画を学んだ
説田雨石(不明-1874?)師帆足杏雨、名建一郎
雪嶺(不明-不明)仙台や宮城県各地に作品が残っている
妹尾光堂(1902-1980年09月05日)師白印、南画山水を得意とした
妹背春江(不明-1881)師錦織霞江
瀬本石梁(不明-不明)師野際白雪
善鳩人(1916-1989年11月08日)無所属
千眼寺玉鳳(1902-1979)師人見少華
仙石翠淵(1801-1885年02月16日)49歳で旅の絵師から本格的な絵ほどきを受けた
仙田雪山子(1904-1974)師川北霞峰・菊池契月、別号菱畝・雪子、帝展文展日展出品
仙田半畊(1849-1920)師秦金石、名鋪三郎、字栽、別号雪烟樓蜴・痴雲外史
禅統(1824-1876年11月16日)幕末から明治期の画家、元目氏、名信紹、号大川、通称幻寄、師楚州
専頭桜国(1889-1959)東美卒
仙波伯翠(1855-1929)師佐脇波登磨
宗重望(1867-1923年03月26日)文人画家・華族、対馬府中藩主宗重正の子、東京南画会会長、号星石
宗星石(1867-1923)師大倉雨村、貴族院議員
宗肇(1925-1963)大分の日本画家
宗六翁(1818?-1896年05月)宮司
巣石(不明-不明)日田の僧
荘田来山(1840-不明)師中根孤峯・村瀬秋水、通称甚蔵
相馬松陰(1844-1885年06月29日)浄雲寺寺主・松陰の長子
相馬城陽(1846-1908年09月06日)浄雲寺寺主・松陰の第二子
曽我青峰(1923?-1980年05月19日)現代水墨派協会評議員
曽木聴松(1854-1914)師雪庵・後藤田南渓
即願寺柴陽(1819-1895年01月30日)僧、画をよくした
十河醒石(1850?-1900)師中川愛山
朔山(不明-不明)南画
曾谷定景(不明-不明)土佐派を学ぶ、津藩士
曽根梧荘(1833-1874)師東東莱・鉄翁祖門
園木華堂(1871-1928)師滝和亭
園田逸龍(不明-不明)独修
園田英山(1883-不明)師藤島耕山・望月金鳳
園田鑑江(不明-不明)師福田太華
園田探浄(1816-1887年06月18日)師狩野探淵守真・馬場伊歳
傍島甘谷(不明-不明)師江馬細香・高橋杏村
傍島翠峰(1882-1960)師山本石叟・原松蔭
傍島養雲(1882-1960)師原松蔭・山本石叟
祖父江重子(1932?-2007年05月05日)霞会委員
祖父江清谿(不明-不明)日本南画院理事
染谷祐通(1907-2004年10月16日)師前田青邨、日本美術院特待
曾谷宗淨(不明-不明)津の人、大黒天を得意とした

【た行】

大海一郎(1928-2005年04月08日)現代創像美術協会運営委員、日本書画振興協会評議員
太劫和尚(1800-1879)百華山延命寺第十三世寺主
大儀寺南国(1813?-1896年01月08日)大儀寺寺主、詩画をよくした
大道あや(1909-2010年09月14日)日本美術院院友、女流画家協会会員
大道寺雨田(不明-1886年10月26日)師前田暢堂・日根野対山、名直良、通称主水、別号華陽洞
大楽桃白(1884-1953)特定の師につかず、みずから画壇を組織して展覧会を開催した
田岡秋邨(1902-1991)中学で楠永直枝に学ぶ
田岡春径(1887-1969年10月17日)師小室翠雲、日本南画院理事
田岡梅荘(1808?-1890)師森東溟
高秋田(1839-1893)師日根対山
多賀春泉(不明-1897)和歌山吹屋丁般若院の住職
高井鴻山(1806-1883年02月06日)江戸後期から明治期の画家、名三九郎、師星巌・北斎
高井康州(1927-2004年04月)師玉置頼石、元日本動物画協会会員
高井松齢(1886-1933年06月05日)師竹村松嶺、住吉派
高井對雲(1847-1911)師村瀬秋水
鷹尾桂仙(不明-不明)師武島桂岳
鷹尾祥風(1907-1955)名兵衛、茨城美術会の創立に名を連ねる
鷹尾兵衛(1907-不明)師木村武山
高川少萍(1836-1888)師石丸春牛
高木黄史(1905-1993)北海道日本画協会の創立に参加
高木古泉(1878-1963)東美中退、師堅山南風、鯉図を得意とした
高木松雨(不明-不明)高木豊水の後裔
高木青巌(不明-不明)師白須心華・木村耕巌
高木晴江(1829-1905)師橋本小霞
高木長葉(1887-1937年04月21日)師今尾景年・梶田半古、資生堂に勤務
高木美石(1887-1951)師大橋翠石
高木保之助(1891-1941年08月16日)東美卒、師松岡映丘・川端玉章、文展無鑑査、大和絵派
高木義夫(1923-2001年10月16日)師伊東深水・高山辰雄、日展評議員
高木栗軒(1880-不明)師河合栗邨
高木林斎(1876-不明)字全鼎、別号非空・畊霞館
高倉観崖(1884-1957年07月27日)京絵卒、師竹内栖鳳・山元春挙
高鍬義穆(1894-1886年06月12日)師立松義寅、名藤重郎
高崎興(1908-1985)師木村武山・前田青邨・中村岳陵、日本美術院特待、田中嘉三らと常土社結成
高澤七郎(1914-2000年02月22日)現代壁画研究会主宰
高士北岳(不明-不明)師岸駒
高島靄湖(1868-不明)松本楓湖・今尾景年に師事、名雪松
高島鼓枻(1871-1929)師杉原鼓澤
高嶋祥光(1894-1987年03月06日)師小室翠雲・山内多門、新興美術院理事長・初代会員、元日本南画院同人
高島北海(1850-1931年01月10日)文展審、日美協幹事、独自の山水画を追究、エミール・ガレなどアールヌーボーの作家たちと交流した
高須芝山(1887-不明)師小室翠雲・小坂芝田、名長治、別号翠光・画舫・子常
高須白雲(1900-不明)師山本梅荘・水田竹圃、別号白玉・耕心艸堂
高須半湖(1895-不明)師山本梅荘、名英一、別号半香
高瀬五畝(1878-1961)師荒木十畝・寛畝、帝展等出品
高瀬春暁(1885-不明)師山元春挙、名戊太郎、別号榲園・竹翠居
鷹田其石(1873-1946年11月28日)東美修、師橋本雅邦・川端玉章
高田杏塢(1806-1889)師松村呉春・柴田義董
高田鳳渓(不明-1918)師村瀬雪峡
高田墨淵(不明-不明)師川田墨鳳
高田墨擧(不明-不明)師川田墨鳳
高妻騰雲(1813-1905)師篠崎小竹・三邑翠山
高取稚成(1867-1935年01月30日)師山名貫義、文展受賞、帝展審
高梨宝山(不明-1929)画僧
高浪勢以(1907-2001年07月04日)師田中青坪、日本美術院特待
高野照汪(1914?-1999年10月17日)創作画人協会会員
高野松涛(1852-1917)師中原南渓・渡辺芝谷
高野常与志(1924-1993年09月08日)日本美術院特待
高野天民(1894-1982)滝和亭・古沢雪田に師事、名秀夫、別恒山
高羽幸槌(1871-1933年04月18日)日本画家・教育者、師橋本雅邦、号園邦
高橋愛洲(1883-1951)荒木寛畝に師事したと伝わる
高橋一斎(1803-1876年05月07日)師山脇東暉、叙法橋
高橋雨亭(不明-不明)師十市王洋・田辺文琦
高橋雲亭(1872-1949)名友雄、松を得意とした
高橋應真(1855-1901年07月12日)師山本素堂・山本琴谷・柴田是真、内国絵画共進会等出品
高橋華屋(不明-不明)渡辺小華の門人、名於免
高橋克明01(1907-1978年03月11日)師伊東深水、日展
高橋かね子(1934?-2014年12月30日)日本画院監事、群馬県美術会会員
高橋強方(1894-1965年02月20日)美人画、彩光社画塾主宰
高橋玉淵(1858-1938)師川端玉章、日本美術協会・日本画会評議員
高橋金年(1883-1946)師熊耳耕年
高橋敬美(1892-1978年08月24日)川端画学校卒、師川端玉章・松林桂月、帝展等出品
高橋月査(1822-不明)師川本月下
高橋玄輝(1910-1978)師前田青邨、日本美術院特待
高橋広安(1899?-1986年10月30日)金魚、鯉、花鳥を得意とした
高橋耕園(1896-1929)師佐藤耕雲
高橋光輝(1913-1985年07月30日)川端画学校卒、師池上秀畝・望月春江、日本画院同人
高橋廣湖(1875-1912年06月02日)師松本楓湖、浦田雪翁の子、国画玉成会審
高橋晁山(1852-1922年01月06日)谷文晁に私淑
高橋杭水(不明-1887)師高橋杏村、杏村の長男
高橋廣峰(1947-2000年03月19日)日本水墨画会会長、日本書人会会長
高橋史光(1897-1970)師契月
高橋秋華(1878-1952年01月29日)師石井金陵・山元春挙、文展出品
高橋周桑(1900-1964年02月27日)師速水御舟、創画会会員、晩年は舞台装置も手がけた
高橋秀芳(不明-不明)仙台市内に作品が残っている
高橋春村(不明-不明)南画
高橋湘雨(不明-不明)師淵野桂僊
高橋松石(不明-不明)師淵野桂僊
高橋翠延(1929-2014年03月08日)師松村翠鳳、能画、童子、無所属
高橋清水(1887-1969)中村爽歩の友人として日本画を描いた
高橋清泉01(1878-不明)狩野派の画を学んだ
高橋静波(不明-不明)日本民俗資料館
高橋成薇(1902-1994)師島成園
高橋清舫(不明-1959)独修、本名正次郎
高橋辰郎(1910?-1997年12月18日)日本画府理事
高橋竹年(1887-1967年06月17日)師野村文挙・三上仙年、日本美術協会展等出品
高橋澄爽(1926-1979年05月18日)師朝一圭鳳・中村岳陵
高橋常雄(1927-1988年05月03日)師福王林法林、日本美術院同人、武蔵美
高橋桃園(1897-1988年09月25日)宮沢子昇の子、仙台市で活動した
高橋都哉(1893-1965年08月)師木島柳鴎・小林古徑
高橋梅渓(1848-不明)師佐久間晴岳
高橋梅圃(不明-不明)内国勧業博覧会出品
高橋白峰(1914-不明)師菅原白龍
高橋英雄(1877-1959)米国の美術学校卒
高橋萬年(1897-1956年08月10日)師寺崎広業、日本美術院院友
高橋容所(1812-1875)師斑目東雄
高橋米子(1913-1951年03月30日)師中村貞以、日本美術院院友、春泥会会員
高橋立洲人(1913-1996年10月30日)大美卒、師矢野橋村、立鼎社水墨画協会会長
高橋隆雅(1863-1930年10月28日)師田能村直入、連合絵画共進会出品、郷里三和村村長をつとめた
高橋龍僊(1890-1917)師鈴木松年
高橋凌雲(1843-1899)師橋本小霞・川村雨谷
高橋陵山(1892-1956)独学で油彩・日本画を研究
高畠華宵(1888-1966年08月31日)美人画、挿絵界で活躍
高畠式部(1785-1881年05月28日)女流歌人・画家、名とみ(刀美)、号式部
高濱祺(1922?-2013年05月03日)無所属
高林海荻(1815?-1892)名乾助、字苔、俳号萩守
高林芳谷(1840-1894年05月06日)師椎名文囿
高原雅州(1882-1929年09月03日)師深井豊洲・狩野永湖・橋本雅邦
鷹部屋雲城(1853-1925)師長井桂山・村瀬秋水、名荘、通称嘉祥、別号特健・晏起
高松小埜(1807-1876)師楠瀬大枝・壬生水石、高松順蔵と同一、坂本龍馬の姉・千鶴の夫
高松千嶺(不明-不明)師小堀鞆音
高松苔石(1952-不明)師山本梅荘、名惣一郎
高松登(1916-2000年11月16日)師望月春江、日本画院同人
高見杏園(1865-不明)師梶山九江
高味石田(1867-1939)師田能村直入
高見澤柳佳(1933-2003年09月25日)東方美術協会会員、天竜生々会創立会員
篁牛人(1901-1984年02月25日)東美彫刻部、遊学、浄土真宗本願寺派の住職、別号光麿・牛山人
高村静眠(不明-不明)南画
高村素月(1877-1892年09月09日)高村光雲の長女、師狩野寿信
高村正之(1912-1976年01月03日)東美卒、福岡教育大学教授、日本美術院
高村右暁(1867-1954)四条派
高本心田(不明-不明)師十市王洋
高森碎巌(1847-1917年10月25日)師山本琴谷、東京南画会創立に参加、別号翠巌・朶香
高森砕巌(1847-1917年10月25日)山本琴谷に入門し南画を学ぶ、東京南画会創立に参加、別号翠巌・朶香
高屋肖哲(1866-1945)東美卒、師狩野芳崖
高安紫山(1835-不明)医師、別号に雨岳古樵
高柳淳彦(1898-1957)東美卒、師松岡映丘、名淳、帝展等出品
高柳快堂(1824-1909年05月22日)師鉄翁祖門・中林竹洞・田能村直入


高山完(1891-1973年01月10日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、帝展・文展等出品
高山三路(1903-1963年03月11日)京都絵画専修、師西村五雲、国画創作協会等出品
高山春陵(1886-1921)師山元春挙、文展出品、日本自由画壇同人
高山春浦(1872-1954年11月)元大分市議長
高山春凌(1886-1921年07月22日)師山元春挙
高山精華(1885-1950年01月08日)師鈴木松年・竹内栖鳳、国画創作協会・新樹社出品、父は彫刻家・高山冨重
高山雪叟(1823-1904年11月01日)石光寺第十一代寺主
高山辰雄(1912-2007年09月14日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、師松岡映丘、日展顧問
高山朝陽(1885-1979年10月13日)花鳥・水墨画を得意とした
高山無双(1916?-2001年10月14日)師川端龍子、東方美術協会創立会員
田川奨(1915-1994)東美卒、師素明
滝和亭(1832-1901年09月26日)帝室技芸員、師大岡雲峰・日高鉄翁、明治期の代表的な花鳥画家
瀧秋方(1902-1979年04月16日)小杉放庵と墨人会を興す、墨人会・圏外社を主宰、別号龝方
滝凌雲(1846-1916年09月01日)師滝和亭、巽画会会員、『東奥日報』創刊
瀧川龍山(1849-1931)田能村直入が松江にきた際学んだ
瀧沢巨森(1918-2016年02月24日)群馬日本画家協会会長
瀧澤龍二(不明-1996年11月29日)日本画院同人
滝山霞崖(1826-1875年08月19日)師福田半香
滝山稲洲(不明-不明)師幸野梅嶺
滝脇晴華(1896-1949年12月27日)師奥原晴湖・奥原晴嵐、初号秋汀
田口一穂(1888-1980)師寺崎広業・堅山南風
田口映月(1893-1974年05月11日)大陸各地を遊学し仏画を研究、寺院の国宝の修正や壁画の制作をした
田口桜川(1864-1903年01月18日)師中村晩山・小林清親、狂画をよしく古画を愛玩した
田口橘林(1848?-1930年12月28日)里正職で画をよくした
田口径邨(不明-1966年01月22日)師松本楓湖・望月春江、日本画府理事
田口秋魚(1903-1988)角館美術館図録
田口石田(1902?-1985年09月24日)文人画家・儒学者
田口壮(1910-1945年07月20日)京都絵画専卒、福田豊四郎らと新日本画研究会を結成、歴程美術協会を結成
田口豊洲(1907-1971)南宗寺十七世住職
田口雄山(不明-1995年02月06日)雅美会代表、日本染織作家連盟正会員
田口柳所(1839-1892)師大沼枕山・福島柳圃
宅野田夫(1895-1954年06月26日)師岡田三郎助・田口米舫、別号傅布
宅間古峰(1911-1996年09月18日)師疋田拡邦、宮崎県展他
宅和義雲(不明-1931)東美卒、中学教諭
武井晃陵(1890-1942年12月14日)東美卒、文展・帝展出品
武井真澂(1875-1958年06月03日)東美鋳金科卒、師小山正太郎・児玉果亭・寺崎広業、山岳画を描いた
武井☆泉(1927-2009年08月09日)日本水墨画振興会副理事長、☆は「王」+「争」
武居大明(1901-1984年07月14日)師尾竹竹坡・葛谷龍岬
武居梅堤(1873-1945年08月06日)武居梅坡の養子
武居梅坡(1831-1905年02月11日)師宮崎竹坡
武井漣洲(1850-1926)師渡辺小崋、日光東照宮の縮図制作に従事した
武石鴎崖(1832-1909)江戸後期から明治期の画家、松平雪山の門人、名清、別号李陽外史
武石蕙所(不明-不明)師水野年方
武石恵所(不明-不明)水野年方の門人、耕崖の弟、鴎崖の子
武石耕崖(1871-1913)名胤昌、鴎崖の子
武市政輝(1907-1965年11月29日)元青龍社社人
竹内一起(1901-1956)東美卒、師山口蓬春、名喜一
竹内雲渓(1889-不明)名貞一郎
竹内寒水(1862-1909年11月24日)大川郡鴨庄の西方寺の住職
竹内吉鳳(1882-不明)師奥村石蘭・久保田金僊・渡辺秋谿・福井江亭、名鈴樹、別号柏雪・畊雪・雪家
竹内邦夫01(1937-2004年03月28日)日本美術院特待
竹内桂舟(1861-1943年01月03日)師狩野永悳、挿絵や陶器画も手がける
竹内如巌(1877-1961年12月27日)名彦四郎
竹内栖鳳(1864-1942年08月23日)文化勲章、帝国芸術院会員、帝室技芸員、師幸野楳嶺、文展審査員、京都絵画専門学校教授、国画創作協会顧問
竹内梅汀(1884-不明)師山本梅荘、名志き
竹内梅嶺(1849-1915年12月)師山本梅荘、名浦弌
武内法山(1875-1952)師巨勢小石
竹内未明(1901-1986年12月16日)師堂本印象・川端龍子、元青龍社社人、日本画府名誉会員
竹内無憂樹(1896-1972年02月13日)師堂本印象、日本画府理事、新樹社主宰
竹内鳴鳳(1888-1945年05月30日)京都絵画専卒、文展出品
竹内柳蛙(不明-不明)真野亭に学ぶ、名茂
竹内隆節(1832-1893)江戸後期から明治期の画家・医師、野沢白華に師事、名誠
竹内蘆風01(1874-1939)師川端玉章、日本美術協会会員、連合絵画共進会等で受賞
竹尾龍峯(不明-不明)名章郷、通称六郎、字敬甫
武弓其年(1814-1893)江戸後期から明治期の画家、宇佐美太奇に学ぶ、名義生、通称紋其
竹下愚溪(1825?-1907年01月25日)中津藩の人、南画
武島桂岳(1859-不明)師中野春翠
武田栄学(1835-1916)本名は信好、武田永球の子孫
武田桜園(1814-1879年02月)福田半香の門人、名慶曜、別号墨翁
竹田霞村(1884-1955)東美卒、師下村観山・川端玉章
竹田義堅(1841?-1922年04月)全久院二十七世住職
竹田敬方(1873-1942年12月04日)師水野年方・川端玉章、日本美術協会々員、川端画学校評議員
武田耕雪(1889-1973年03月15日)京都絵画専門学校卒、師菊池芳文
武田鼓葉(1894-1964)師山元春挙、文展・帝展出品、耕人社結成に参加
竹田秋桜(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
武田松荷(1842?-1922年04月)全久院二十七世住職
武田泉斎(不明-不明)明治期の画家、通称親親房
竹田大助(1928-2008年08月28日)堀尾実、水谷勇夫らと匹亞会を結成
武田墨霞(1841-1901)師西塔太原
武田将美(1926-2003年10月29日)日本美術院院友
武田与志(不明-1996年04月13日)新興美術院参与
武田良三(1920-2002年04月24日)日展会友
竹谷菜嶼(1850-1918)師浅井柳塘
武谷雪嶺(1896-1981)師川合玉堂・山内多門
竹冨清嘯(1833-1899年12月07日)師佐々布篁石、名祥、字子謙、通称利平・理三、別号嘯山
竹中南渓(不明-不明)南画、師中西耕石
竹原☆風(1897-1947)師十畝、前号嘲風、☆は「口」+「周」
竹原嘲風(1897-1947)師蔦谷龍岬・荒木十畝、帝展・文展出品、吉岡堅二らと美術人社結成
武部秋畦(不明-不明)師西山完瑛
武部白鳳(1864-1927)師西山完瑛
武政勇造(不明-不明)絵金派
竹村渭川(1877-不明)師中谷一近・種田豊水、土陽美術会設立に参画
武村耕靄(1852-1915年06月08日)師山本琴谷・春木南溟、東京女子師範学校などの教職につき女子美術教育に貢献
竹村篁邨(1867-1920年10月26日)師平福穂庵
竹村秋峰(1882-不明)師渡辺秋谿・菊池芳文、名清治、別号狸々軒・樵月
竹村松嶺(1876-1945年12月09日)師河田小龍・幸野€楳嶺、住吉派
竹村大鳳(1813-1873年08月12日)四条派
竹村白鳳(1895-1951)京美卒、師光瑤
竹本石亭(1822-1888年01月01日)師相沢石湖、別号対松堂
竹森節堂(1896-1970年02月02日)師蔦谷龍岬
武山霞岳(1824-1891)師日野霞山
竹山博(1923-1994年02月26日)東美卒、師西山翠嶂・山本丘人、創画会会員・創立に参加
多湖白峰(不明-不明)日本民俗資料館
田崎草雲(1815-1898年09月01日)帝室技芸員、師谷文晁・春木南溟
田崎藍涯(不明-不明)南画、内国絵画共進会出品
田島杉渓(1863-1929)師山岡墨仙・津野梧窓
田代観山(不明-不明)師藤瀬冠邨
田代錦山(不明-不明)南画
田代古崖(1882-1936年08月26日)師梶田半古、連合絵画共進会一等褒状、文展等出品
田代長谷(不明-不明)南画
田代二見(1890-1960年11月15日)師吉田博、洋画もよくした
田代正子(1913-1995年10月21日)師堂本印象、日展会友、東丘社委員
田代有樹女(1948-2006)師鬼頭篁、名造大教授、仏教美術研究者
田代柳外(不明-不明)名嘉平次
多田敬一(1900-1981年03月01日)京都絵画専卒、師入江波光、国画創作協会解散後に新樹社結成参加
多田瓊林(1909-1955)師希望
多田浩太郎(不明-不明)師伊東深水
多田晴圃(1835-不明)福島柳圃の門人、名彦兵衛
多田竹渓(不明-不明)師野呂介石
多田豊洋(1825-1903)八重樫豊澤の孫、医術を伊藤玄円に学び、松浦武四郎、頼三樹三郎らと交友した
多田墨厓(不明-不明)師川田墨鳳
多田藍香(1858-1928)師佐香貫古・吉永藍畦、住吉派
田近竹邨(1864-1922年04月11日)師田能村直入、日本南画協会結成に参加、京都南画壇三元老と称され日本南画院創立に中心的役割を果たす


立花一雄(1878?-1939年02月24日)元荷揚町小学校校長
立花秀渓(1917?-2003年03月09日)水墨画家、無所属
橘翠徑(不明-不明)師野際白雪
橘霜林(不明-不明)師森☆谷、☆は「山」+「解」
立花素嵒(1869-1951)立花鉄嵒の子
立花鉄嵒(不明-1892)師鉄翁祖門
橘天敬(1907-1984年06月01日)伊文勲・パリ芸術功労賞、米フリーア美術館・大英博物館等作品収蔵
橘幽景(1878-1959年10月24日)師今尾景年、連合絵画共進会出品
田付鈴児(1916?-1992年03月07日)日本画府名誉会員
伊達翠雨(1838-1924)南画
伊達探良(1833-1874)師狩野探淵・筒井雲泉
伊達宗基(1866-1917)仙台藩十三代藩主・伊達慶邦の子
立石春美(1908-1994年04月27日)師伊東深水、日展参与、美人画
館岡栗山(1897-1978年10月16日)師近藤浩一路・安田靫彦、日本美術院特待
立松輝石(1876-不明)師奥村石蘭・幸野楳嶺・竹内栖鳳、名秀、字如晦、通称新三郎、別号五采堂主人
立松宏年(1894-不明)師水谷芳年、名鉱一
立松春渓(1842-不明)師松吉樵渓、通称孫左衛門
立松翠濤(1869-1936年07月02日)師石川柳城、僧名豪鑑
立松義寅(1810-1883年12月16日)師松村景文、通称太左衛門、号嘉陵
立脇泰山(1886-1970)京美卒、師竹内栖鳳、新美術協会創立会員
田所孤雲(1846-1910)師橋本小霞
田所松雲(1834-不明)師土方洞甫・弘瀬洞意・名草逸峰、狩野派
田所量司(1919-1990年08月03日)東美卒、師結城素明、山田皓斎らと新美術協会を結成・元理事長
田中蛙骨(1882-1942)師村瀬太乙・阪井久良岐、名丈石衛門、別号川柳
田中案山子(1906-1970年05月14日)師田中以知庵、新興美術院創立同人
田中亥三(不明-1997年04月22日)創作画人協会理事
田中以知庵(1893-1958年03月15日)師松本楓湖、元日展審査員、旧号咄哉州
田中一華(1864-1924)師久保田米僊、内国絵画共進会褒状、竹内栖鳳らと煥美協会結成
田中一村(1908-1977年09月11日)東美中退、奄美の動物や植物を主に描き没後注目された
田中雲嶽(不明-不明)南画
田中鵞群(不明-1876)師山田雪塘
田中嘉三(1909-1967年08月17日)師木村武山・奥村土牛、日本美術院院友、高崎興らと常土社結成
田中寒渓(1842-1922)師小林寒林・富取芳斎、別号幽亭
田中玉園(1912-2000年03月29日)大阪美術協会会員
田中旭薫(1904-不明)師小室翠雲・松藤山風・野元琴尚
田中蕉雨(1884-不明)田中静山の子、渡辺蓬島の子
田中虎二郎(1866-1941年09月22日)毛馬内町助役
田中梧堂(1860-1924)師筑紫翠雲、墨林会を主宰
田中五峰(1861-1929)師筑紫翠雲
田中穣02(1929?-2009年04月06日)無所属
田中焦雨(1884-不明)田中静山の子
田中樵山(1876-不明)師福井江亭、名朝吉
田中昭陽(1895-1970)京都市立絵画専門学校卒、師
田中☆(不明-不明)南画家、☆は「界」の「リ」を「夂」に
田中深拡(不明-不明)師伊東深水
田中針水(1902-1979)師川合玉堂、帝展・文展・日展出品
田中翠香01(1905-不明)師小室翠雲
田中静居(1835-1898)師中西耕石
田中静山(不明-不明)師渡辺蓬島
田中青桃(1879-不明)師土岐三江・日比野白圭・秦金石、名定光、字子省、通称佐七、別号玉池・一松庵
田中青坪(1903-1994年05月07日)師小茂田青樹、日本美術院同人・理事、横山大観記念館理事長、東京藝術大学名誉教授
田中雪山(1870-不明)師猩々暁斉、別号鶴遊軒、山水・花鳥、肖像画等を描いた
田中雪峻(1864-不明)師猪瀬東寧、名銀子、別号雪草
田中雪窓(1871-不明)東美卒
田中素調(不明-不明)明治期の画家・俳人、津村洞養に師事
田中大越(1890-1978)師江亭、本郷研、帝国絵画巽画会
田中武02(不明-2012年03月09日)日本画院理事
田中亭山(1838-1913年08月)駒ヶ根で画作、南宗画風の襖絵を残す
田中鉄斎(1871-不明)師滝和亭・橋本雅邦
田中咄哉州(1893-1958)師楓湖、前号咄哉、別号一庵
田中梅崖(1865-1907年02月19日)名音次郎、初代浜松郵便局長
田中梅甫(1873-1942年06月17日)師其角堂機一、本名雄吉
田中柏陰(1866-1934年06月03日)師田能村直入、竹田・直入の画風を継承、竹田系統の鑑定の第一人者
田中馬溪(不明-不明)師岡本豊彦
田中比左良(1890-1974年08月31日)漫画家・挿絵画家、パリで死去
田中抱二(1805-1885年01月)光琳派、師酒井抱一、俳名鴬居
田中墨外(1877-1957年04月19日)師橋本雅邦、截金仏画技法
田中墨仙(不明-不明)師川田墨鳳
田中墨邨(不明-不明)師川田墨鳳
田中北嶺(1838-1918年02月18日)師川口月嶺・森寛斎、剣術に優れた
田中實(1869-不明)師滝和亭
田中有美(1840-1933年02月20日)師岡田為恭、田中親美の父
田中有芳(1902-不明)師水谷芳年・服部有恒、別号篠原荘
田中頼璋(1868-1940年02月16日)師森寛斎・川端玉章、文帝展審、写生風に山水画を得意とした
田中隆元(1947-2009年11月11日)JIAS会員
田中竜児(1927-2014年07月06日)京絵卒、新美術協会創立会員、元兵庫県日本画家連盟会長
田中凌雪斎(不明-不明)明治期の画家、津村洞養に師事
田中良明02(1831?-1877年10月15日)南画
田中六一(不明-不明)南画
田中路人(1925-2002年12月23日)創作画人協会創立・名誉会長、日本表現派創立に参加、師岩崎巴人
棚田暁山(1878-1959年09月05日)師小堀鞆音
棚田泰生(1916-1977年01月21日)師森白甫、日展特選、創造美術・新制作
棚橋文子(1932-2012)元創画会員
田辺一女(1925?-2012年02月01日)無所属
田辺孤鶴(1870-不明)師船田孤舟
田辺荘掬(1903-1979年06月01日)彩象美術協会創立、神奈川美術家協会理事長、三彩会主宰、元日本画院幹事
田辺民輔(不明-不明)師別所春濤
田辺東洲(1880-1949)師山本石荘
田辺秀子(1944?-2012年02月19日)新興美術院参与
田南岳嶂(1876-1928年02月11日)師磯部百鱗・幸野楳嶺・野村文挙、日本美術協会・日本画会会員
田南岳璋(1876-1928年02月11日)師幸野楳嶺・久保田米僊・野村文挙、山元春挙、連合絵画共進会等で褒状
谷袖翠(不明-不明)博多築港記念博覧会出品
谷筑水(1896-1977)師水田竹圃
谷文中(1823-1876)幕末から明治初期の日本画家、師父文二、号魯斎
谷井秀峰(不明-1996年12月17日)漉画創始
谷井蘆岳(不明-1907)円山派、師片山蘆雪
谷垣墨溪(不明-不明)師川田墨鳳
谷角日沙春(1893-1971年03月21日)師菊池契月、文展・帝展、女性画から晩年は仏画を描いた
谷口靄山(1816-1899年12月30日)師高久靄崖・海屋
谷口香☆(1864-1915年10月09日)師幸野楳嶺・菊池芳文、楳嶺門四天王、文展審、京都画壇における歴史画をリード、☆は「山」+「喬」
谷口香泉(1894-1954)師望月玉泉
谷口湘客(不明-不明)師宮崎青谷、津の人
谷口深秋(1902-1968)師伊東深水
谷口青児(1954-2007年06月04日)日展会友、特選
谷口仙花(1910-2001)師川端龍子
谷口瀧子(不明-不明)師伊東深水
谷口南洲(不明-不明)師野際白雪
谷口富美枝(1910-不明)師川端龍子
谷嶋翠邨(1931-2009年01月17日)芳翠会常任理事、公墨会常任理事
谷野圭一(1904-1984年06月20日)京都絵画専卒、師西村五雲・山口華楊、日展会友、晨鳥社所属
谷本郁子(1921?-1992年12月)師稲葉春生
谷本蘇牛(1897-1986年12月23日)独自のろうけつ染め技術を開発した染織家でもあった
谷山探成(1807-1879年01月14日)師狩野探信・馬場伊歳、谷山洞龍の子
谷山龍瑞(1832-1891年10月17日)師狩野晴川院養信・馬場伊歳、父谷山探成
種田豊水(1832-1899年10月01日)日本画家・漆芸家、師小田海僊・初代金城一国斎
田之口青晃(1897-1965年12月22日)京都絵画専卒、師西村五雲、帝展特無
田能村小篁(1878-1910年05月27日)師祖父田能村直入・父田能村小斎
田能村小斎(1845-1909年12月31日)師養父田能村直入、内国絵画共進会褒状
田能村小竹(1879-1945年09月22日)東美卒
田能村如仙(1808-1896年03月06日)田能村竹田の二男
田能村直外(1903-1997年01月21日)師田能村小篁・栢陰・竟山、元京都書画院理事長、京都市文人連盟参与、日本南画院準同人、
田能村直入(1814-1907年01月21日)師田能村竹田、京都府画学校設立に参加・校長、日本南画協会の設立に参加、別号小虎・小虎散人
田場笙月(1913-1993年12月30日)師山口華楊、日展会友、全関西美術展審査員
田原春塘(不明-不明)医師、師十市王洋
旅河華芳(1891-1957)師木島桜谷
田平玉華(1878-1923年12月17日)師川端玉章
多福寺鰲顛(1821?-1891年02月04日)臼杵・多禅寺第十五世寺主
田総百山(1871-1953)師森寛斎・橋本雅邦
田部香雲(1854-1930)師塩田銕香
田部宗章(不明-不明)師上代英彦
田部大備(1885-不明)師高島北海、別号備山


田部井竹香(1862-1918年09月)師神谷紫水、名鉚太郎
玉井安秀(1895-1958)師佐竹永陵
玉井敬泉(1889-1960)師敬中
玉井紅☆(1874-1933)☆は「隣」の「こざとへん」を「山」
玉井桃溪(1840?-1880)師狩野永笑
玉井徳太郎(1902-1986年11月20日)出版美術家連盟会員、川端校卒
玉置頼山(1924-不明)師玉置頼石
玉置頼石(1899-1978年04月16日)師大橋翠石、日本動物画協会会長、日動会主宰、虎を得意とした
玉川竹溪(1825?-1893)師戸祭雪湖
玉木鶴亭(1807-1879年11月03日)洋画も得意とした
玉置環斎(1829-1912年06月14日)書画鑑定にすぐれた
玉城末一(1897-1943)京都絵画専修、国画創作協会会友、新樹会の結成に参加
玉置邦山(1826?-1890)師岩瀬半夢、南宗画
玉越雲洞(1881-不明)師森脇雲溪・松岡呉藍
玉手菊洲(1839-不明)玉手棠洲の子
玉村方久斗(1893-1951年11月08日)京都絵画専卒、師菊池芳文、三科造型美術協会・劇場の三科・単位三科の結成に参加
玉舎春輝(1880-1948年05月03日)師山元春挙、日本自由画壇結成、別号臥牛
田村綾野(1974?-2013年04月01日)日展会友
田村耕雲(不明-不明)徳山の画家
田村豪湖(1873-1940年03月09日)師佐竹永湖、日本画会会員、文展褒状
田村彩天(1889-1933年10月10日)東美卒、師寺崎広業、帝展特選
田村章溪(1882-1966)師種田豊水
田村松翠(1853-1922年05月14日)本名義雄、別号智山
田村樊崖(不明-不明)日本民俗資料館
田村豊洲(1897-1983年03月09日)京都絵画専卒、師西村五雲、帝展出品
樽井青峰(不明-1996年09月19日)水墨画・陶芸
俵石峯(1860-不明)師松本秋☆(☆は「馬」+「風」)
田原梅谷(1865-不明)師高林芳谷・藤堂二州伯
丹鶴丹(1867-不明)師上田鉄耕
團藍舟(1873-1935年12月13日)師多田藍香・吉永藍畦・川端玉章
丹阿彌岩吉(1901-1992年11月24日)師横山大観、元日本美術院院友、元明朗同人
丹慶三揚(1903-1984)帝国美術学校洋画科助手を経て日本画に転向し山口蓬春に師事、市展・県展審
丹野金示(1905-1944年02月)京都絵画専卒、師土田麦僊、国画創作協会出品
近久雪巌(1853-1945)師雪庵
近松栄和(1821-1889)本名遠藤昌益、字立敬、別号雪翁・得宜園
近村雅堂(1916-2007年09月13日)日本水墨院常務理事
竹翁(不明-不明)江戸時代の画家
千種掃雲(1873-1944年10月16日)師竹内栖鳳、連合絵画共進会等で褒状
筑紫翠雲(1837-1905)師堀端養恒・笹川遊原、狩野派
千地琇也(1898?-1993年06月06日)無所属
千島華祥(1890-不明)師川合玉堂・鏑木清方
千種誠庵(不明-不明)東洋絵画共進会に出品
因清香(1877-1961年04月14日)師竹内栖鳳
千葉雲洞(1909-1979年03月22日)師松林桂月、大恵美術院主宰、東洋水墨一心会
千葉耕斎(1873-1952)師佐藤耕雲
千葉雪堤(1863-不明)松平雪山の門人、名真
千葉鉄斎(1842-1923)師三好閑斎・荒川晴海・安田老山
千葉文清(1852-1923年09月01日)本名常蔵
千原華溪(1832-1904年02月26日)千原夕田の弟
千原昔湖(1835?-1885年11月12日)南画
千原夕田(1830-1894年01月05日)師木下逸雲・広瀬淡窓
千本碧龍(不明-不明)和歌山藩士で本町御門番の頭役
長華溪(不明-不明)師菅原白龍
張晋斎(1813-1875年11月27日)師父張月樵、名行寛、字得象、通称卯之吉、別号月戴
長八海(1811-1893)師岸駒・岸岱
長微弦(1888-不明)師長華渓
鳥海二楽子(1902-1981)師雲堂・竹圃、日本南画院常務理事
長久寺臥雲(不明-不明)萩原長久寺第十三世寺主
長美方(1865?-1934年02月23日)師水野年方、堀暁中の娘
朝陽(不明-不明)師野際白雪
塚越三岳(不明-1941)師山本石荘
塚原哲夫(1933-2012年12月05日)東京芸大卒
塚原南岳(1856-1919)師村瀬秋水・村瀬雪峡
塚本琴村(1890-1943)師岡田琴湖
塚本香湖(1904-不明)師朝見香城
塚本雪湖(1870-1933)松平雪山・高久隆古に学ぶ、名亮、通称亥之次郎
塚本万之助(不明-不明)鈴木鵞古に学ぶ、号萍川知新
月岡榮貴(1916-1997年06月21日)東美卒、師結城素明・前田青邨、日本美術院同人・評議員
月岡玉瀞(1908-1994年12月19日)月岡雪鼎5代、元日本能雅院同人
月居偉光(1912-1993年02月24日)師矢野橋村、日本南画院常務理事、現代南画協会副理事長
月形錦峰(1905-1970)師波多野秋錦
月田淡山(1844-1920)師佐藤鼎古・細谷風翁・神田宗隆
佃田郁(1933-1983)日本美術院院友
白青山(1880-1926)東美卒、北海道展創立会員
柘植一枝(不明-2002年01月13日)日本画府理事、元青龍社
津崎湘江(不明-不明)杵築藩士、師鉄翁
辻宇之助(1870-1931年08月04日)都路華香の本名
都路華香(1870-1931年08月04日)帝国美術院会員、師幸野楳嶺、楳嶺門下四天王と称される、京都絵画専校長
辻嘉潭(1827-不明)師角谷華谷、通称左右、別号嘉潭散人・楽天斎
都路華明(1903-1965年01月16日)京都絵画専卒、師父都路華香・金島桂華、亭展・新文展出品
辻九皐(1863-1900年09月13日)師平福穂庵
辻玄順(1803-1880)江戸後期から明治期の画家、華岡青州に学ぶ、名安正、号湖堂
逵紫嶂(1823?-1888)師大西雪溪
辻翠蘭女(1842-1912年12月20日)師佐藤いん斎
辻百壺(1896-1977年02月07日)師平福百穂、新興美術院会員
津島寿山(1864-不明)篠原香山に師事したのち上京し南画を研究、東京南画協会評議員、文墨協会評議員
対馬白龍(1904-1984年10月28日)師坂原五行、日本清興美術協会長、日本表象美術協会創立常務理事
津田英川(1792?-1877)師狩野如林
津田正太郎(1906-1937)京都絵画専門学校卒、師菊池契月
津田青楓(1880-1978年08月31日)二科会・日本表象美術協会の創立に参加、左翼との関わりで検挙された後は日本画に転向した、師谷口香きょう
津田白印(1862-1946年02月15日)師成富椿屋、甘露育児院や淳和女学校を開設
津田辨正(不明-不明)昭和初期に久留米市寺町で活動
津田真(1920-1991年03月02日)日本美術院
津田露色(1892?-1972年08月19日)大分市津田肛門医院長、画をよくした
蔦谷龍岬(1886-1933年10月07日)東美卒、師寺崎広業・三上仙年、帝展委員・審査員
土岡春郊(1891-1959年05月22日)花鳥画制作・鳥類生態研究、「鳥類写生図譜」刊行、
土田銀松(不明-1968年01月25日)日本画府理事、1930年協会展出品
土田雪鴻(不明-1906年02月08日)篆刻家、師平野五岳・草場船山・長三洲
土田鉄船(1812-1879)師鉄翁
土田麦僊(1887-1936年06月10日)帝国美術院会員、師鈴木松種年・竹内栖鳳、小野竹喬らと国画創作協会を創立
土宗英(1926-1995年01月15日)水墨画、芦屋水墨研究会主宰
土屋鴎涯(1867-1938)山形県庄内地方で「土屋はんの鳥羽絵」と呼ばれた、「鴎涯戯画」を出版
土屋暁峯(不明-1996年07月19日)全日本美術協会理事
土屋秀禾(1868-1929年08月22日)師寺崎広業・平福百穂・川端玉章、晩年は仏画を描いた
土屋泉石(1873-1938)師児玉果亭、文筆等多彩な活動をした
槌谷素竹(1882-1943)師塚越三岳
土屋竹軒(不明-不明)師別所春濤
土屋輝雄(1909-1962)師徳田隣斎・市野亨、青龍社出品
筒井清隆(1901-不明)師菊池契月
都築華城(1890-1961年06月)師沢梅谷、名弥三一
続木君樵(1835-1883年07月16日)通称宇多三、別号六宜道人、鉄翁・逸雲に師事
続竹香(1867?-1929)師名塚王峰
塘雲田(1835-1879年10月13日)師飯塚竹斎、名は芳、字は士蘭、通称は芳造・芳蔵
堤紫僊(1887-不明)師野村紫水・松岡呉藍・石川柳城・小室翠雲
堤春草(不明-不明)南画
堤恒造(1894-1968年04月23日)師首藤雨郊
堤南国(不明-不明)美人画
綱島静観(1876-1963年12月06日)東美卒、師橋本雅邦
恒石徳治(1853-1912)師弘瀬洞意、絵金派
常岡文亀(1898-1979年11月29日)東美卒、師結城素明、帝展審・文展受賞等
常岡幹彦(1930-2015年07月11日)東京芸大卒、師山口蓬春・加藤栄三、元日展会友
恒川鶯谷(1846-1928年11月24日)師張晋斎・鉄翁、恒川宕石の嗣子
恒松愛軒(1842-1903)師貫名海屋・池内陶所・藤井竹外
津野梧窓(1836-1890)師山崎弘泰・貫名海屋
角田金谷(不明-不明)師十市王洋
角田磐谷(1889-1970)高森砕巌に学んだのち寺崎広業に師事、日展委員、福陽美術会幹事長
角田北川(1818?-1881)師岩田北岳
椿活宗(1878-1927)師藤島星光
椿二山(1872-1905年08月13日)師野口幽谷、祖父は椿椿山
津端道彦(1867-1938年04月03日)師山名貫義、土佐派、別号佳芸乃舎
坪井上之丞(1889-1975)木村武山に師事、号玉水・ム一、翠泉
坪井泰治(1904-1961年06月15日)師村上華岳、国画創作協会出品し解散後は洋画に転ずる


坪内滄明(1939-2006年07月13日)師中村岳陵、元日展会友、特選
津村青芽(不明-不明)師鏑木清方
津村洞養(1834-1905年02月21日)洞達、洞仙と三代続いた藩の御用絵師
角懸鹿谷(1867-1895)師川村雨谷・滝和亭
津本柳塘(1854-1939年02月13日)師上田田単
鶴崎熊太(1909?-2008年09月11日)新創美術協会名誉会長
鶴沢探真(1834-1893年06月30日)探山後裔、名守保、叙法眼絵所預、狩野派鶴沢家七代
鶴田機水(1874-1914年05月28日)東美卒、師川端玉章・荒木寛畝・山名貫義、連合絵画共進会等出品
鶴田煕(1927-2001年09月29日)日本画府副理事長、元青龍社
鶴原亀齢(1810-1879)狩野派
鶴原西獄(1810-1879)師堀江友声
手賀菘圃(1862-1926年09月24日)師湯口椿斎・川口月村
出口雄章(1929?-1997年09月13日)東水社客員
手島旭江(1835-1907年01月15日)師竹冨清嘯
手島二溪(1856-1901)手島香苓
出島春光(1897-1940)東美中退、油絵を描いたが渡仏は日本画家として活動
手島石泉(1852-1947年09月01日)師鉄翁・逸雲
手島素岳(1862-1936)師森琴石
寺井南滄(不明-不明)師橋本雅邦
寺川香舟(不明-不明)師十市石谷
寺崎広業(1866-1919年02月21日)帝室技芸員、東美教授、師橋本雅邦、日本美術院創立に参加
寺沢綾湖(1816-1876)鉄翁祖門に学んだとされる
寺島紫明(1892-1975年01月12日)日本芸術院賞恩賜賞、師鏑木清方、日展参与、文部大臣賞、美人画
寺島春響(1896-1946)師西山翠嶂、帝展・文展・新文展出品
寺田弘仭(1914-1997年07月21日)新美術協会顧問・元理事長、芸大卒
寺田秋☆(不明-1878年08月09日)師渡辺清、☆は「山」+「喬」
寺本郷史(1916-2002年01月10日)師中村貞以、日本美術院特待
寺山静峰(不明-不明)四条派
照井一宅(1818?-1881)師山本琴谷
天坂古琴(1925?-1999年05月07日)日本南画院理事、日本水墨院理事長
土井☆牙(1817-1880)儒者、師斎藤拙堂、名有榕、字士恭、☆は「螯」の「虫」を「耳」に替える
土居彩畝(1891-1987)師荒木寛畝
土居松鱗(1828-1885)師徳弘董斎・弘瀬洞意
十市羽谷(不明-不明)師父十市石谷
十市王洋(1832-1897年01月08日)師父十市石谷、竹田私淑
十市古谷(不明-1886年08月12日)師父十市石谷
十市石田(1864-1894年02月13日)十市石谷の孫、祖父・父に学んだ
鳥居堂風(1833-不明)師江馬細香、通称大項
堂昌一(1926-2011年09月25日)元日本出版美術家連盟会長
東海猷禅(1841-1917)師佐藤北洲・近藤藍圃・吉嗣拝山
東海林僊芳(1872-不明)師久保田米僊・久保田米僊
道幸春雨(1844-不明)師鉄翁祖門・木下逸雲
道幸春芹(1852-1932)新妻鶴巣の娘
冬至磬堂(不明-不明)南画
東條艸竹(不明-2000年06月14日)柳史俳画砂丘会監査
東澤居士(不明-不明)仏像・兒戯の図を描いた
東達(1871-1945)梅林寺十六世
藤堂歸雲(1816-1887)藤堂高芬の庶長子
藤堂石樵(不明-不明)藤堂凌雲の子
藤堂蘇亭(1831-1880)凌雲の男、名良駿、字千里
藤堂高潔(1831-1889年11月18日)伊勢津藩の第12代(最後)の藩主、号二洲
藤堂凌雲(1809-1886年11月30日)師山本梅逸、藤堂梅花の子、名良驥、字千里
藤兵衛(不明-不明)押絵両目師
堂本阿岐羅(1922-2008年12月12日)京都絵画専卒、師堂本印象、日展参与、東丘社所属
堂本印象(1891-1975年09月05日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、帝室技芸員、師西山翠嶂、日展顧問、芸能研究家・堂本寒星と漆芸家・堂本漆軒は実兄
堂本元次(1923-2010年01月04日)日本芸術院賞、京美卒、師堂本印象、日展参事
稲用越堂(不明-不明)南画
陶楽山(1828?-1876)師安積良斎、関山の子
遠坂文岱(不明-不明)師谷文晁
遠田悌子(不明-1993年10月)大調和会準委員
遠山唯一(1907-1959年10月25日)師松林桂月・伊東深水、インドの女性をミチーフにした
富樫景堂(1876-1952)師今尾景年
渡嘉敷唯選(1886-1927)「琉球新報」や「沖縄毎日新聞」の記者を経て美術教師となった
砥上如山(1888-不明)独修
戸川喜久良(1918-2004年07月)東美卒、師岩橋英遠、日本美術院
外川牧聲(1939?-1998年02月06日)水墨画家、日本文人画府常任理事
土岐源吾(1836-1900 )幕末から明治期の画家、師鉄翁祖門、号蓑虫山人・六十六庵主人
土岐東周(1845?-1918年05月06日)医師、師賀来飛霞
土岐暘谷(1817?-1891)医師
時枝峰雲(不明-1879)師仙厓
時川米陽(1852-1928)師松岡浄雲寺城陽
時田光稲(1837-1877年04月14日)師森高雅・土佐光文、名光稲、字寛卿、通称金右衛門、別号流翠・松蔭斎
時田直善(1907-2000年10月25日)師川端龍子、東方美術協会創立会員、元青龍社社人
時谷晃山(1940-2014年11月15日)全日本水墨画協会理事、日本・中国水墨交流協会副理事長、日本水墨画振興会副会長
常盤大空(1913-1983年04月14日)師荒井寛方・堅山南風、日本美術院同人
徳岡神泉(1896-1972年06月09日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、師竹内栖鳳、日展顧問
徳川斉修(1797-1892)江戸後期から明治期の水戸第8代藩主
徳田玉竜(1883-1958)師村瀬玉田
徳田隣斎(1882-1947)師前川文嶺・竹内栖鳳、内国勧業博覧会褒状等
徳永観林(1890-不明)師華邨・野田九浦、帝展・文展
徳永桂堂(1880-1964)師武島桂岳
徳永春穂(1914-2005年01月19日)師伊東深水、春光会主宰、元現美展審査員
徳永操(1927-不明)日本南画院同人、日本墨彩画協会理事
徳弘董斎(1807-1881)画家・砲術家、土佐高知藩士徳弘石門の長男、師楠瀬大枝
戸倉泉石(不明-1916)師高橋杏村
都甲九峯(1876-1934年12月24日)師田近竹邨・入田被雲
所輝夫(1906-1990年05月17日)師前田青邨、日本美術院院友
土佐光章(1848-1875年07月04日)幕末から明治期の画家、師父光文
土佐光文(1813-1879年11月09日)江戸後期から明治期の画家、師土佐光起、光孚二男、字子炳、別号韓水
戸沢雪庵(1842-1905)本名盛得、字三亥、文人趣味の絵をよくした
利光皓村(1903-1964)小松島成願寺の僧、南画家
戸田英二(1910-2009年12月19日)京都絵画専卒、師池田遙邨、日展会友、青塔社
戸田海笛(1888-1931年03月25日)文展・帝展入、師米原雲海、兼彫刻
戸田霞溪(不明-不明)南宗派
戸田玉秀(1873-1931年08月06日)師川端玉章、東京勧業博覧会褒状等、川端画学校教授
戸田敬石(1898-1966)師高味石田
戸田康一(1940-2012年05月19日)東京芸大院修、創画会会員
戸田三顕(1912?-1989年02月08日)東美卒、師結城素明
戸田天波(1880-1961年03月23日)東美卒、師今尾景年・橋本雅邦・寺崎広業
戸田北遙(1903-1987年10月14日)京都絵画専卒、師西山翠嶂・堂本印象、国画創作協会・日展等出品
戸田葆堂(1851-1908)師天野方壷
戸田祐暉(1921-1950年08月27日)師児玉希望、日展出品
戸田良直(1895-1970)師渥美芙峰
土手内白樹(1944?-2008年01月11日)新興美術院理事
都島雲香(1869-不明)都鳥英喜の妻
登内景淵(1879-1933)師高橋玉淵
登内微笑(1891-1964年03月02日)京都絵画専卒、師寺崎広業・菊池契月、帝展審査員
鳥羽雲明(1818-1880年11月17日)師岸八行、岸派、浄徳寺第11世住職
鳥羽古桐園(不明-不明)南画
戸畑溪山(不明-不明)上田鉄耕塾で学んだ
戸早春邨(1837?-1906年12月06日)医師・詩人
土肥武雄(1908-1993年06月10日)京都絵画専卒、師福田平八郎、草美会主宰
富岡永洗(1864-1905年08月03日)師小林永濯、新聞社で挿絵を描いた
富岡九峯(1845-1892)師宮崎青谷・藤澤南岳
富岡鉄斎(1836-1924年12月31日)南画家・儒者、帝国美術院会員、帝室技芸員、日本南画協会の設立に参加
富岡春子(1846-1894)富岡鉄斎の妻
冨田溪仙(1879-1936年07月06日)帝国芸術院会員、師都路華香・富岡鉄斎、日本美術院同人
富田壺僊(1849-1898)師岸明・帆足杏雨、内国絵画共進会等出品、全国各地を行脚し画道を研鑚した
富田細雨(1846-1907年09月03日)師稲田文笠・村瀬秋水・村田香谷、山水と得意とした
富田紫牛(1900-不明)名治作、写生画をよくした
冨田松峰(1923?-2003年01月21日)水墨画家、福井県美術協会理事
富田翠霞(不明-不明)師野際白雪
富田翠波(1923-不明)師小島紫光・玉置頼石
富田范渓(1883-1947)東美卒、師水谷芳年・池上秀畝、名賢太郎
富田墨汀(不明-不明)師川田墨鳳
富田頼渓(1928-2003年02月17日)日本動物画協会理事
富田利吉郎(1919-1995年03月26日)新制作協会出品
富田令禾(1893-1985)東美中退、京都絵画専卒、師菊池契月、郷土史家としても活躍
富取風堂(1892-1983年02月12日)師松本楓湖、日本美術院同人
富取芳斎(不明-1880)師竹洞、名良輔
富永九峯(不明-不明)南画
富永錦堂(不明-不明)師都路華香
富永青鱗(1911-1985)日本美術院院友
富永石洲(1837?-1899年03月15日)元中津藩士
富長雪旦(1876-1913)師松平雪江・望月玉泉
富永雪旦(1876-1913)松平雪江・望月玉泉に師事、名榮松
富永竜太(不明-1931)福岡美術会日本画部評議員
富安元昌(不明-不明)師武島桂岳
富山豁園(1857?-1880)師中川愛山
富山竹溪(1845?-1878)師中川愛山
戸室臨泉(1887-1932年06月22日)師川合玉堂
留岡松影(1913-1977)師上村松園・竹内栖鳳・西山翠嶂
友定紫鳳(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
友田白萠(不明-1998年11月05日)師安田靫彦
友田政揚(1930-2017年12月03日)日展会友、師栄三・末雄
友寄喜恒(1845-1885)琉球の絵師、唐名は恵光翰
豊秋半次(1907-1992年06月26日)師安田靫彦、日本美術院院賞、大観賞
豊秋半二(1907-1992年06月26日)師安田靫彦、日本美術院院賞、大観賞、大徳寺障壁画などを手がけた、本名は半次
豊岡茘☆(1808-1880)師鉄復堂、☆は「土」+「敦」
豊嶋紫雲(不明-不明)南画
豊島都山(1838-1919年10月01日)師五十嵐蠢仙
豊原南塘(不明-不明)師太田藍州・後藤田南渓
豊田松堂(1833-不明)師佐々木月岱・森義章、通称惣兵衛、字義峰、別号可楽・喜雅・耕雲
豊田専次(不明-不明)師別所春濤
豊田天来(1872-1949)東美卒、師橋本雅邦
豊田天嶺(1874-不明)松本楓湖の門人とみられる
豊田古茂(1900-1986)師三好賢古、住吉派
豊田美枝子(1932-2012年11月23日)師中村貞以、院展特待
豊田笠州(1874-不明)師松平雪江・松本楓湖、別号静観など
豊守雅章(1880-1956)師関根江左
鳥居言人(1900-1976年07月13日)八代鳥居清忠と同一
鳥居忠雅(1904-1970年05月13日)昭和期の浮世絵師・歌舞伎絵師、四代鳥居清忠の門人
鳥井未央(1894-1970)師平福百穂
鳥飼竜海(1897-1979)東美卒
鳥越箕峰(不明-不明)師大城谷桂樵
鳥越蘆洲(不明-不明)師大城谷桂樵
鳥谷幡山(1876-1966年02月20日)師寺崎広業・橋本雅邦、十和田湖の紹介に半生を捧げた

【な行】

内藤寒山(1841-1917年08月02日)師佐田竹水
内藤杏圃(1852-1904年07月)師中川梅縁・福田半香
内藤玉青(1890-1911)師川端玉章
内藤充真院(1801-1880)名は井伊充、繁子
内藤晴州(1886-不明)師瑞館紫川・川端玉章、日本美術協会・日本画会会員
内藤和子(1929-2009年05月14日)女子美卒、師安田靫彦、日本美術院特待
内藤飛雪(不明-1886)江戸後期の俳人・画家、師佐野蓬宇、名源蔵
内藤秀夫(1920-1991年07月03日)東美卒、師山口蓬春・橋本明治、日展
那珂淇水(1829-1879年09月27日)師依田竹谷
長井雲坪(1833-1899年06月29日)木下逸雲・日高鉄翁に師事、別号桂山・呉江
中井汲泉(1892-1970年08月24日)日展史(5)
中井吟香(1901-1977)師契月
長井桂山(1833-1899)師鉄翁・逸翁、名元次郎、別号逸坪・桂山呉江
中居曠谷(1871-不明)師山田文厚・竹内栖鳳、文展・帝展出品
永井香圃(1839-1911)男山八幡宮司、日本南画協会結成に参加
永井晴堂(1876-不明)師渡辺杏堂・前川文嶺・石河有りん、別号北柳僊史
中井石雄(不明-不明)師野際白雪
永井久晴(1875-1944)師米僊、鳳人集発刊
永井鳳仙(1886-不明)久保田米僊の門人、名久晴、通称清・清之介
永井蓉畝(1903-1969)師十畝
長井亮之(1904-2004)師山口蓬春・小林古径・酒井三良・奥村土牛、日本美術展特待
中内江上(不明-不明)津藩士
長尾華陽(1824-1913年07月12日)師椿椿山、名正名、通称作兵衛のち僊蔵、別号守拙庵・不休斎
中尾篁汀(1840-1902)狂言師、藤井六三郎
中尾淳(1917-2008年03月06日)京都絵画専卒、美人画
中尾松塢(1812?-1881年11月11日)中尾松渓の弟
中尾松榮(1843-1917)狩野派、師堀端養恒
中尾松溪(不明-不明)薬種商
長尾聴竹(不明-1911年11月07日)師渡辺小華、名清江
長尾清江(不明-1911)師渡辺小華、竹を得意とした
長尾☆鳥(1895-1932年07月18日)俳人、師荻原井泉水
長尾半城(1837-1887)師河田小龍・画塾
長尾まさ子(不明-不明)師菊池契月
長尾無墨(1832-1894年11月03日)文人画家、竹田門
長岡英泉(1876-1957年02月26日)師父長岡永邨
長岡霞溪(1873-1949年01月26日)師菊池芳文・竹内栖鳳
長岡九二八(1873-1949)大分の日本画家
長岡揚州(1852-1918年01月08日)長岡霞溪の父
中垣楳山(1880-1977年04月15日)師吉嗣楳仙
中神靄外(1859-1941年08月07日)師名草逸峰・鉄翁・逸雲
中川愛山(1822-1893)師父中川馬嶺
中川愛竹(1854?-1887)師父中川愛山
中川魚梁(不明-不明)師守住貫魚、住吉派
中川孤松(不明-不明)南画
中川秋濤(不明-不明)師別所春濤
中川小耕(不明-不明)師川口澹斎
中川石峰(不明-不明)師野際白雪
中川雪堂(1816-1886)師目賀多雲川信済
中川とも(1890-1982年08月01日)芝居絵画家、師北野恒富、創作画人協会名誉理事
中川梅岳(1811-1878年12月16日)師山本梅逸、名正有、字玉保、通称貞三郎・左一郎、別号梅華斎・友山子・雪華園・芳春亭
中川梅渓(1896-1986年01月)師山本梅逸、名浩三、中川南巌に甥
中川不劣(不明-不明)昭和初期に門司市港町で活動
中川木鈴(1919-1979年04月01日)師片岡美登・児玉三鈴、日本画府常務理事
長木琴柳(1872-1908)師寺崎広業
中北勝子(不明-1900)師石川柳城
中倉玉翠(1874-1950年03月31日)師村瀬玉田・橋本雅邦、連合絵画共進会一等褒状、文展出品
永倉江村(1881-1951)東美卒
長阪雲在(不明-不明)南画
長坂昌斎(1868-不明)師佐藤精斎・織田杏斎、名正辰
長崎春雨(不明-不明)重春塘の門下といわれる
中里雲竜(不明-1967年04月24日)日本画府理事、日光山輪王寺参務
中里耕☆(不明-不明)詩画をよくした、☆は「土」+「宅」
長澤昭朗(1937-1999年01月13日)日本美術院院友
中沢一僑(1900-1973年01月02日)師松林桂月・中村岳陵、日本美術院院友
永沢雨石(1866-1937)師川村雨谷
中沢恵以(1890?-1983年04月04日)女流日本画創作会代表
長沢春卿(1838-1902)師荒木千洲
長沢信一郎(1901-1969年02月10日)京都絵画専卒、師村上華岳・入江波光、国画創作協会出品
中沢年章(1864-1924)師月岡芳年、美人画・風景画などの錦絵を制作
中澤博(1916-1996年05月05日)師中村岳陵、日展会友
中路融人(1933-2017年07月18日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、師山口華楊、日展顧問、審査9、文部大臣賞、特選、京都画家協会理事長、晨鳥社代表
長塩雪塘(1832-1901)師父長塩雪虹
永重親男(1938?-2007年09月09日)創作画人協会準会員
中島一悟(1910-1978)師小島紫光・中村岳陵、日本美術院院友
中島鹿鳴(1856?-1913年05月02日)師左手画家芳洲
中島亨斎(1819-1896)師菊池容斎・佐竹永海
中島玉翠(1874-1950)師橋本雅邦
中島清之(1899-1989年07月07日)師安田靫彦、日本美術院同人・理事、師耕花、日夏露彦・中島千波の父
中島敬朝(1898-1983)曽祖父は島村小湾
中島権吾(1895-1982年03月01日)水墨画・俳画を得意とした
中島篁堂(1872?-1945年05月15日)南画
中島湖心(不明-不明)東美卒
中島菜刀(1902-1955年07月15日)京都絵画専卒、師山元春挙、日本美術院院友
中島重丸(不明-1908)東美卒
中島秋圃(1878-1961)四条派
中島春鴎(1887-不明)師小寺春洞・山元春挙、名伝次郎
中島春城(1891-不明)師荻津白銀斎・寺崎広業
中島信徴(1836-1906)師馬場伊歳・森養淳、中島定房の子
長島星山(1888-1987)高畠電鉄初代駅長、山形県南日本画連盟会長をつとめた
中島園子(不明-不明)師菊池契月
中島多茂都(1900-1970年07月30日)師前田青邨、日本美術院同人・評議員、日本美術家連盟委員
中島継次郎(1891-不明)東美卒
中島南英(1899-1932)四条派、師土田麦僊
長島博山(1917-2002年09月05日)無所属
中島巴旦(1931?-2006年10月15日)水墨画・俳画
中島半翠(1861-1950年02月)師池田雲樵・長坂雲在・谷口靄山・田能村直入、名正男・政治郎、字文台、別号芥仙・画禅堂・空外居子
中島萬木(1901-1977年02月22日)師夜江、日本美術院院友となるが戦災にあい新潟に帰郷して制作
長嶋北彩(1903-1998年02月22日)師玉堂・華秋、前号華涯、新世紀美術会創立会員
中島光村(1876-不明)師松本楓湖
中島守住(不明-不明)師尾形友元
中島有章(1837-1905)師父中村来章、内国絵画共進会で受賞
中島有年(1833-不明)師喜田華堂
中島百合枝(1891-不明)福岡県立八女高校の教師をつとめた
中島義輝(不明-不明)昭和期に大牟田市七浦町で活動
中条舜耕(1854-不明)師谷口靄山・村田香谷・安田老山、名昌長
中筋東川(不明-不明)師野際白雪
中住道雲(1858-1941)師祖父中住秀円・神山天真・竹山虎岳、連合絵画共進会出品
永瀬雲山(1830-1892)師堀江友声
中瀬昂(1910-1962年10月21日)京都絵画専卒、師西村五雲、晨鳥社の結成に参加
仲宗根真補(1843-1919?)琉球の絵師、唐名は査丕烈
中曽根はじめ(1903-2001)師加藤英舟
長田雲堂(1849-1922年07月13日)師鉄翁、南宋筆墨用法研
永田錦心(1885-1927年10月30日)師田口桜川・寺崎広業、錦心流琵琶を創始
中田晃陽(1901-1977年03月24日)京都絵画専卒、師竹内栖鳳、日展会友
永田秋田(1843-1906)師高橋杏村
永田春水(1889-1970年04月01日)東美卒、師荒木寛畝・荒木十畝、帝展審
永田紳自露(1906-不明)師狩野梅斎・中村岳陵、別号真子郎
長田仙峰(1901-1986)師鈴木啓処・木村広畝、国風会を結成するなど郷土の美術振興に貢献
長田霜山(不明-不明)師僧玉りん、名白賁、通称求馬、別号伴松庵
永田竹畝(1889-不明)南北合派
永田梅石(1842-1880)師宮崎青谷
中田熊峰(1814?-1886)師日根野対山、南宗画
中谷一近(不明-不明)師小松洞玉
中谷金鵄(1907-1995)師小虎、前号璋
中谷光炎(1894-1975)師寺崎広業・野田九浦
中谷蘆洲(1851-1927)師林耕雲、平野五岳に私淑
永津蘆舟(1927?-2000年07月28日)元日本南画院理事
中津井鳶飛(不明-不明)大正期に遠賀郡八幡町で活動
中土大至良(1902-1946)師寺崎広業・松岡映丘、文展・新文展・日展出展
中西一路(1907-1981年03月18日)東美卒、師結城素明・山本丘人、新興美術院理事
中西耕石(1807-1884年01月09日)師松村景文・小田海僊、筑前芦屋の陶工の子、別号筌岡
中西清方(不明-不明)京都絵画専卒、師岸竹堂
中西草闘(1903-1963年12月04日)師小川芋銭・森田恒友
中西鹿城(1896-1973)師岩崎天外
中庭煖華(1901-1978年10月12日)師下村観山・安田靫彦・山村耕花、日本美術院特待
長沼月峰(1802-1878)菅原白龍の師


中根雪窓(1849-1924年10月)師谷口靄山・山本梅荘、名正貞、字子寧、通称甚太郎、別号松北・拙叟
中野雲涛(1821-1908)師丸山閑山
長野黄牛(1840-1922年10月29日)師十市王洋
長野華渓(1902-1985年07月14日)師橋本関雪
中野其明(1834-1892年05月)師鈴木其一、別号方琳堂・晴々斎
中野暁華(不明-不明)昭和初期に若松市藤木で活動
中野芝石(1850?-1890)師中川愛山
中野春翠(1838-1917)師父南強・鈴木百年
中野水竹(1822-1886年01月05日)師山本梅逸・中林竹洞、名尭教、通称進一郎
中野草雲(1891-1979)京都絵画専卒、師山元春挙
中野蒼穹(1926-1981年12月06日)師中村岳陵、日展会員、菊華賞
中野草枕(1866-不明)師名倉石雲、名徳隣、別号江月庵
長野草風(1885-1949年02月06日)師川合玉堂・邨田丹陵、日本美術院同人
長野桃僊(1834-1907)師古市金峨
中野南涯(1822-1890)師天野漱石
中野南強(不明-不明)師広瀬淡窓
中野弘彦(1927-2004年03月04日)成安造形大学名誉教授
中野風真子(不明-1983)新興美術院会員
中野夢山(不明-不明)昭和初期に門司市本川町で活動
長野宗臣(1843-1893)師平野五岳
長野栗山(1842-1892年02月11日)収税係をつとめ、画をよくした
中林清淑(1831-1912年05月05日)中林竹洞の娘、師中林竹洞、名くに
中林蘭林(1853-1938)師滝和亭、青年絵画共進会受賞等
中原雲裳(不明-不明)師石丸僊舟
仲原景遊斎(1850?-1933)師北条暉水
中原次郎(不明-不明)師堤紫僊
中原南渓(1830-1897)都城における江戸期最後の狩野派、師能勢一清
中原芳煙(1875-1915年06月20日)東美卒、師川端玉章、連合絵画共進会一等褒状
中原龍鱗(1824?-1901)師小野雲鵬
中間五雲(1872-不明)師平野五岳
長松秀鳳(不明-不明)師田中柏陰
永松春洋(1849-1931年02月06日)師十市王洋・田能村直入、日本美術協会・日本画会会員
永水梅谷(1884-不明)南画
長峯玉光(1879-不明)師福井奇頂・原在泉・川端玉章
永峰松濤(1859-1932年07月01日)師奥原晴湖
長嶺宗恭(1852-1932)琉球の絵師、唐名は孟有文
長嶺大浩(1882-不明)師山元春挙、名信、別号折堂・公竜
長嶺雅男(1907-1988年02月24日)東美卒、師結城素明、日本画院同人
中村銕曹(1841-不明)師塩田銕香
中村雲濤(1826-1895年06月08日)師清水赤城・福田半香
中村瑛舟(1890-1952)四条派、師深田直城
中村桜将(1933?-2004年01月15日)師木村崋邦、水桜会会長、日中水墨交流協会理事
中村王邨(1859-1930年08月11日)日出の人、書画をよくした
中村脩(不明-1994年01月12日)山口県美術展覧会運営委員
中村海碩(1933-2009年01月14日)北水会理事長、石川県水墨画連盟副理事長
中村岳陵(1890-1969年11月20日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、元日本美術院同人、日展常務理事、東美卒、師川辺御楯・寺崎広業
中村霞峰(不明-不明)狩野派、のちに洋画に転じた
中村旭洋(1889-1972)師佐藤梅亭・野沢如洋・川端玉章・石川寅治、のちに洋画に転向
中村恵一郎(1927-1992年09月22日)日本画府理事、元青龍社
中村圭峰(不明-不明)師森月航
中村左洲(1873-1951)師磯部百麟、巽画会会員、鯉図を得意とした
中村三木(1923-2006年03月05日)師河口楽土、日本自由画壇常任理事
中村秋燕(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
中村順吉(不明-不明)師別所春濤
中村春泥(1905-1966)師荒井寛方、日本美術院院友
中村春楊(1891-1937年05月04日)師山元春挙、帝展出品、早苗会会員
中村松華(1871-1939年09月28日)師江藤蕉雨
中村檣山(1895-1979)師藤井玉欄・岩崎天外
中村蕉畝(1877-不明)早川仙舟・松平雪江・荒木十畝に師事、別号仙岑・雪潭
中村勝龍(1904-1962年05月25日)師山元春挙、早苗会会員
中村翠宇(不明-不明)師岸熊野
仲村進(1929-2004年02月20日)師高山辰雄、日展評議員、総理大臣賞、11特選
中村生海(1834-1903年03月21日)平井顕斎の門人、名恕、字碧、初号碧水、中村簡斎の弟
中村静思(1893-1963年09月17日)師矢沢弦月、下諏訪美術会結成
中村爽歩(1899-1975)東美卒、師松岡映丘、帝展・文展等出品
中村素行(不明-不明)師野際白雪
中村大三郎(1898-1947年09月14日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、帝文展審、京都美術専門学校教授
中村竹巌(1815?-1882)師貫名海屋、中村春塘の子
中村竹汀(不明-不明)津藩士
中村長秋(不明-不明)草書家
中村直温(1845?-1919年08月31日)元大分町長
中村貞以(1900-1982年03月12日)日本芸術院賞、師北野恒富、日本美術院同人
中村徳二(1900-1975)師映丘
中村梅庭(1910-1991年05月05日)師毛利梅友・山本梅逸、名竹四郎
中村白玲(1904-1986年11月07日)京都絵画専卒、師金島桂華、日展会友、牧人社会員
中村雅彦01(1898-1964)師小貫博堂・蔦谷龍岬
中村正義(1924-1977年04月16日)師夏目泰果・中村岳陵、日展審、从展の創立に参加、写楽の研究家としても知られる
中村陸舟(1820-1873)師鉄翁祖門、長崎後の三筆
中村良谿(不明-1887?)師土佐光文・森良敬
中村玲方(1898-1980年10月12日)師川合玉堂、長流会代表、三多圭会主宰
永本春石(1908-1992年02月)師翠石、南画院賞・墨友会賞等
永森信一郎(1921-2013年01月08日)日本選抜美術家協会名誉会長
中谷紀山(1900-1967)師小室翠雲
長屋秋香(1881-不明)師原在泉、土陽美術会会員
中山霞湖(1842-不明)土浦藩士、小林寒林に学ぶ、名政則
永山十志夫(1917-2002年09月10日)東美卒、師川崎小虎・東山魁夷、日展会員、特選2
長山はく(1895-1995)女子美術学校卒、師松岡映丘・山口蓬春、帝展・新文展・日展出品
中山泰(1918-不明)師朝見香城・川端龍子
名草逸峰(1821-1889)師小田海僊・野呂介石
名越富子(1908?-1944)女子美術学校卒、師荒木十畝、花鳥画を得意とした
那須賢直(1827?-1896)師森良敬
奈須竹堂(1840-1893年08月03日)美人画、師三畠上龍
奈須川紫狂(1875-1934)新聞記者、橋本雅邦に入門
名塚玉峯(不明-不明)師淵野桂僊
夏目周岳(1807?-1875年06月16日)師渡辺清、通称重八、別号桐井堂
夏目寸土(1893-1968)東美卒、文展出品
夏目泰果(1881-1951年01月13日)東美西洋画科中退、師鈴木拳山、魚介画を得意とした
夏目太果(1881-不明)東美中退、師鈴木拳山、別号泰果、名七作
夏目利政(1894-1953)東美卒、師梶田半古、文展出品
名取春仙(1886-1960年03月30日)師久保田米僊・平福百穂、元日本美術院院友、帝展出品
七尾英鳳(1885-1962)青森で戦後いち早く発足した美術団体「春光会」で会長をつとめた
七尾対山(1817-1897)対岳に師事、七尾英鳳は孫
那波多目煌星(1905-1989年04月06日)師木村武山・中村岳陵・田中青坪・今野忠一、日本美術院特待
並河適所(1860-1926)師岩田橘園
鍋島紀雄(1897-1968年02月19日)東美卒、師結城素明・松岡映丘・川合玉堂、二元会結成に参加
生井沢霞洲(1830-1882)江戸後期から明治期の水戸藩御用絵師、狩野永真に学ぶ、名昱也
鯰越春湖(1918-1986年06月27日)師郷倉千靱、日本美術院特待
滑川穫堂(1881-1932年04月13日)本名道太郎、小学校教員を勤める、元湯沢高女校長
奈良裕功(1894-1983年05月)師寺崎広業・平福百穂・川崎小虎、帝展・新文展・日展出品
楢崎鉄香(1898-1959年07月17日)師橋本関雪、帝展・新文展出品
成相苔石(1888-1969)師横谷玉壺・松田霞城・横井鉄崖
成田一方(1894-1973年06月06日)京都絵画専卒、日本画府理事
成田錦生(1923-1977年07月22日)日本画府理事
成田松園(1813-不明)師森高雅・吉川一渓、通称松三郎、別号玉竜・素竜
成田太古(1884-1984)日本美術協会会員、師三上仙年
成田白圭(不明-不明)師森月航
成田陽(1922-1992年12月24日)師中村岳陵、名陽、日展会友
成富椿屋(1814-1907)師牛島藍皐・鉄翁祖門・木下逸雲
成木雨峯(1863-不明)師田能村直入
成木星洲(1863-1935)師田能村直入
成毛金江(不明-1873)江戸後期から明治期の画家、名貞一、別号丹治
成澤翠映(1915-1998年12月02日)東美卒、師素明・勝利、る・え・ら会会長
成瀬友喜(1925-1953)京都市立絵画専門学校卒
名和歴仙(1898-1957)師加藤丹丘
南篁(不明-不明)師春木南溟
難波淳郎(1926-1993年04月10日)仏画家、写仏の会主宰
難波三江(1840?-1893年06月02日)師帆足杏雨
難波十洲(1855-1916年09月29日)豊後高田市光円寺第十五世寺主、塩崎函谷について画をした
難波蕈庵(不明-1888)文人画家・毛利藩士
難波☆庵(1811-1888)南画家、☆は「西」の下に「早」
南部錦溪(1860-1920)師徳弘董斎・河田小龍、土佐美術協会創立に参加、土陽美術会高知支部幹事
南部白光(1910-1989)東美卒、新興美術院会員
神戸何舟(1870-1928)師松岡呉藍
南摩朱鳥(1906-1967年08月)川端画学校卒、師小林古径、大調和会委員
新居南湖(1887-1926)師山元春挙、四条派
新倉篁山(1869-不明)師香川芳園
新名柏風(1905-1989)東美卒、師松岡映丘
新堀華塘(不明-1931)通称仁右衛門


新堀玄道(不明-不明)北宗画、号翠山
新見東谷(1801-1874)師小栗伯圭、通称角左衛門
新村翠石(1865-1935)師日下部鳴鶴・川村雨谷、日本美術協会会員、松本美術会結成に参加
新村龍翠(1866-1939年06月19日)師荒木寛畝・荒木十畝、内国勧業博覧会褒状、日本画会会員
新山晃司(1913-2004年03月25日)川端画学校卒、師森白圃、日展会友、白圃鑑定
贄岳川(1869-不明)師鈴木拳山、名鉄次郎、別号桐蔭堂・純和庵
仁尾冠雪(1866-1950)師森寛斎
仁尾小香(1866-1950年09月27日)師森寛斎
仁木凌霄(1832-1911)師清久南畝、四条派
西綾女(1903-1989)師菊池契月
西晴雲(1881-1963年04月25日)師吉嗣拝山・斉白石、上海に移住し上海南画院を興す
西梅屋(1840-1906年02月11日)師赤松藍洲、南画
西暢実(1840-1906)師赤松藍洲
西井敬岳(1880-1937年07月04日)師山元春挙、日本自由画壇結成
西夷星乃(1902-1965)師北野恒富
西内利夫(1932-1981年06月19日)京美卒、師山口華楊、日展会友
西浦旭展(1898?-1984年07月07日)新美術協会会員、紅玄会会員
西江口寳舟(不明-不明)南画
西尾楚江(1871-1938年07月14日)師幸野楳嶺・久保田米僊、日本美術協会展受賞等
西尾南華(1848-1901年12月01日)師上田桃逸、名正幸
西岡宣軒(1835-1912)大審院刑事局長、長崎函館控訴院長を歴任
西垣籌一(1913-2000)京絵卒
西川天舟(不明-不明)南画
西川春江(1919-1973)東京芸大卒、日本美術院展奨励賞・白寿賞
西川芳翠(不明-1998年11月24日)元現代肖像委員、元創美会同人
西川北洋(不明-不明)アイヌ風俗の研究をし「明治初期アイヌ風俗絵巻」を発行した
錦織錦江(1821-1880)医師、四条派を学び南画に転じた
錦織竹香(1854-1945)師横山雲南・天野漱石、正林葭陽に私淑、錦織錦江の長女
西沢芥山(1892-1962)菅野舞山と宝樹社をつくり会長となる
西沢周一(1896-1972年07月27日)師川崎小虎、日本美術院
西澤笛畝(1889-1965年10月24日)師荒木寛畝・荒木十畝、元日本工芸会理事長、人形研究家としても知られる
西島青浦(1828-1912年03月10日)江戸後期から明治期の画家、師鼎金城
西田恵泉(1902-1980年11月12日)日本美術学校卒、師堂本印象、帝展・文展・日展出品
西田春耕(1865-1910)高久靄崖・渡辺崋山に師事、名譲、通称俊蔵
西田悛也(1926-2011)師矢野橋村・郭、奈良県美術人協会日本画委員
西田青園(不明-不明)昭和初期に嘉穂郡飯塚町で活動
西田青草(1888-1976)師高橋広湖
西田王堂(1897-1998年02月27日)日本春秋書芸院総裁、日本南画院名誉顧問、春秋画壇理事長
西田青坡(1895-1980)師鏑木清方
西銘生楽(1887-1924)沖縄県民として初めて東京美術学校で学んだ
西野耕正(1883-1976)師呉昌碩、東洋画真髄研鑽
西野新川(1912-2008年09月14日)師児玉希望・松林桂月、日展会友、特選、国画水墨院名誉会長
西宮礼和(1850-1920年04月14日)師平福穂庵
西原文海(不明-1897)師植松文昌
西部汲月(1914-不明)紫陽会主宰
西巻吟翠(1912-1985年10月)日本文人画府理事
西村愛山(1897-1979)師華泉、日本南画院監事
西村奇石(1826-1911)師岸連山
西村五雲(1877-1938年09月16日)帝国芸術院会員、師岸竹堂・竹内栖鳳、帝展審、画塾晨鳥社で後進を育成する
西村秀岳(1868-1924)師鈴木百年、内国勧業博覧会褒状、文展出品
西村順子(1949?-2008年04月06日)日本美術院院友
西村昭二郎(1927-1999年11月25日)東美卒、創画会会員、元筑波大学教授
西村青歸(1883-1945)東美卒、師寺崎広業、日本美術院院友
西村晴遐(1916-1995年09月16日)新美術協会常任理事
西村草文(1869-不明)師久保田米僊
西村卓三(1908-1955年07月11日)京都絵画専修、文展出品、父は西村五雲、五雲没後山口華楊らと新晨鳥社を結成
西村咲山(不明-不明)師猪瀬東寧・益頭峻南
西村半仙(不明-不明)南画
西家桂州(不明-不明)金島桂華の師
西山完瑛(1834-1897年08月12日)四条派、師父西山芳園
西山簡石(1905?-2008年11月28日)世田谷平和美術展世話人
西山松亭(不明-不明)医師、師堀江友声
西山翠嶂(1879-1958年03月30日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、帝室技芸員、師竹内栖鳳、帝展審、京都美術大学名誉教授
西山登水(1929?-2002年06月08日)日本文人画府常任理事
西山英雄(1911-1989年01月21日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、京都絵画専卒、師西山翠嶂、日展常務理事
西山養拙(不明-不明)紀藩士、狩野派
西脇雅秀(不明-1881?)師松村景文
西脇鉄嶺(1858-不明)師日根野対山・田能村直入、名尊道、字誠、別号美陽
西脇蘭渓(1810-1882)師岡本豊彦
二宮朗(1927-2017年07月30日)元旺玄会委員
二宮赤峯(1852-不明)師海沼文方・沖冠岳・辻嘉潭・佐々布篁石、名景吉
仁林聾仙(1865-1935年12月23日)師久保田米僊・森寛斎、内国勧業博覧会等出品
仁平一碧(不明-不明)昭和初期に若松市山手通で活動
入田披雲(1826-1907年04月23日)師角田九華・佐久間竹浦
丹羽阿樹子(1900-1988)師上村松園・西山翠嶂
丹羽閑斎(1810-1880年01月20日)師森高雅、字氏常、通称左一郎
丹羽玉邦(1882-1951年04月03日)師川合玉堂・橋本雅邦、名俊三
丹羽敞惇(1866-1947年02月)師森寛斎、名惣五郎
丹羽有邦(不明-不明)師石河有りん
庭山耕園(1869-1942年07月15日)師上田耕冲、内国勧業博覧会褒状等、大阪画学校開設、大阪美術会顧問
貫名天蓼(1843-1902年08月09日)貫名菘翁の養子
沼夜濤(1880-1953)師星野空外
沼田荷舟(1838-1901年02月23日)師祖父沼田月斎、名正之、別号朴斎
根上富治(1895-1981年01月14日)東美卒、師小貫博堂・結城素明・岡田三郎助、日本画院顧問
根井南華(1883-1960)師鈴木月谷
根岸綾子(1913-1948)女美校卒、師望月春江
根岸晴凰(1905?-1986年06月01日)元現代水墨派評議員
猫僧(不明-不明)宗像郡山田増福院の住職、猫の絵を描いた
根本霞外(1898-1975年05月25日)師松林桂月、日展、兼版画
根本愚洲(1806-1873年04月03日)江戸後期から明治期の南画家
根本正(1923-1980)師小林巣居人、新興美術院理事、九月会創立
根本樵谷(1859-1913年01月08日)師杉谷雲樵、絵画共進会等で受賞、日本美術協会会員、文墨協会幹事
根本雪峨(1828-1901)根本幽峨の弟
根本雪蓬(1878-不明)根本樵谷の子
根本雪篷(1878-不明)師矢内楳秀・荒木寛畝、内国勧業博覧会褒状等、父は根本樵谷
野生司香雪(1885-1973年03月28日)東美卒、師下村観山、日本美術院院友
野賀岐山(1824-1890年08月)幕末から明治期の画家、名信豊、字忠平、通称太郎一
野方一得斎(不明-不明)浮世絵
野川湘東(1840-1917)師村瀬秋水
野際蔡春(不明-不明)野際蔡眞の子
野際小鶴(不明-不明)師野際白雪、白雪の妻
野際梅亭(不明-不明)師野際白雪、白雪の娘
野口勝一(1848-1907)野口雨情の伯父
野口起世志(1913-1948年03月)師伊東深水、新文展・日展出品
野口謙次郎(1898-1947年05月21日)東美卒、師結城素明、帝展特選
野口昂明(1909-1982年11月15日)挿絵画家、時代小説の挿絵を多く描いた
野口左厳(1836-1910)師弘瀬洞意、絵金派
野口小蕙(1878-1945年04月02日)師野口小蘋、日本美術協会委員、一時期小室翠雲と結婚
野口小蘋(1847-1917年02月17日)帝室技芸員、師日根対山、日本南画会の設立に参加
野口南海(1826-1902)師後藤田南渓
野口広文(不明-1977)師栄達、新興美術院会員
野口北巌(1848-1905)名勝一、別号梅巌・珂北、野口雨情の叔父
野口巳緻子(1931-2018年04月25日)日展会友
野口幽谷(1827-1898年06月06日)江戸後期から明治期の画家、帝室技芸員、師椿椿山、別号和楽堂
野口友真(不明-不明)師三谷友林
野口麗水(1882-1969年04月18日)師石河有りん、通称市兵衛
野倉鉄真(1876-1961年07月)師盛田南郊・山本梅荘・山本石荘、名成忠、別号天龍山人
野倉楳仙(不明-1946年11月28日)師父野倉鉄真
野崎真一(1821-1910)江戸時代の画家
野崎泰山(1926?-1987年06月03日)爽床会会員
野崎蓬城(1907-不明)師朝見香城・野田九浦
野崎貢01(1916-2001年03月18日)川端画学校卒、師山本丘人、創画会会員
野沢如洋(1865-1937年06月11日)日本美術協会等出品、師三上仙年
野沢堤雨(1837-1917)師池田孤邨
野澤白華(1845-1904)宇佐美太奇・春木南溟・渡辺崋山に師事、名龍久
野沢蓼洲(1889-1964年06月29日)師川合玉堂、帝展・日展出品
野島清軒(不明-1900)南画
野島青茲(1915-1971年01月27日)師松岡映丘・中村岳陵、日展会員、文部大臣賞
能島康明(1914-2000年03月24日)日展会友、宮城県芸術協会委員
野添平米(1895-1980年12月07日)師菊池契月、帝展、大徳寺瑞峯院・京都小御所の襖絵制作
野田甘雨(不明-不明)俳句をし、画をよくした
野田寛湖(1882-不明)師木田寛栗、名鉄、別号鴨堂僊史・水酉亭
野田九浦(1879-1971年11月02日)日本芸術院会員、師寺崎広業、日展顧問、日本画院を創設
野田古杖(1891-1952)師山本光種・清水古関
野田孤柏(1877-1927)師山川雪鴻
野田彩月(1888-不明)師石野香南
野田修一郎(1931-1993年04月15日)師加藤東一、日展会友、特選2
野田鋤雲(1877-1929年04月29日)師小山聴雨
野田青石(1860-1930年03月02日)師帆足杏雨
野田大塊(1853-1927年02月23日)師水野澄治・金圭鎮
野田朝泉(1892-1953)名文雄
野田半谷(不明-不明)津藩士、篆刻・画をよくした
野津有司(1903?-不明)師伊東深水
野出蕉雨(1847-1942年06月24日)師塩田牛渚・滝和亭
野長瀬晩花(1889-1964年03月31日)師谷口香キョウ、土田麦僊らと国画創作協会を創立
野々内保太郎(1902-1985年12月05日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、日展会友、牧人社同人
野々内良樹(1930-2009年10月10日)京美卒、師西山英雄、日展会員、特選
野々見大雲(不明-不明)師竹内栖鳳、野々見松壽斎の二男
野原櫻州(1887-1933年02月28日)東美卒、師寺崎広業、文展・帝展出品、岐阜を中心に活動
野原鳥聖(1897-1971)師西山翠嶂・山元春挙、青甲社所属、日本南画院評議員
信近春城(1885-1910年03月05日)師深田直城・菊池芳文・橋本雅邦、文展出品、25歳で急逝
昇外義(1925-1995年08月21日)京美卒、師小野竹喬、元夙川学院短期大学教授
野馬一道(不明-1983)別号・墨竹仙人
野見山朱鳥(1917-1970)師高浜虚子、元板院会員
野村一生(1921-1995年07月10日)師高山辰雄・松林桂月、日展会員
野村應山(1874?-1937)師吉嗣拝山・末永天山
野村玉光(不明-不明)昭和初期に小倉市鳥町で活動
野村玉樵(1939-不明)師玉置頼石
野村耕(1927-1991)京都絵画専卒、パンリアル美術協会
野村☆韵(1903-1966年06月)師前田青邨、別号松樹、☆は「公」の下に「木」
野村紫水(不明-不明)師河田小龍
野村春江(1889-1936)師柳本素石
野村昭温(不明-不明)南画
のむら清六(1916-1995年10月30日)元日本表現派会員、元新興美術院理事
野村雪江(1875-不明)師村瀬玉田、日本美術協会委員、日本画会評議員、父は野村文挙
野村淡泉(1838-1878)師前村洞泉、狩野派
野村東山(1900-1991年06月17日)師無有樹
野村はるみ(1934-2017年04月05日)日展会員、審査、特選2、師華楊
野村文挙(1854-1911年01月24日)帝技、師塩川文麟・森寛斎、文展審査員、日本画会結成に参加
野元琴堂(1896-1987)師荒木十畝
野本文雄(1884-1958年11月09日)川端画学校卒、帝展出品、松本を中心に活動
野呂松盧(不明-不明)野呂介石の孫とされる

【は行】

萩尾九皐(1861-1923)師諸藤実斎、大阪絵画会委員長、絵画旺盛館設立
萩尾素明(1909-不明)師竹内栖鳳
萩生田文栄(不明-不明)絵馬が多数残っている
萩原彰広(1926-2015年01月12日)國際書画連盟理事、現代水墨画協会理事
萩原魚仙(1873-1942)師小波魚青、長崎美術協会結成に参加
羽咋応明(1835-1915)師青山永耕
獏黙庵子(1912-1991)師小林二郎
羽倉可亭(1799-1887年08月12日)京都伏見稲荷祠官、名良信、兼篆刻・書
羽毛田陽吉(1930-2016年05月23日)日展会員・元参与、審査3、特選2
箱山精一(1900-1987年04月20日)師川崎小虎、新興美術院常任理事・初代会員
羽様西崖(1811-1878)萩藩絵師、師小田海僊
橋田二朗(1925-2010年04月10日)京都絵画専卒、創画会会員
端館紫川(1855-1921年09月08日)師上部茁斎・春木南溟・川端玉章、女子美術学校・川端画学校教授
橋爪堆恩(1900-1978年09月08日)師野田九浦、帝展・新文展出品、日本画院同人
橋詰生秋(不明-不明)南画
橋村香圃(1831-1875)師谷口靄山・足代弘訓、名正克、字禮卿、幼名壽丸、橋本並子の子
橋村並子(1816-1884)師谷口靄山・足代弘訓
橋本永邦(1886-1944年05月06日)東美卒、師父橋本雅邦・寺崎広業・下村観山、日本美術院同人・文展無鑑査、兄は橋本秀邦
橋本海関(1852-1935)橋本関雪の父
橋本華涯(1914-1984年10月10日)師荒川華関
橋本雅邦(1835-1908年01月13日)帝室技芸員、日本在来画法の近代化に取り組んだ、師狩野雅信、院展創立主幹、東美開校時教授
橋本関雪(1883-1945年02月26日)帝国芸術院会員、帝室技芸員、師片岡公曠・竹内栖鳳、帝展審査員、文筆家としても優れた
橋本桂園(1811-1880)師岡田半江
橋本虹影(1893-不明)師竹内栖鳳
橋本幸生(不明-1996年10月)水墨画、日本南画院準同人
橋本光風(1903-1975年01月07日)漆画を独修、花鳥・鯉・虎の絵を得意とした
橋本秀邦(1881-1947)師父橋本雅邦、日本美術院院友
橋本秀峰(1796-1883)鳥取藩士、鍛冶橋狩野の門人
橋本峻嶂(1829-1892)狩野派、師山野峻峰斎
橋本小霞(1813-1879)文人画家・土佐高知藩士、師楠瀬大枝・春木南湖・広瀬台山、別号九茎園
橋本小湖(1857-1891)師河田小龍・画塾
橋本翠蘭(1898-1990年04月02日)素仙洞会幹事
橋本青江(1821-1898)橋本芳谷の妻、師岡田半江
橋本静水(1876-1943年09月11日)東美中退、師橋本雅邦、文展無鑑査、日本美術院同人
橋本雪蕉(1802-1877年05月06日)師谷文晁・浦上春琴
橋本竹香(1813-1880年01月28日)田能村竹田に私淑
橋本哲郎(1932-2009年10月06日)水墨画
橋本東岳01(1891-1968)武石鴎崖に師事、名信義、別号月波山人
橋本独山(1869-1938年08月15日)臨済宗相国寺派前管長
橋本邦助(1884-1953年01月07日)東美卒、師橋本雅邦、文展受賞3仏留
橋本美智子01(不明-2005)新興美術院会員
橋本明治(1904-1991年03月25日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、芸術選奨、師松岡映丘、日展顧問
橋本龍美(1928-2016年09月25日)新制作協会日本画部会員を経て創画会創立会員となるが退会
橋本漁山(1828-1905)師前田半田
蓮尾辰雄(1904-1988年11月28日)東美卒、師前田青邨、日本美術院特待、法隆寺壁画などの模写に参加
蓮原映芳(不明-不明)四条派
蓮谷白骨(不明-1891年10月)旧坂ノ市妙蓮寺寺主
長谷竹僊(不明-1935年03月09日)師竹冨清嘯・十市石谷
長谷川晶子01(1948?-2009年07月15日)日本画院委員
長谷川玉純(1863-1920年04月25日)師父長谷川玉峰、内国勧業博覧会褒状等、長谷川玉粋は弟
長谷川玉峰(1822-1879年10月20日)師松村景文、別号等斎
長谷川光孝(1896-1929年03月30日)東美卒、師川合玉堂、帝展出品、33歳で急逝
長谷川勝厳(1829?-1895)岡山藩御用絵師、師狩野勝川院雅信
長谷川沼田居(1905-1983年08月17日)師牧島閑雲・田中以知庵
長谷川青澄(1916-2004年07月23日)師吉村忠夫・中村貞以、日本美術院同人・評議員
長谷川石峯(1880-1904年03月04日)師滝和亭・松本楓湖、武者絵を得意とした、23歳で急逝
長谷川雪香(1873-1937年04月)師父長谷川雪塘、長崎美術展に仏画等を出品
長谷川雪塘(1836-1890)肥前の絵師
長谷川竹友(1885-1962年01月04日)京都の都路華香塾で学ぶ、帝国絵画協会会員
長谷川朝風(1901-1977年08月31日)京都絵画専卒、師山元春挙・安田靫彦、日本美術院特待
長谷川雪堤(1819-1882年03月15日)幕末から明治期の画家、名宗一、号梅紅・松斎
長谷川東鶴(不明-1875)江戸末期から明治期の画家
長谷川等歳(不明-不明)画僧、師雪舟
長谷川等梅(不明-不明)画僧、師雪舟
長谷川梅山(1876-1932年07月)師山本梅荘、通称一丘
長谷川麦穂(1904?-1988年02月25日)川端、師小虎
長谷川正象(1868-不明)師淵山誠方
長谷川保枝(1917-2007年03月06日)師山田皓斎、新美術協会副理事長
長谷川優策(不明-不明)河北美術展等出品
長谷川路可(1897-1967年07月03日)東美卒、師松岡映丘、26聖人殉教大壁画、菊池寛賞
長谷部権次呂(1921-2012年08月11日)武蔵美学卒、日展会員、特選、高山辰雄に師事
長谷部日出男(1932-2019年04月04日)東京芸大卒、師山田申吾、日展会員・元参与、審査6、文部科学大臣賞、会員賞、特選2
秦金石(1855-不明)師中西耕石、内国勧業博覧会褒状、文展褒状、日本南画協会結成に参加
羽田桂舟(1864-1939)師藤井松林・淵野桂僊
幡恒春(1883-1944年04月17日)挿絵画家、師稲野年恒
畑在周(不明-不明)京都の四條派の画家、明治20年ころから豊橋で活動
秦茂豊(1813-1887)鷹の図を得意とした
畑仙齢(1865-1929年03月30日)師岸竹堂・鈴木百年、内国絵画共進会褒状、百年門下の四天王と称された
秦テルヲ(1887-1945年12月25日)京美卒、龍村織物図案部に勤めたのち放浪しながら制作した
秦凌雪斎(不明-不明)師三谷方信
畑井美枝子(1916-2004年12月01日)師山口蓬春・加藤東一、日展出品
波多江白圭(1839-1902)二刀流の達人で戊辰戦争では各地を転戦、山水花鳥を得意とした
畑尾茶庵(1830?-1896)師中川馬嶺
畠田松陰(不明-不明)南画
畠田松琴(不明-不明)南画
畠山菊處(不明-不明)師岩瀬広隆
畠山錦成(1897-1995年01月18日)東美卒、師結城素明、日展会員、日本画院同人、金沢美術工芸大学名誉教授
畠山重光(1923-1994)師横山津恵、日本美術院院友
畠山竹塢(1803-1873)江戸後期から明治期の画家、本名敬蔵・恭蔵、名成美、別号仁渓魚叟、増田九木の門人
波多野一岳(1877-1957年04月03日)師奥村石蘭・鷲見春岳・織田杏斎、名金次郎
波多野華涯(1863-1944年07月18日)師跡見花渓・滝和亭
羽田野関宗(1867-1935年10月27日)白龍雲寺第十五世寺主
波多野暁鳳(1885-不明)京都絵画専門学校卒業
波多野秋錦(不明-不明)博多で画塾を主宰
秦野多恵(不明-1992)新興美術院会員
畑野白鳥(不明-不明)南画
八上一耕(不明-1980年04月10日)日本画府評議員
蜂巣秀雲(1877-1931年08月16日)師江森天淵・田崎草雲・小室翠雲・池上秀畝、文展出品
蜂須賀半山(1858-不明)師林半窓、住吉派
八田高容(1882-1944)師中島有章・竹内栖鳳、文展褒状
服部保一(1870-1947)東美卒
服部有恒(1890-1957年11月24日)東美卒、師松岡映丘、名謙一、旧日展運営会参事、日本画院同人
服部雲仙(1831-1895年01月29日)師鷲見春岳・野村玉渓・森義章、通称平八
服部英龍(1842-1905年12月26日)西郷隆盛の肖像画を描いた
服部旭峰(1829-1906)師西塔太原・服部武陵・浅倉旭斎
服部月洲(不明-不明)師磯部百鱗
服部元戴(1801-1882年04月12日)師岡本豊彦
服部五老(1869-1930)師田能村直入、日本南画院同人
服部貞栄(1842-1905年12月26日)国分郷の服部家に生まれのちに有馬家を継いだ
服部春陽(1883-不明)京美卒、師山元春挙、文展褒状
服部松斎(不明-不明)津藩士
服部小瓶(1840-1951)師江村香巌
服部翠畝(不明-不明)師和田秋翠・渡辺秋谿
服部石仙(1864-1920年07月12日)師父服部雲仙・奥村石蘭・岸竹堂、名貞博、通称熊次、別号石僊・杉村・松柏庵
服部尚恭(不明-1959)新興美術院会員
服部二柳(1904-1968)師橋本関雪
服部波山(1822-1894年10月10日)江戸後期から明治期の画家、師和田蹊斎、名謙蔵、字自牧
服部蕃(1911-1997)黒潮会創立に参加
服部武陵(1801-1875)師西塔太原
服部芳泉(1875-不明)師森村冝稲、名経太郎、字子徳
服部良助(1918?-1985年10月22日)日本美術院展に出品、元株式会社コーワ社長
羽鳥春隆(1817-1885年01月20日)師浮田一蕙、名春隆、別号彩園
花井春巌(1895-不明)師高林砕巌
花井抱甕(1879-1928)京美卒、師菊池芳文・竹内栖鳳、帝展出品、後素青年会会員
花岡朝生(1903-1986年07月30日)師小林古径、太平洋画研究所で洋画を学んだあと日本画に転向、日本美術院院友
花房南無化(1887-1929)師堤紫僊
花房芳秋(1902-1975)師丸田省吾、京都絵画専卒
花谷式人(1801?-1902?)浜松の日本画家
羽根万象(1919-2007年08月08日)師伊東深水、日展参与
羽石光志(1903-1988年05月11日)師小堀鞆音・安田靫彦、名弘志、日本美術院同人、名古屋造形短期大学顧問
馬場景泉(1888-1954)師今尾景年、四条派
馬場秋帆(不明-不明)南画
馬場楓村(不明-不明)師高橋杏村
馬場不二(1906-1956年10月09日)東美卒、師郷倉千靱、日本美術院同人


馬場不別(不明-不明)師柏木蜂渓
羽広華洲(不明-不明)南画
土生一信(1912-1988年01月22日)川端画学校卒、師郷倉千靱、日本美術院特待
浜孤嘯(1894-1990)師木島桜谷・竹内栖鳳、日本美術院院友
濱晶雲(1895-1978)師竹圃・竹邨
浜昌雲(1895-1978年07月30日)師水田竹圃、日本南画院同人
浜口煮海(1809-1888)師山本梅逸・浦上春琴・貫名菘翁
浜口容所(1862-1913)介石風
浜崎木麟(1843-1911)師八木米慎・佐伯岸岱・鈴木百年
浜島月濤(1812-1892年06月)師張月樵・貝谷采堂、通称弥寿七のちに新右衛門
濱田観(1898-1985年10月06日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、師竹内栖鳳、日展顧問、文部大臣賞
浜田三郎01(1924?-2007年03月09日)日本美術院特待
濱田台児(1916-2010年09月01日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、師伊東深水・橋本明治、日展顧問
浜田天僊(1881-不明)師久保田米僊・横山大観・山田敬中、名彦次郎、別号木仏・臥竜山房
浜田墨雲(1824-1892)師徳弘董斎
濱谷白雨(1886-1965年06月26日)東美卒、師寺崎広業、文展褒状、帝国絵画協会等会員
濱出青松(1912-1989年03月05日)師龍子、日本画府常務理事、元青龍社
早川梅亭(1878-1961年10月09日)師山本梅荘、名丈太郎
早川梨邨(1899-1975)新興美術院会員
早川黎香(1888-不明)師田能村直入
早坂信(1923-1991年09月11日)無所属
林功(1946-2000年11月04日)日本美術院特待、芸大大学院修
林雲谿(1903-1990年09月11日)師雲嶺、日本南画院元副理事長、有秋会名誉会長
林雲鳳(1899-1989年06月05日)師松岡映丘・服部有恒・森村冝稲、文展・新文展出品、戦後大和絵の普及に尽力した
林桜舟(不明-不明)南画
林稼亭(1824-1905年10月28日)師伊豆原麻谷・小島老鉄・村瀬秋人、通称源助
林雅堂(1888-不明)師平井楳仙・川合玉堂
林霞峰(不明-1880)林昌院住職
林杏華(不明-不明)師鏑木清方
林玉峰(1830-1886)師井上屏石・岸連山
林与(不明-不明)東美卒
林耕雲02(1811-1890)江津の人、美人画を得意とした
林皓幹(1894-1923年06月20日)東美卒、帝展等出品
林耕静(不明-不明)女性画家、師上田耕沖・庭山耕園
林鼓浪(1887-1965)師森魚渕
林司馬(1906-1985年10月17日)京都絵画専卒、師土田麦僊、京都市立芸大教授などを勤め後進を育成
林秀輝(1901-1979)師池上秀畝
林涛光(1832-1913)師森田南濤
早矢仕松露(不明-不明)師別所春濤
林静山(1882-1938)独修
林石華01(不明-1916年06月12日)師奥村石蘭、別号双樹園
林宗蘊(1899-1966年12月29日)日本画府理事
林棕林(1814-1898年07月13日)師上部茁斎、本姓松田、名維幸、字善卿、通称刑部、別号白眉
林苔巌(不明-不明)師近藤藍圃
林憲子(1928-2014年05月25日)日本表現派同人
林珮芳(1799-1879)東夢亭の妻、鉄翁に師事
林白水(不明-不明)師田能村直入
林半窓(1822-1906年11月03日)師守住貫魚、住吉派
林文塘(1882-1966)師山元春挙、文展褒状、日本自由画壇結成に参加
林正明(1931-2012年01月09日)京美卒、師小野竹喬、有秋会代表、珀雲社主宰
林正広(1916-不明)京都絵画専門学校卒業
林守篤(不明-不明)師狩野友元
林緑水(1888-1912年12月16日)師鏑木清方、日本美術協会展受賞、俳優の似顔絵をよく描いた、24歳で急逝
林連舟(不明-不明)師荘門為斎
林田堯春(1841-1888)師三谷方信
林田吐香(不明-不明)明治年間に活動した遠賀郡の人
林部圭宰(不明-1965)新興美術院初代会員
早瀬寛仙(1829-1888)師江崎寛斎、名宣孝、海軍省奉職
早瀬来山(1808-1890)師父蘭川、名鴻、号晩翠・嬾僊
早田聖山(不明-不明)吉野山桜樹景をよく描いた
速水御舟(1894-1935年03月20日)師松本楓湖、日本美術院同人、今村紫紅や小林古径らの紅児会に入会、赤曜会結成、別号禾湖・浩然
速水如泉(1929-2009年11月23日)日本墨画協会会長
速見晴文(1821-1902)師竹下寒泉・和田芸谷
原玉園(不明-不明)師玉置頼石
原在寛(1884-1957)京美卒、師父原在泉
原在泉(1849-1916年02月22日)師養父原在照、明治天皇御大喪絵巻制作
原松蔭(1861-1924)師田能村直入
原壽美(1938-2007年07月21日)国画水墨院理事長
原壽見花(1938-2007年07月21日)水墨画、国画水墨院理事長、別号壽美
原対山(1878-1931)原家の養子となる、川端画学校中退
原丹橋(1866-1901年08月14日)師義父滝和亭、絵画共進会褒状等
原直年(不明-不明)日本画団体「丁未画会」の創立に参加
原白山(1870-1945年02月20日)東美卒
原英夫(1933-2010年01月06日)師森泰章、扇墨会主宰、群炎運営委員、神奈川美術協会委員
原鵬雲(1835-1879)師守住貫魚、幕府の使節京極能戸守に随行し欧州に行き普仏戦争の図を描いた
原蓬山(1823-1876年06月15日)京都に出て画を学んだ
原道子01(1915-2005年02月21日)日本美術院研究会員
原佑知(1827-1893)号翠葉亭竹山
原蓼江(1833?-1892)師鮎川一雄・兒島竹處
払川芥圃(不明-不明)明治期の画家、名易蔵、沢畑松嶺に師事
原尻賢成(不明-不明)昭和初期に山門郡柳川細工町で活動
原田羽谷(1845-1908)師槇五鳳
原田圭岳(1803-1885年05月19日)江戸後期から明治期の南画家、師鈴木南嶺・岡本豊彦、幼名竹撫、名甫、別号芳樹店・曲街隠士・鉄圭賤生
原田西湖(1880-不明)師岩島虹石・山元春挙、内国勧業博覧会褒状
原田精山(1844-1910)師堀江友声
原田千里(1905-不明)師安田靫彦・小倉遊亀、本名は美智恵
原田太乙(1906-1983年01月23日)京都絵画専卒、日展出品、金沢美術工芸大学名誉教授
原田大輝(不明-不明)師水田竹圃
原田太一(1907?-1983年01月23日)金沢美術工芸大学名誉教授
原田竹鳳(1872-1921)東美卒
原田光子(不明-1972年06月18日)日本画府会員
腹巻丹生(1877-1951)土佐派、文展審査員をつとめた
原山登喜雄(1913-1985年05月15日)日展会友
春木南江(1895-不明)師春木南溪
春木南溟(1795-1878年12月12日)南画家、師父南湖、別号耕雲樵者
榛沢菱花(1903-1935年05月20日)師蔦谷龍岬、帝展出品
伴紫邦(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
半田鶴一(1898-1979年12月31日)川端画学校卒、師小茂田青樹・安田靫彦、国画創作協会出品、日本美術院院友
半田鶴城(1873-1945)師鈴木松年・佐伯仙濤・上田鉄耕・石丸僊舟
半田躬湖(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
半田深刻(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
坂内青嵐(1881-1936年07月18日)東美卒、東京帝国大学史料編纂所で肖像画の模写研究に従事
坂内文石(1865-1930)「会津万歳」をこよなく愛し、万歳の画家とも呼ばれた
番場春雄(1910-1997年01月01日)師郷倉千靱、日本美術院特待、加茂美術協会創立に参加、新潟県展理事
日置雲外(1829-1918年08月09日)備前藩家老
日置松曄(1901-1977)南画、小倉記念病院に勤務
比嘉盛清(1868-1939)琉球王朝絵画の要素を受け継いだ最後の画家
日笠香影(不明-不明)師白須心華
樋笠数慶(1916-1986年09月23日)師郷倉千靱、日本美術院同人・評議員
東蘭舟(1869-不明)数学教師のかたわら画をよくした
東久世竹亭(1843-1912)文人画家、号竹亭・古帆軒
東谷桃園(1893-1976)東美卒、師多門、前号桃谷
東原徹(1919-2008年03月31日)師野田九浦、東水社主宰
東原方僊(1886-1972年03月28日)師竹内栖鳳、文展・帝展・新文展出品
東山魁夷(1908-1999年05月06日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、東美卒、師結城素明、日展顧問
東山琴堂(1847-1912)南画、師井爪丹岳
引田逸牛(1901-1996)師水越松南・矢野鉄山
疋田春湖(1891-1961年08月16日)師長谷川玉純・山元春挙、湖国の美術界の復興に尽力
疋田芳沼(1878-1934年03月18日)師田中月耕・菊池芳文、名熊太郎、文帝展褒状
樋口淵溪(1827-不明)師狩野探淵守真、樋口探月の妻
樋口秋溪(1855-1902年07月26日)代々日田の素封家、画をよくした
樋口如璋(1842-1904年08月18日)幕末から明治期の画家、平井顕斎の門人、通称林次郎、樋口思斎の子
樋口辰志(1916-2000年11月04日)師西山翠嶂・西山英雄、日展会友
樋口探月(1822-1896年12月)師狩野探淵守真
樋口竹涯(1862-1885)師河田小龍
樋口富麻呂(1898-1981年11月07日)京都絵画専卒、師西山翠嶂・北野恒富、日本美術院院友
樋口英雄01(1910?-1990年11月26日)師川端龍子、元青龍社、日本画院同人
樋口暘(1916-1995)師三輪晁勢・堂本印象
彦坂虎山(1837-1899)師野呂介石
久城月(1883-不明)師菊池芳文・深田直城、別号偸閑亭主
久川太三(1900-1926年03月14日)京都絵画専卒、国画創作協会出品、石川晴彦らと生作社結成
久田聖空(不明-1902年01月17日)名頼道
久野竹緑(不明-不明)南画
久野大正(1913-1987)創造美術に出品、洋画もよくした
久村清斎(1858-1945)師服部五老


久本春雄(1896-1968年06月18日)東美彫刻科中退、師結城素明、帝展・新文展出品
土方洞甫(不明-不明)師弘瀬洞意
土方墨窓(不明-不明)師川田墨鳳
菱田春草(1874-1911年09月16日)師川端玉章・結城正明、日本美術院創立同人
菱田林泉(1817-1873)師日華・来章、号日東
泥谷文景(1899-1951年02月11日)師姫島竹外
妣田圭子(1912-2011)妣田学絵塾を主宰、著書に『その絵の旅』
飛田周山(1877-1945年11月22日)師久保田米僊・橋本雅邦・竹内栖鳳、旧帝展審査員
日高秋鳳(1899-不明)師水上泰生
日高昌克(1881-1961年07月20日)南画を独学、富岡鉄斎・橋本関雪らに傾倒し独自の画風を開く
日高赤洋(1835-1906)延岡から来た雨江に学んだ
日高千城(1892-不明)師川端玉章・高橋華舟
日高竹三郎(1899-1953年08月21日)京都絵画専卒、師木島桜谷、国画創作協会出品
日高東岳(1874-1924)師麻生東谷
日高牧僊(1881-1965)宮崎美術協会の総会で新委員になったという記録がある
人見少華(1887-1968)京都絵画専卒、師田中一華、文展褒状
日名子溪邨(不明-不明)南画
日野竹塘(1843-1916年08月)画僧、師は畠山竹塢
日野文窓(1850-1914)師高橋杭水
日比逸亭(不明-不明)師名草逸峰
日比野逸亭(1839-不明)師河田小龍・徳弘董斎
日比野嘉径(1915-1961)師中村岳陵、日展・新日展出品
日比野圭文(1889-不明)師父日比野白圭
日比野白圭(1825-1914年03月30日)師竹田景甫・鈴村景山・森高雅、名斎、通称金吾、別号竹翁・鳳声居
日比野文僊(1854-1912年03月17日)師松吉樵渓・奥村石蘭、通称文吉
姫島竹外(1840-1928年03月05日)師村田東圃・石丸春牛、竹外南画院と設立、大阪南画壇を代表する画家の一人として活躍
憑耕雨(1837-1917)師梶山九江
平井雪旭(1806-1885)狩野派
平井猛夫(不明-不明)東北産業博覧会に出品
平井直水01(1887-1963年12月12日)師牧皓堂
平井直水02(1859-不明)師深田直哉、文展出品、日本美術協会会員
平井梅嵓(1873-1940年05月)師山本梅荘、通称喜間太
平井楳仙(1889-1969年08月30日)大美卒、師竹内栖鳳、帝展・文展出品
平岩三陽(1893-1982)東美卒、師川合玉堂、名三郎、帝展・新文展出品
平岩長四郎(1904-1987年05月25日)東美卒、師郷倉千靱、日本美術院特待
平岩斐亭(1873-不明)師石川柳城、名鈴吉
平尾竹霞(1856-不明)師塩川文麟・田能村直入、日本南画協会の結成に参加
平尾魯仙(1808-1880)師工藤五鳳・毛内雲林・百川学庵・今村渓寿、別号宏斎・雄山、俳号芦川
平岡静観(1824-1900)師父平岡為龍
平形嶺雲(1897-1960年03月24日)師小室翠雲
平川他斗哉(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
平川敏夫(1924-2006年05月14日)新制作協会会員を経て創画会結成に参加して会員、中日文化賞
平川比天(1894-1979年05月19日)師黒住章堂
平櫻和正(1931-2009年02月25日)日展会友、晨鳥社所属
平沢屏山(1822-1876)函館で活躍した代表的アイヌ絵師
平澤籟山(不明-1901)師幸野楳嶺、四条派
平島古僊(不明-不明)師吉嗣楳仙
平島龍舟(1926-不明)竜舟会主宰
平田雲巌(1826-1881)師貫名海屋
平田松堂(1882-1971年01月09日)東美卒、師川合玉堂、帝展委員、東京美術学校教授
平田翠香(1881-不明)師西山翠嶂
平田翠屏(1834-1896)師渡辺芝谷
平田晴耕(1917-1999年10月23日)創造美術会名誉会員、川端校
平田徳太郎(不明-不明)南画
平塚華馨(不明-1926)師菊地華樵
平兮憩堂(1849-1930)師中西耕石
平野長彦(1903-1975年02月13日)師矢野橋村、日本南画院理事、大阪美術協会理事
平野五岳(1811-1893年03月03日)師田能村竹田、名聞慧、号古竹、師暢堂
平野古桑(1881-1931)師田近竹邨
平野朔郎(1934-2008年01月10日)藤信会会員、静岡県日本画連盟展等出品
平野秋声(不明-不明)師荒木千洲
平野純子(1919-不明)師渡辺森・本田翔
平野素雲(不明-不明)近藤藍濤に師事
平野竹逸(1893-1939)松林桂月の門人
平野泥江(1813-1888年07月28日)師山本梅逸、名貞章、別号竹仏
平野熬波(不明-不明)南画
平野包林(不明-1998)新興美術院理事
平林周斎01(1892-不明)師斎藤松洲、名了、別号蓮台仙史
平林周斎02(不明-1979年12月07日)師林響・龍岬、日本画府理事
平林大虚(1892-1956年05月07日)師菊池芳文・北野恒富・下村観山、日本美術院展出品、美人画
平林探溟(1849-不明)師樋口探月、絵画共進会褒状、狩野探溟とも称す
平福穂庵(1844-1890年12月11日)初号文池、師武村文海、平福百穂の父
平福百穂(1877-1933年10月30日)帝国芸術院会員、師川端玉章、帝展審、東美教授
平福文浪(1823-1877)師武村文海、平福穂庵の父
平松梅洲(1884-1914年08月)師山本梅荘、名三郎
平山郁夫(1930-2009年12月02日)文化勲章、文化功労者、東美卒、師前田青邨、日本美術院同人・元理事長、元東京芸大学長、シルクロードを主なテーマとした
平山寛谷(1890-不明)独修、名類作、別号寛泉
平山寛亭(不明-不明)荒木寛畝の門人、名粛
平山獅峰(1826-1891年12月29日)師藤森江崖
平山東岳(1834-1899年12月24日)師甲斐東渓・長谷川玉峰・塩川文麟
平山文麗(1889-1942)東美卒、横山大観に師事、名権五郎、奥村老圃は叔父
平山雅英(1911-不明)独修
平山盧江(不明-不明)仙台在住の都都逸作家として昭和20年頃に活躍
鰭崎英朋(1881-1970年11月22日)挿絵画家、師右田年英・川端玉章、美人画、相撲絵の著書刊行
広洞仙(1818-1881)師小田海僊
廣井稔(1928-2005年12月18日)師長谷川朝風、日本美術院院友
広上源一郎(不明-2006)新興美術院会員
広川嘯月(1867-不明)東美卒
広川操一(1894-1983年05月20日)東美卒、師寺崎広業・結城素明、文展・帝展出品、戦災にあい郷里新潟に疎開
広島滉人(1889-1951年12月16日)元文展審査員、東美卒、旧号晃甫
広島晃甫(1889-1951年12月16日)東美卒、帝展・文展出品、晩年は滉人と号す
広瀬雨琴(1881-1958)美術学校卒
広瀬敬斎(1839-不明)師沼田月斎・奥村石蘭、名高景
広瀬長江(1884-1917)安田靫彦らと紅児会で活動
広瀬東畝(1875-1930年01月27日)師荒木寛畝、日本画会・帝展委員、土陽美術会設立に参画
広瀬墨嶺(不明-不明)師川田墨鳳
廣田篁齋(1818-1881)師上部茁斎・横山清暉
広田青湾(1861-1945)師河田小龍
広田多津(1904-1990年11月23日)師西山翠嶂、創画会創立会員、女性の視点で女性美を追求
広田竹甫(1845-不明)絵金派
広田百豊(1876-1955)師竹内栖鳳、文展褒状
広本小霜(不明-1986)新興美術院会員
広本進(1897-1991年10月15日)京都絵画専卒、師山元春挙・川村曼舟、新興美術院副理事長
広渡三舟(1841-1931)二代広渡心海(良寛心海)の長男
広渡心海(2代)(1806-1888)良寛心海、師狩野良信
風花翁雲阿(1806-1880年01月12日)師山本梅逸・日根野対山、名雲阿、通称円龍
深井清華(1827-1888年09月23日)師渡辺小華・下岡蓮杖、名諫雄、別号清香
深井豊州(1838-1911年01月01日)師古市金峨
深井豊洲(不明-1907)四条派の画家
深尾広道(1905-1973年07月12日)東美卒、師田中青坪、日本美術院院友
深沢泉子(不明-1979)新興美術院会員
深田直城(1861-1947)師佐香美古・森川曽文、日本美術協会会員・大阪絵画会会員として後進を育成
深津翠谷(1888-不明)師田中柏陰、名賢司
深野鶴夢(不明-不明)南画
深野知堂(1863-不明)独修、別号又六余学人
深谷錦岳(1849-1930)師山中信天翁・村田香谷、名晃、字子明、通称半十郎、別号八面山房
蕗谷虹児(1898-1979年05月06日)尾竹竹坡に師事、叙情的な挿絵画家として活躍
福井勝重(1910-1978年05月12日)日本南画院常務理事
福井源三(1915-1986年11月16日)京美絵卒、師契月
福井江亭(1865-1937年03月08日)師川端玉章、日本画会審、元東京美術学校教授
福井石叟(不明-不明)南画、師岩瀬広隆・中西耕石
福井宗之助(1915-1982年11月19日)師金島桂華、日展会友
福井端隱(1801-1885)書画・篆刻は小俣蠖庵に学び、特に鉄筆を得意とした
福王寺法林(1920-2012年02月21日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、師田中青坪、日本美術院同人・最高顧問
福岡雲外(不明-不明)師姫島竹外・小西皆雲
福岡公貴(1905-不明)彩玄会会員、一光主宰
福岡青嵐(1879-1954年12月11日)東美卒、文展・帝展出品、青龍社社人、矢野橋村らと大阪美術学校を創設
福岡稲城(1899-不明)師森村冝稲・松岡映丘・小堀鞆音
福本松鄰(1858-1937)師田能村直入
福島峰雲(1877-1948年11月01日)師高木樵峯
福島光子(1905-2004年07月15日)二紀会同人、女流画家協会会員
福島柳圃(1820-1889年10月25日)別号黙神艸堂、師是真
福島隣春(1811-1982)師高島千春、号花所・雨廼屋


福田霞城(1827-1890)師佐々布篁石
福田錦江(1794-1874)はじめ画を熊斐に学び、のちに南蘋の画法に倣った
福田恵一(1895-1956年06月20日)師西山翠嶂、文展・帝展審
福田謙二郎(1935-2006年02月23日)師中村岳陵、日展会員、特選
福田浩湖(1883-1959年05月19日)師小室翠雲・佐竹永湖、日本南画院同人
福田秀鳳(1902-1946)師野沢如洋・蔦谷龍岬
福田松琴(1841-1901年02月17日)師田崎草雲・日根対山、日本美術協会会員
福田笑迎(1869-1909年10月16日)秋田魁新報社記者
福田翠光(1895-1973年01月24日)京美卒、師西山翠嶂、日展会員
福田青藤(1896-1988年01月28日)師永松春洋、日本南画院副理事長、元大阪美術協会会長、大美卒
福田鑒治(1917-2006年05月15日)東美卒、新制作協会出品
福田達夫(1930?-2001年03月03日)杜人社会員
福田天外(1839-1921年02月24日)漢学者・南画家
福田豊四郎(1904-1970年09月27日)師土田麦僊・川端龍子、新制作協会、国画創作協会
福田柏齢(不明-不明)師畑仙齢
福田眉山(1875-1963年10月28日)師久保田米僊
福田眉仙(1875-1963年10月28日)師久保田米僊・橋本雅邦
福田平八郎(1892-1974年03月22日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、師竹内栖鳳、日展顧問、京都絵専教授、別号九州
福田元子(1907-1945)師希望
福田藍園(不明-不明)師父福田太華
福田瀾月(1884-不明)師父荒木墨仙
福富皐松(不明-不明)師野際白雪
福永晴帆(1883-1961年01月12日)師大庭学僊・森寛斎
福西有飛(1927?-2000年06月21日)元日本南画院会員、南画家同友会同人
福庭玉溪(1842-1923)師船越寛一
福庭南隅(1844-1918)師黄仲祥
福山明玉(1876-不明)師森魚渕、住吉派
福与悦夫(1906-1981年01月06日)大阪美術学校修、師矢野橋村、日本南画院常務理事
福與墨隠(不明-不明)師川田墨鳳
藤井華浦(不明-不明)師田中柏陰
藤井玉欄(1872-1947)師望月玉泉
藤井琴谷(1879-1911)師河村栗邨・森琴石
藤井敬造(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
藤井小陰(不明-不明)師田中柏陰
藤井松山(1880-1967年01月21日)師藤井松林
藤井松林(1824-1894)師中島来章、名好文
藤井瑞雲(不明-不明)師田中柏陰、日本南画院準同人、有秋会会員
藤井瑞景(1908-不明)師藤井瑞雲
藤井靖峯(1895-1961年05月23日)師松林桂月、帝展・日展等出品
藤井蘇堂(1814-1890)師越海煙村
藤井白映(1901-1987年08月15日)東美卒、師安田靫彦、日本美術院特待
藤井治子(1924-2017年06月14日)日本美術院特待、師塩出英雄・森田曠平
藤井半雲(1825?-1897)浦上春琴に私淑
藤井孫兵衛(1853-1923年11月15日)師清水麓松
藤井無為(1831-1914)名義定、円浄寺の十五代住職
藤岡紫峰(1880-1956)師松本楓湖・川合玉堂、連合絵画共進会褒状、文展・帝展出品
藤岡神山(1825-不明)師根本幽峨
藤岡柳村(1838-不明)師三木恒山・阿部北涯
不二木阿古(1896-1943年04月23日)師北野恒富・堂本印象、文展無鑑査、東丘会
藤木魁山(1901-不明)八女提灯の絵師
藤崎朝洋(1901-1954年11月15日)奥村土牛に師事したと伝えられる
藤沢越堂(1880-1946)師松本楓湖・川合玉堂、日本美術協会出品
藤重春山(1828-1895)師中林竹洞
藤島華僊(1866-1929年02月18日)師青山翠山・月岡芳年・久保田米僊、通称徳四郎、別号紫川樓
藤島好雅(不明-不明)石巻で活動
藤瀬冠邨(1875-1951)師吉嗣拝山
藤田愛親(1842-1924年10月03日)名佐吉、別号萩の舎
藤田孝正(1911-1994年03月20日)京都絵画専卒、師堂本印象、日展会友、特選、東丘社、大阪成蹊女子短期大学名誉教授
藤田呉江(1827-1885年05月22日)富士藩士・儒者、師藤森弘庵
藤田三友(1869-1947)師富岡鉄斎
藤田七九(1890-不明)師渡辺南岳・小室翠雲、別号吹沙
藤田苔巌(1863-1928)師父藤田台石
藤田台石(1840-1915)師父藤田玉州・春木南溟
藤田尚志(1898-1982年03月14日)京都絵画専卒、師堂本印象、帝展・文展・日展出品、晨鳥社所属
藤田高日子(1918-1977年05月22日)京都絵画専卒、師前田青邨、日本美術院特待
藤田隆治(1907-1965年01月28日)師高島北海・野田九浦、福田豊四郎らの新日本画研究会結成等に参加、創造美術展出品
藤田武(不明-不明)堀尾実、水谷勇夫らと匹亞会を結成
藤田南巷(不明-1891)師兒島竹處
藤田復生(1910-1999年02月02日)師九浦
藤田碧堂(1895-1975)東美卒、福岡美術会結成に参加
藤田陸奥夫(不明-1983年12月04日)日本画府会員
藤田安正(1901-不明)師越堂
藤谷雅春(1914-1995年12月06日)東美卒、師高山辰雄、日展会友、群馬県美術会顧問
藤波藻川(不明-不明)南画
藤林豊稔(1899-1949)本名豊治郎、柴関は兄、川端画学校に学ぶ
伏見光景(1913-2000年12月06日)大阪府美術家協会会員
伏見実郎(1927-不明)院展院友
伏見東洲(1841-1921)師根本愚洲
藤村一舟(1879-1966年09月27日)師杉山呉洲・夏目泰果、本名耕一郎
藤村鼓☆(不明-不明)南画、☆は「風」+「易」
藤島静村(1863-1935年01月03日)師川口月村
藤村唐村(不明-不明)南画
藤村良知(1901-1968年02月03日)京都絵画専卒、師村上華岳、兵庫県日本画家連盟の結成に参加
藤本翠煙(不明-不明)南画
藤本木田(1895-1987)師田中柏陰、竹田鑑定
藤本由子(不明-1992年08月17日)日本画府理事
藤森桂谷(1835-1905年07月26日)師古曳盤石・村山半牧、国民教育の先覚者・啓蒙運動家として活動
藤森青芸(1901-1989年12月02日)東美卒、師結城素明、帝展・新文展・大日美術院等に出品
藤山鶴城(1870-不明)師幸野楳嶺・野村文挙、内国勧業博覧会褒状等
藤原功牛(1907-1970)師天野橋村・幸松春浦・日高東岳
藤原秀楊(1898-1924)本名良助、初号馨園
藤原信一(1846-1930)師山崎年信、土陽新聞の挿絵を描いた1
藤原成憲(1902-1993年08月31日)大阪の風俗を描いた
藤原竹郷(1872-1963)東美卒業後、大分県師範学校助教諭として赴任、大分県に近代日本画を持ち込んだ
藤原みてい(1920-2011年08月15日)墨彩画、松尾大社のジャンボ絵馬の原画を27年間手がけた
布施伸介(1931-2008年02月01日)師前田青邨・片岡球子・平山郁夫、日本美術院特待
不染鉄(1891-1976年02月28日)師山田敬中、帝展等出品、正強高等学校校長
二井榮逸(1912-2004年04月17日)能画家・能楽師、師荻生天泉
二木直喜(1835-不明)師馬場伊歳
二又米造(1919-2013年02月17日)日本画府理事
二村錦斎(1830-不明)師中野水竹、名和雄
淵上松渓(不明-不明)南画
淵上誠方(1833-1915)師福田太華
渕上晁成(1903-1986)京都絵画専門学校卒業
淵上武貫(1845-1913)師淵上誠方
淵野桂僊(1825-1881年04月06日)師岡本秋暉
仏国(1829-1895年10月)由利郡象潟町蚶満寺の三十六世
筆谷等観(1875-1950年11月10日)東美卒、師橋本雅邦・横山大観、日本美術院同人
不動茂弥(1928-2016年12月15日)从展出品、パンリアル協会発足、日本画の抽象
不動立山(1886-1975年08月14日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、文展出品、青甲社
船木棗月(1921?-2007年01月04日)日本文人画府常任理事
船越月江(1830-1881)盛岡藩の円山四条派、師川口月嶺
船越霊戒(1874-1947)菊池黙堂に師事、達磨図を得意とした
船田錦洲(不明-不明)南画
船田孤舟(1858-不明)師千原夕田・針浦梅村
船田玉樹(1912-1991年02月04日)師御舟・小林古径、新興美術院理事、日本画の抽象
舟谷處節(不明-不明)師堀江友声
舟山三朗(1909-1991年10月15日)師平福百穂、帝文・日展出品
冬木清(1904-1984)京都絵画専卒、師竹内栖鳳・石崎光瑤、帝展・文展・新文展出品
冬木大丙(1903-1972年01月)師山村耕花・安田靫彦、日本美術院院友
降旗篁岳(1895-1981年11月01日)師田近竹邨・小室翠雲、南画院創立同人
古井甘泉(不明-不明)師別所春濤
古市金峨(1805-1880年03月18日)師岡本豊彦、通称啓三・哲蔵、別号藍山
古市丈門(1925-1985年10月17日)師郷倉千靱・今野忠一、日本美術院院友
古川一橋(不明-1999年07月25日)日本自由画壇名誉顧問
古川秋蓬(1851-1926)師安田老山
古川玉応(1807-1886)師森高雅、名衛之、通称数馬
古川北華(1884-1962)南北合派、南画院客員、詩書画三絶
古川睦(1927-2015年05月02日)元青炎会創立会員
古澤雪田(1864-不明)師滝和亭
古荘方(1925-2005年04月04日)日本美術展特待
古荘九汀(1891-1968年12月09日)県美協創設に尽力
古荘肇成(1896-1965年10月31日)東美中退、師吉川霊華・堅山南風、日本美術院院友


古田広計(1805-不明)師村田春海
古出尺堂(1871-1944)師岡本友徳堂
古淵正信(不明-1961年11月09日)日本南画院理事
古谷一晁(1890-1966)京都絵画専卒、師山元春挙、文展褒状
古谷香章(不明-2006年11月)無所属
古屋鼓原(不明-不明)師杉原鼓澤
古屋紫竹(1832-1896)師父古屋竹原
古谷深翠(不明-不明)師岩瀬広隆
古屋正寿(1885-1943年04月30日)師山内多門・川合玉堂、文展無鑑査
古屋竹洲(1840-1877)師父古屋竹原
古山衲琴(不明-不明)師福田太華
古山康雄(1937?-2004年05月02日)新制作協会出品
不破春香(1882-1962)師根本雪峰
別所春濤(1864-1928)師長三洲・秋月橘門・堤静斉
別所千巌(不明-不明)師別所春濤
別所大鵬(不明-不明)師水田竹圃、別所春濤の子
別波月乃(1901-不明)師北野恒富
別役春田(1855-1910)師橋本小霞、土佐美術協会創立に参加・会長
辺見藤七(1861-不明)絵金派
帆足杏雨(1810-1884年06月09日)師田能村竹田・春琴、字致大
帆足聴松(1867-不明)師帆足杏雨
坊坂倭文明(1912-1993)師小林古径、日本美術院特待
宝迫虹汀(1884-1911)師野村文挙・高島北海
北條玉洞(1850-1923)師川口月嶺・川端玉章、北海道初の市立絵画専門学校を設立
北条幸子(1922-不明)師川端龍子
鳳陽(不明-不明)師上島鳳山
宝来谷山(不明-不明)師村田東圃
祝部至善(1882-1974)師松岡映丘、福岡美術会結成に参加
保坂五之助(1926?-2002年10月31日)日本美術院院友
保崎祥山(不明-1997年01月16日)日本南宗会常任理事、日本自由画壇壇人
星暁村(1816-1900)師遠藤香村
星梅坡(1806-1883年06月17日)気仙郡高田市の人、書画をよくした
星陸谷(1873-不明)師川村雨谷
星合雪堂(1872-不明)師高柳快堂・神保木石、別号銀川・円遊斎
星加雪乃(1899-不明)師恒富
星川輝洋(1894-1923年09月01日)東美卒、師結城素明、実業之日本社で少年少女雑誌の挿絵を手がけた
星野空外(1888-1973年03月06日)京都絵画専卒、師竹内栖鳳、文展受賞
星野更園(1895-不明)文展等出品、岡本大更の妹
星野真吾(1923-1997年12月29日)師入江波光、パンリアル美術協会結成に参加、从展創立に参加
細合秀穀(1894-1947年12月)師池上秀畝、文展・帝展等出品
細川幻華洞(1897-1968年05月13日)独修、画のかたわら高浜虚子に師事
細川秋邨(不明-不明)南画
細木成実(1912-2005年08月14日)京都絵画専卒、師西山英雄、京都教育大学名誉教授
細田香雨(1882-1965)日本民俗資料館
細田白桜(1874-不明)島田平斎・菅原白龍に学ぶ、名悦二郎
細谷達三(1906-1996年03月28日)東美卒、師山口蓬春、日展会友
細野光治(1906-1987年06月10日)元青龍社社友
細見盤谷(不明-不明)南画
細谷玉芝(1809?-1878)細谷松坡の妻
細谷松華(1844?-1888)細谷松坡の六男
細谷度外(1827-1900)師細谷風鳳
細谷米山(1837-1885)師細谷風翁・藤本鉄石・田能村直入
細谷風翁(1807-1883)師昆野松涛
細谷立斎(1831-1911年11月03日)師細谷松坡、松坡の三男
保尊良朔(1897-1953年04月22日)師橋本静水、新興美術院創立同人、信濃美術会創設に参加
部谷竹友(不明-不明)南画
堀田霞岳(1897-1931)師小室翠雲
堀田耕石(1854-1937年11月03日)師織田杏斎・大出東皐、名義雄、字子和、別号磊石・張州僊史・撫松道人
堀田秀叢(1894-1954年03月13日)師池上秀畝、帝展・日展等
堀田象雲(不明-不明)師筑紫翠雲・竹内栖鳳
堀田大観(1882-1965年01月14日)師山本石荘、名錬吾
穂積清逸(1878-1939年01月11日)東美卒、師小寺雲洞、名清逸
帆山花乃舎(1823-1894)画僧、師渡辺清・浮田一蕙
堀暁中(1875-1932年11月09日)師佐脇波登磨・木村金秋
堀紫山(1863-1940)美術雑誌「国華」の倶楽部員、「二六新報」記者
堀史明(1896-1978)師中村岳陵、日展・日本美術院展等出品
堀松月(1885-不明)師上田鉄耕
堀晴翠(1888-不明)師山田晴村・榊原文翠、名末雄、別号泰明・哲岩
堀文子(1918-2019年02月05日)元創画会会員
堀露洋(不明-不明)南画
堀井香坡(1897-1990年04月18日)京都絵画専卒、師菊池契月、帝展・新文展出品、菊重社同人
堀井象碩(1897-1987)北海道日本画協会の創立に参加
堀内輕舟(1920?-1990年07月30日)日本南画院会員
堀江玉鳳(1917-不明)師玉置頼石
堀江大白(1897-1973)師麦僊
堀江鉄舟(1825-1899)師浜口南涯・柴秋邨
堀江友声(1802-1873年09月15日)師山本探淵、円山応挙・柴田義董に私淑
堀江有声(1859-1922)堀江友節の長男
堀江友節(1841-1876)堀江友声の養子
堀江和声(1887-1954)堀江有声の子
堀尾実(1910-1973年07月14日)師森村宜稲、京都市立絵画専門学校に学ぶ、日本アヴァンギャルド美術家クラブ会員、美術文化協会日本画部会員
堀川達三郎(1921-2014年01月12日)師小谷津任牛・奥村土牛、日本美術院特待
堀端養恒(1801-1880)紀藩絵師、江戸木挽町狩野七世、晴川院養信の画法を伝える
堀本岩生(1918?-2000年05月21日)元日本南画院理事
本郷白嶺(不明-1995年01月16日)元大輪画院会員
本田健次(1940-1996年12月06日)東洋の古典技法を活かした水墨画を制作
本田彩雪(1940-2018年07月31日)モダンアート協会協友、女流画家協会会友、春季創画展出品
本田成之(1882-1945年03月04日)文人画家・哲学者・漢学者、号は蔭軒
本田紫山(不明-不明)昭和頃に浮羽郡田主丸町で活動
本田翔(1922-不明)師野元琴堂・山口虚明
本田正貫(不明-不明)僧鉄翁に学ぶ、名正憲、号雲林
本田直針(不明-不明)師田能村直入
本田鼎雪(1910-1982年10月)日本画院展出品、宮城県芸術協会会員
本多天城(1867-1946年05月11日)東美卒、師狩野芳崖・橋本雅邦、東京勧業博覧会褒状
本田穆堂(1877-不明)師望月玉泉・村田丹陵・橋本雅邦
本間莞彩(1894-1959)北海道の景色と人々を描いた、山内弥一郎らと北海道日本画協会を結成
本間国生(1889-1973年12月30日)白馬会に学ぶ、美術記者として活躍したこともある、別号逸老庵

【ま行】

舞原東海(1883-1953年02月03日)師奥原晴湖、熊谷製紙常務や郷里の村長を務める、祖父は舞原耕雲、父は舞原松潭
前川五嶺(1805-1876年10月16日)師柴田義董・松村景文、別号泡斎
前川星心(1913-1996年12月)香川県展理事、県美術協会副会長
前川文嶺(1837-1917年05月01日)師父前川五嶺、内国勧業博覧会褒状、京都美術協会会員、後素協会会員
前田靄斎(1883-不明)名長太郎、別号田徴
前田一鶯(1890-1939年10月08日)東美中退、師山元春挙、早苗会、名賢一
前田荷香(1833-1905年03月03日)師前田半田、半田の子、名鏡堂
前田和子01(1936-2002年01月14日)全日本美術協会会員
前田其道(不明-1905年03月03日)師樋口探月
前田錦楓(1863-1945年10月15日)師松本楓湖・狩野芳崖・橋本雅邦、名りゑ、内国勧業博覧会等受賞
前田香陵(1880-不明)師香蘭・森村冝稲
前田士孝(不明-不明)明治頃に仙台で活動
前田秀邦(1882-不明)師日比野白圭・橋本雅邦、名豊七
前田翠崖(不明-不明)津藩士
前田青邨(1885-1977年10月27日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、帝室技芸員師梶田半古、日本美術院同人、東京芸大教授、歴史画・武者絵
前田暢堂(1817-1878)師山本梅逸・中島来章、名碩、通称碩太郎、別号半田
前田直溪(1869-1942年03月07日)師田能村直入
前田貫業(1840-不明)大蔵省・博物局などに勤務、山名貫義の弟、号春迺舎
前田蹄聴(1927?-1998年12月23日)南画家、墨影会会長
前田荻邨(1895-1947年01月19日)京都絵画専卒、師西村五雲、京都市立美術専門学校助教授、晨鳥社同人
前田直衞(1915-2008年12月23日)師菅楯彦・橋本関雪・光志、日本美術院特待
前田半田(1817-1878年10月25日)師山本梅逸・中島来章・貫名菘翁
前原豊三郎(1907-1973年10月12日)師伊東深水、新文展出品
中沢達知(1868-1945)中学校で楠永直枝の教えを受ける
牧綾造(不明-不明)家は旅人宿屋「松屋」
槇羽南(1865-1934)師槇五鳳
牧櫻山(不明-不明)大分地方に作品が多く残っている
槇玄範(1851-1921)漢方医、号隣仙
牧皎堂(1885-1954)京絵卒、師竹内栖鳳・寺崎広業、前号如月
槇五鳳(1814-1889)師大江雋斎・春木南溟・菅井梅関・椿椿山
真木翠篁(1925-1986年08月16日)艸炎社主宰
牧哲斎(1840-1906年05月24日)師柴田東嶺・福島柳圃・中野水竹、名斐久、通称忠三郎
牧信成(1924?-2016年11月17日)日本美術院院友
牧フミ(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
槇戸観海(1888-不明)師尾竹国観
槙野潔(1909-1996)師翠石・頼璋・秋光、元日本美術院
牧野交翠(1862-1931)師戸田葆堂
牧野三生郎(不明-1989)師前田青邨、日本美術院特待
牧野芝石(1840-1903)師藤井竹外・森田節斎
牧野秀一(不明-1990年02月21日)日本美術院院友、芸大卒
牧野松亭(1879-不明)師奥村石蘭・奥村石亭
牧野雪僊(1820-1904年07月07日)師狩野永悳、牧野梅僊の子
牧野大成(1907-1986年05月14日)無所属
牧野淡山(1856-1932)師梶山九江
牧野竹翠(1892-1973年12月03日)師白井青淵、三河美術展・豊橋市美術展等に出品
牧野竹亭(1861-1937年11月)師田部井竹香・神谷紫水・柴田芳洲・野崎華年、名敏太郎
牧野昌広(1883-1939)師寺崎広業・小林清親、本名昌造、雪僊の孫
牧野錬石(不明-1885年07月08日)師山本梅逸・伊豆原麻谷
牧村木南(1877-1959)師山本石叟・傍島養雲
馬来田愛岳(1895-1991)師小室翠雲、日本南画院
曲子光男(1915-2011年07月19日)京都絵画専卒、師堂本印象、日展参与、東丘社顧問
孫福梅知(1829-1889)師高木聞泉・日根野対山
正井和行(1910-1999年05月12日)京都絵画専卒、師福田平八郎・池田遙邨、日展参与、青塔社
正木圭子(1913?-1996年01月07日)日本清興美術協会会長
正木圭峰(不明-1996年01月07日)日本清興美術協会名誉会長
正木巍(不明-1983)師船田玉樹、新興美術院会員
真崎半顛(不明-不明)明治期の画家、名一郎、白竜の門人
正山松石(不明-1923)師高橋杏村
間島竹荘(1849-不明)師神保木石・山本梅荘、名養雄
真島北光(1900-1960)東美卒、師小貫博堂
真島元枝(1909-1994年06月27日)日美卒、師聴雨・多茂都、日本美術院院友
益井三重子(1910-2010年03月06日)師安田靫彦・小倉遊亀、日本美術院特待
増田秋峯(不明-1887年10月20日)中津藩士、師吉田公均
馬杉青琴(1874-1910年02月23日)師熊谷直彦、婦人絵画研究会創立
増沢俊畝(1875-1969年06月18日)師荒木寛畝
益頭峻南(1851-1916年04月02日)師野口幽谷、文展審査員
増田象江(1818-1897)師山本梅逸、増田九木の養子
益田玉城(1881-1955年04月22日)東美卒、師川端玉章、文展褒状
増田香石(不明-不明)南画
益田春光(1912-1995年01月29日)師高橋立洲人、元日本南画院理事
益田正堂(1911-1973)師山口虚明・徳永桂堂
増田正宗(1886-1966年12月07日)東美卒、師下村観山
益田筈峰(1872-1945)師吉野拝山・森琴石
増田遷晁(1810-1883)江戸後期から明治期の画家、幼名和助、のちに増田惣右衛門と称す、萩谷☆喬に師事(☆は「僊」からにんべんをとる)
益田南扉(不明-不明)府内藩士
益田豊年(1902-不明)師河上鴻立
升永陣正(1830-1907年12月11日)杵築八幡宮の祠官
増原宗一(不明-1928?)師鏑木清方
俣野方寿(1832-1890)師三谷方信
町田曲江(1879-1967年06月05日)東美卒、師寺崎広業、文展褒賞
町田竹塢(1810-1886)師楠瀬大枝
町田悦男(1920-1984)師今野忠一、日本美術院院友
馬調玉仙(不明-不明)田能村竹田と交友があった
松井章01(1924-1985年10月16日)京都絵画専卒、師加藤栄三、創造美術展・新日展出品
松井暁海(不明-不明)師風折有丈(東湖)、通称弥兵衛、別号東楽庵
松井孝二(1921-1984)師西山翠嶂、青甲社、新日展・日展出品
松井宋鳩(1899-1989)師富取風堂、日本美術院特待
松井白奎(不明-不明)狩野派、白雪とよく交遊した
松井富民夫(1914-1976)クリスチャンで宗教的な題材の作品を多く残した
松井牧牛(1914-2009年09月22日)日本表現派代表
松井黎光(1900-1974)日本美術学院卒、師荒木十畝
松生春芳(1918-1986年12月19日)師山元春挙・川端龍子、元青龍社社人、日本画府理事
松浦応真斎(1824-1886)幕末から明治期の画家、師山下守胤
松浦巌暉(不明-1912)師森田樵眠、四条派
松浦小坡(1883-1950年05月)師浅井柳塘、別号守拙
松浦青濤(1917-2007年09年26日)師郷倉千靱、日本美術院
松浦武四郎(1818-1888年02月10日)幕末から明治期の探検家・出版人、別号北海道人
松浦天龍(1857-不明)師福島柳圃・滝和亭、名庄太郎、字巌、別号兼山・小桃源
松浦舞雪(1886-1970)京絵卒
松浦満(1908-1998年12月18日)師松林桂月、日展会員
松尾晃華(1893-1983年01月25日)師梶田半古、横山大観、院展・文展等出品、福岡の美術振興に貢献
松尾其賞(1839-1907)師兄・松尾琴江
松尾松谷(不明-不明)師幽谷
松尾敏男(1926-2016年08月04日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、師堅山南風、日本美術院同人・理事長、多摩美大名誉教授
松尾信春(不明-2005年03月19日)創画出品
松尾馬城(不明-1905)師帆足杏雨
松尾晩翠(1877-不明)師内海吉堂、南画
松尾方丈(1922-1999年09月25日)現代東洋画会主宰
松尾美枝(1930-2012年06月22日)華星会主宰、元ima展代表理事
松尾幸治(1927-2008年04月26日)師川本末雄、晨彩会主宰
松岡映丘(1881-1938年03月02日)帝国芸術院会員、師山名貫義・橋本雅邦、大和絵会結成
松岡環翠(1818-1887年07月14日)文人画家・津藩士、師五十嵐竹沙
松岡九嶷(不明-不明)竹田と交遊した
松岡玉峰(1833-1879)横手鷹、師遠藤玉瑩
松岡百泉(1886-1969)師奥富宝年
松岡太和(1894-1978年02月05日)彩漆画の第一人者、日本漆画会代表
松岡白石(1870-1910年12月)通称剛造、諱常綱、別号雲舟・寒翠処
松川半山(1818-1882 )幕末から明治期の画家、狂歌師鬼粒亭力丸の子、名安信、通称高二、別号翠栄堂
松木白羊(1835-1919年01月)斑目東雄の子
松口鼓春(不明-不明)師杉原鼓澤
松隈観月(1881-1941)円山派
松倉星光(1904?-1964年12月17日)文展・日展出品
松坂菜圃(1836-1912)師蠣崎縉斎・鉄翁祖門
松坂秀峰(1828-1889年03月12日)師恩田石峰・中島来章、幼名和三郎、別号倉水
松坂冬佐(1898-1978)師小茂田青樹、日本美術院院友
松阪春久(1898-1982年11月14日)師菊池芳文・菊池契月、国画創作協会・帝展出品
松坂眠石(不明-不明)師渡辺小華、印刻に転じる
松崎直樹(1929-1975年06月12日)東美卒、師安田靫彦、日本美術院特待
松里清風(1873-1939)東美卒、師山名貫義・橋本雅邦
松沢松湖(1880-不明)師松本楓湖
松下雲畝(1888-1921)師荒木寛畝・十畝
松下慶維(1931?-1987年06月17日)サロン・ド・パリ会員


松下直宰(1918-不明)師田近竹邨・大野竹皐
松島芝谷(1883-1950)師小坂芝田、日本南画院を中心に発表
松島善海(1855-1923年30月23日)大江村照雲寺第十二世住持
松島白虹(1895-1937年02月22日)東美卒、師結城素明、帝展等出品
松田霞城(1859-1931年10月15日)師平福穂庵
松田葵亭(不明-不明)師東夢亭
松田郷人(1939-2019年02月07日)フランス芸術家協会永久会員
松田呉竹(不明-不明)南画
松田修平(1892-1946)師鏑木清方、太平洋画会研究所
松田杏亭(1887-1965年08月12日)師織田杏斎・池上秀畝、名錠太郎
松田樵洞(1870-不明)師鷲見春岳、名一吉
松田青風(1892-1941)師鏑木清方
松田蘇雪(1865-不明)師鈴木松年
松田竹園(1850-不明)師田能村直入
松田敏彦(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
松田文鳳(1876-1937)師槇五鳳
松田黎光(1898-1941年07月25日)師曼舟、国民総力朝鮮美術家協会理事
松田葦舟(1895-不明)師小室翠雲、名景男
松平雪江(1833-1914)江戸後期から明治期の画家、立原杏所に学び父雪山に師事、南宗画を主に研究、『茨城常磐公園攬勝図誌』を編集
松平雪山(1794-1879)江戸後期から明治期の文人画家・水戸藩士、師杏所、別号雪軒・東丘
松平親良(1810-1891年02月03日)杵築藩第九代藩主、師狩野勝川・田辺文琦・足立秋英
松平春樹(1898-1989年12月09日)京都絵画専卒、師横山大観・西山翠嶂、元日本美術院院友、創造美術出品
松平穆堂(1884-1962年10月15日)師黒崎研堂
松永雲濤(不明-不明)師石丸僊舟
松永冠山(1894-1965)京絵卒、師菊池契月
松永光玉(1902-1987年07月29日)師池上秀畝、新興美術院理事、新世美術会結成に参加
松永松琴(不明-不明)南画
松永松亭(不明-不明)南画
松永天章(1879-不明)師川端玉章
松永凌雲01(1886-不明)師竹内栖鳳
松根雲渓(1822-1879)師菅井梅関
松野霞城(1867-1927年07月07日)師野口幽谷、日本美術協会会員、日本画会委員
松野秀世(1936-2002年02月13日)日本美術院特待
松林桂月(1876-1963年05月22日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、帝室技芸員、師野口幽谷、日本南画会設立に参加、元日本南画院会長、日展顧問
松林雪貞(1880-1970)師野口幽谷
松原寛泉斎(1819-1888)八雲村神職、師狩野勝川院雅信
松原耕嶺(不明-不明)師耕雨
松原佐久(1835-1910年05月30日)師相沢石湖、土佐派・住吉派を学ぶ、各地で裁判長を務める
松原石舟(1899-1977年12月)師佐野石峯・松林桂月
松原竹坡(1845-1920)師兒島竹處
松原墨江(1808?-1885)師中川馬嶺
松久休光(1899-1956年08月06日)師荒木寛畝、読画会会員、帝展・新文展・日展出品
松廣松琴(不明-1891)師筑紫翠雲
松藤山風(1874-不明)師川合玉堂・久保田米僊
松宮芳年(1886-1970)京美卒、文展出品、元青龍社社人
松村松僊(1877-不明)師久保田米僊、名茂、別号櫻雨
松村竹僊(不明-1890年09月03日)松村梅宰の次男
松村棠陰(1832-不明)南画
松村梅叟(1885-1934年03月02日)京都絵画専卒、師今尾景年、文展褒賞
梥本一洋(1893-1952年03月09日)京都絵画専卒、師山元春挙・川村曼舟、帝展日展審
松本卯三郎(1906-不明)京都絵画専門学校卒
松本郭(1917-2007年01月10日)師矢野橋村、日展会友
松本一穂(1916?-1985年08月20日)歴程美術協会会員
松本華羊(1893-不明)師尾竹竹坡
松本亀山(1855-不明)師田中亀水
松本挙鴻(1840?-1916)師父松本此君
松本乾山(1841-1913年01月25日)師父松本此君
松本玄鷺(1836-1898)元久留米藩士
松本俊喬(1941-2018年11月25日)師吉岡堅二、元創画会友
松本宏洞(1827-1911年03月13日)師福田半香
松本護石(1921-1983)師野元琴堂
松本古村(1874-1946年02月01日)東美卒、大分県美術会を創設し、副会長をつとめた
松本此君(1800?-1879年10月)醸造業
松本榮(1927-2007年09月01日)東美卒、師山口蓬春、日展参与、特選
松本紫園(1879-不明)東美卒、師川端玉章・鏑木清方
松本芝巌(1865-1920)師塩田銕香
松本姿水(1887-1972年10月23日)師川合玉堂、日本画院創立同人、帝展審
松本清一(1883-1950)日立安来工場収蔵
松本青華(不明-不明)南画
松本仙挙(1880-1932年09月17日)師山元春挙、文展・帝展に出品
松本爽博(1926?-2002年05月31日)無所属
☆本武雄(1902-1996年05月25日)師菊池契月、桂離宮などの模写を多く手がけた、兄は梥本一洋
松本晁光(1904-1997年06月18日)京都絵画専卒、師土田麦僊、墨心社主宰
松本哲男(1943-2012年11月15日)師今野忠一、日本美術院同人・理事、元東北芸術工科大学長
松本直治(1880-不明)師上田鉄耕・野村紫水
松本白雲(1871-1936)大阪美術学校などで学ぶ
松本楓湖(1840-1923年06月22日)帝国美術院会員、師菊池容斎・佐竹永海、日本画会結成に参加、日本美術院創立に参加
松本奉山(1925-2010年01月05日)師松本尚山、山岳画を得意とした
松本真砂雄(1900-1964年10月22日)美人画、川端画学校に学ぶ
松元道夫(1896-1990年08月12日)京都絵画専卒、師菊池契月、日展会友
松本幽石(不明-不明)川合玉堂に師事、名清一、字子龍、別号白雲居
松本☆坡(不明-1875)師浄山・梅関、☆は「凌」の「にすい」を「つちへん」に
松谷昇雲(不明-不明)明治期の美人画家
松山雲章(1805-1879)津軽の南画家、師毛内雲林
松山春秋(1909-1993年11月05日)師堅山南風、日本美術院院友
松山秋峰(不明-1935年01月01日)師山本石荘、名秋峰
松山雪堂(不明-1914)師父松山敬誠
松山雪童(1839-不明)名古屋の城南飴屋町に住み画を業とした
間藤布山(不明-不明)船漕業家
的野石雨(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
真野香村(1866-不明)師村田香村・田能村直入、名適、字梅処、別号香邨・香雲山人・静観亭主人
間野凸溪(不明-1898)師横矢南山・岡田閑林
真野満(1901-2001年07月01日)京都絵画専卒、師安田靫彦、日本美術院同人・評議員
馬渕香外(1861-不明)師村田香谷・山岡米華
馬渕春涛(1888-不明)竹内栖鳳の門人、初号梅溪
馬淵瑞村(不明-不明)師高橋杏村
馬淵南渓(1835-1887)江戸後期の画家
間宮正(1911-1984年12月29日)師野田九浦、帝展・文展・日展出品
間宮露庵(1926?-2007年06月18日)師河口楽土、日本自由画壇顧問、元日本南画院同人
眞山梧洞(不明-1926)南画
丸岡比呂史(1892-1966年05月02日)京都絵画専卒、師土田麦僊、国画創作協会会友、新樹社結成に参加
丸木位里(1901-1995年10月19日)从会会員、洋画家の俊夫人と連作で「原爆の図」15部を共同制作、反核、反戦、人類平和を訴えた
丸木スマ(1875-1956年11月14日)丸木位里・大道あやの母
丸田省吾(1880-1961)師山内多門・益田玉城
丸田竹濤(1892-1964)師水田竹圃
丸投三代吉(1911-1991年06月23日)日本美術院特待、号大挙
丸浜大檣(1876-1960年02月22日)師菊池芳文・菊池契月
丸宮素妍(1903-1997年09月25日)師結城素明
圓山咸洞(1828?-1890)師末藤臣徳
丸山雲田(1878-1937年08月23日)師菅原白龍・児玉果亭、信濃美術会結成に参加
丸山永畝(1886-1962)師荒木寛畝、読画会展・日本画会展出品
円山応鶴(1883-1943年07月20日)円山応挙末孫七世
円山応祥(1904-1981年07月21日)師円山応陽、円山派七世、応挙をはじめ同派の鑑定家
円山應立(1817-1875年03月03日)師円山応震、円山家四世、應震養子、別号才壷・米斎
丸山伍山(1834-不明)武者絵をよくした
丸山石根(1919-1999年08月06日)京都絵画専卒、師波光・中村岳陵、関西美術家連合会会長
丸山素屋(1844-1911)師古曳盤石、絵画共進会・南宗画会出品
丸山天皎(不明-1975年03月12日)日本画府理事
万福寺抱月(1836-1880)萩の浄土真宗万福寺の九世
三浦玉亭(1881-1926)師川端玉章
三浦広洋(1882-1974年10月01日)東美卒、師寺崎広業、連合絵画共進会受賞、文展出品
三浦春外(1894-1942年01月20日)師菊池契月
三浦小有斐(不明-1923年06月11日)三浦有斐の子
三浦石斎(1849-不明)師若林素文・鷲見春岳・奥村石蘭、名厚隆、字為美、通称伝八、別号雲鶴
三浦雪堂(1871-1928年10月06日)本名六三郎、別号宋眠・鳥海、俳号瓢六、村瀬玉田に師事
三浦雪峰(1861-不明)師林白水
三浦竹斉(不明-1923年06月16日)師帆足杏雨・児玉芦香
三浦白琇(1919-2007年03月27日)師中村岳陵、元日展会友、特選
三浦楓江(不明-不明)三浦梅園の末胤
三浦文治(1906-1994)東美卒・同期と六篠社を結成、松岡映丘に師事、郷土新潟の美術新興に貢献
三浦有斐(不明-不明)師帆足杏雨


三浦理観(1895-不明)京都絵画専卒、別号李観
三重野徐来(1829?-1911年02月02日)里正、画をよくした
三尾霞山(1854-1930)師三尾暁峯
三尾暁峯(1798-1876)師岸駒
三尾呉石(1885-1946)師大橋翠石、虎画を専門とした
三尾秀蘭(1844-1922)師三尾暁峯
三尾彰藍(1922-2011年12月14日)師山口蓬春・辰雄、日展会友
三方緋紗(1908-2002年04月11日)無所属
味方松景(1884-1945年05月10日)師竹内栖鳳・林半窓、住吉派、初号晩景
三上仙年(1836-1900年07月13日)師平尾魯仙
三上巴峡(1913-1985年05月01日)師児玉希望、日展特選
三上誠(1919-1972年01月16日)京都絵画専卒、星野真吾らとパンリアル結成、从展創立に参加
三上正寿(1915-1984年09月06日)師荒木十畝・田中以知庵、現代水墨派協会理事長、版画も手がけた
三河義太郎(1917-1991年09月19日)東美卒、師川崎小虎、日本美術院院友
三木恒山(1811-1891年04月17日)師岸駒、岸派
三木彩光(1900-1936年02月09日)京絵卒、師菊池契月
三木春暉(1852-不明)師父三木恒山、岸派
三木松嶺(1854-1922)師父三木恒山、岸派
三木翠山(1887-1957年03月25日)師竹内栖鳳、帝展・新文展出品
御塩春章(1825-不明)師渡辺清・松吉樵渓
三島右畊(1929?-2008年07月07日)日本自由画壇副理事長
三島蕉窓(1856-1928年01月)師菊池容斎、晩年は南画を手がけた
水落東舟(1932-2004年11月24日)師露舟、雅舟社主宰
水口温清堂(1833-1909)師前村洞泉、狩野派
水越松南(1888-1985年03月04日)京都絵画専卒、師谷口香きょう
水沢南芳(1860-1914年02月)師滝和亭
水島爾保布(1884-1958年12月30日)東美卒、漫画家・小説家・随筆家としても活躍
水嶋春水(1869-1894)師幸野梅嶺
水島竹翠(1899-1986)田川美術協会の日本画部門の基礎を築いた
水島裕(1917-1982年05月23日)師川端龍子、名裕、青龍社社人を経て東方美術協会創立会員
水田慶泉(1914-1997)京美卒、師父水田竹圃・堂本印象、日展会友、特選
水田硯山(1902-1988年09月07日)師兄水田竹圃、帝展特選、大東南宗院結成に参加、日本南画院顧問
水田黄牛(1897-1968年11月19日)師水越松南、日本南画院の創立に理事として参加、兄は水田竹圃、弟は水田硯山・要樹平
水田舜人(1917-1986年05月04日)東美卒、師郷倉千靱、元日本美術院特待
水田竹圃(1883-1958年07月11日)師姫島竹外、帝展審、日本南画院の設立に参加
水谷愛子(1924-2005年03月22日)女子美卒、師青邨・清之、日本美術院同人、山中雪人は夫
水谷勇夫(1922-2005年06月05日)現代美術家、日本画の素材を用いて独自の技法で描いた
水谷浩象(1904-1993年04月7日)師島崎柳塢・蔦谷龍岬、国画創作協会出品
水谷棲谷(不明-不明)師前田暢堂・山田訥斎、毛利梅友の伯父
水谷春夫(1910-1998年04月03日)東美卒、新日展出品、元日本画院同人
水谷芳年(1879-1928年08月07日)師中島有年・石河有りん、名勝挙、字平卿、通称千代吉
水谷揚生(1905-不明)師朝見香城
水溜米室(1817-1882)師岡村鳳水・鳳僊・横山清暉
水野桜山(1936?-1997年10月)師高須芝山、近代日本水墨画院理事長
水野花陰(1850-1887)師椿椿山・渡辺小崋・滝和亭
水野巨海(不明-不明)椿山と交わり、沈南蘋風をよくした
水野松巌(不明-不明)徳川藩士、別名原島松巌
水野深草(1903-1995)京都絵画専卒、師西山翠嶂、日展会友
水野畊雨(1862-1913)独修、花園町眞宗浄円寺の元住職、僧名了忍
水野静子(不明-1995年09月07日)新興美術院会員
水野清亭(1893-1920年06月22日)京都絵画専卒、師奥村石蘭・福井江亭、名清
水野疎梅(1864-1921年10月06日)独修
水野年方(1866-1908年04月07日)師月岡芳年・渡辺省亭、日本画会・日本美術院の創立に参加
水野南渓(1886-1968年01月29日)師山田松渓・鈴木松年、名徳豊、別号松年館
水野梅崖(1849-1921年04月23日)師渡辺小華、名轉、通称源市、別号葦昌・茅春・乕信・桜湖・永照堂斎
水野文華(1870-1917)師藤井松林、別号松嶺
水野陽翠(1897-1985年06月24日)師川合玉堂、日展会友、戊辰会同人
水野柳人(1896-1963)独修
水野龍年(1911-1985年10月)師父水野南渓、名茂豊
溝口月耕(1820-1893年10月18日)師張晋斎、名延蔵、通称謙蔵
溝口萬年(不明-1879)師大原東野
溝部孖山(不明-不明)南画
三田桂雲(1937?-1999年12月03日)日本文人画府常任理事
御田勝平(1938?-2008年10月15日)師上條静光、新興美術院常任理事
三谷有信(1842-1928年02月05日)師狩野勝川院
三谷一馬(1912-2005年06月15日)江戸風俗画家
三谷勝沢有信(1842-1928)三谷勝波方信の長男
三谷石門(1842-1894)師貫名海屋
三谷十糸子(1904-1992年02月11日)日本芸術院賞、女子美卒、師西山翠嶂、日展参事、元女子美術大学学長、三谷青子の母
三谷真澄(1851-1928)三谷友林の長男
三谷真澄澹園(1851-1928)久留米藩絵師三谷本家八代、三谷友林主郷の長男
三谷三雄義信(1834-1880)三谷勝浦の三男、師狩野永真
満井寒泉(1894-不明)独修
三井飯山(1881-1934)師田能村直入、日本南画院の設立に参加
三石紅樹(1901-1969年06月25日)師堅山南風、日本美術院特待
光浦霽月(不明-1995年11月26日)京都文人連盟運営委員
三岡明(1901-1942年05月13日)師寺松国太郎、国画創作協会出品、新樹社結成に参加
三澤鼓舟(不明-不明)南画
光島呉城(1891-不明)師速水岳陽・早川世外・小林呉橋、名律治、別号麗江・煙外・老蛙堂
満田天民(1905-1985年12月15日)師永田春水、元展美術協会会長
三橋節子01(1939-1975年02月24日)京都市立美大卒、新制作展・創画展出品、夫は鈴木靖将
三松松琴(不明-不明)三松青洲の長女
三松青洲(1833-1907年11月24日)師広瀬淡窓
三宗智惠子(1936-2007)日展会友、青塔社
三森山静(1864-1920年02月16日)師平福穂庵、画風は穂庵に近似している、本名・清治
三矢琴泉(1873-1946)師秦金石、名栄三郎、別号登彬
三矢半亨(1873-不明)独修、名栄三郎
光安椎仙(1880-不明)師竹内栖鳳
水戸童(1937-2016年04月03日)師伊東深水、日展会員・元評議員、審査3、特選2
三苫英之(1803-1876)三苫家三代、代々博多山笠絵を描いた
三苫顧一(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
三苫祖山(1866-1943)南画
水上香雪(不明-1877)江戸後期から明治時代の画家、水上源淵(蘭堂)の娘
水上泰生(1877-1951年02月21日)東美卒、師寺崎広業、元帝展委員
皆川東僊(1877-不明)小室怡々斎・久保田米僊に師事
皆川晩霞(1892-不明)田崎草雲に学ぶ、名麓
湊青古(1875-1945)四条派
源喜邦(1806-1885)師狩野信広
三根墨荘(不明-不明)師川田墨鳳
峯岸魏山人(1900-1985年03月27日)国画院創立・会長、墨の国展運営委員、二紀会名誉会員
峰村香圃(1859-1909年08月14日)師滝和亭・福島柳圃
峯村北山(1899-1962)師高島北海・小室翠雲、日本南画院展等出品
三野光治(1928-2009年08月03日)立鼎社水墨画協会監事
蓑虫山人(1836-1900年02月20日)通称源吾、師は不詳だが渡辺崋山の画風を慕い、一説には長崎の鉄翁に学んだともいわれる
三原慧高(1852?-1896年01月14日)師淵野桂僊・村田香谷・鈴木百年
三原玄海(1856-1948)南画
御船綱手(1876-1941年08月29日)東美卒、師木村応春・川端玉章・橋本雅邦
御船半山(不明-1897)師梶山九江・佐々布篁石
美馬君田(1812-1874年07月27日)幕末の志士、師美馬太玄
美馬晴伯(不明-1966)南画
三村雪嶺(不明-不明)師加来孤山
三村竹山(不明-1904)師神田耕雲、藤堂侯に仕えた
宮城晴洲(1821-1886)師高松圭☆、☆は「燐」の「火」を「王」に
宮城石鹿(1882-不明)師西山翠嶂
三宅英斎(1810-1878)師玉手棠洲
三宅凰白(1893-1957年02月26日)京美卒、師山元春挙、旧号呉月
三宅呉暁(1864-1919年08月26日)師幸野楳嶺・森川曽文、絵画共進会・文展褒状
三宅聴雪(不明-不明)南画
三宅竹隠(1862-1903年10月)師田能村直入、南宗画学校校長
三宅友信(1807-1886年08月08日)江戸後期の蘭学者
三宅拈華(不明-1927)渡辺小華の門人、初号蘭台
三宅秀雄(1916-2004年01月11日)東美卒、師児玉希望、日展会友
三宅舞村(1833-1907)師広瀬淡窓・貫名菘翁
宮坂一義(1912-不明)師葩生、元白士会顧問
宮坂勝春(不明-不明)代々の菓子商
宮崎碩山(1853?-1924年10月26日)師後藤碩田
宮崎武夫(不明-1980)東美卒、師結城素明、新興美術院会員
宮崎照雄01(不明-不明)昭和頃に活動
宮崎東里(1900-1962年11月17日)師堅山南風、日本美術院院友
宮崎佛南(不明-不明)師森下青谷
宮崎亮吉(1916-1996)日展(京都)会友、師池田遙邨


宮沢子昇(不明-不明)宮沢勇之助の子
宮澤節子(不明-2010年04月17日)日本画府理事
宮沢鉄夫(1898-1966年12月19日)東美卒、師結城素明、日本画院同人
宮沢勇之助(不明-不明)宮沢鶴斎の子
宮地延(1918-不明)師渥美芙峰
宮下文蟻(1819-1881年11月28日)四条派、伊地知希賢の子
宮杉伝八郎(1818-1892)幕末から明治期の官吏、名直親、号槐庵
宮瀬泉城(1901-1984年01月07日)師関雪、別号艸雨、帝展などに出品
宮田司山(1889-1971)師菊池芳文・荒木十畝、日本画会会員
宮田慈泉(1904?-1986年08月)山水を得意とした
宮田洞雪(1828-1897)師狩野洞春、狩野派
宮田友川斎(1860-不明)師弘瀬洞意、絵金派
宮岳春山(1869-1918年01月28日)平野五岳に私淑
宮地逸斎(1847-1918)師名草逸峰
宮戸松斎(1857-1906年10月29日)独修、名宗太郎、別号月華
宮橋慥軒(1854-1886)土井ゴウ牙の三男
宮原勝伯(1859-不明)久留米高等女学校の図画教師をつとめた
宮原水雲(不明-不明)明治初年頃、浜松県課長を務めていた
宮原明良(1904-1968年07月09日)師松林桂月、帝展等出品、水墨抽象画
宮原柳僊(1899-1984年08月05日)師小室翠雲・岸浪柳溪、国宝仏画の復元に尽力した
宮路柳霞(1853-不明)師稲田文笠・渡辺小華、名東一、別号柳霞堂、表具屋・柳霞堂店主
宮本寄傲(不明-1925)師岸岱
宮本骨清(1814?-1894年05月08日)田能村竹田・森狙仙に私淑
宮本青架(1913-1979)師安田靫彦、日本美術院特待
宮本八松(1828-1896)俳画と得意とした
宮本龍嶺(1819-不明)師岸岱
宮良安宣(1862-1931)最後の八重山蔵元絵師
三好雲仙(1812-1895年04月12日)師古市金峨
三好応岸(1832-1909)師三好応山・大西雪溪
三好清篤(不明-不明)三好観斎監物清房の子
三好賢古(1839-1919年05月18日)師守住貫魚・住吉広賢、住吉派
三好鉄香(1836-1885)師続木君樵
三吉富久(1914-1940)師北野恒富、美人画
三好藍石(1838-1923年10月20日)師児島竹処・山田梅村・鉄翁祖門
三輪可墨(1830-1901年03月25日)師山本鉄山・山本梅逸・小島老鉄、通称喜兵衛
三輪清江(1908-不明)師矢沢弦月・望月春江
三輪青谷(不明-不明)師鷲見春岳、名福松
三輪千稲(1896-不明)師森村冝稲
三輪高英(1904-1995年03月13日)師中島華鳳・堂本印象、平安桜楓会代表、元新興美術院理事
三輪晁勢(1901-1983年09月07日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、京都絵画専卒、師堂本印象、日展顧問
三輪敏夫(1906-2000年11月19日)東美卒、師中村岳陵、日展会友、日本山林美術協会会員
三輪蟠龍(1803-1879)儒者・医者、菅楯彦の祖父
三輪良平(1929-2011年04月20日)京美卒、師山口華楊、日展参与、京美
武井泰道(1932-2018年09月03日)日本墨相展名誉代表、墨相画心統一筆法創元
向井久万(1908-1987年01月20日)師西山翠嶂、青甲社、創造美術の創立に参加、創画会創立会員
向井舟皐(1820?-1892)師上杉墨水・宮内梧皐
武笠玉秋(1893-1968)独学で学ぶ、伝統美術会所属
向原常美(1943-2016年11月01日)日本表現派同人・委員、玄の会主宰、虹色空間主宰
武者篁斎(1824-1885年03月26日)師岸駒
牟田秀月(不明-不明)四条派
武藤彰(1913-2006)京絵卒、文展・日展出品
武藤嘉門(1910-1995)師伊東深水、前号佐太郎
武藤孤舟(1911-2010年03月15日)師橋本静水、雪舟国際美術協会名誉顧問、別号不二庵
武藤重次(不明-1986年05月18日)日本画府評議員
棟方月海(1836-1904)悠々自適に書画に親しんだ弘前藩士
無門(不明-不明)仙台年中行事「流木図」を描いている
村閑歩(1904-1988)東美卒、師中島秋圃、富山の日本画振興に貢献
村井竹山(不明-1980年12月31日)日本画府常務理事
村井芳流(1880-1953)東美卒、藤島静村に師事
村岡応東(1873-1946年05月16日)師松本楓湖、緑巽会・巽画会、文展・帝展等出品
村岡萠芽(1883?-1962年06月04日)日本画府委員、師春挙
村形雲涛(1855-1924)師小松雲涯
村上愛岳(1838-不明)師安井安山
村上委山(1867-1936年10月15日)師滝和亭、日本美術協会展等で受賞、別号香露山房・白蓬画房
村上華雲(1862-不明)師日比野白圭・奥村石蘭・鈴木松年、通称敬一
村上華岳(1888-1939年11月11日)京都絵画専卒、師竹内栖鳳、国画創作協会創立会員、帝展無鑑査
村上臥牛(1904-1993)名は勝
村上華谷(1867-1927年10月29日)師大河戸晩翠、名啓八、字松寿、別号安楽堂主人
村上我石(1844?-1914年07月22日)晩年中津に来て画をよくした
村上菊田(1811-1881)広島藩士、師小倉武駿
村上漁邨(1830?-1900)師畑尾茶庵
村上香峯(不明-2009)新興美術院会員
村上姑南(1818-1890年06月21日)師広瀬淡窓、南画
村上志郎(1900-1949年11月23日)師小野竹喬・土田麦僊、国画創作協会出品
村上精僊(1857-不明)師堀江友節
村上石雲(1869-1930)津和野町妙壽寺住職
村上爽峰(1915-1996年11月25日)日本国際美術家協会会員
村上太魯(1907-1996年07月14日)創作画人協会の結成に参加・名誉理事、日本表現派創立会員
村上千鶴子(1933-2003年11月28日)師祖父玉泉、正筆会準同人
村上鏑邨(1822-1893)師中西耕石、勤王画家とも呼ばれる
村上天心(1877-1953年10月22日)飯淵櫟堂に学び後に独修、杵築に移る
村上田長(1838-1906年02月21日)中津藩典医
村上南嶺(1836-1916)師浜口南涯
村上瓢園(不明-不明)師堤紫僊
村上鳳湖(1879-1955)師松本楓湖・川合玉堂
村上望山(1870-1939)名望子、留守家家臣・佐藤竜三郎の長女
村上凌雪(1908-2003)師山本柳雪、日本南画院同人
村雲大樸子(1893-1957年07月27日)師川合玉堂、帝展出品、日本美術会の創立に参加
村越都規(1933?-2000年08月13日)無所属
村下美芳(1915-1975)新興美術院会員
村嶋酉一(1897-1972)東美卒、師結城素明
村瀬義徳(1877-不明)東美卒、師寺崎広業、名義徳
村瀬玉田(1852-1917年10月12日)師養父双石・横山清暉、日本美術協会審、別号・彩雲亭
村瀬魚親(1824-不明)徳島藩御用絵師、師守住貫魚、住吉派
村瀬秋水(1794-1876年07月30日)江戸後期から明治期の画家、師中林竹洞・張月樵・野呂介石・鉄翁、名徽、通称平三郎、字世猷、別号韓江・秋翁
村瀬青涯(1890-不明)師平井直水、名慶輝
村瀬雪峡(1830-1879)師村瀬秋水、秋水の長男、画を秋水に詩文を伯父村瀬籐城・佐藤一斎に学ぶ、名東作
村瀬双石(1822-1877)幕末から明治初期の日本画家、四条派、名魚、号彩雲
村瀬雙石(1822-1877)四条派、名魚、号彩雲
村瀬太乙(1803-1881年07月03日)画家・儒者、師頼山陽、名黎、通称泰一、字太乙、別号太乙散人
村瀬長晃(不明-不明)師橋本関雪・前田青邨
村瀬藍水(1861-1892)師村瀬秋水・村瀬雪峡
村田応成(1816-1877)師円山応震
村田香谷(1831-1912年10月08日)師日高鉄翁・貫名海屋、父は村田東圃、名叔、別号蘭雪・適園、日本美術会の結成に参加
村田茂樹(1946-2018年07月01日)無所属、山種展等出品
村田寂順(1838-1905)僧侶
村田秋江(1836-1890)師村田東圃
村田小圃(不明-1921年10月03日)師稲田文笠・渡辺小華、本名周作
村田猛(1918-1999年02月)日本美術院特待
邨田丹陵(1872-1940年01月27日)師川辺御楯、日本美術院創設に特別賛助員として参加
村田泥牛(1906-1980年03月31日)師小林古径、日本美術院特待
村田東谷(1884-不明)師川端玉章、村田香谷の子
村田白峰(1837-1918年09月28日)師清水麓松
村田文欣(不明-不明)師田辺文琦
村田瑞枝(1914-2001年10月21日)師小林古径、日本美術院特待
村田行弘(1935-2005年12月24日)師無憂樹、大阪美術協会常任委員
村田美実(不明-1880)津和野藩士、師佐藤一斎
村永定観(1919-1992年01月25日)東美卒、新制作協会展等出品
村野深秋(1902-1968年02月25日)師伊東深水
村松乙彦(1912-1983年10月13日)師中村不折・児玉希望・矢崎弦月、日展評議員
村松小洲(不明-不明)渡辺小華の門人、初号小邨、村松白華の子
村松白華(1821-1897)福田半香の門人
村松秀太郎(1935-2018年11月21日)師吉岡堅二、元創画会会員
村山徑(1917-1987年01月23日)日本芸術院賞恩賜賞、師児玉希望、日展理事、総理大臣賞
村山紅果(1902-1984)師小堀鞆音
村山翠屋(不明-1900)山本梅逸門
村山水光(1920?-2003年02月17日)無所属
室井東志生(1935-2012年10月05日)師山口蓬春・橋本明治、日展理事、総理大臣賞、会員賞、特選2
室田湖山(1841-1889)師古市金峨・田能村直入
室田秀太郎(1909-1981年08月27日)京都絵画専修、日展会友、華楊塾晨鳥社役員
目賀田介庵(1813-1880年04月27日)南画家、師谷文晁、号介翁・文村
目黒巣雨(1910-2009年09月20日)師内山雨海、アート未来常任理事
毛利秋晃(1898-1949)京絵卒、師春挙
毛利錠佐久(1905-不明)師井川洗崖・門井掬水
毛利武彦(1920-2010年04月13日)東美卒、師山本丘人、創画会会員、武蔵美大名誉教授
毛利精(1837-1874年07月25日)毛利空桑の二男
毛利梅友(1885-不明)師水谷棲谷・田能村直入、名卓、字士熙、別号半窓・竹影草堂主人
茂木翠堂(1888-1972年09月27日)師田中頼璋、信濃美芸倶楽部の結成に参加
持田卓二(1906-1995)美校卒、師渓仙、別号卓人


持田卓人(1906-1995)京都絵画専卒、師冨田渓仙
望月雲荘(1832-1896)椿椿山に学ぶ、名俊
望月玉渓(1874-1938)師父望月玉泉、日本美術協会会員、日本美術会会員
望月玉泉(1834-1913年09月16日)帝室技芸員、師父望月玉川、内国勧業博覧会等で活躍
望月金鳳(1846-1915年07月18日)師森一鳳・完瑛、文展審、狸の絵を得意とした、初号小蟹
望月玄汪(1959-2015年11月01日)日本美術展院友、鎌倉勧画館仏画研究部門主任
望月硯斎(1843-1911)師父望月章斎
望月定夫(1913-1994年04月08日)東美卒、師中村岳陵、日展評議員
望月春江(1893-1979年02月13日)日本芸術院賞、師結城素明、日展参与、日本画院創立に参加、元日本美術家連盟理事長
望月青鳳(1886-不明)師養父望月金鳳・竹内栖鳳・山元春挙、東京勧業博覧会褒状等
檍松塢(1838-不明)師尾形洞霄
物集高世(1817-1883年01月02日)歌人・国学者、山水画をよくした
本居豊頴(1834-1913)紀州の国学者
本方秀麟(1881-1932年09月23日)師垣内雲麟
本沢竹雲(1836-1907)儒学者
本島翠苑(1907-不明)師野元琴堂
元野柳園(不明-1933年06月26日)美人画をよくした
元野木平僊(不明-不明)師斎藤秋圃
本広礼(1904?-1937)師首藤雨郊
本山紫山(不明-不明)南画
茂庭竹泉(1833-1922)師東東莱・貫名海屋・鉄翁祖門
桃沢茂春(1873-1906年08月29日)東美卒、岡麓・香取秀真らと短歌誌「国華」を出版
桃沢如水(1873-1906年08月29日)東美卒、師橋本雅邦、正岡子規の根岸短歌会に参加し歌作にも打ち込んだ
桃野夢子(1935-2015年11月08日)無所属
森朱美(不明-1997年03月23日)和歌山県美術家協会会員
森寛斎(1814-1894年06月02日)帝室技芸員、森徹山に学び養子となる、円山派の重鎮として活躍、別号桃渓・晩山
森閑山(1844-不明)師森一鳳
森関山(1844-不明)師森一鳳
森杏溪(不明-不明)師高橋杏村
森魚海(1876-1928年11月51日)師森魚渕、住吉派
森琴岳(1863-不明)師村田筆岳、四条派
森琴石(1843-1921年02月24日)帝室技芸員、師鼎金城・忍頂寺静村、文展審、南宗画会顧問
森月城(1888-1961年11月21日)師竹内栖鳳、文展・帝展出品、兵庫の日本画振興に貢献
森公挙(1903-1979年01月02日)師山元春挙、森寛斎の孫
森紅凝(1897-1983年07月07日)東美卒、師結城素明、国画創作協会・院展出品後画壇を離れる
森広陵(1874-不明)師森霞巌・寺崎広業
森沙鴎(1874?-1932年02月28日)師十市王洋
森三樹(不明-不明)名昭治、山水が得意
森茂雄(不明-1940)東美卒
森二鳳(1818-1891年01月12日)森一鳳の養子
森秋江(不明-1894年11月27日)森家の一族丸三森家の人
森守明(1892-1951年07月11日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、青甲社、帝展無鑑査、堂本印象は義弟
森春岳(不明-1917)師岸連山
森松塢(不明-不明)師広瀬林外
森青軒(1849-不明)森菱許の子
森静古(1821-1888)森秋艇の第三子
森対石(1848-1919年09月16日)師赤松藍洲・真田円山・木村耕巌
森泰石(1870-1940)師鈴木松年・大橋翠石、名豊次郎、字子秀、別号仙鏡・萬翠園
森為泰(1811-1875)師千家尊福・中村守臣
森直樹(1847-1908)高松藩画師、森良敬の子
森魚渕(1830-1909年10月23日)師守住貫魚、住吉派
森梅逕(1902-1984年08月09日)師水田竹圃、日本南画院常任理事、東洋南画院を創設
森白甫(1898-1980年05月27日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、師荒木十畝、元多摩美術大学教授
森半逸(1848-1940)師村瀬秋水・前田暢堂、名喜兵衛、字子静、別号六々斎、森泰石の従兄弟
森半景(1858-1938)師森泰石・田能村直入・山本梅荘、通称嘉禄、字子脩、別号半逕・半渓・無墨斎
守墨叟(不明-不明)師川田墨鳳
森昌義(不明-不明)森カイ谷の父
森有一(1897-1984年10月30日)師武者小路実篤
森雄山(不明-1917年05月)祖父森寛斎に師事し後に養子となる、後素協会の発足に委員を務める
森養齋(1859?-1928)狩野派、師堀端晴野
森養淳(不明-不明)師狩野晴川院養信・馬場伊歳
森良敬(1809-1880)師土佐光文、森東溟の子
森緑翠(1917-1999年03月10日)師中村岳陵、白士会創立会員
森六々斎(1848-1940)師村瀬秋水・前田半田
森六峰(1879-1946年02月14日)師河合栗邨・田能村直入
森合木仙(1871-1921)福島絵画研究会を結成
森岡顕道(1852-1886)師山口五水
森上青水(1906-1998)師五井金水
森川菊畝(1880-不明)師荒木十畝、日本美術協会・日本画会で受賞
森川曽文(1847-1902年12月27日)師前川五嶺・長谷川玉峰、四条派五嶺門、日本美術協会委員
森崎春潮(1849-1897)徳島藩船絵師、師守住貫魚、住吉派
森崎桃春(1814-1887年09月05日)徳島藩船絵師、師守住貫魚、父森崎春旦、住吉派
森崎伯霊(1897-1992年12月02日)日本美術院特待
森作湖仙(1876-不明)松本楓湖の門人、歴史画・人物画をよくした
森下省己堂(不明-不明)南画
森下青谷(不明-不明)川村雨谷の門人、名佐七
森島松坡(1869?-1901)細谷立斎の子
守住貫魚(1809-1892年02月26日)徳島藩御用絵師、帝室技芸員、師住吉弘貫、徳島藩絵師
守住周魚(1859-1925年09月03日)師守住貫魚、貫魚の六女
守田☆川(1884-1928)師堤紫僊、☆は「酉」+「音」
守田亦可(不明-不明)南画
森田玉仙(1923-1993年09月)師玉置頼石、日本動物画協会理事長
守田桂窓(1823-1894)師中西耕石
森田曠平(1916-1994年12月29日)師安田靫彦、日本美術院同人・評議員、歴史人物画を得意とした
森田沙伊(1898-1993年10月12日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、東美卒、師結城素明、別号沙夷、日展顧問
森田秋香(1867-不明)本名は伸恵
森田青起(1914?-1986年11月23日)現代水墨画協会監事、百墨会会長
守田石香(不明-不明)紙商屋
守田洞山(1869-1900)師中西耕石・吉嗣拝山・平野五岳
森田秀治(1910-不明)日展会友
森田揚甫(1869-1955年02月09日)師石河有りん・素雲、名定
森田緑雲(1853-1913年08月25日)師渡辺小華、名光文、京都青年共進会一等賞
森谷南人子(1889-1981年03月11日)京都絵画専修、師竹内栖鳳、国画創作協会出品、新樹社の結成に参加
森戸果香(1898-1993年12月24日)師小堀鞆音、匠日展・帝展等出品
森戸國次(1904-1991年08月16日)師山口蓬春
森永雲溪(1914-不明)師中村梅庭
森村宜稲(1871-1938年10月04日)師奥村石蘭・木村金秋、日本美術協会審査員
森村采園(1801-1873年03月28日)江戸後期から明治期の画家、岡田閑林に学ぶ、名嘉教、通称米治
森村紫峰(1888-1956年02月)師酒井道一・森村冝稲、名田鶴子、別号峯光、森村冝稲の妻
森村宜永(1906-1988年05月04日)東美卒、師松岡映丘、名冝永、通称行雄、別号稲門、森村冝稲の子、日本画院顧問
森村冝稲(1871-1938年10月04日)師木村雲渓・日比野白圭・木村金秋、通称悌二、別号雲峰、森村冝民の子
森本亀川(不明-不明)南画
森本紫雪(1935-2014年09月22日)遙玄水墨画協会会長
森本秋涯(不明-不明)師奥村石南・小島老鉄
森本遙(1923-2004年05月21日)遙玄水墨画協会会長、師矢野鉄山、元全日本水墨画協会創立会員
森本有泉(1917-1988年04月11日)師中村貞以、日本美術院特待
守屋多々志(1912-2003年12月22日)文化勲章、文化功労者、師前田青邨、日本美術院同人・評議員、元愛知県立芸術大学教授
守屋未息(1896-1970)師沼夜涛
森安石象(1879-1952年12月)師谷口香きょう、歴史画
森安濤石(不明-不明)南画
森山香浦(1883-不明)美校卒
森山其声(不明-不明)師堀江友声
森山壽静(不明-不明)師堀江友声
守山湘☆(1818-1901)師鉄翁祖門、☆は「馬」+「風」
森山精玉(不明-不明)師堀江友声
森山麦笑(1901-1946)師橋本永邦・橋本静水、日本美術院を退会して新興美術院の創立に参加
諸葛信澄(1849-1880)諸葛力斎の子
諸永青晁(1906-1971年04月26日)京都絵画専修、師堂本印象、新美術協会結成に参加
諸藤春山(1890-不明)師平井楳仙・猪飼嘯谷
諸藤英世(1919-1999年01月12日)師嘯谷・堂本印象、新興美術院顧問
諸星成章(1870-1943)師川端玉章、明治絵画会の結成に参加、日本画会幹事、川端画学校教授

【や行】

矢内楳秀(1841-1896年08月30日)師船津呉江
八百谷冷泉(1887-1959年06月01日)師山元春挙
八木王乕(1890-1924年08月16日)師川端玉章・山田敬中、名博、初号栄章、別号敬谷
八木奇峰(1806-1876年09月28日)江戸後期から明治期の画家、名致泰、字子謙、師景文
八木正風(1907-1987年10月08日)師結城素明、加藤栄三や山田伸吾らと六条社を結成
八木仲尾(1919?-1988年02月01日)創彩会会員
八木岡春山(1879-1941年08月27日)師下條桂谷、文展出品、日本美術協会理事
八坂鉄焦(1824?-1893年09月11日)師安達復古・物集高世
矢崎千代治(1872-不明)東美卒、師大野幸彦
矢沢弦月(1886-1952年01月26日)東美卒、師寺崎広業、日展運営会参事、日本画院同人
矢沢光子(1928?-2015年11月19日)元新興美術参与
谷島関水(不明-1889)江戸後期から明治期の画家、菊池江外の門人、山水が得意
矢島董文(1830-1881)師吉成葭亭、四条派
矢代尭昇(1886-不明)師水谷芳年・渡辺公観
安井錦石(不明-不明)南画
安井方外(1869-不明)南画を独修
安井無外(不明-不明)南画
安岡墨葉(不明-不明)師川田墨鳳
安川仙崖(1898-1986年02月24日)師小室翠雲、日本南画院院友
安喜鶴一(1934?-1987年03月23日)日本南画院理事
安嶋雨晶(1907-1973年08月10日)師中村岳陵、日展、牧人社同人
安田栄作(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
安田鴨波(1863-1929)師田能村直入、漢籍詩文に造詣が深く、直入七哲の一人
安田虚心(1923-2009年09月14日)師父安田栗郷・硯山・凌雲・皐白、元日本南画院理事
安田紅風(1847-1872)師梁川紅蘭
安田獅皐(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
安田酔竹(1890-1972)師山田介堂
保田素堂(1882-不明)師中川蘆月・竹内栖鳳・橋本雅邦・寺崎広業
安田台岳(1890-1972)師山田介堂
安田外喜子(1925-2011年02月18日)師郷倉千靱・小倉遊亀、日本美術院特待
安田半圃(1889-1947年09月08日)師水田竹圃、日展無鑑査、日本南画院同人
安田米斎(1848-1888年09月08日)師柳圃・鵞湖、兼詩書
安田墨軒(不明-不明)師川田墨鳳
安田守世(李仲)(1830-1908)高鍋藩御用絵師安田家八代、師狩野守玉探龍
安田靫彦(1884-1978年04月29日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、帝室技芸員、師天心・小堀鞆音、日本美術院同人
安田栗郷(1892-1972年08月22日)師父安田鴨波、雲炯社結成、日本南宗画会
安田老山(1830-1883年08月24日)師日高鉄翁・胡公寿、別号万里翁、中国遊学
安武圭沖(不明-不明)師都路華香
安武聖果(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
安谷大仙(不明-1980)新興美術院会員
安富笠山(1808-1882)師矢野括山
安福玉峯(1880-1939)師川合玉堂
保間素堂(1882-1960年10月05日)師竹内栖鳳・橋本雅邦・寺崎広業、文展褒状
安村行雲(不明-1918)東美卒
安元ヒサ(1909-不明)師加藤丹丘
安山松蔵(不明-不明)日展出品、京都で活動
八十島楳三郎(1864-1942年06月08日)師垣内雲☆・清水麓松
八十島叉橋(1832-1916年05月)師福田渭水・梁川星巌
矢田作十路(1938?-2018年05月30日)元日本南画院参与、京都日本画家協会会員
屋田得三(1907-1932年10月31日)京都絵画専で学ぶ
柳井九嶷(不明-1890年12月13日)師帆足杏雨
柳井津誠人(1894-1934)師大楽桃白・小室翠雲
矢中敬堂(1922?-2000年01月27日)無所属
梁川紅蘭(1804-1879年03月29日)女流漢詩人、梁川星嚴の妻、師中林竹洞、号張紅蘭
柳光観(1912-1992年07月)京都熊野美術学校に学んだ
柳春堤(1907-1988年01月12日)日本書画院理事、日本文人画院主宰
柳道成(1912-1990年08月30日)日本画府副理事長、元青龍社
柳坂塘雨(1837-1898)師村田東圃
柳沢真一(1895-1987年09月19日)東美卒、師松岡映丘・結城素明、帝展出品、全信州美術展の創設に尽力
柳澤翠月(1904-1984年02月11日)師雲范、日本南画院の創立者の一人
柳沢文真(1832-1915年12月15日)師父柳沢文淑・谷文晁、内国勧業共進会褒状
柳下晴屋(1908-2000年10月11日)日本美術院院友
柳田樵谷(1849-不明)師奥村石蘭
柳田龍雪(1833-1882)師狩野晴川院養信・馬場伊歳
柳沼玄泉(1883-1940年05月04日)師白井永川・森田緑雲、別号陽谷
柳本素石(1868-1918年11月07日)師父柳本洞素・国分文友、土佐美術協会創立に参加、土陽美術会高知支部幹事
柳本洞素(1830-1894)師弘瀬洞意・狩野洞白、狩野派
梁瀬善城(1913-不明)師梶原緋佐子
簗瀬梅畝(1884-1920年02月03日)師沢梅谷・山本梅荘、名祐
簗取蕉園(1904-1976)師勝田蕉琴・野出蕉雨・五十嵐豊岳
矢野一貞(1794-1879年08月20日)独学、著書に「筑後将士軍談」等
矢野鶴江(1844-1908年11月29日)師帆足杏雨
矢野寛古(不明-不明)師吉成葭亭、四条派
矢野誼軒(不明-不明)岡本雲晴の師
矢野橋村(1890-1965年04月17日)日本芸術院賞、師永松春洋、日展評議員、日本南画院の設立に参加・会長、別号知道人
矢野圭洲(1838-1915)師上田公圭
矢野五洲(1846-不明)師日高鉄翁・清人王琴仙
矢野五州(1835?-1895)南画
矢野翠堂(1897-1973)師父矢野翠鳳・川合玉堂
矢野翠鳳(1870-1944)師松浦巌暉・竹内栖鳳
矢野鰈江(1825-1884年07月03日)医師、画をよくした
矢野鉄山(1894-1975年03月31日)大美卒、師小室翠雲、日展会員、日本水墨画協会を創立
矢野南溪(1875-1957)師久保田天南
矢野梅村(不明-不明)明治頃に詩画をよくした
矢野豹隠(1820-1893年06月04日)商家
矢野楓江(1868?-1930年03月05日)師橋本雅邦
矢野御堂(1900-不明)師石田耕古
矢野友山(不明-不明)師田能村直入・竹下愚渓
矢野良貞(1836-1875)矢野派、師矢野良敬
養父清直(1905-1965年05月20日)師吉村忠夫、日本画院展受賞、新興美術院理事
矢吹璋雲(1852-1927年09月21日)師三好雲仙・奥村石蘭・川端玉章、通称熊次、別号紫竹園・雲岳
薮本莱山(1865-不明)師奥村石蘭、名健次郎
矢部亀岳(1855-不明)師田中亀水
矢部楳斎(1880-1963)師井後楳雪、楳雪の子
矢部楳山(1849-1911年12月25日)師関石城・岸連山
山内幾太郎(不明-1922)師沙門鉄翁・続木君樵・田能村直入
山内曲川(1817-1903)俳画を得意とした
山内鼓松(不明-不明)師杉原鼓澤
山内篤処(1835-1885)師正墻適処
山内栖雲(1895-1977?)師山内多門
山内石泉(1845-不明)師村瀬秋水
山内大鳳(1906-不明)師竹内栖鳳・尾竹国観
山内多門(1878-1932年05月30日)師橋本雅邦・川合玉堂、帝展委員
山内半畝(1890-1950年04月08日)師中川南巌・山本梅荘・池田桂仙、名専一
山内弥一郎(1885-1954)道展の創設に参加、札幌女子画学院を創設、北海道日本画協会を結成
山内陽峯(1918?-2004年08月)水墨画家、南画家同友会同人
山尾石耕(不明-不明)明治年間に活動、神社の絵馬を多く描いた
山岡米華(1868-1914年05月19日)師名草逸峰・川村雨谷・佐竹永邨、日本南宗画会結成に参加、文展審査員、土陽美術会設立に参画
山岡万之助(1876-1968年07月30日)日本画府理事
山岡良文(1911-1970年11月17日)師石崎光瑤・川端龍子、歴程美術協会を結成・再興
山蔭竹門(不明-不明)旧府内光西寺の塔頭興隆寺の寺主
山形皆空(1868-不明)渡辺小華・沼田荷舟に師事、別号風軒・奇峰軒など
山形岳泉(1852-1923)師平尾魯仙
山縣清房(1908?-1999年01月06日)日本画府理事
山県二承(1811-1879 )師山田雪塘・岸駒、通称虎蔵・書画介、別号竜耳庵
山川永雅(1878-1947)師小堀鞆音、連合絵画共進会等出品、帝展無鑑査
山川秀峰(1898-1944年12月29日)師鏑木清方・池上秀畝、文展無鑑査
山川雪鴻(1845-1924)師高橋杏村
山川法挙(不明-不明)師奥村恭法、西本願寺名古屋別院の僧侶
山岸純(1930-2000年12月17日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、師徳岡神泉、日展常務理事、京都市立芸術大学名誉教授
山岸俊治(1920-2006)創画会会員
山岸素雪(不明-不明)師堤紫僊
山口華楊(1899-1984年03月16日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、京都絵専卒、師西村五雲、日展顧問
山口閑田(不明-不明)野沢白華の門人、名丑三郎
山口吉旺(1911-不明)京都絵画専卒、師土田麦僊・堂本印象、元青龍社
山口吉参郎(1913-2002)東美卒、師山口蓬春、日展参与、旧号吉三郎
山口虚明(1897-1958)師奥村土牛
山口景泉(1919-2007)彩友社、米大統領献納、金魚を得意とした


山口玄珠(1890-1968)師藤島武二・吉川霊華・小室翠雲
山口静恵(1910-1988年04月05日)師前田青邨・郷倉千靱、日本美術院特待
山口秋月(1888-1944)師山岡米華・益頭峻南、南画
山口瑞雨(1868-不明)師平福穂庵・佐竹永湖、名辰吉、別号米庵
山口艸平(1882-1961年07月08日)挿絵画家
山口草平(1882-1961年07月08日)師中川蘆月、日本美術院・国画創作協会に出品
山口蒼輪(1913-1950年06月25日)師中村岳陵、別号肇、日本美術院院友
山口辰吉(1868-1933)師平福穂庵
山口篤斉(不明-不明)南画
山口白雲(1886-1962)鶴岡日報につとめながら描いた
山口八九子(1890-1933年10月02日)京都絵画専卒、帝展等出品、日本南画院同人
山口蓬春(1893-1971年05月31日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、東美卒、師松岡映丘
山口豊泉(1930-不明)国際書画協会副会長
山口豊専(1892?-1987年01月27日)無所属
山口実01(1902-1992年12月13日)師結城素明、帝展・新文展出品、鎌倉女子大学名誉教授
山口美崇(不明-不明)師狩野永錫
山口藍水(1877-1927)師近藤藍圃
山口玲熈(1894-1979年02月01日)師菊池芳文・菊池契月、日展出品、山口華楊の実兄
山口玲煕(1894-1979年02月01日)師菊池芳文・菊池契月、山口華楊の兄
山崎華谷(1905-1947)山下青厓・前田靄斎、本名隆、別号碎石・竹荘
山崎杏霞(1854-不明)南画
山崎金蔵(不明-不明)絵金派
山崎啓次(1937-2018年05月04日)師佐藤太清、日展会員・元監事、審査6、総理大臣賞、会員賞、特選2
山崎圭泉(1917?-2000年06月05日)元日本南画院準同人、南画家同友会同人
山崎芸圃(1857-不明)師村田香谷・胡鉄梅、名文治
山崎眞二(1956-2001年11月29日)日本美術院院友
山崎隆(1916-2004年03月31日)パンリアル美術協会結成に参加するが退会
山崎董☆(1817-1893年01月01日)師山崎董烈、☆は「さんずい」に「全」
山崎年信(1857-1886年09月15日)師歌川豊国(3代)・月岡芳年
山崎豊01(1900-1981)師竹内栖鳳・川端龍子、元青龍社社人
山沢与平(1813-不明)紀藩江戸定府の武士、師遠藤廣行
山路撫鉄(1869-1921)師松岡呉藍
山下巌(1898-1977年02月22日)師山内多門・川合玉堂、三多圭会会員
山下関城(1910-1991年06月14日)京都絵画専卒、師山元春挙・高橋秋華、鯉の絵を得意とした
山下桂岳(1832-不明)師沖冠岳
山下紅畝(1884-1977年10月25日)師荒木十畝
山下春水(不明-不明)昭和初期に活動
山下彰一(1951-2011年06月16日)武蔵美卒、日展会員、特選2、東丘社
山下松翠(不明-不明)師竹村松嶺
山下垂穂(不明-不明)師別所春濤
山下青厓(1858-1942)渡辺小華の門人初号龍溪、別号梧竹園・楽山堂・帰雲堂など
山下青城(1884-1962)名桂、別号起雲・楽山堂・芙蓉庵、山下青厓の子
山下竹斎(1885-1973)師山元春挙、文展褒状、帝展委員
山下筑水(1887-1921)師川端玉章・寺崎広業
山下梅僊(1899-1985)河北美術展顧問
山下白桃(不明-不明)福岡美術会創立に参加
山下博敬(1940-2004年07月19日)師西山英雄、日展会員、特選2
山下摩起(1890-1973年11月07日)京都絵画専卒、師竹内栖鳳、国画創作協会等出品
山背台山(1861-1883年12月16日)師石川達堂・渡辺崋山、僧名良因
山田秋衛(1888-1968年07月17日)師服部石仙・松岡映丘、名秋衛
山田雲帆(不明-不明)南画
山田永豊(1849-1884年11月)師佐竹永海、字修、別号秋錦堂
山田王延章(1831-1903)田能村竹田に私淑し諸国を漫遊した
山田音羽子(1795-1877)出羽国山形藩士岡谷光広の娘、同藩士山田秀信の妻
山田介堂(1869-1924年09月17日)師田能村直入、富岡鉄斎に私淑、日本南画院の結成に参加、古墨跡研究、京都南画壇の三元老
山田雅鵬(1921-不明)師西野耕正・大靍春鵬
山田寒山(1856-1918年12月26日)丁未印社創設に参画
山田喜作(1899-1963)師鏑木清方
山田暁(1933?-2015年09月28日)芦屋市美術協会会員
山田玉雲(1915-2000)日本墨絵会会長
山田敬中(1868-1934年01月21日)師川端玉章、帝展審査員、川端校教授
山田耕雨01(不明-不明)師佐藤耕雲
山田耕雲(1878-1956)師菊池芳文、帝展委員
山田皓斎(1906-1997年11月30日)東美彫刻科卒、師青木大乗、新美術協会創立会員・名誉顧問
山田浩洞(1869-不明)四条派
山田芝遷(不明-不明)小坂芝田の門人、名忠文
山田秋坪(1876-1960)師姫島竹外、山田秋溪
山田申吾(1908-1977年07月07日)日本芸術院賞、東美卒、師結城素明、日展理事、文部大臣賞
山田真山(1885-1977年01月29日)兼彫刻、平和記念像原像制作
山田季造(1872-不明)京都市立美術工芸学校卒業
山田清一(1910-不明)師藤田隆治
山田双年(1891-1985)師小林松僊・石崎光瑶
山田太古(不明-1888)江戸後期の画家、名山田新一郎、篆刻を得意とした
山田筑洞(1876-1933年07月29日)金森南耕・小山栄達に師事
山田筑峰(不明-不明)南画
山田中洲(1827?-1896)師越智山斎・春木南溟
山田年忠(1868-1934年01月21日)月岡芳年・川端玉章の門人、別号山田敬中
山田訥斎(1814-1873)師山本梅逸、名惟孝、字子友、通称嘉兵衛
山田規代(1918-1990年11月01日)師西山翠嶂、日展会友
山田楳径(1905-1990)川端画学校卒、師小杉楳陵・伊東深水、新興美術院理事
山田帆丘(不明-1989)師荒木十畝、読画会等
山田文厚(1846-1902年08月30日)師泉春園・塩川文麟、日本美術協会等で褒状、別号春霞
山田松貞(1886-1965年09月05日)師白井青渕、本名山田貞二郎
大和振古(不明-不明)師別所春濤
山名義海(1865-不明)師父山名貫義
山名貫義(1836-1902年06月11日)帝室技芸員、師住吉弘貫、絵画共進会審査員
山中月洲(1826-1896)師小田海僊
山中信天翁(1822-1885年05月25日)幕末の志士・詩人、師篠崎小竹・斎藤拙堂、名静逸、通称七左衛門、別号二水・対嵐山房
山中神風(1883-1928年05月)師梶田半古、日本美術院展出品
山中總(1944-2001)東京芸大大学院修了、若菜会展・実会展、創画展出品
山中立木(1845-1931)南画、初代福岡市長
山中雪人(1920-2003年06月05日)東美卒、師前田青邨、日本美術院同人・評議員、妻は水谷愛子
山根仏頂亭(不明-不明)浜松市の弁護士
山上魯山(1853-1929)師平尾魯仙
山内耕烟(1819-1907)師東東莱・中西耕石・鉄翁祖門
山内春暁人(1904-1991年03月30日)師蔦谷龍岬・中村貞以、日本美術院院友
山内信一(1890-不明)京美卒、師西山翠嶂、帝展・文展
山内神斧(1886-1966)東美卒、美術店吾八を開業、主婦の友社で美術記者
山村耕花(1885-1942年01月25日)東美卒、師尾形月耕、日本美術院同人、演劇の舞台装置も手がけ、美術工芸品の収集でも知られる、山村豊成と同一
山本愛山(1848-1898)渡辺小華の門人、名訓、通称常蔵
山元雲鳳(1883-不明)京美校卒
山本瑛幾(1917-1992年02月10日)東美卒、師結城素明・川崎小虎、亜幽夢会長
山本英春(不明-不明)師右田年英
山元桜月(1887-1985年01月01日)師叔父山元春挙、文展・帝展出品、旧号春汀
山本丘人(1900-1986年02月10日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院賞、東美卒、師松岡映丘、創造美術の結成に参加・創画会会員
山本暁堂(1871-1931年01月02日)師長尾華陽、通称松二
山本玉僊(1878-不明)師毛利梅友
山本☆谷(1811-1873)江戸後期の南画家、師崋山・椿山、津和野藩吉田吉右衛門の子、名謙、字子譲、☆は「琵」の「比」を「木」に
山本琴谷(1811-1873年10月13日)津和野藩御用絵師、師渡辺崋山
山本蕙田(1891-1953年03月05日)師父山本凌亭・児玉結亭・小坂芝田、穂波村で村長を勤める
山本玄洞(不明-1900年08月15日)師洞月斎隆川、日出藩士
山本光一(1843-1905)山本素堂の長男、弟は酒井道一、雨華庵三世の酒井鶯一門下
山本紅雲(1896-1993年06月19日)京都絵画専卒、師竹内栖鳳、日展会友
山本幸雲(1924-1981年08月13日)紺紙金泥仏画家、師石川朝彦、名幸三郎
山本香雲(1874-1950年02月)師父山本梅荘、名卓、通称二六、字子立
山本紅秋(1914-不明)師野元琴堂
山本秀信(1821-1890)表具師のかたわら画を描いた
山本守渕(1868-1956)師森魚渕、住吉派
山元春挙(1871-1933年07月12日)帝国美術院会員、帝室技芸員、師森寛斎、文展審
山元春汀(1887-1985年01月01日)山元春挙の甥、春挙に師事し山水画で頭角をあらわす、後の号を桜月と改め富士山を描き続けた
山本春濤(1829-1890)師荒木千洲
山本昇雲01(1870-1965年05月10日)師滝和亭、浮世絵師・日本画家・石版画家・報道画家
山本瑞謙(1925?-2006年06月25日)日本文人画府理事
山本静巌(1837-1910年04月)師渡辺小華、名八郎
山本石荘(1872-1886年03月27日)師父山本梅荘、名謙、字自牧、通称一蔵、別号石叟
山本倉丘(1893-1993年09月05日)日本芸術院賞、日本芸術院賞、京都絵専卒、師山元春挙・堂本印象、日展参事
山本草山(1867-不明)師田能村直入
山本泰業(1888?-1947)宮崎美術協会副会長
山本大慈(1908-1987年06月06日)師北野恒富・小林古径、日本美術院特待
山本竹雲(1826-1894)備前味野の人
山本珍石(1921-1987年03月22日)仏画・水墨画家
山本鼎湖(1861-1931年04月05日)師守住貫魚・佐香美古、住吉派


山本稲玉(1830-1897)師堀江友声・上代英彦
山本桃谷(1834-1890年05月02日)師河北春谷・駒井孝礼
山本桃年(不明-不明)師都路華香
山本知克(1927-2003年02月22日)京美卒、師堂本印象、日展評議員、金沢美工大教授
山本梅英(不明-不明)山本梅荘の娘
山本梅屋(不明-不明)博多築港記念博覧会出品
山本梅所(1832-1873)師山本梅逸、名雙吉
山本梅荘(1846-1921年02月24日)師貫名海屋・山本梅逸、文展審査員、山本荘助の子、通称倉蔵、別号半村・半邨・楳荘
山本培堂(1886-1926)師加納画篷
山本麥翠(1914-2005年04月18日)師南楽、元有秋会委員、元高田日本画会顧問
山本文章(不明-不明)師斎藤秋圃
山本碧處(不明-不明)南画
山本篷舟(不明-1987年05月15日)元新美術協会会員
山本松枝(不明-1987年01月28日)日本美術院院友
山本養和(2代)(1834-1917)紀伊藩御用絵師、師勝川雅信
山本義光(1879-1955年02月12日)旭日村村長
山本龍洞01(1845-1913)師山本隆生、日本南宗画会評議員
山本凌亭(1865-1938年11月11日)師児玉果亭、旅館経営
山本菱風(不明-1997年06月06日)日本南宗会総務理事、日本自由画壇壇人
山脇荷声(1875-1945年06月)東美卒、師橋本雅邦、連合絵画共進会等出品
山脇信三(1855-1935)師種田豊水
山脇抱玄(1877-不明)京美卒、国画創作協会出品
鑓水雲林(1853-1923)師小松雲涯
八幡白帆(1893-1957)師平福百穂・伊東深水、日展出品、日月社委員
湯浅桑月(1878-1929年07月16日)師佐香貫古・佐香美古、住吉派
融紅鸞(1905-1982年05月26日)大美卒、師矢野橋村、日展出品、タレントとしても活躍
結城素明(1875-1957年03月24日)日本芸術院会員、師川端玉章、帝展審査員、東美教授
結城天童(1914-2011年05月14日)師川端龍子、東方美術協会の創立に参加
結城正明(1834-1904年03月06日)師狩野雅信、芳崖同門、東美日本画教授
結城真沙子(1911-1929)18歳で夭折した喜多方の女性画家
結城其通(不明-不明)南画
雄洲(1852-1926年01月02日)五葉山大生寺十六世住職
湯上呂久(1902-1982)師矢沢弦月
湯川三舟(1892-1948)師竹圃
湯川松堂(1871-不明)師三谷貞広・鈴木松年
湯川深川(不明-不明)師伊東深水
行近壯人(1923-2006年10月12日)師児玉希望、廣美会顧問、元日展会友
幸松春浦(1897-1962年03月06日)師姫島竹外・水田竹圃、文展・帝展受賞
弓削松斎(不明-1933)師原松蔭
湯田玉水(1879-1929年04月02日)師川端玉章、四条派から離れ独学で南画を研究、帝展委員、日本南画院同人
湯田寛(1923?-1984年11月07日)元パンリアル美術協会会員
柚木玉粋(1834-1891年07月16日)師鎌田呉陽・中原国華
柚木玉粹(1833?-1891)師呉陽・国華
柚木玉邨(1865-1943年10月25日)師小西皆雲・胡鉄梅、日本美術協会展審査員
柚木竹叟(1824?-1901)師山田方谷
柚原双松(不明-不明)師清水麓松
湯原柳畝(1885-1973)師荒木十畝、文展・帝展
湯村石冬(1905-不明)師加藤丹丘
湯谷基守(1849?-1923年02月24日)渡辺重春の弟
由里本景子(1906-2000)師中村大三郎・西山翠嶂
養賢寺雪堂(不明-1928年03月22日)佐伯・養賢寺主
養賢寺鼎山(不明-1893頃)佐伯・養賢寺主、蘭画が多い
余吾梅光(不明-不明)南画
横井鴻石(1916-不明)師日比野圭石、名茂一
横内大明(1904-不明)京絵卒、師松林桂月、日本南画院同人
横江正義(1914-1982年11月21日)京都絵画専卒、師☆本一洋、日展会友
横尾御斗☆(1895-1979)京都の画塾で狩野派を学ぶ、☆は「さんずい」に「路」
横尾深林人(1898-1979)師小坂芝田・小室翠雲、日本南画院堂人、帝展特選、号南田・翠田
横尾芳月(1898-1990年02月03日)師池田輝万・伊東深水・蔦谷龍岬、日本表象美術協会創立常務理事
横尾木鶏(1903-1988年10月22日)川端画学校卒、師速水御舟、日本美術院展等出品
横川冨美(1928-2015年01月30日)日本画院参与
横田一峰(1881-1935)医師を志して上京するが画家になる、名佐雄
横田華外(1868-1916)師川村雨谷、名保、字希直、初号秋巒
横田鬼巌(不明-不明)師堀江友声
横田琴荘(不明-不明)師白井永川・関屋雲外、本名横田安治
横田仙草(1895-1962年12月30日)師五島耕畝・織田観潮、新興美術院理事
横田舞仙(1868?-1950年05月06日)旧砲兵少佐、ダルマ画をよくした
横谷玉壺(1842-1925)狩野派に学んだ
横谷東☆(1807-1905年05月29日)師白雲居、☆は「燐」の「火」を「山」に
横地清渓(1817-1890年10月10日)師父横地三丘・野村玉渓、名義啓、通称助九郎のちに勘内
横地碧巌(1853-不明)師加藤秋村・村瀬雪峡、名意保、字子啓
横溝由貴(1915-2005年11月10日)師安田靫彦・小倉遊亀、日本美術院特待
横山雲南(1813-1880)師風外
横山桜園(1866-不明)師中野春翠
横山曠園(不明-不明)四条派
横山虹二(1905-1931)東美中退、師小貫博堂
横山秀暉(1900-1980)五島耕畝に師事、名徳之介
横山春渓(1898-1979)京都絵画専卒、師堂本印象・橋本関雪、日展・新日展出品
横山松雲(1884-1964)師小室翠雲、大東南宗院の結成に参加、日本南画院同人
横山松琴(1855-1945)萩藩士、四条派、師西山完瑛
横山善信(1898-1977年12月04日)師養父横山大観、日本美術院特待、大観記念館を開設・館長、号大玄
横山大観(1868-1958年01月26日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、帝室技芸員、東美で橋本雅邦に師事、日本美術院の設立に参加
横山椿堂(1870-1928)南画
横山津恵(1916-2007年01月02日)師郷倉千靱、日本美術院特待、元秋田大学教授
横山葩生(1899-1974年06月14日)独修、名末雄、帝展出品、戦後は官展から離れる
横山操(1920-1973年04月01日)師川端龍子、元青龍社社人、多摩美術大学教授
横山余禰(1904-1990年09月08日)師矢沢弦月・中村貞以、横山葩生の妻
吉井源太(1826-1908年01月10日)師徳弘董斎、製紙家
吉井樵友(1838-1909)師杉谷雪樵
吉池青園女(1896-1924)師池田輝方・池田蕉園
吉岡逸成(1872-1933)師古屋紫竹・柳本素石・下村観山
吉岡華堂(1874-1917年02月27日)師岸竹堂・竹内栖鳳、東京勧業博覧会褒状
吉岡堅二(1906-1990年07月15日)日本芸術院賞、芸術選奨、師野田九浦、創画会会員、東京芸術大学名誉教授
吉岡星秋(不明-不明)師澤野含斎
吉岡竹澳(1817-1892)師徳弘董斎
吉岡美枝(1911-1999年04月14日)日本美術院院友
吉鹿東華(1874-不明)通称は敬太郎
吉川雲石(1860?-1921)南画
吉川華汀(1875-不明)師中野春翠
吉川金太郎(1836-1901)師弘瀬洞意、絵金派
吉川君渓(1800-1984年11月22日)江戸後期から明治期の画家、名弘信、通称春助、別号益翁、吉川一渓の子
吉川啓示(1910-2006年01月03日)師前田青邨、日本美術院特待
吉川弘道(1837-1918年08月30日)吉川君渓の長男、名弘道、通称角太郎・覚太郎、別号君山・有蓬斎・寛舎
吉川定男(1928?-1988年03月12日)元墨人会圏外社会員
吉川如水(1858-1935年11月03日)渡辺小華の門人、通称由郎、別号舒翠・如翠・午道人・澹庵
吉川翠渓(1890-1946年11月01日)師服部石仙・川合玉堂、名吉次郎・翠渓、別号石翠、吉川弘道の養嗣
吉川素竹(不明-不明)師彼末提馬・柳本素石
吉川朝衣(1900-1964)師安田靫彦、日本美術院院友
芳川笛村(1843-1920年01月11日)師帆足杏雨・平野五岳
吉川弘信(1800-1884)吉川義信の長男、別号君溪
吉阪鷹峯(1809-1880年01月11日)師円山応震
吉澤象水(1813-1883)師高久靄崖、吉澤松堂の子
吉沢雪庵(1810-1889)江戸後期から明治期の画家、文雍門、徳川慶頼侍医兼画員
吉住節朝(不明-不明)明治年間に制作活動
吉田朝太郎(1902-1978)京都絵画専門学校卒、師吉田初三郎
吉田逸言(1874-1947年08月06日)師父吉田蓼園・渡辺清、名冬彦、別号有峰軒
吉田雨香(不明-不明)師荒木千洲
吉田稼雲(不明-1875年02月06日)師小島老鉄・藤本鉄石
吉田桂舟(1860-不明)南画
吉田広均(不明-1875年07月15日)師紀広成・貫名海屋
吉田耕作(不明-不明)昭和期に仙台地方で活動
吉田公均(1803-1875)師貫名海屋、別号広均
吉田鵠洲(1861-不明)師晴野鴻渕
吉田七衛(1943?-2007年03月16日)日本画府評議員
吉田秋光01(1887-1946年06月21日)東美卒、師松岡映丘、文帝展審、日本画院同人
吉田小南(1876-1945)師児玉果亭・小室翠雲
吉田翠鳳(1916-不明)師大橋翠石、虎・動物を得意とした
吉田晴風(1908-1985年11月05日)師臼杵、名茂、別号穂光、新美術協会会員
吉田多希留(1889-不明)東美卒、師映丘・十畝
吉田たず子(不明-2009年07月14日)日本画府理事
吉田竹亭(1856-1916)小林蔵六・滝和亭に支持、名丈之助
吉田☆陽(1843-不明)師近藤藍圃、☆は「さんずい」に「筑」
吉田澄舟(1897-1949)師郷倉千靱・平福百穂、日本美術院を脱退し新興美術院結成に参加
吉田枕石(不明-不明)南画
吉田東港(1882-不明)今尾景年に学ぶ、名清素、別号菘村・又細柳斎
吉田登穀(1883-1962年07月16日)師関田華亭・松林桂月、日展評議員
吉田洞谷(1830-1887)狩野派、福山藩絵師
吉田東里(1813-1891)師田中日華、四条派
吉田南涯(1844-1905)南画、師重春塘
吉田初三郎(1884-1955年08月16日)鳥瞰図絵師
吉田晩華(不明-1988)新興美術院会員


吉田満海(不明-不明)師鎌田好武、狩野派
吉田善彦(1912-2001年11月29日)日本芸術院賞恩賜賞、師御舟・古径・安田靫彦、日本美術院同人・理事
吉田蘭英斎洞谷(1831-1887?)師吉田洞京、狩野派
吉田蓼園(1827-1900年01月02日)師渡辺清、名貞通のちに貞、通称喜太郎・喜左衛門、別号南甫・生斎
吉田利和(1831-1905)師香川景恒
吉武王洲(不明-不明)南画
吉竹墨外(不明-不明)師川田墨鳳
吉谷華圃(1882-1961)師岸浪柳溪
吉谷清馨(不明-1925年06月28日)師岸竹堂・師幸野楳嶺
吉嗣鼓山(1879-1957)吉嗣拝山の長男
吉嗣拜山(1846-1915年01月11日)師中西耕石
吉嗣拝山(1846-1915年01月11日)師中西耕石、吉嗣楳仙の長男
吉嗣楳仙(1817-1896)師斎藤秋圃
吉永叢生(1898-1991年02月)師吉田秋光、大調和会委員
吉永千秋(1818-1904)師福田太華・中島広足
吉永梅里(1866-1937)師今井小藍
吉永藍畦(1832-1892)師清久南畝・大原呑舟、四条派
吉永竜昌園(不明-不明)南画
吉成季貫(不明-不明)師狩野昌運
吉成聴雨(1855-1927年10月21日)撫養町の初代町長、南画をよくした
吉成東温(1828-1910年03月24日)登米伊達家の画員だったと伝わっている
吉成白鵞(1864-1937)南画、詩は朝川五竜の門人
芳野呉陵(1793-1875)師宮川呉春
芳野宗石(1902-1965年02月25日)師山本梅荘・水田竹圃、名智海
吉原雅風(1882-1929年12月25日)東美卒、師橋本雅邦、文展・帝展出品
吉原夕起子(1947-2014年11月)国際美術協会会員
吉見英(1925-2008年04月10日)師小松均、新美術協会創立会員、元日本美術院院友
吉見蘆月(1807?-1909年03月17日)師谷文晁、明治維新後に植木園を営み薔薇園は評判で文人名士が集った
吉村駅浜(1876?-1941年04月06日)南画
吉村三郎(1914-1945)京美校卒、師五雲
吉村島(1862-1889年11月24日)河竹黙阿弥の次女、師柴田是真
吉村大我(1882-1955)土陽美術会高知支部会員
吉村忠夫(1898-1952年02月17日)東美卒、師松岡映丘、元日展運営会依嘱、日本画院同人
吉村丹鳳(1875-1941)東美卒、師滝和亭・三谷有信
吉村百耕(不明-不明)南画
吉村武仙(1898-1975)師木村武山
吉本尚二(1916-1979)師松永冠山
吉本蘇谷(1860-不明)南画
吉本墨山(不明-不明)南画
吉原芳仙(1896-1983)印度美校卒、芭蕉堂建設
余田英吉(1851-1925)師三谷有信
譽田歴山(不明-1966)画を描き彫刻もよくした
四辻喜一郎(1902-1946年10月05日)師竹内栖鳳、国画創作協会出品、新樹社結成に参加
四田観水(1892-1983年05月03日)師大智勝観、日本美術院特待
四屋延陵(1841-1919年01月15日)師福田半香
米倉仙橘(不明-不明)師浦上春琴
米重忠夫(1910-1992年08月03日)師児玉希望、日展会友
米津玄海(1892-1970)師菊池契月・藤井玉蘭
米陀寛(1917-2005年08月28日)師中村岳陵、日展参与
米津直仙(不明-1938年11月22日)師木内直秋、南画
米本豊司(1913-1991)川端画学校卒、師木村武山・小松均
米山朴庵(1864-1928)師滝和亭
喚山泰賢(不明-1996)新興美術院会員
四方田草炎(1902-1981年01月20日)師川端龍子、青龍社脱退後、岩崎巴人らと絵画研究会結成・戦後は「筵上会」を結成して活動
依岡慶樹(1919-1997年10月07日)京都絵画専卒、師西山翠嶂・高山辰雄、日展会友
依岡三交(1839-1901)南画
頼富本宏(1945-2015年03月30日)密教学、密教美術
依光墨山(1852-1890)師徳弘董斎・岡栄蔵

【ら行】

頼潮(不明-不明)仙台や宮城県各地に作品が残っている
藍里言義(不明-不明)藍玉の商人
笠青峰(1937-2014年08月27日)元日本表現派同人
笠鉄羊(1881-不明)師梅村景山・寺崎広業
量林(不明-不明)寛政頃の八戸藩御抱え絵師
六郎田天鈴(1913-2007年02月15日)東美卒、師児玉希望・天敬、新美術協会顧問・元理事長

【わ】

和賀霞汀(1816-1888)肖像画を得意とした
若井道義(1889-不明)師片山貫道・小堀鞆音
若海鯨一郎(1911-1961年04月06日)東美卒、師松岡映丘、帝展・新文展出品
若尾葭厓(不明-不明)師種田豊水
若尾瀾水(1877-1961)師種田豊水
若木山(1912-1974年01月28日)帝美卒、師大観・堅山南風、日本美術院特待
若狭成業(1887-1957年07月16日)師寺崎広業・山田介堂
若槻翠雨(1813-1878)師増田衡亭
若槻楚青(1806-1888)師越了晁
若林松谿(1858-1938)師鈴木松年・藤井松林
若林素文(1828-1884)師野村玉渓、名金吾
若林卓(1900-1974年01月04日)師前田青邨、日本美術院院友
若松房子(1927?-2007年06月22日)水墨画家、日本文人画府理事
若松緑(1905-1933)師菊池契月
若宮勝☆(不明-1907)若宮養徳の子、☆は「毘」+「鳥」
若山岳仙(1875-不明)師近藤樵仙、名政太郎
脇田水石(1860-1931)師村田香谷・山本梅荘・森琴石、名重三郎・謹、字子洲
脇屋石園(1886-1967)師小室翠雲
和久田芳江(1922?-2001年01月04日)日本画府常務理事
分部五鈴(1919-1989年04月04日)師今尾景年・今井景樹・西村五雲、名清太郎、別号九関斎
稙田文華(1875?-1922年02月04日)警察官、画をよくした
鷲屋石斎(1829-1899)絵馬師、名五平、幼名久次郎、鷲屋石巒の甥
鷲見秋岳(不明-1904年08月28日)師兄鷲見春岳、名芸宜
鷲見春岳(1821-1893年06月24日)師野村玉渓、名利恭、通称豊助・徳蔵、別号澹斎・鹿芝翁
鷲見春鄰(1868-1949年04月08日)師父鷲見春岳・菊地芳文、名広治、春岳の三男
鷲見有竹(1854-不明)師父鷲見春岳、名豊、字白山人、別号比君庵主・婆娑亭主・有竹画房
鷲谷石斎(1829-1899)師森田樵眠
鷲谷竹圃(1893-1921年06月07日)師寺崎広業
和田華岳(1857-不明)滝和亭・長三洲と交友
和田秋軒(1872-1937年05月07日)書画をよくした
和田重太郎(不明-不明)陶画工
和田正太郎(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
和田翠雲(1874-1955)山陰絵画協会(後に土筆会と改名)を結成
和田晴雨(1895-1982)京都絵画専卒、師菊地芳文・西山翠嶂
和田菁華01(1899-不明)師翠嶂
和田菁華02(1824-1881)師西朗
和田東川(1834-1899)師高橋杏村
和田比左夫(1903-不明)師森村冝稲・横山葩生
和田瓢仙(1860-1937)師北村石樵・天野方壷
和田邦坊(1899-1992年11月07日)東京日日新聞で時事漫画を手がける
和田悠成(1901-1997)師堅山南風
和田翼亭(1834-1905)通称監物、高橋璞斎・那珂淇水に師事した
和田頼挙(1896-1939)師田中頼璋・山内多聞
和田蓼洲(不明-不明)中津の人、詩書画をよくした
和高節二(1898-1990)師霊華・百穂、前号潮門
渡瀬凌雲(1904-1980年05月17日)師山本梅荘・福田浩湖、日本南画院副理事長
渡辺阿以湖(1914-1998年02月13日)師伊東深水、日展会友、千葉県美術会創立委員
渡辺幾春(1894-1975)京都絵画専卒、師水谷芳年・山元春挙、帝展・新文展出品
渡辺雲僊(1892-1972)師鈴木松年、号嘯月庵、耶馬溪画
渡辺雲仙(1892?-1972年09月09日)耶馬溪を描き続けた
渡辺雲嶺(不明-不明)明治期の画家、近松栄和の門人
渡辺英子(1927-2011年03月08日)女子美卒、日本美術院院友
渡辺学(1916-2000年11月11日)創画会会員
渡辺學(1916-2000年11月11日)東美卒、創画会会員
渡辺鶴汀(1849-1911年12月25日)医師、画をよくした
渡辺華洲(1852-1929)名武助、詩文をよくした
渡辺華石01(1852-1930年11月06日)師渡辺小華、名静雄、別号雪香・菘園、小華の死後渡辺家をつぐ
渡辺花仙(1889-1975)師河辺青蘭
渡辺果然(1850-不明)南画、独修
渡辺寒城(不明-不明)南画
渡辺観鳳(1899-1963)師奥出玉陵・伊藤一鳳
渡辺鬼笑(1849?-1921年11月27日)豊州会幹事
渡辺其梅(不明-不明)師石原石丈
渡辺暁山(1823-1888年12月05日)秋田藩士、本名成美、通称藤治
渡辺杏堂(1862-不明)師奥村石蘭・幸野楳嶺、名正網、通称覚助
渡辺玉苑(1936?-2010年07月05日)日本南画院同人
渡辺玉花(1901-1996年07月16日)師山内多門・吉村忠夫、新興美術院顧問、元日本画院同人
渡辺香涯(1874-1961年09月29日)東美卒、師高橋玉淵・川端玉章、東京勧業博覧会褒状
渡辺公観(1878-1938年07月20日)師森川曽文、文展・帝展出品、日本自由画壇結成に参加
渡部香堂(1891-1976年02月)師沢梅谷・山本香雲・山元春挙・橋本関雪・小室翠雲、名源左衛門
渡辺鼓耕(不明-不明)南画
渡辺悟仙(1928-2000年08月22日)日本南画院理事長、福井県水墨画協会会長
渡辺三香(不明-1926)磐城の人、画業をもって生計をたてていた
渡辺秋谿(1866-1940年05月01日)師奥村石蘭・久保田米僊、名永吉
渡辺順(1934-1987)師小松均、日本美術院院友
渡辺春陽(1874-不明)師中島有竹、名庄作、別号竹翠・閑月居
渡辺紫洋(1866-1924年02月23日)元郵便局長
渡辺正一01(1913?-2000年07月04日)近代水墨会副会長、東京民芸協会名誉顧問
渡辺小華(1835-1887年12月29日)師椿椿山・福田半香、名諧、字沼卿、通称舜治、渡辺崋山の二男
渡辺小溪(不明-不明)師弘瀬洞意、狩野派
渡辺省亭(1851-1918年04月02日)師菊池容斎、パリ万博受賞
渡辺晨畝(1867-1938年02月11日)師荒木寛畝、日本画会会員、東方絵画協会幹事
渡辺西濤(1858-不明)南画
渡辺晴嵐(1855-1918年07月29日)師奥原晴湖
渡辺草秀(1930-2007)各展入選、山水・花鳥
渡辺桑邨(不明-1883年11月13日)渡辺拈華の子
渡辺隆夫(1922-不明)東美卒、師伊東深水、日展会友
渡辺武蔵(1925-2019年07月12日)師山口華楊、日展会員、審査2、特選2
渡辺武之助(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品
渡辺竹窓(1810?-1882)師佐々布篁石・福田太華
渡辺直堂(1886-1954)染屋渡辺猪之助の長男、上京し寺崎広業に師事
渡辺綱雄(1904-1947)師近藤浩一路・川端龍子、青龍社出品
渡辺鶴子(1915-2006年01月31日)創彩会常任委員
渡辺鼎溪(1857?-1905)師河合栗邨
渡辺東郊(1848-不明)師遠藤香村
渡辺東嶼(不明-不明)師十市王洋
渡辺堂仙(1937-2017年02月26日)日本南画院理事、福井県水墨画協会会長
渡辺獨来(不明-不明)南画
神谷光径(1904-不明)師菊池契月
渡辺浩01(1926-1992)師長谷川朝風、日本美術院院友
渡辺洋01(1919-2006年09月)東美卒、師山口蓬春、日展会友
渡辺福堂(1859-不明)師松岡環翠・田能村直入・秦金石、名敬道、字巌
渡辺不二根(1913-2003年01月19日)師川端龍子、東方美術協会創立会員
渡辺文貞(1835-1898)師細谷風翁
渡辺文平(1925-1998年10月08日)元新興美術院会員
渡辺丙午(1884-1965)大正から昭和にかけて河北新報に挿絵を描いた
渡辺美知夫(1912-1975年02月02日)師奥村土牛、日本美術院院友、茨城美術会創立会員
渡辺美代子03(1903-不明)師北野恒富
渡辺安友(1916-2012年05月10日)東美卒、師郷倉千靱、日本美術院特待
渡辺洋子01(1931-2011年06月13日)師田中青坪・今野忠一、日本美術院特待
渡辺佳信(1906-1967年06月13日)川端画学校卒、師荒井寛方、別号万翠
渡辺義彦(1831?-1881)師古市金峨・岡本亮彦
渡辺莱渚(1874-1939)師雅邦・玉章、別号市隠・楽志堂
渡辺楽山(1818?-1890年07月27日)師十市王洋
渡辺柳郷(1850-1904年09月22日)幼時から神官大崎氏に学び画をよくした
渡貫香雲(不明-不明)昭和期に桃生郡河北町で活動
渡部栄子(不明-1987年02月28日)日本美術院院友
綿谷行四郎(1900-1977年06月25日)独修
渡会伊良子(1909-1994年11月)師川端龍子、名春男、東方美術協会創立に参加
度会春彦(不明-1888)度会東溟の子
亘遷幽(1810-1877)江戸後期から明治期の画家、萩谷セン喬の門人
亘理正子(不明-不明)師小早川清、涌谷伊達家・亘理胤正の娘
和仁松雨(不明-1905)彫刻もよくした
藁谷耕人(1927-2010年09月01日)師前田青邨、日本美術院特待

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