画家略歴

秋田(13)-ネット検索で出てこない画家

大正期の画家
加藤和英
由利町蟹沢の直三郎家の出。本名は半造。同郷の田村義雄と腕をきそい、屏風や襖絵が多く描いている。本荘市石沢の大蔵寺格天井、鳥田目の保食神社の格天井の絵は「和英画」としてある。

辻翠蘭女
天保12年1月10日生まれ。名はトヨ。秋田市本町の石川正助の三女。安政5年に秋田市旭南の辻久左衛門の養女となった。南画家で花鳥を得意とした。《梅に鶯》が大阪博覧会で二等賞になった。大正元年12月20日死去。

藤井無為
天保2年生まれ。横手市円浄寺の十五代住職。名は義定。小柄で竹を前に筆を持つ時は、まるで宙にはね返るように機敏に体を動かしながら描いたという。大正3年死去。

武田栄学
天保6年生まれ。秋田藩士。本名は信好、武田永球の子孫。父祐川も画家。大正5年死去。

下村英斎
安政2年12月9日生まれ。秋田市室町の狩野派の画家。藩士・弥兵衛の長男。名は晴長、通称は彦三、別号に白峰がある。渡辺洞昌に師事した。大正5年12月23日、62歳で死去した。

日野竹塘
天保14年生まれ。画僧。師は畠山竹塢。秋田市寺町の西勝寺に関係があったらしい。大正5年8月、74歳で死去した。数代前の日野公道は天明の頃の人で、大猷院と称し、西勝寺住職で画人でもあった。

小泉芦舟
明治20年4月20日生まれ。本名は政吉。小坂町尾樽部の小泉喜代治の四男。大館中学校在学中から絵画に頭角を現し、剣道にも秀でていた。明治40年4月、東京美術学校日本画予備科に入学、荒木寛畝の教室に入った。同期には永田春水、篠田十一郎、山下築水、後に詩人として活躍する川路柳虹らがいた。大正2年3月、美校を卒業後同年渡米する。一年余りの大正3年第一次大戦が始まり、病にもおかされたことから帰国を決意、大正8年3月25日、便船を待つ間に近くのオークランド市の公園を散歩していて発作を起こし死去した。

伊藤容真
慶応2年山本郡山本町森岳生まれ。本名は文助。農業の源四郎の二男。家からは漢方医が多く出ていたので本人も医師を志望して20歳の時に上京するが、まもなく医師の志を捨てて画業にいそしむ。歴史画を得意とした。明治28、9年頃一時故郷に帰り、秋田市米町や牛島橋通りに住んでいたが、5年ほどして再び上京し浅草北松山町に住んだ。大正10年死去。

田村松翠
嘉永6年11月14日生まれ。本名は義雄、別号に智山がある。由利町前郷馬喰町の儀兵衛の二男。兄に東耕、弟に雪堂がいる。漢方医と産科を学んでそれを職とした。仏典、書、画を慶祥寺三十二世顕道に習った。作品に白鳥社の書額、地蔵堂の《天女図》、前郷熊野社の格天井絵、森子大物忌社の《西王母・菊童子図》がある。大正11年5月14日死去。

千葉文清
嘉永5年大曲市花館中町生まれ。本名は常蔵。生家は代々「伝左衛門」の家号で知られた名家。画才に恵まれ、20歳を超すと画家の志をたてて上京し神田小川町に住み日本画を描き、その傍ら印刻店を営んだ。戸に描いた代表作《花図》がある。大正12年9月1日死去。

藤原秀楊
明治31年仙北郡角館町雲沢の雲然宇田中生まれ。本名は良助、初号は馨園。藤原雄松の三男。祖父源十郎も雲竜斎と号して絵を描いた。大正4年10月上京して美術学校に入るが中退して、池上秀畝の画塾に通い、師の一字をもらい雅号を馨園から秀楊に改めた。大正7年12月から9年11月まで秋田部隊にいて、10年末に再び上京して修業に励むが、大正13年、心臓マヒのため26歳で死去した。

佐野紅洋
天保3年1月29日雄物川町里見字砂子田の名門佐野家に生まれた。本名は市太郎。隣家の漢方医に絵を習い、南画を描いた。ほかに茶の湯、いけ花なども嗜んだ。大正14年4月16日死去。

工藤龍橋
明治10年7月秋田市生まれ。名は祐興。叔父の石川道之助に狩野派の画法を習い、後に日本美術学院で学んだ。帝国絵画協会会員。

小川歓斎
天保9年生まれ。名は金也、初号は文雅。秋田市川反に住み後に土崎に転居した。歓喜寺に安藤和風賛の桜の図が残っている。大正15年12月18日、89歳で死去した。

川口南天
明治7年5月1日大館市生まれ。名は茂、別号に一竿がある。南北合派が独習し、山水を得意とした。帝国絵画協会会員。

秋田(13)-ネット検索で出てこない画家

文献:秋田書画人伝




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