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茨城の古書画人名事典

茨城の古書画人名事典

茨城の古書画人名事典
発行:1998年5月7日
著者:大内健二
発行:暁印書館
内容:茨城に関わりのある古書画人について、原則として絵画は室町時代以降、書は江戸時代より、画家、書家、僧侶、武人、志士、学者、文学者、歌人、俳人、茶人 などの各分野にわたり掲載している。

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ネット検索で出てこない画家

収録作家一覧(画人のみ)

赤荻丹崖(1807-1848)江戸後期の画家、春木南湖・谷文晁に師事、名徹、字元徹、通称順平
縣六石(1823-1881)江戸後期から明治期の画家、宇都宮藩士、名信緝、通称勇記
秋山蘭谷(不明-不明)江戸中期から後期の画家、水戸藩士、渡辺崋山の門、通称熊之介
朝倉玉蘭(1886-1906)日本画家、朝倉政通の娘、松平雪江の門
雨宮荊城(不明-不明)江戸後期の画家、立原杏所・松平雪山に学ぶ、名圭
雨宮瑞亭(1759-1832)江戸中期から後期の画家、名広安、通称又五郎
雨宮芳洲(不明-1885)江戸後期から明治期の画家・下館藩士、真岡の三楽及び立山南圭らに学ぶ
荒井草雨(1890-1967)日本画家、名聳、京都の画塾で学ぶ、横山大観にも師事
荒井緑荷(1901-1986)日本画家、名信次郎、永田春水の門
荒木寛畝(1831-1915年06月02日)江戸後期から明治期の画家、帝室技芸員、師荒木寛快、東美教授、万国博受賞
粟野千秋(1883-不明)日本画家、下妻一高の図画教師を務めた
飯島鐸斎(不明-1868?)江戸後期から明治期の画家、松平雪山の門人、名金平、別号竹外堂
飯田雅泉(1907-1993)日本画家、木村武山・堅山南風に師事、日本美術院院友
飯田晴圃(不明-1887)江戸後期から明治期の画家、奥原晴湖の門人
飯田柏石(1858-1915)日本画家、猪瀬東寧に学ぶ、名新右衛門
飯田芳文(1868-1940)日本画家、津島寿山の門人、図画教師
五百城文哉(1863-1906年06月06日)洋画家、高橋由一門、高山植物研究家
池上秀畝(1874-1944年05月26日)日本画家、師荒木寛畝、旧帝展審査員
池田阿彦(不明-不明)日本画家、住吉弘定に学ぶ、水戸藩の画員池田養信の子
池田知足(不明-不明)江戸後期の画家、水戸藩の御用絵師
池野蘆水(1839-1916)日本画家、水戸藩士、熊坂適山・鈴木鵞湖に学ぶ、名子水、別号瓊林・宝槍居士
生駒月處(不明-1868?)江戸後期から明治期の画家、松平雪山の門人、幼名吉五郎、生駒貞応の養子となる
石井石欄(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、名良知、東京で四条派を研究
石川雪溪(1887-1930)日本画家、東美で川端玉章に学び婿となる、名広介
石川総陽(1693-1744)江戸中期の画家、姓は源、石川総茂の養嗣となる
石島古城(1878-1932)日本画家、東美卒、梶田半古の門人、名文太郎
磯田湖竜斎(不明-不明)江戸中期の浮世絵師、名正勝、通称庄兵衛、別号春広
磯山六郎(1907-1944)日本画家、木村武山の門人、別号青々
市川其融(不明-不明)江戸後期の画家、鈴木其一に学ぶ、名泰度、字子高、通称其二
伊藤耕洲(1852-1910)日本画家、福島柳圃の門人、本名弥六
伊東俊了(1833-不明)江戸後期から明治期の画家、小田寿山に学ぶ、別号雲谷
伊東仙湖(1885-不明)日本画家、大平小州・児玉果亭に学ぶ、名直樹、画房は塩原洞
稲川光風(1905-1986)日本画家、吉原雅風に師事、水墨画研究
猪瀬東寧(1838-1908年04月23日)日本画家、師日根対山、内国勧業博覧会褒状、日本美術協会審、東京南画会を結成
石井収(1649-1724)江戸前期から中期の画家・水戸藩の儒者、彰考館員
井村常山(1843-1925)日本画家、渡辺崋山・大竹蒋塘に学ぶ、名貫一
色川三中(1802-1855)江戸後期の画家、本名色川英明、通称弥三郎、別号三郎兵衛・東海・瑞霜園
岩田健文(1762-1814)江戸中期から後期の画家、字仲明、号咸章堂、水戸藩における拓本文化の鼻祖として知られる
岩渕芳華(1903-1956)日本画家、蔦谷龍岬・松本楓湖・山口蓬春に師事、名完
岩間華仙(1893-1924)日本画家、梅津霞峰・相馬寛哉に学ぶ、名久子
岩間東芝(1811-1875)江戸後期から明治期の画家、名平治郎
宇佐美奇玉(1843-1868)江戸後期の画家、名喜美、宇佐美太奇の子
宇佐美太奇(1794-1872)江戸後期から明治期の画家、北宗画や四条派など各派を学び一派をなす、名弘毅
宇佐美竹城(不明-1889?)江戸後期から明治期の画家、宇佐美太奇の子、名翼
内田梅溪(不明-1868?)江戸後期から明治期の画家、水戸藩士、松平雪山の門人
海野梅城(1881-不明)日本画家、鈴木赤城・池上秀畝に師事、名留吉、別号天留
梅津霞峰(1846-1921)日本画家、水戸藩士、山内勝春・立原杏所に学ぶ、名敬
浦田正夫(1910-1997年11月30日)日本画家、日本芸術院会員、日本芸術院賞、東美卒、師松岡映丘・山口蓬春、日展顧問
海野美盛(2代)(1864-1919年09月22日)工芸家、丸彫の人物動物、東美教授、海野勝珉に師事
雲友(1764-1774)江戸中期から後期の画家、鼠除猫の絵を得意とした
江川武村(1882-1948)日本画家、寺崎広業に学ぶ、名茂利
江川文展(1921-1984)日本画家、羽石光志に師事、江川武村の子
恵鶴雲幹(1804-1889)江戸後期から明治期の画家、亀坂京助の長女、夫は恵鶴椿南
恵鶴椿南(1796-1870)江戸後期から明治期の画家、椿椿山の門人、名寿、字芥舟
海老沢東丘(1905-1995年08月29日)日本画家、師中村岳陵、日展出品、茨城県美術展名誉会員
海老沢柳糖(1887-不明)日本画家、橋本秀邦に学ぶ
大内適斎(1865-1927)日本画家、松平雪人の門人、名栄、通称得斎
大窪詩佛(1767-1837)江戸中期から後期の詩人、江戸の三大詩人といわれた、画もよくした、別号詩聖堂・江山など
大久保楓閣(1880-不明)日本画家、松本楓湖・小堀鞆音に学ぶ
大越雪香(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、松平雪山の門人、名資好
大橋訥庵(1815-1862)江戸後期の朱子学者・攘夷思想家
大村寛次(1895-1959)日本画家、東美卒、号雅祥
岡倉天心(1862-1913年09月02日)東京美術学校、日本美術院創立の中心人物、諸外国に東洋美術を紹介した
岡崎江山(不明-1881年05月26日)江戸後期から明治期の画家、松平雪山の門人、名邦彦
岡里古軒(1885-不明)日本画家、名七郎、津澄村長を務めた
小笠原笠斎(1835-不明)日本画家、文人画をよくした
岡野竹痴(1834-1889)江戸後期から明治期の画家、高久靄崖の門人、梅老の弟
岡野梅老(1804-1872)江戸後期から明治期の画家、古河藩士、名為治
岡野逢原(1775-1820)江戸後期の画家、立原翠軒の門人、名行從、字子言、号逢原堂
岡部洞水(不明-1868?)江戸後期から明治期の土浦藩の御用絵師、名敬之
小川芋銭(1868-1938年12月17日)日本画家、日本美術院同人、日本画を独学で学び、詩書や労荘思想に通じた、別号草汁庵
奥原晴湖(1837-1913年07月28日)日本画家、師福田半香、明清画法研、川上冬崖らと文人グループ半閑社結成
奥村永伯(1831-1886)江戸後期から明治期の画家、佐竹永海の門人、吉川小学校の校長を務めた
奥村霜樹(1882-1927)日本画家、名寅雄、奥村老圃の二男
奥村老圃(1860-1926)日本画家、名亀三郎、父の永伯に絵を学んだ
小栗宗佐(不明-不明)室町期の画家、小栗宗舟の子、父に学ぶ
小栗宗丹(1413-1481)室町期の画家、名助重、通称小二郎、別号宗湛・自牧
小栗宗甫(不明-不明)室町期の画家、小栗宗舟の弟、兄に学ぶ
越智凌雲(不明-1865?)江戸後期の画家、水戸藩士、松平雪山の門人、名兼良
鬼沢小蘭(1838-1907)日本画家、水戸藩士伊藤家に生まれ高浜鬼沢久富の後妻となる
小山友郷(1879-1926年10月22日)日本画家、東美卒、橋本雅邦・川端玉章に師事
加倉井和夫(1921-1995年09月24日)日本画家、日本芸術院会員、日本芸術院賞、東美卒、師山口蓬春、日展常務理事
加治松庭(不明-不明)江戸後期の画家、水戸藩士、立原杏所の門人、名貞、別号東岳
樫村白圭(1905-1973)日本画家、横山大観の門人、名篤、院展出品
梶山大海(1836-1923)日本画家、宇佐美太奇に学ぶ
化蔵院(不明-1591)安土桃山期の画家、常州の人
門井掬水(1886-1976)日本画家、師鏑木師鏑木清方、帝展出品、清方門下の郷土会や伊東深水・山川秀峰の青衿会に美人画を発表した
加藤玉亭(1872-不明)日本画家、東美卒、橋本雅邦・川端玉章に師事、名紀高、別号香霞洞
加藤雪潭(1809-1864)江戸後期の画家・武士、水戸藩士、松平雪山に学ぶ、名義智・彦太郎
加藤礬桂(不明-1868?)江戸後期から明治期の画家、通称辰蔵、加藤雪潭の子
加藤文昇(不明-1862)江戸後期の画家、後藤文琳の門人
加藤碧潭(不明-不明)江戸中期から後期の画家、立原杏所の門人
金子雲英(1890-不明)日本画家、尾竹国観に師事、名英太郎
兼子天聾(1759-1829)江戸中期から後期の儒者、長久保赤水の門人、名穆、字如風、通称八三郎
金子豊水(1815-1864)江戸後期の画家、名徳褒、字猛卿、通称武四郎
狩野興雲(不明-1702)江戸前期の画家、名孝信、父の狩野興也に学ぶ
狩野興也(不明-1673)江戸前期の画家、狩野興以の二男、通称利右衛門、別号伯甫
狩野柳栄(不明-不明)江戸後期の画家、山内伊村の門人
加納笠斎(不明-1868?)江戸後期から明治期の画家、通称与右衛門、別号化龍
狩野涼珉(1751-1814)江戸中期から後期の画家、本姓池田、名貴信、池田幽石の子
可卜(不明-不明)室町期の画僧、鎌倉建長寺住職、啓書記に絵を学ぶ、別号棟隠子
神谷栄春(不明-不明)江戸中期の水戸藩の画員、名惟雪、別号養秋
亀田鵬斎(1752-1826年03月09日)江戸中期から後期の儒学者、別号善身堂、各地の文人の交わり越後・佐渡に至る
蒲生君平(1768-1813)江戸後期の勤皇家
鴨下晁湖(1890-1967年10月20日)日本画家、東美卒、師松本楓湖、文展賞、戦後は挿絵や装丁に従事し出版美術家連盟会員
軽部竹堂(不明-1868?)江戸後期から明治期の画家、名愼、人見淇堂に学ぶ
川崎竹山(不明-1868?)江戸後期から明治期の画家、松平雪山・野沢白華に師事
河鍋暁雲(1860-1908年08月28日)日本画家、名周三郎、別号猩々暁雲、河鍋暁斎の二男
河鍋暁斎(1831-1889年04月26日)江戸後期から明治期の画家、諷刺の効いた独特の画風を展開した、師狩野洞白、別号狂斎・惺々狂斎・画鬼など
河鍋暁翠(1868-1935年05月07日)日本画家、師父河鍋暁斎、日本美術協会会員、東京女子美術学校教授
河西雪渚(不明-1868?)江戸後期から明治期の画家、松平雪山の門人、通称蕭
川端玉章(1842-1913年02月14日)日本画家、帝室技芸員、師中村来章、東美教授、川端画学校創立
川村雲民(1846-不明)日本画家、南宗の画風を修めた
菊池鴎江(不明-不明)日本画家、福井江亭の門人
菊池江外(不明-1868?)江戸後期から明治期の画家、名徳、南画山水
菊池東籬(不明-1868?)江戸後期から明治期の画家、松平雪山に師事、通称修平
木原春城(1882-不明)日本画家、古画を研究し画法を身につけた
木村雅祥(1895-1959)日本画家、日本美術学校卒、院展・帝展出品、名寛次
木村華邦(1903-1982)日本画家、師関田華亭・松林桂月、日本南画院常任委員、関東水墨画研究会主宰
木村武夫(1935-1987年10月22日)日本画家、師父木村武山・前田青邨、日本美術院特待
木村武山(1876-1942年11月29日)日本画家、東美卒、師川端玉章、日本美術院同人、岡倉天心の日本画への理想を体し天心没後も大観らと日本美術院の発展に尽くした
及雪(不明-不明)戦国から安土桃山期の画僧、雪村に学び継村斎と号した
清原斉(1896-1956年09月14日)日本画家、師松本楓湖・堅山南風、日本美術院同人
久米悦之助(不明-不明)江戸後期の画家、水戸藩士、松平雪山の門人
久米霞岳(1815-1900)江戸後期から明治期の画家、加藤雪潭の門人、名雅禮、通称波衛門
倉持芳柳(1864-1943)日本画家、本名倉持子之吉、五姓田芳柳の娘と結婚して二世芳柳を名乗る
栗田長珉(1752-1808)江戸中期から後期の画家、名吉、通称八郎兵衛、別号蕉鹿
栗山石宝(1822-1888)江戸後期から明治期の画家、幼名徳松、名子孝、通称寿、別号快雲堂石宝
郡司硯田(1907-1975)日本画家、師堅山南風、日本美術院院友、日光東照宮の天井画の修復に従事
啓書記(不明-1493)室町期の画家、名祥啓、鎌倉建長寺の書記であったことから啓書記で知られる
月僊(1741-1809年02月25日)江戸中期から後期の画僧、伊勢山田寂照寺住職、名玄瑞、字祥啓
香梅国照(1815-1876)江戸後期から明治期の画家、岡野梅老に学び、後に豊国に学ぶ
国府田亀山(不明-1884)江戸後期から明治期の画家、小林蔵六の門人、のちに猪瀬東寧に師事
小沢鉄巌(1863-不明)日本画家、野竹我師に師事、名亮、字子敬、別号有竹居
小杉後楽斎(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、岡野梅老・渡辺崋山に学ぶ
小杉放庵(1881-1964年04月16日)日本画家、日本芸術院会員、太平洋画会会員・再興院展洋画部同人を経て春陽会創立に参加、兼洋画、別号未醒
児玉梅坪(1801-1868)江戸後期の画家、頼山陽・佐藤一斎に学ぶ
五島耕畝(1882-1958年06月11日)日本画家、師荒木寛畝、日本美術家協会会員、文展褒状、日展委員
五藤自適(1839-1913)日本画家、東照宮の神官、松平雪山に学ぶ、名近知
後藤夕山(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、松平雪山の門人、名壬介
後藤文琳(不明-不明)江戸中期から後期の画家、谷文晁の門人、名幸蔵
小永井小舟(1829-1888)江戸後期から明治期の儒者・佐倉藩士、名岳、字君山、通称八郎
小林寒林(1814-1887)江戸後期から明治期の画家、椿椿山に学ぶ、名翠、字幹
小林玉潤(1841-1877)江戸後期から明治期の画家、小林蔵六の妻
小林玄甫(不明-不明)江戸後期の画家、立原杏所・松平雪山に学ぶ、名抱古
小林巣居人(1897-1978年09月25日)日本画家、師小川芋銭・平福百穂、新興美術院創立同人
小林蔵六(1837-1878)江戸後期から明治期の文人画家、妻は小林玉潤、師椿椿山・山本琴谷・福田半香、名明、字子益、号友竹居
小宮山桂軒(1692-1737)江戸中期の儒者、林整宇に学ぶ、別号忍亭
小山霞外(1785-1864)江戸後期の儒者・古河藩士
在顔(不明-不明)室町期の画僧、遍照院光明寺の住職
斎藤無岳(不明-不明)日本画家、菊池容斎の門人、名伝
三枝一田(1870-不明)日本画家、池上秀畝の門人、名徹夫
酒井藍山(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、後藤文琳の子で酒井家を継いだ
酒井三良(1897-1969年06月08日)日本画家、師坂内青嵐、日本美術院同人、文部大臣賞、国画創作協会に出品
酒泉杏村(1877-1957)日本画家、東美卒、小室翠雲の門人、名真一
坂田鴎谷(不明-1881)江戸後期から明治期の画家、名愛、字世誨、通称亮八
坂場奇一(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、松平雪山の門人、名時成、号荷亭
酒巻于宜(不明-不明)日本画家、一柳友善・立原杏所に師事
坂本雲谷(1871-不明)日本画家、川村雨谷の門人、名恭明
佐川華谷(1868-1950)日本画家、師渡辺小華・野沢白華・荒木十畝・小室翠雲、帝展出品
佐久間象山(1811-1864年08月12日)江戸後期の松代藩士・思想家・兵学者
桜井華水(不明-不明)日本画家、名憲、桜井華陵の子
桜井霞洞(1889-1951年07月18日)日本画家、荒木寛畝・鏑木清方に師事、名幸太郎
桜井華陵(不明-不明)日本画家、豊田笠洲・田中鉄斎らに師事
桜井観水(1904-1964)日本画家、木村武山・中村岳陵・奥村土牛に師事、名彦一
桜井才次郎(不明-不明)江戸中期の画家、水戸藩士、名忠重
桜井雪館(1715-1790年02月21日)江戸中期の画家、名館、字常翁、別号山興・雪士、又雪志・三江など
桜井雪保(1753-1824年10月30日)江戸中期から後期の画家、桜井雪館の娘、名保子、号秋山・桂月・小雲谷
桜井武彦01(1852-不明)日本画家、号桂山
佐々十竹(1640-1698)江戸前期の史学者、名宗淳、字子朴、通称介三郎、別号十竹斎
佐々重晁(1793-1846)江戸後期の水戸藩の儒者、西村氏、字明侯、別号了斎
笹沼竹風(1903-1981)日本画家、松本楓湖・木村武山に師事、別号青波・静波・明峯
佐藤暁関(1878-1933)日本画家、野口北巌に漢籍を学び、河鍋暁斎・寺崎広業に師事
佐藤松溪(1811-1853)江戸後期の画家、名延昌、字中卿、通称量平、青山雲龍の子、佐藤中陵の養子
佐藤進(1845-1921年07月25日)日本画家、医師、順天堂医院院長、書画をよくした
佐藤中陵(1762-1848)江戸中期から後期の水戸藩の本草家、名成祐、字子綽、通称平三郎
佐野盛致(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、松平雪山の門人
篠原香山(1803-1896)江戸後期から明治期の画家、松平雪山・立原杏所に学ぶ、名吉信、通称所三郎
島田遍井斎(1825-1884)江戸後期から明治期の画家、佐野勘十郎に学ぶ、名義輔、覗絵を得意とした
島村庭暉(不明-不明)江戸後期の画家、水戸藩士、内藤右膳に学ぶ、名伝、号南圭
下野九峰(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、水戸藩士、下野雪篁の子、名仁
下野雪篁(1823-1865)江戸後期の画家、名遠明、通称隼次郎、水戸藩士下野遠歴の子
下村観山(1873-1930年05月10日)日本画家、帝室技芸員、師狩野芳崖・橋本雅邦、日本美術院創立及再興に参加・日本画の革新を目指した、東美教授
下村千秋(1893-1955年01月31日)小説家・画家
周黙(不明-不明)江戸後期の画家、桜井雪館の門人
春休(不明-不明)戦国から安土桃山期の画家、常陸水戸の人
性安(不明-不明)室町期の画僧、溝山寺の住職、祥啓に学ぶ、号梅庵
如蓮(1785-1858)江戸後期の画僧、大寅和尚禅師、神龍寺住職
菅谷晴亮(1906-1970)日本画家、師永田春水・児玉希望、日展出品、茨城日画会創立会員
杉浦溟一(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、春木南溟に学ぶ、名熈
鈴木楽堂(不明-1855)江戸後期の画家、小泉斐の門人、名市重郎
鈴木鵞湖(1816-1870年05月22日)江戸後期から明治期の画家、師谷文晁、石井鼎湖の父、石井柏亭の祖父
鈴木皐雲(1903-1947)日本画家、師高田疎石、茨城美術展出品、横山大観と文通を行い中央画壇に誘われる
鈴木助三郎(不明-不明)江戸中期の画家、水戸藩士桜井才治郎の門人
鈴木草牛(1905-1988)日本画家、東美卒、師小川芋銭・岡本一平、新興美術院理事、九月会創立
鈴木素陵(不明-1849)江戸後期の画家、狩野素川・章信に師事
鈴木東海(1720-1802)江戸中期から後期の画家、水戸祇園寺の住職、名宝鼎、桜井雪館に師事
鈴木東洋(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、椿椿山の門人、名任
鈴木文鴎(1823-1864)江戸後期の画家、宇佐美太奇の門人、名文次郎
鈴木萬悦(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、山内勝春の門人
関啓畝(1887-不明)日本画家、五島耕畝・荒木寛畝に師事、通称兵次
関尚堂(1875-不明)日本画家、狩野立獄・橋本雅邦に師事、名織之助、別号探岳
関田華亭(1866-1919年12月18日)日本画家、師野口幽谷、日本画会評議員
関田華堂(1907-不明)日本画家、関田華亭の長男、父に学び後に池田蕉琴の門に入る
雪村周継(1504-不明)室町後期・戦国時代の禅僧・画僧、三春に雪村庵を構え奇態な人物描写や波の表現を完成させる
鷹尾祥風(1907-1955)日本画家、名兵衛、茨城美術会の創立に名を連ねる
高久靄崖(1796-1843年05月07日)江戸後期の文人画家、師文晁、別号如樵・疎林外史
高崎興(1908-1985)日本画家、師木村武山・前田青邨・中村岳陵、日本美術院特待、田中嘉三らと常土社結成
高島靄湖(1868-不明)日本画家、松本楓湖・今尾景年に師事、名雪松
高野雪塘(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、松平雪山の門人、林十江の従弟
高野天民(1894-1982)日本画家、滝和亭・古沢雪田に師事、名秀夫、別恒山
高橋華屋(不明-不明)日本画家、渡辺小華の門人、名於免
高橋月庵(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、春木南溟の門人、名明
高安紫山(1835-不明)日本画家、医師、別号に雨岳古樵
武石鴎崖(1832-1909)江戸後期から明治期の画家、松平雪山の門人、名清、別号李陽外史
武石恵所(不明-不明)日本画家、水野年方の門人、耕崖の弟、鴎崖の子
武石耕崖(1871-1913)日本画家、名胤昌、鴎崖の子
竹内柳蛙(不明-不明)日本画家、真野亭に学ぶ、名茂
竹内隆節(1832-1893)江戸後期から明治期の画家・医師、野沢白華に師事、名誠
武弓其年(1814-1893)江戸後期から明治期の画家、宇佐美太奇に学ぶ、名義生、通称紋其
武田耕雲斎(1804-1865年03月01日)江戸後期の水戸藩の天狗党の首領
竹田治右衛門(不明-1845)江戸後期の画家、号楽山
竹山南圭(不明-不明)江戸後期の画家、谷文晁の門人、名伝
多田晴圃(1835-不明)日本画家、福島柳圃の門人、名彦兵衛
立原杏所(1786-1840)江戸後期の文人画家・水戸藩士、文晁門、別号東軒
立原春沙(1818-1858年12月07日)江戸後期の画家、立原杏所の長女
立原翠軒(1744-1823年04月14日)江戸中期から後期の水戸藩士、名萬、字伯時、通称甚五郎、別号東里、立原杏所の父
立原朴二郎(1832-1864)江戸後期の画家・水戸藩士、立原杏所の三男、椿椿山に学ぶ、号裕堂
田所静山(1832-1869)江戸後期から明治期の画家、名秀次市郎、田所静年の子
田所静年(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、宇佐美太奇に学ぶ、名弘
田中雪峻(1864-不明)日本画家、猪瀬東寧の門人、名銀子
谷文晁(1763-1841年01月06日)江戸中期から後期の文人画家、号写山楼・文阿弥
田原南塘(1776-1824)江戸後期の画家、鶴沢探索に学び仏画を描いた
力石遷交(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、水戸藩士、通称勘五郎
茅根一鴎(1787-1868)江戸後期の画家、古河藩士、名信之、通称杢左衛門、奥原晴湖の師
千葉雪堤(1863-不明)日本画家、松平雪山の門人、名真
塚原夢舟(不明-不明)逓信省に務める、名周造
塚本雪湖(1870-1933)日本画家、松平雪山・高久隆古に学ぶ、名亮、通称亥之次郎
塚本万之助(不明-不明)日本画家、鈴木鵞古に学ぶ、号萍川知新
辻玄順(1803-1880)江戸後期から明治期の画家、華岡青州に学ぶ、名安正、号湖堂
津島寿山(1864-不明)日本画家、篠原香山に師事したのち上京し南画を研究、東京南画協会評議員、文墨協会評議員
土屋篤直(1733-1776)江戸中期の画家、第4代土浦藩主、幼名左門
土屋彦直(1798-1847)江戸後期の常陸土浦藩の第9代藩主、水戸徳川斉昭の叔父、藤森弘庵に学んだ
椿椿山(1801-1854年08月06日)江戸後期の文人画家、金子金陵・渡辺崋山に師事、清国・張秋谷の画法を研究
坪井上之丞(1889-1975)日本画家、木村武山に師事、号玉水・ム一、翠泉
寺門静軒(1796-1868年04月16日)江戸後期の儒学者・随筆家
寺崎広業(1866-1919年02月21日)日本画家、帝室技芸員、東美教授、師橋本雅邦、日本美術院創立に参加
寺山静峰(不明-不明)日本画家、四条派
道口雪窓(不明-1864)江戸後期の画家、立原杏所・松平雪山に学ぶ、名貞徳
東皐心越(1639-1696年10月25日)江戸前期の禅僧・画家、帰化明人、号兆隠、水戸祇園寺開山
等本(不明-不明)室町期の画僧
徳川綱條(1656-1718)江戸前期の水戸第3代藩主
徳川斉昭(1800-1860)江戸後期の画家、水戸第9代藩主
徳川斉修(1797-1892)江戸後期から明治期の水戸第8代藩主
徳川治紀(1773-1816)江戸後期の水戸第7代藩主
徳川宗尭(1705-1730)江戸中期の水戸第4代藩主
徳川宗輸(1728-1766)江戸中期の水戸第5代藩主
戸祭友古(1828-1869)江戸後期から明治期の画家、椿椿山の門人、名為之介
富田呉舟(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、松平雪山の門人
富永雪旦(1876-1913)日本画家、松平雪江・望月玉泉に師事、名榮松
豊田天嶺(1874-不明)日本画家、松本楓湖の門人とみられる
豊田笠州(1874-不明)日本画家、松平雪江・松本楓湖に師事、別号静観など
内藤右膳(不明-不明)江戸後期の画家、名重昌、後に業昌、別号桂斎・鳳翔、立原杏所に学ぶ
内藤常山(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、杉浦霞岳の門人、名庸之介、好古堂
永井鳳仙(1886-不明)日本画家、久保田米僊の門人、名久晴、通称清・清之介
長嶋尉信(1781-1867)江戸後期の画家、名尉信、字祐郷、通称治左衛門・二左衛・二左衛門、別号郁子園・二洲
永田春水(1889-1970年04月01日)日本画家、東美卒、師荒木寛畝・荒木十畝、帝展審
永田竹畝(1889-不明)日本画家、南北合派
中村蕉畝(1877-不明)日本画家、早川仙舟・松平雪江・荒木十畝に師事、別号仙岑・雪潭
中村竹圃(1841-不明)日本画家、福島柳圃に師事、名邦敬
中村文彬(不明-不明)江戸中期の画家、名淑徳、通称与一左衛門、谷文晁に学ぶ
中山霞湖(1842-不明)日本画家、土浦藩士、小林寒林に学ぶ、名政則
長山はく(1895-1995)日本画家、女子美術学校卒、師松岡映丘・山口蓬春、帝展・新文展・日展出品
中山蘭花(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、名盛元、漢籍に通じて詩書をよくした
生井沢霞洲(1830-1882)江戸後期から明治期の水戸藩御用絵師、狩野永真に学ぶ、名昱也
成田益親(不明-不明)室町期の画家、名小次郎
成毛金江(不明-1873)江戸後期から明治期の画家、名貞一、別号丹治
新堀華塘(不明-1931)日本画家、通称仁右衛門
新堀玄道(不明-不明)日本画家、北宗画、号翠山
西田春耕(1865-1910)日本画家、高久靄崖・渡辺崋山に師事、名譲、通称俊蔵
額田照通(1569-1630)安土桃山期から江戸前期の画家、常陸額田城主、名彦三郎
沼尻墨僊(1775-1856年05月29日)江戸後期の地理学者・天文学者、名一貞、幼名常治、通称完蔵・墨僊彜・蠖斎・蘆間山人
根本正(1923-1980)日本画家、師小林巣居人、新興美術院理事、九月会創立
野口北巌(1848-1905)日本画家、名勝一、別号梅巌・珂北、野口雨情の叔父
野口北川(1816-1868)江戸後期の画家、師椿山、名勝章
野口幽谷(1827-1898)江戸後期から明治期の画家、帝室技芸員、師椿椿山、別号和楽堂
野沢白華(1845-1904)日本画家、宇佐美太奇・春木南溟・渡辺崋山に師事、名龍久
野田朝泉(1892-1953)日本画家、名文雄
梅痴(1793-1858)江戸後期の画家、飯沼弘経寺の住職、名秦冏、字壹純・白純、号小蓮主人
萩谷☆喬(1779-1857)江戸後期の画家、水戸藩三大画家に数えられる、名徹、字霓夫、通称八介、☆は「僊」から「にんべん」をとる
橋本雅邦(1835-1908年01月13日)日本画家、帝室技芸員、日本在来画法の近代化に取り組んだ、師狩野雅信、院展創立主幹、東美開校時教授
橋本東岳(1891-1968)日本画家、武石鴎崖に師事、名信義、別号月波山人
服部波山(1822-1894年10月10日)江戸後期から明治期の画家、師和田蹊斎、名謙蔵、字自牧
林十江(1777-1813)江戸後期の文人画家、名長羽、字子翼・雲夫
春木南溟(1795-1878年12月12日)江戸後期から明治期の文人画家、師父南湖、別号耕雲樵者
檜垣素袋(1716-不明)江戸中期の画家、狩野永真安信の門人、通称庄右衛門
菱田春草(1874-1911年09月16日)日本画家、師川端玉章・結城正明、日本美術院創立同人
飛田周山(1877-1945年11月22日)日本画家、師久保田米僊・橋本雅邦・竹内栖鳳、旧帝展審査員
檜山淡斎(不明-1842)江戸後期の画家、狩野派を習得して江戸に出た
枚田水石(1796-1863年09月26日)江戸後期の画家、古河藩士、名之盛、字保之、通称源之丞
平野文蔚(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、松平雪山の門人、名幸一、別号暢谷
平山寛亭(不明-不明)日本画家、荒木寛畝の門人、名粛
平山文麗(1889-1942)日本画家、東美卒、横山大観に師事、名権五郎、奥村老圃は叔父
廣瀬周度(1780-1840)江戸後期の画家・谷田部藩医
藤岡紫峰(1880-1956)日本画家、師松本楓湖・川合玉堂、連合絵画共進会褒状、文展・帝展出品
藤懸静也(1881-1958年08月05日)美術史家、文化財専門審議会々長、国華社主幹、明治大学教授
佛頂(1642-1715)江戸前期の画僧、号河南
細田白桜(1874-不明)日本画家、島田平斎・菅原白龍に学ぶ、名悦二郎
堀紫山(1863-1940)日本画家、美術雑誌「国華」の倶楽部員、「二六新報」記者
本田正貫(不明-不明)日本画家、僧鉄翁に学ぶ、名正憲、号雲林
増田遷晁(1810-1883)江戸後期から明治期の画家、幼名和助、のちに増田惣右衛門と称す、萩谷☆喬に師事(☆は「僊」からにんべんをとる)
松平義山(1664-1744)江戸前期から中期の画家、名頼貞、姓源、字子剛
松平雪江(1833-1914)江戸後期から明治期の画家、立原杏所に学び父雪山に師事、南宗画を主に研究、『茨城常磐公園攬勝図誌』を編集
松平雪山(1794-1879)江戸後期から明治期の文人画家・水戸藩士、師杏所、別号雪軒・東丘
松平頼救(1756-1830)江戸中期から後期の画家、宍戸藩第5代藩主、字子徳、号謙山・太玄
松平鸞山(1697-1742)江戸中期の画家、宍戸藩第3代藩主、名頼慶、狩野派の山水を描いた
松本楓湖(1840-1923年06月22日)日本画家、帝国美術院会員、師菊池容斎・佐竹永海、日本画会結成に参加、日本美術院創立に参加
松本幽石(不明-不明)日本画家、川合玉堂に師事、名清一、字子龍、別号白雲居
間宮林蔵(1775-1844年02月26日)江戸後期の北方探検家、間宮海峡を発見、名倫崇、書画をよくした
三浦呉舟(不明-不明)江戸後期の画家、椿椿山に学ぶ
水谷正村(1524-1598年07月23日)安土桃山期の画家、下館城主、号蟠龍斎
緑姫(不明-不明)江戸中期から後期の画家、徳川家斉の養女、水戸中納言の簾中、狩野勝川院に学んだ
皆川晩霞(1892-不明)日本画家、田崎草雲に学ぶ、名麓
三宅拈華(不明-1927)日本画家、渡辺小華の門人、初号蘭台
宮部雲錦(1749-1815)江戸中期から後期の画家、栗田長珉に師事、名翼、字子恒、桃源
妙性尼(不明-不明)江戸中期の画家、狩野栄川右信の妻
三好元一(1793-1843)江戸後期の画家、水戸藩士、酒井抱一の門に学ぶ、幼名徳太郎
三輪雪溪(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、下館藩士、竹内南圭に学ぶ、名才次郎
明中(不明-不明)江戸後期の画僧、名如寿
武笠玉秋(1893-1968)日本画家、独学で学ぶ、伝統美術会所属
村岡岳民(不明-不明)江戸後期の画家、名粛、萩谷☆喬の弟(☆は「僊」からにんべんをとる)
森三樹(不明-不明)日本画家、名昭治、山水が得意
森作湖仙(1876-不明)日本画家、松本楓湖の門人、歴史画・人物画をよくした
谷島関水(不明-1889)江戸後期から明治期の画家、菊池江外の門人、山水が得意
野内月居斎(不明-不明)江戸中期から後期の画家、名助三郎
梁川星巌(1789-1858)江戸後期の漢詩人、名孟緯、字公図・伯兎、通称長澄
柳沢菊次郎(1886-1941)洋画家、白馬会研究所で学ぶ、岸田劉生と草土社をおこす、号風居
養父清直(1905-1965年05月20日)日本画家、師吉村忠夫、日本画院展受賞、新興美術院理事
山内伊村(不明-1863)江戸後期の水戸家御用絵師、名榮以
山内勝春(不明-不明)江戸後期の画家、狩野勝川院雅信の門人、名雅熈、山内伊村の養子
山内養春(1757-1819)江戸中期から後期の水戸藩の御用絵師、狩野惟信の高弟
山形皆空(1868-不明)日本画家、渡辺小華・沼田荷舟に師事、別号風軒・奇峰軒など
山口牧野(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、鈴木鵞湖の門人、名花見郎
山口閑田(不明-不明)日本画家、野沢白華の門人、名丑三郎
山田芝遷(不明-不明)日本画家、小坂芝田の門人、名忠文
山田遷民(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、萩谷☆喬の門人(☆は「僊」からにんべんをとる)、通称政之助
横田一峰(1881-1935)日本画家、医師を志して上京するが画家になる、名佐雄
横山秀暉(1900-1980)日本画家、五島耕畝に師事、名徳之介
横山大観(1868-1958年01月26日)日本画家、文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、帝室技芸員、東美で橋本雅邦に師事、日本美術院の設立に参加
与謝蕪村(1716-1784年01月17日)江戸中期の文人画家・俳諧師
吉田竹亭(1856-1916)日本画家、小林蔵六・滝和亭に支持、名丈之助
吉田東港(1882-不明)日本画家、今尾景年に学ぶ、名清素、別号菘村・又細柳斎
六左衛門(1504-不明)室町後期の画家、常陸国に住み、兄雪村の法を学んだ
渡辺雲岳(不明-1842)江戸後期の画家、谷文晁の門人、名喜、通称安次郎
渡辺雲溪(不明-不明)江戸後期から明治期の画家、松平雪人の門人、名進、通称咲兵衛
渡辺崋山(1793-1841年11月23日)江戸後期の文人画家・蘭学者、谷文晁らに師事、田原藩家老
渡辺華洲(1852-1929)日本画家、名武助、詩文をよくした
渡辺小華(1835-1887年12月29日)日本画家、名諧、字沼卿、峯山次男、師椿山・半香
渡辺美知夫(1912-1975年02月02日)日本画家、師奥村土牛、日本美術院院友、茨城美術会創立会員
亘遷幽(1810-1877)江戸後期から明治期の画家、萩谷☆喬の門人(☆は「僊」からにんべんをとる)、名僖左衛門

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