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UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

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小山三造に学び郷里の筑後画壇の基礎を築いた森三美

2026/11/2  

森三美(1872-1913)は、福岡県久留米市に生まれ、明治20年京都に出て京都府画学校に入学し、一学年修業後に小山三造に師事した。明治24年帰郷し、自宅で少年たちに洋画を教えた。教え子には青木繁、坂 ...

京都洋画壇に新しい息吹をもたらした都鳥英喜

2026/10/30  

都鳥英喜(1873-1943)は、千葉県印旛郡佐倉町(現在の千葉県佐倉市)に生まれた。浅井忠の17歳下の従弟にあたり、その影響で洋画を学ぶようになった。9歳の時に一家で横浜に移住し、12歳から3年間中 ...

関西美術院の発起人に名を連ねた小笠原豊涯

2026/10/28  

小笠原豊涯(1870-1920)の経歴については不明な点が多く、出身地は淡路島洲本とも北海道日高とも伝わっている。明治22年以前に京都府画学校に入学し、田村宗立に洋画を学び、明治24年の第4回明治美術 ...

関西洋画壇の振興に大きく貢献した伊藤快彦

2026/10/26  

伊藤快彦(1867-1942)は、京都洛東・若王子の神官の子として生まれた。高橋由一の「鮭」を見たことがきっかけで洋画家を志すようになったという。はじめ田村宗立に洋画を学び、のちに上京して小山正太郎、 ...

本格的な洋画研究の拠点を関西に起こした浅井忠

2026/10/23  

浅井忠(1856-1907)は、佐倉藩士の子として江戸藩邸に生まれ、千葉・佐倉藩校で漢学、南画を学んだのち、上京して英語を学んだ。明治9年に英国帰りの国沢新九郎の彰技堂に入門して洋画を学びはじめ、同時 ...

雪佳の後継者として嘱望されたが早世した古谷紅麟

2026/10/23  

古谷紅麟(1875-1910)は、滋賀県高島郡海津町(現在の滋賀県高島市マキノ町海津)に生まれた。京都に出て漢学や国文学を学んだあと、四条派の鈴木万年に師事し、その後、生涯の師となる神坂雪佳に師事し図 ...

京都の図案界に大きな足跡を残した神坂雪佳

2026/10/23  

神坂雪佳(1866-1942)は、京都粟田の士族の家に生まれ、16歳で四条派の鈴木瑞彦に入門して日本画を学び始めた。22歳で川島織物工場に入り織物図案の実地研究をはじめ、その間、欧州帰りの政治家・品川 ...

東京における四条派の重鎮として活躍した小林呉嶠

2026/10/23  

小林呉嶠(1871-1928)は、俳人・小林鹿造の子として京都に生まれ、四条派の今尾景年に師事した。少年の頃から地元の京都博覧会だけでなく、シカゴ万国博覧会などにも出品して受賞を重ね、景年画塾の筆頭と ...

常に詩と画をひとつのものとして描いた仁尾小香

2026/10/23  

仁尾小香(1866-1950)は、阿波国三好郡辻町(現在の徳島県三好市井川町辻)に生まれ、画家を志して京都に出て、前田荷香、森寛斎に画を学び、江馬天江、林双橋、小野湖山、依田学海らに詩文を学んだ。 郷 ...

皇室に献上した戦地写生画を描いた藤山鶴城

2026/10/23  

藤山鶴城(1870-不明)は、丹後国(現在の京都府舞鶴市)の旧田辺藩士族の家に生まれた。京都府画学校に入学し、幸野楳嶺に学び、その後上京して野村文挙に師事した。初期には日本青年絵画協会に出品するなどし ...

愛好家との繋がりのなかで制作した高谷篁圃

2026/10/23  

高谷篁圃(1870-不明)は、京都の円山四条派の流れを汲む画家で、幸野楳嶺の門に学んだと伝わっている。花鳥画を得意とし、生涯京都に住んだが、画壇とは距離を置き、愛好家との繋がりで制作した。 掲載の「富 ...

栖鳳と明治の京都美術の革新に携わった山元春挙

2026/10/23  

山元春挙(1872-1933)は、滋賀の膳所に生まれ、はじめ野村文挙に学び、文挙の東京移住後は森寛斎に師事し、円山派の正統な画系に連なった。幸野楳嶺門下が圧倒的に強い当時の京都画壇にあって若くして頭角 ...

京都画壇で超然とした個性を示した都路華香

2026/10/23  

都路華香(1871-1931)は、京都の友禅描きの家に生まれ、9歳から幸野楳嶺に師事した。途中、家庭の事情で修業を中断して実家で家業を手伝っていたが、19歳の時に第3回内国勧業博覧会で褒状を受け、その ...

京都画壇の歴史画の第一人者として活躍した谷口香嶠

2026/10/23  

谷口香嶠(1864-1915)は、代々木綿問屋を営む豪商の家に生まれ、少年期から漢籍、史書に通じ、15歳で東京に出て医学を学んだ。翌年生家に戻り、家業を手伝いながら画法を独学し、明治16年、19歳の時 ...

京都画壇を代表する立場を担い続けた竹内栖鳳

2026/10/23  

竹内栖鳳(1864-1942)は、京都に生まれ、はじめ土田英林に画の手ほどきを受け、17歳で幸野楳嶺の門に入った。楳嶺のもとで四条派の伝統的な技術と感覚を磨くとともに、雪舟や池大雅ら他派の古画も研究し ...

端正温雅な花鳥画で近代京都画壇を牽引した菊池芳文

2026/10/23  

菊池芳文(1862-1918)は、表具師の二男として大坂に生まれ、はじめ滋野芳園に学び、のちに19歳で京都の幸野楳嶺に師事した。入門の翌年、20歳で第1回内国絵画共進会で銅賞となり、その後も各展で受賞 ...

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昭和59年(1984)、田中一村(1908-1977)が奄美大島で没して7年後、NHK教育テレビ「日曜美術館」で「黒潮の画譜~異端の画家・田中一村~」と題して一村の画業が紹介され、大きな反響を呼んだ。 ...

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