画人伝・宮城 狩野派 動物画

菊田伊徳のラクダ図

菊田伊徳「駱駝図」

江戸時代、ラクダはゾウとならんで見世物として絶大な人気を博した動物だった。そのラクダが長崎に到着したのは文政4年(1821)のことだった。イラン産の雌雄2頭のラクダは、西国をまわってから、文政6年に大坂に着き、大坂、京都での見世物興行のあと、文政7年8月、江戸に到着した。ラクダたちは両国広小路で公開され、大人気を博したという。

掲載の菊田伊徳「駱駝図」は、その2頭のラクダを描いたものとされる。落款に「文政七年九月 伊徳写生」とあることから、江戸に到着したラクダの実物を写生して描いたことがうかがえる。菊田伊徳は、仙台藩御用絵師で、同じく藩絵師をつとめていた菊田伊洲の6歳年長の従兄弟にあたる。詳しい経歴は不明だが、伊洲とおなじく江戸木挽町狩野家で学んでいる。

菊田伊徳(1785-1851)きくた・いとく
天明5年生まれ。仙台藩御用絵師。名は栄茂、通称は伊徳。清静と号した。木挽町狩野家伊川院栄信の門人。菊田栄羽の二男・栄行の子と思われる。菊田伊洲と同時代の人で、十二代藩主斎邦、十三代藩主慶邦の時代には御用絵師が菊田家から2人出ていたと思われる。嘉永4年、66歳で死去した。

宮城(12)-画人伝・INDEX

文献:仙台市史特別編3(美術工芸)、仙台藩の御用絵師・菊田伊洲、仙台画人伝




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