UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま東北地方を探索中。

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第三代白河藩主・松平定信の画事

寛政の改革で知られる松平定信(1758-1829)は、八代将軍徳川吉宗の孫として江戸城内の田安邸に生まれ、17歳で白河藩松平家の養子となった。天明3年には白河藩の家督を継いだが、天明7年に幕府老中首座 ...

琴の奏者として会津を訪れた近世南画の大家・浦上玉堂と会津藩の音楽方として生きた二男の秋琴

岡山藩の支藩・鴨方藩士の子として岡山城下に生まれた浦上玉堂(1745-1820)は、藩務のかたわら、儒学や医学・薬学といった学術、詩作や七絃琴といった芸術の分野にも関心を示し、特に七絃琴に関しては演奏 ...

狩野探幽門下四天王のひとり、会津藩御用絵師・加藤遠澤

会津藩絵師の加藤遠澤(1643-1730)は、幼いころから雪舟の画風を志し、保科正之が会津藩主になった際には茶坊主となり、藩絵師の棚木良悦に絵の手ほどきを受けた。19歳で狩野探幽に入門し、30歳の頃に ...

会津・三春で活動した戦国時代の奇想の画僧・雪村周継

雪村周継は、伊藤若冲や曾我蕭白に代表される「奇想の画家」の元祖とも称される戦国時代末期の画僧で、大胆な構図と奇態な人物描写で知られている。比較的多くの作品が残っているが、その生涯を伝える資料は少なく、 ...

広大な土地を自ら耕し自給自足の生活を理想とした京都大原の画仙人・小松均

山形県大石田町に生まれた小松均(1902-1989)は、画家を志して18歳の時に上京、新聞配達をしながら川端画学校に通って日本画を学んだ。大正13年第4回国画創作協会展に入選、これが土田麦僊(1887 ...

岸田劉生とともに「日本人としての油絵」を追求した椿貞雄

米沢市に生まれた椿貞雄(1896-1957)は、幼いころから絵画に親しみ、18歳の時に画家を志して上京、その後まもなく岸田劉生(1891-1929)の個展を見て感銘を受け、19歳で劉生に師事した。劉生 ...

「もうひとりの鮭の画家」と呼ばれた酒田洋画の先駆者・池田亀太郎

日本近代洋画の開拓者として知られる高橋由一(1828-1894)は、鮭の画家とも称され、多くの鮭図を描いており、東京藝術大学所蔵の「鮭」(作品3)は国の重要文化財に指定されている。ところが、もうひとり ...

橋本雅邦に学び禅的作品を多く描いた加藤雪窓

秋田県本庄市に生まれた加藤雪窓は、幼いころに父母を失い、11歳の時から祖父に育てられた。絵は10歳のころから小室怡々斎に手ほどきを受け、書を大越関石に学んだ。祖父は雪窓の才能を高く評価し、雪窓を伴いよ ...

京都で活躍した庄内出身の南画家・服部五老と二柳

鶴岡に生まれた服部五老は、京都で田能村直入に師事し、日本南画院の同人として活躍した。全盛時は、橋本関雪、竹内栖鳳らと並び称され、画の注文が殺到したという。豪壮な邸宅に住み、生活は豪奢を極め、来客が絶え ...

ドイツの化学者・ワグネルが開発した釉下彩陶器「旭焼」の絵付けをした狩野派の画家・荒木探令

現在の新庄市に生まれた荒木探令は、10歳の時に地元の絵師・菊川淵真に絵の手ほどきを受け、18歳で上京、鍛冶橋狩野家の狩野探美に師事して狩野派の画法を学び、26歳で探令の号を許された。この頃、ドイツの化 ...

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