中国故事

大観・観山ら新派と対照的な画業を展開した赤羽雪邦

2021/12/11  

赤羽雪邦「阿呼詠詩」深志神社 赤羽雪邦「大西洋所見」 赤羽雪邦(1865-1928)は、東筑摩郡松本村並柳(現在の松本市並柳)の農家に生まれた。2、3歳の頃に父母を相次いで亡くし、母の実家で育てられた ...

新しい時代にふさわしい日本画を模索した菱田春草

2023/9/28  

菱田春草「放鶴」現存する数少ないアメリカ滞在中に描かれた作品。 下伊那郡飯田町(現在の飯田市)に生まれた菱田春草(1874-1911)は、飯田学校(現在の飯田市立追手町小学校)高等科を卒業後、15歳で ...

諏訪部直亭ら信州の児玉果亭の門人

2021/10/18  

諏訪部直亭「十六羅漢」 渋温泉で作画と教育に専念していた児玉果亭のもとには、多くの弟子入り志願者が集まった。近郊の人たちは子どもに才能の兆しが見えればすぐに「果亭さん」に見てもらい、また、小坂芝田や青 ...

柳沢文真、加藤半渓ら佐久・上田の南画家

2021/10/8  

柳沢文真「商山四皓之図」 柳沢文真(1832-1915)は、南佐久郡桜井村(現在の佐久市)に生まれた。父の柳沢文叔は谷文晁に師事した南画家で、文真も8歳のころから谷文晁に師事し、文晁没後はその子・文二 ...

飯田藩主堀家のお抱え絵師・島高麿

2021/9/20  

左:島高麿「高砂尉姥図」、右:島高麿「人物像」 島高麿(1791-1871)は、伊那郡南山村(現在の泰阜村)に生まれた。飯田藩主堀家のお抱え絵師として国詰で飯田城につとめ、日常は、城中の障壁画の新規画 ...

四条派の師風を守った関長年

2021/9/17  

関長年「草廬三顧」 信濃国下高井郡松川村(現在の中野市松川)の豪商の家に生まれた関長年(1813-1877)は、20歳の時に江戸に出て四条派の大西椿年に師事し、師の一字をもらい「長年」と号した。26歳 ...

中信地方に南画を本格的に紹介した古曳盤谷

2021/9/8  

古曳盤谷「三皇・楼閣山水図」(三幅対) 古曳盤谷(1807-1885)は、伯耆国会見郡榎大谷(現在の米子市榎原)に生まれた。父盤嶺は医者で儒者だったが、文武両道に秀でており、盤谷は父から医術、漢学のほ ...

松代藩御用絵師・大島芳暁斎と大島家三代

2021/8/23  

左:大島芳暁斎「黄石公図」、右:大島芳暁斎「張良図」 三代にわたって松代藩の絵師をつとめた大島家の初代・大島芳雲斎(1766-1840)は、天明年間に江戸に出て木挽町狩野家に入門した。この時期は、松代 ...

安曇野における狩野派の先覚・狩野梅二

2021/8/12  

狩野梅二「故事人物図」 信州安曇野に狩野派の絵師が登場するのは、江戸中期に入って宝永年間のことである。穂高町だけでも十指を数える絵師が記録に残っており、そのなかでも最も年代が古いのが狩野梅二(1704 ...

各地を遊歴して画技を磨き名を高めた三枝雲岱

2021/7/5  

三枝雲岱「囲碁図」山梨県立美術館蔵 山梨県巨摩郡浅尾新田(現在の北杜市明野)に生まれた三枝雲岱(1811-1901)は、14歳の時に蔵原村の三光山宝原寺の三枝家の養子になり、22歳で住職となった。幼い ...




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