UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま北関東地方を探索中。

「中国故事」 一覧

谷文晁ら江戸の文人と交流し多彩な画事を展開した小泉斐

下野国益子の神官の子として生まれた小泉斐(1770-1854)は、幼いころから画を好み、11歳で茂木に出店していた近江商人の島崎雲圃に入門、雲圃の師である高田敬輔にも師事した。師の雲圃は商売柄、近江と ...

伝統と奇想が相克する多彩な画業を展開した反骨の画鬼・河鍋暁斎

河鍋暁斎(1831-1889)は、天保2年に下総国古河(現在の茨城県古河市)の城下に生まれ、数え2歳の時に家族とともに江戸に出た。7歳で浮世絵師・歌川国芳のもとで画を学び、10歳で駿河台狩野家の前村洞 ...

水戸の三画人に影響を与えた伊勢の画僧・月僊

水戸の三画人と呼ばれる林十江、立原杏所、萩谷セン喬の3人が、そろって影響を受けたとされるのが、伊勢の画僧・月僊(1741-1809)である。月僊は名古屋に生まれ、十代で江戸の増上寺に入り、修行のかたわ ...

近世水戸の南蘋派・宮部雲錦と栗田長珉

宝暦年間(1751-1764)になると、長崎に来航した沈南蘋が伝えた新しい写実主義が全国的に影響を及ぼし、江戸では宋紫石をはじめとする多くの南蘋派の画家たちが台頭し、当時全盛を誇っていた狩野派に対し、 ...

自らを雪舟十二世と称した桜井雪館

磯浜(現在の大洗町)に生まれた桜井雪館(1715-1790)は、雪舟に私淑し、江戸に出て画塾を開き、門弟は2百余人を数えたという。雪館の父・桜井担も画をよくし、祖父も画家で、師の桜井才次郎忠重は、徳川 ...

建長寺の僧となりのちに常州水戸に住んだ長柳斎(可卜)

祥啓の門弟のひとりに、建長寺の僧となり、のちに常州水戸に住んだ長柳斎(不明-不明)がいる。最初の画史といわれる『丹青若木集』によると、祥啓とその周辺の系譜のなかで、可卜(長柳斎)と性安の名があげられて ...

遠藤香村に師事し、晩年は東京で活動した渡辺東郊

渡辺東郊(1848-不明)は、会津若松城下屋敷町に生まれた。祖父光蔵は、武をもってきこえ、特に柔術をよくし、屋敷内に修練所を設けて多くの青年を薫陶していた。しかし、東郊は、生来虚弱体質で、少年の頃は刀 ...

和歌もよくした四条派の星暁村

星暁村は、会津若松城下の城郭外、当時の下町にあたる融通寺町の商家に生まれた。文雅を好み、商売は好まず、幼くして遠藤香村の門に入り、30余年にわたって香村のもとで四条派の技法を学んだ。この間、仙台の松島 ...

会津を離れ彦根藩御用絵師となった佐竹永海

佐竹永海(1803-1874)は、会津藩の御用もつとめていた蒔絵師の家に生まれた。幼いころから地元の狩野派の絵師・萩原盤山に絵を学び、師から一字を得て「盤玉」と号した。その後、18歳、または20歳の頃 ...

豪放で酒を好み、「朝寝朝酒朝湯が大好き」な小原庄助さんのモデルと伝えられる会津塗師久五郎の面倒をみた町絵師・蒲生羅漢

白河の郷土絵師・蒲生羅漢(1784-1866)は、天明4年に白河に生まれた。この年は松平定信が白河藩主についた年で、その後定信の強い影響下で白河の近世画壇は一気に花開いていく。定信は才覚があれば一介の ...

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