中国故事

加賀藩に仕えた神田松永町狩野家の祖・狩野友益

2022/12/2  

狩野友益「帰去来図剡渓訪戴図」石川県立美術館蔵 狩野友益(不明-不明)は、狩野永徳の弟にあたる狩野宗巴種信の孫で、江戸に出て表絵師・神田松永町狩野家を興した。加賀藩五代藩主・前田綱紀のときに加賀藩に仕 ...

狩野芳崖、橋本雅邦、狩野勝玉とともに「勝川院の四天王」と称された木村立嶽

2022/9/12  

木村立嶽「巌間望月図」ボストン美術館蔵 木村立嶽(1825-1890)は、越中国中新川郡富山南田丁(現在の富山市南田町)に生まれた。父親は仏壇の指物師・宮大工を生業にしていた。6歳頃から藩絵師に画技の ...

京都御所に花鳥画を描き名を高めた吉田公均

2022/8/1  

吉田公均「金碧西園雅集図」富山市立郷土博物館蔵 吉田公均(1804-1876)は、越中江上村(現在の富山県中新川郡上市町)の農家に生まれた。幼いころから画才を発揮し、それを認めた近所の住職の勧めで、1 ...

初期の東京美術学校で学んだ新潟出身の日本画家、佐々木林風・西方春叢・桐谷洗鱗

2022/4/27  

左:佐々木林風「狩猟」東京芸術大学芸術資料館蔵右:西方春叢「唐美人」東京芸術大学芸術資料館蔵 明治20年に創設された東京美術学校の日本画科で学んだ新潟出身の画家としては、佐々木林風、西方春叢、桐谷洗鱗 ...

佐渡奉行所の絵図師をつとめた石井夏海・文海父子

2022/4/1  

石井夏海「鍾馗」 佐渡国相川の郷宿を営む家に生まれた石井夏海(1783-1848)は、幼いころから画を好み、15歳の時に地元の絵師・吉村蘭秀に学び、ついで江戸に出て紀南嶺、谷文晁の門に学んだ。また、司 ...

江戸中期の越佐画壇を主導した五十嵐浚明

2022/3/2  

五十嵐浚明「商山四皓・虎渓三笑図」十輪寺蔵 五十嵐浚明(1700-1781)は、新潟町(現在の新潟市)の商家に生まれた。幼いころから画才を発揮し、20代後半までは家業を手伝いながら暇をみつけては画を描 ...

台湾の美術振興につとめた郷原古統と木下静涯

2021/12/11  

郷原古統「海裳」(二曲一双のうち左隻) 日本統治時代(1895~1945)の台湾には、教育者として渡った信州人も多く、昭和2年(1927)に創設された台湾美術展では池上秀畝や矢沢弦月らが審査員をつとめ ...

大観・観山ら新派と対照的な画業を展開した赤羽雪邦

2021/12/11  

赤羽雪邦「阿呼詠詩」深志神社 赤羽雪邦「大西洋所見」 赤羽雪邦(1865-1928)は、東筑摩郡松本村並柳(現在の松本市並柳)の農家に生まれた。2、3歳の頃に父母を相次いで亡くし、母の実家で育てられた ...

新しい時代にふさわしい日本画を模索した菱田春草

2021/11/8  

菱田春草「放鶴」現存する数少ないアメリカ滞在中に描かれた作品。 下伊那郡飯田町(現在の飯田市)に生まれた菱田春草(1874-1911)は、飯田学校(現在の飯田市立追手町小学校)高等科を卒業後、15歳で ...

諏訪部直亭ら信州の児玉果亭の門人

2021/10/18  

諏訪部直亭「十六羅漢」 渋温泉で作画と教育に専念していた児玉果亭のもとには、多くの弟子入り志願者が集まった。近郊の人たちは子どもに才能の兆しが見えればすぐに「果亭さん」に見てもらい、また、小坂芝田や青 ...




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