UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま北関東地方を探索中。

「中国故事」 一覧

近世土佐を代表する南画家・中山高陽と土佐の門人

近世土佐を代表する南画家として中山高陽(1717-1780)がいる。高陽は日本南画の草創期、京都で彭城百川に画を学んだのち、42歳の時に狩野派が全盛を誇る江戸に出て、詩書画の世界に独自の境地を切り開き ...

河鍋暁斎の師・前村洞和と土佐の狩野派

江戸で仕えた土佐藩の絵師のうち、前村洞和と荒木寛畝は土佐の生まれではない。前村洞和(不明-1841)は、江戸に生まれ、駿河台狩野で学び江戸土佐藩の御用絵師をつとめた。江戸で洞和に学んだ土佐の画人として ...

近代徳島の住吉派、森魚渕・多田藍香・湯浅桑月と門人たち

阿波の住吉派の第一人者である守住貫魚の門下で最も傑出した画人と称された森魚渕(1830-1909)は、ほとんどを徳島の地で活動し、地元画壇の発展に貢献した。明治20年代にできた徳島絵画協会では中心的な ...

徳島藩御用絵師の系譜・佐々木家

江戸時代になると世情も落ち着き、町絵師も多く出たが、徳島藩・蜂須賀家は将軍家にならい狩野派の画人を御用絵師とした。御用絵師の家系で最も古いのは佐々木家で、元禄頃に始まったとみられる。佐々木家については ...

伊勢の円山・四条派

伊勢地方の円山・四条派の画人としては、松阪の曾和温山(1748-1797)が京都に出て四条派を学んでいる。また、歌人でもある垣本雪臣(1777-1839)は松村月渓に師事し、円山派の森徹山の養子である ...

美濃の南蘋派

中国の画家・沈南蘋によって長崎にもたらされた写実的な画法は、当時の画家たちに新鮮な驚きをもって迎えられ、弟子の熊代熊斐(1712-1772)を経て、江戸、大坂、京都などの画家に伝えられ、のちに南蘋派と ...

尾張南画の全盛、中林竹洞・山本梅逸の登場

神谷天遊ら大パトロンの存在により相当量の中国画が尾張の地に蓄積され、画家の研鑚の場も充実、画壇が活況を呈する条件が整えられていった。こうした時代にこの地で若い時期を過ごした中林竹洞、山本梅逸は、まさに ...

崋椿系が根付く前の東三河画壇(1)

後に絶大な勢力となる崋椿系が根付く前の東三河では、円山・四條派を学んだ恩田石峰や原田圭岳、そして谷文晁に学んだ稲田文笠らが中心的な画人だった。ほかには海山宗恪、三宅友信、金子豊水、大河内信古らがいた。 ...

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