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江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま東北地方を探索中。

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津軽に最初に漢画をもたらした比良野貞彦

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比良野貞彦「人体解剖図」

藩のお抱え絵師のほか、藩士のなかにも絵師として活動するものがおり、その最初の人物としてあげられるのが、比良野貞彦(不明-1798)である。それより少し前に建部綾足もいたが、綾足は出奔して以来津軽に帰っておらず、津軽の画人たちとの交流も伝えられていない。比良野貞彦は、江戸定府の弘前藩士で、文武両道の士として知られており、画技は谷文晁に学んだとされるが、定かではない。

天明8年には、八代藩主・信明に随伴して津軽に下り、その道中で途中の風景を写生した「道中記画巻」を制作し、津軽に入ると広く藩内をめぐり、風景や風俗を記録した「外浜画巻」を作り、善知鳥の写生も行なっている。また、領内の風俗をスケッチして考証を加えた『奥民図彙』は、ねぷたを描いた最も古い資料として知られている。ほかにも、こぎんを着た農婦の図など当時の風俗が記録された絵図を残しており、民俗学研究のうえでも貴重な資料になっている。

比良野貞彦(不明-1798)ひらの・さだひこ
弘前藩士。通称は信之助、のちに助三郎、さらに助太郎と改めた。号は外浜人、嶺雪。ほかに落款では、野貞彦、野彦とも記した。宝暦4年父親が病身のため若年で家督を相続した。弘前藩七代藩主信寧、八代信明、九代寧親の三代に仕えた。御馬廻組、御徒頭、御小姓組頭などを歴任し、明和元年には文芸精励の賞を受け、安永5年から江戸藩邸で教授をつとめた。画は谷文晁に学んだとされるが定かではない。天明8年藩主信明に随行して津軽に下り、領内の山野川海を探訪して描いた「外浜画巻」、善知鳥を写生して雑話を添えた「善知鳥」、江戸から津軽までの「道中記画巻」、津軽の習俗を描いた「奥民図彙」などの作品を残している。寛政10年死去した。

文献:青森県史 文化財編 美術工芸、津軽の絵師、津軽の美術史、奥民図彙

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