南画・文人画家

書家、篆刻家としても高く評価された谷聴泉

2022/9/12  

谷聴泉「庄川峡」 谷聴泉(1898-1939)は、富山県東砺波郡城端町(現在の南砺市)に生まれ、14歳の時に東京に出て石井林響に画を、中村不折に書を学んだ。書は、若いころから金沢の常福寺住職の北方心泉 ...

河東碧梧桐の新傾向俳句運動に参加した富山の俳人・筏井竹の門と野村満花城

2022/9/9  

野村満花城「籠に牡丹の図」 明治30年6月中旬、俳人・正岡子規の高弟・河東碧梧桐(1873-1937)が初めて北陸を訪れ、富山県高岡の西光寺をたずねた。このとき碧梧桐は24歳だったが、その後子規の死去 ...

稲垣碧峰ら幕末・明治期の富山の南画家

2022/8/23  

稲垣碧峰「桐花菊之図」 稲垣碧峰(1813-1879)は、富山城下舟橋今町(現在の富山市)の造り酒屋に生まれ、京都に上り貫名海屋に書を、浦上春琴に画を学んだ。当時、田能村竹田に有能な弟子を訪ねられた春 ...

幕末明治の京都画壇で南画の普及に貢献した谷口藹山

2022/8/4  

谷口藹山「霜天晩興図」 谷口藹山(1816-1899)は、越中国新川郡鉾ノ木村(現在の立山町)の農家に生まれ、幼いころ富山町の分家に養子に出た。18歳の時に江戸に出て谷文晁の門に入り、文晁とその門下の ...

京都御所に花鳥画を描き名を高めた吉田公均

2022/8/1  

吉田公均「金碧西園雅集図」富山市立郷土博物館蔵 吉田公均(1804-1876)は、越中江上村(現在の富山県中新川郡上市町)の農家に生まれた。幼いころから画才を発揮し、それを認めた近所の住職の勧めで、1 ...

昭和前期に官展で活躍した新潟の南画家・白倉嘉入と横尾深林人

2022/6/6  

白倉嘉入「連山雲烟」 昭和前期に官展(帝展、新文展、日展)に出品した新潟出身の主な南画家としては、ともに小室翠雲に学び、ともに日本南画院の同人をつとめた白倉嘉入と横尾深林人がいる。 新発田市出身の白倉 ...

南画の近代化の一翼をになった田村豪湖

2022/4/25  

田村豪湖「赤壁之図」 田村豪湖(1873-1940)は、南魚沼郡中之島村(現在の新潟県南魚沼市)の農家の四男として生まれた。幼いころから絵を描くことが得意で、7歳の時に病により片足が不自由になったこと ...

上海領事館に勤務しながら南画を研究した大倉雨村

2022/4/18  

大倉雨村「早春之図」 大倉雨村(1846-1899)は、新潟町(現在の新潟市)の医師・大倉良庵の子として生まれ、幼いころから地元の絵師・松尾紫山に画を学んだ。父の没後は江戸に出て、さらに長崎に行き鉄翁 ...

頚城の異色南画家・東洋越陳人と磯野霊山

2022/4/13  

東洋越陳人「山水図屏風」 越後国中頸城郡三和村(現在の上越市)の農家に生まれた東洋越陳人(1836-1916)は、7歳の時に荻野退治の塾に入り経史を学んだ。漢詩の暗誦と習字が得意で、子どもとは思えない ...

新潟への最初の外国船渡来を描いた井上文昌

2022/4/11  

井上文昌「新潟湊之真景」 井上文昌(1818-1863)は、新潟町(現在の新潟市)で代々町役人をつとめていた井上家に生まれ、江戸の谷文晁に入門し、文晁の高弟・遠坂文雍(1783-1852)に画を学んだ ...




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