画人伝・青森 狩野派 中国故事 龍図

弘前藩絵師・片山家

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元三大師御縁起 巻三(部分)片山養和常寿

弘前藩のお抱え絵師は、鵜川常雲の仲介により、狩野常信の門人のなかから、片山弥兵衛、今村五郎兵衛、赤石六右衛門、秦新右衛門、新井閑竹の5名の絵師が召し抱えられた。このうち赤石六右衛門を除いて、片山家、今村家、秦家、新井家の四家は、以後も画系をつないだが、片山家に関しては、残っている資料が皆無に等しく、三代以降の消息が明らかになっていない。今村家、秦家、新井家の三家は幕末まで代々続いたが、残された作品は極端に少なく、作画活動についても不明な点が多い。

片山家初代の常春は、名を弥兵衛といい、貞享2年に弘前藩お抱え絵師に召し出されたことしか伝わっていない。二代については、元禄6年に狩野常信の門人・吉左衛門が養子となって、翌年跡を継いでいる。二代となった片山養和常寿は、藩庁日記によると、五代藩主・信寿が家督を継いだ翌年の正徳元年に新井寒竹らと下向しているが、そのほかの消息については不明である。それ以降の片山家に関しては、正徳2年の分限帳に片山姓の絵師「片山養雲」の名が記載されているが、抹消の線が引かれており、その後、寛延、天明、文化、文政の各分限帳に記載されている絵師の中に片山の姓は見当たらない。

片山養和常寿(不明-不明)かたやま・ようわ・つねひさ
片山家二代。名は吉左衛門。狩野常信の門人。元禄6年、24歳の時に片山家の養子となった。享保10年報恩寺に奉納された「元三大師御縁起」の巻一と巻三を担当しており、これが残存する唯一の片山家作品とされる。

文献:青森県史 文化財編 美術工芸、津軽の絵師、津軽の美術史

私説 弘前城ものがたり―知られざる築城の謎
北方新社







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