画人伝・京都 円山四条派 人物画

応挙に学び和様の人物画を得意とした西村楠亭

西村楠亭「月次景物図」のうち2点

西村楠亭「月次景物図」のうち2点

西村楠亭(1775-1834)は、京都の木綿織物を営む家に生まれた。幼いころから画を好み、円山応挙に師事して応挙風の写生画をよくした。なかでも和様の人物画に巧みで、人物画譜も刊行している。応挙門下の十哲に、源琦、長沢蘆雪、奥文鳴吉村孝敬森徹山山口素絢、山跡鶴嶺、渡辺南岳月僊らとともに数えられたり、源琦、蘆雪、素絢とともに四天王の一人にあげられることもある。伝記は不明な点が多い。

西村楠亭(1775-1834)にしむら・なんてい
宝暦5年京都生まれ。父は木綿織物を営んでいた嶋屋庄右衛門。名は予章、字は子風(士風)。円山応挙に師事した。寛政度の御所造営に参加。享和4年に『楠亭画譜』を刊行。その後文化文政期に山口素絢と並んで応挙門下として活躍した。天保5年、60歳で死去した。(享年は80歳という説もある)

京都(109)-画人伝・INDEX

文献:円山応挙から近代京都画壇、京都画壇の一九世紀(2)




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