
原在正「富士山図巻」
原在正(1778?-1810?)は、原派の祖・原在中の長男で、理由はわからないが父に破門され、原派二代目は弟の在明が継いだ。破門後は三海姓を名乗って活動していたが、30歳代前半で没したため、遺品は少なく、画風は父の作風をもとに、さらに写生の精密度を増したものと思われる。
掲載の「富士山図巻」は、大坂の和田隆侯という風景画集めを趣味とした人物の注文で描かれたもので、全14巻、総長95メートルにも及ぶ。厳格に再現された稜線、大気感への固執など、写実的に描くこと自体への偏執的ともいえる徹底ぶりがうかがえる。
原在正(1778?-1810?)はら・ざいせい
安永7年頃京都生まれ。原在中の長男。文化2年に父から破門され、原派は弟の在明が継いだ。破門後は三海姓を名乗ったが、若くして没した。寛政8年に江戸に旅した際に描いた富士山などの図は、翌年刊行された秋里籬島編「東海道名所図会」に収められている。文化7年頃、30歳代前半で死去した。
京都(125)-画人伝・INDEX
文献:江戸絵画入門、円山応挙







