画人伝・京都 円山四条派 人物画 美人画・女性像

円山派に漢画、南画の手法を交えて制作した土岐済美

土岐済美「唐美人図」京都府立総合資料館蔵

土岐済美「唐美人図」京都府立総合資料館蔵

土岐済美(不明-不明)は、円山応挙の門人であることのほかは生没年も定かではなく、『平安人物志』などから、およそ文化文政期を中心に活動したとみられる。花鳥画を得意としていたと伝わっているが、人物画に関しては、「唐美人図」(掲載作品)にみられるように、この時期の円山派のなかでは比較的保守的な作風を伝えている。

一方で、妙心寺大雄院などに残る「山水図」は、あまり円山派的な要素は見出しにくく、樹木の形態や岩に見られる点苔などには、むしろ雲谷派的な特色があるとの指摘もある。これらのことから、さまざまな画題を、円山派の手法に限ることなく、漢画、南画の手法をまじえて制作したと思われる。

亀岡市にある如意寺の本堂には、計6室すべてにわたって済美の手による襖絵が描かれている。また、同寺近くの家には衝立一基が伝えられているという報告もあり、如意寺ならびに応挙の出身地である亀岡と済美との深い関係を思わせる。

土岐済美(不明-不明)とき・せいび
名は瑛昌、字は伯華、または台華。号は亀溪。円山応挙に師事した。寛政8年の新書画展に源瑛昌の名で出品。文化4年の応挙13回忌展観には「黄鶴楼図」を出品している。作品は、宮津市江西寺に「桜楓図」8面、妙心寺大雄院に「山水図」、亀岡市如意寺には「雪中山水図」などの襖絵のほか「十六羅漢図」16幅、「釈迦・文殊・普賢図」3幅が残されている。

京都(108)-画人伝・INDEX

文献:京都画壇の一九世紀(2)




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