
秀雪亭の「群仙図」(部分)大乗寺・仙人の間
秀雪亭(不明-不明)は、円山応挙の主要な門人のうち、その伝記が最も分かっていない。応挙門下として大乗寺の障壁画制作では「仙人の間」一室を担当し、寛政2年の御所造営の際の障壁画制作にも参加していることから、応挙門下では、かなり重要な位置にあった絵師と思われる。今日知られている作品は極めて少ない。
秀雪亭(不明-不明)しゅう・せってい
京都の人。本姓は藤原、姓は斎藤、秀、字は子寿、通称は権九郎。号は錦山。雪亭は天明末年頃に出家した後の法号。天明7年から文化10年までの約25年間の活動が知られる。寛政度の御所造営に応挙門下として参加。大乗寺障壁画制作では「仙人の間」を担当した。
京都(107)-画人伝・INDEX
文献:円山応挙から近代京都画壇、京都画壇の一九世紀(2)、大乗寺







