UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま北関東地方を探索中。



画家略歴

秋田(8)-ネット検索で出てこない画家

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江戸後期の画家(4)
吉沢撫松
秋田藩士。通称は助左衛門。地理に詳しい。牛の絵をよく描いた。

高橋琢斎
文化6年生まれ。秋田の画家。南北派。名は盛勤、通称は弥右衛門、別号に対青楼がある。晁山の父。高橋璞斎の門人。慶応2年8月29日、58歳で死去した。

長瀬直福
寛政8年9月11日生まれ。字は子寿、通称は平右衛門、幼名は直貞、鶴吉と称した。別号に鹿山、竜湖がある。慶応3年8月12日死去。

佐藤☆斎(☆は「たけかんむり」に「均」以下同様)
旧藩時代の警官であり画家。字は敬美、通称は恭助、泰助、忠之助などと称した。別号に画学堂、鳥峰がある。谷文晁派の依田竹谷の弟子で、同じ竹谷門下に、久保田手形の藩士である那河淇水がいる。門人に高橋啄斎、栗林竹友、片岡篁斎、小川歓斎、沢畑松嶺、翠英女、那河淇水、筑和文嶺、斎藤克斎、田村笈斎らがいる。慶応元年死去。

翠英女
秋田市大町太田良兵衛の長女、名はモト。佐竹義睦夫人諒鏡院の女中を勤めた。佐藤☆斎に師事。慶応6年19歳で死去した。

栗林竹友
幕末から明治期の秋田市川口裏町の画家。佐藤☆斎に師事。

佐藤香雲
幕末の秋田市の画家。名は虎之助。佐藤☆斎に師事。

田中笈斎
幕末の秋田市赤沼の画家。佐藤☆斎に師事。子に田村千里がいる。

高橋旭香
幕末から明治期の秋田市の画家。佐藤☆斎に師事。子に田村千里がいる。

筑和文嶺
明治期の画家。佐藤☆斎に師事。山田幹の父。

渡辺駒岳
幕末から明治期の秋田市の画家。名は駒蔵。佐藤☆斎に師事。

秋田(8)-ネット検索で出てこない画家

文献:秋田書画人伝

「秋田風俗絵巻」を読む
無明舎出版









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