六條篤「岬」奈良県立美術館蔵
昭和７年、二科会の新進画家だった田中修と下瀬貞和が美術教師として相次いで奈良を訪れ、彼らを中心に新しい動きが起こった。これに二科会、独立美術協会、帝展などに出品していた奈良県内の若い画家たちが集まり、昭和１０年、奈良美術家連盟が創立された。
会員は、田中修、下瀬貞和をはじめ、岩本恒三、市原達夫、乾平三、今西春治、奥山堤、間瀬謹平、遠山八二、岡島吉郎、六條篤、森嶋包光、辰己義人、浦久保義信の１４人で、賛助会員として濱田葆光、山下繁雄、中村義夫が加わった。
六條篤（1907-1944）は、昭和５年に結成された独立美術協会に第１回展から６回展まで連続出品し、シュルレアリスム風の詩的な作品を発表した。掲載の「岬」は第６回展に出品された。また、早くから短歌や詩に才能を発揮し、前川佐美雄の「日本歌人」にも加わり、非定型の歌をつくった。
六條篤（1907-1944）ろくじょう・あつし
明治４０年奈良県桜井市多武峰生まれ。大正１４年天理外国語学校（現在の天理大学）を卒業。昭和３年大阪の信濃橋洋画研究所でデッサンや水彩画を学んだが、大学卒業後は実家の郵便局を継いだ。昭和４年奈良滞在中の林武と知り合い、翌年創立された独立美術協会展に出品し、第１回から６回まで入選を重ねた。奈良美術家連盟の創立に参加、奈良県美術協会の結成にも加わった。また、前川佐美雄の「日本歌人」にも加わり、非定型の歌を作り、歌集、詩集などの著作も多く残した。昭和１９年、３７歳で死去した。
田中修（1903-1985）たなか・おさむ
明治３６年愛媛県生まれ。東京高等師範学校を卒業。昭和７年から１７年まで奈良中学校に勤務した。奈良における美術の新しい動きの中心的存在となった。昭和４年以降二科展に出品し、全関西洋画展にも出品した。昭和１７年以降は、新制作協会展に出品し、のちに会員となった。奈良美術家連盟創立に尽力し、奈良県美術協会の結成にも参加した。昭和６０年、８２歳で死去した。
下瀬貞和（1901-1983）
明治３４年山口県生まれ。大正１１年山口師範学校を卒業。昭和７年から１５年まで奈良女子高等師範学校に勤務した。昭和４年二科展に初入選し、以後毎年出品した。全関西洋画展にも昭和８年以降出品した。奈良美術家連盟創立に参加した。戦後は、福岡学芸大学美術科主任教授、九州産業大学芸術学部長、九州造形短期大学学長をつとめた。昭和５８年、８２歳で死去した。
岩本恒三（1901-不明）
明治３４年奈良県橿原市新口生まれ。大正８年に上京、９年から１１年にかけて旧白馬会の葵洋画研究所で学んだが、大正１２年家庭の事情で帰郷。まもなく濱田葆光師事した。昭和８年全関西洋画展に、昭和９年二科展にそれぞれ初入選し、以後出品を続けた。奈良美術家連盟の創立に参加し、奈良県美術協会の結成にも参加した。戦後は、濱田葆光門下で鹿光会を結成して展覧会を開催する一方で、後進の指導にもあたった。
辰己義人（1901-不明）
明治３４年奈良県川上村大滝生まれ。大正８年五条中学校を卒業。昭和７年頃吉野林業学校の市原達夫を知り油絵の手ほどきを受けた。また鍋井克之にも指導を受けた。昭和８年全関西洋画展、二科展にそれぞれ初入選し、以後出品を続けた。奈良美術家連盟の創立に参加し、奈良県美術協会の結成にも加わった。戦後は川上村文化委員、奈良県名所旧蹟国宝保存運動世話人などをつとめた。
浦久保義信（1903-1988）うらくぼ・よしのぶ
明治３６年奈良県生駒市田原生まれ。１６歳の時に上京し、まもなく渡欧して画を学んだ。大阪市展、二科展、春陽会展、槐樹社展などに出品し、独立美術協会展では独立賞などを受賞した。奈良美術家連盟の創立に参加したが、活動のほとんどは東京だった。戦後は行動美術協会に参加して会員となった。のちに自由美術協会に迎えられ会員となった。東京、大阪で個展を開催した。昭和６３年、８５歳で死去した。
岡島吉郎（1904-不明）
明治３７年奈良県三郷町能勢生まれ。京都高等工芸学校、信濃橋洋画研究所、二科画塾（番衆画塾）で学んだ。全関西洋画展、二科展、独立美術協会展などに出品した。奈良美術家連盟の創立に参加し、奈良県美術協会の結成にも加わった。戦後は、国画会展および個展で作品を発表した。
今西春治（1905-1951）
明治３８年奈良県大和郡山市紺屋町生まれ。濱田葆光に師事した。昭和８年全関西洋画展に、昭和９年二科展にそれぞれ初入選し、以後出品を続けた。奈良美術家連盟の創立に参加し、奈良県美術協会の結成にも会員として加わった。昭和２６年、４６歳で死去した。
間瀬謹平（1905-不明）
明治３８年愛知県生まれ。愛知県立工業学校を卒業。昭和３年奈良県商品陳列所に勤務のため奈良に移住し、まもなく濱田葆光に師事した。全関西洋画展、二科展に出品し、のちに二科会会友となった。奈良美術家連盟の創立に参加し、奈良県美術協会の結成にも加わった。戦後は、濱田葆光門下で鹿光会を結成して展覧会を開催する一方で、後進の指導にもあたった。
森嶋包光（1906-1977）
明治３９年奈良県大和郡山市生まれ。郡山中学校を卒業後、信濃橋洋画研究所から引き続き中之島洋画研究所で学んだ。昭和初年から全関西洋画展、二科展に出品した。奈良美術家連盟の創立に参加したが、まもなく堺に移った。戦後は、仲間と創造美術協会を創立。また、行動美術協会の会友となった。前川佐美雄の「日本歌人」に参加した歌人でもあった。昭和５２年、７１歳で死去した。
奥山堤（1908-1993）
明治４１年奈良県田原本町大網町生まれ。昭和４年奈良師範学校を卒業。中村義夫に師事した。また、信濃橋洋画研究所でも学んだ。昭和８年全関西洋画展に初入選、昭和１１年画人賞を受賞し、のちに会員となった。また、昭和９年には帝展に初入選し、以後出品を続けた。奈良美術家連盟の創立に参加し、奈良県美術協会の結成にも加わった。戦後は、日展特選となり、光風会会員となった。後進の指導にも尽力した。平成５年、８５歳で死去した。
奈良(22)－画人伝・INDEX
文献：美の新風奈良と洋画、近代奈良の洋画
