風景画

山脇皜雲ら金沢工業学校の開校に際して図案絵画科教師として中央から招聘された日本画家

2023/1/23  

山脇皜雲「廃寺」東京芸術大学蔵 明治20年、産業振興のための技術者を養成する機関として金沢工業学校が創立された。同校は、明治22年に石川県工業学校、明治34年に石川県立工業学校と改称され、以後、絵画、 ...

戦後の富山洋画界の指導的役割を果たした東一雄

2022/11/14  

東一雄「耕到天」 富山県上新川郡広田村(現在の富山市広田)に生まれた東一雄(1910-2000)は、はじめ富山商業学校に入学したが、同年富山県師範学校に移り安岡信義に学んだ。26歳の時に文部省中学校教 ...

富山県展創立に尽力した杉山司七、長島勝正

2022/11/11  

荒谷直之介「水郷(十二町潟)」 昭和21年、杉山司七、長島勝正、荒谷直之介、小坂勝人、村井辰夫、紺谷英儀らが中心となり、富山県美術文化協会が発足、同年第1回富山県展が開催された。 県展創立に大きな役割 ...

安岡信義、曽根末次郎ら富山の美術文化振興に主導的な働きを果たした美術教師たち

2022/11/2  

曽根末次郎「旧連隊跡」富山大学蔵 明治・大正から昭和前期にかけて、富山県内の旧制中学校などに在任した美術教師は、富山の美術文化振興に主導的な働きを果たした。特に、美術教師の育成を目的とした富山師範学校 ...

岩崎巴人らと日本表現派を結成した谷口山郷

2022/10/25  

谷口山郷「雪崩れる山」 日本表現派は、岩崎巴人、谷口山郷、野村清六(のむら清六)、長崎莫人ら川端画学校出身者と富山県朝日町蛭谷出身の画家たちによって、昭和33年に結成された。岩崎と谷口は川端画学校で知 ...

里見米菴ら院展に出品した富山の日本画家

2022/10/17  

里見米菴「海口裏街」 里見米菴(1898-1993)は、富山県射水郡小杉町(現在の射水市)に生まれ、高等小学校卒業後に16歳で上京し、鈴木赤城の内弟子となり、川合玉堂門下の井澤蘇水らに日本画を学んだ。 ...

写生行脚を続け求道者のように山を描いた村嶋酉一

2022/10/14  

村嶋酉一「薬師」富山県蔵 村嶋酉一(1897-1973)は、富山市総曲輪丸の内に生まれ、富山中学校卒業後に尾竹越堂をたよって上京し、書生として寄宿しながら東京美術学校日本画科に入学、結城素明に師事した ...

中島秋圃宅に寄宿して薫陶を受けた濱谷白雨

2022/10/3  

濱谷白雨「烟雨」 富山県婦負郡四方町(現在の富山市)に生まれた濱谷白雨(1886-1965)は、富山県立工芸学校で中島秋圃に才能を認められ、秋圃宅に住み込み、工芸学校でも指導を受けた。同校卒業後は東京 ...

書家、篆刻家としても高く評価された谷聴泉

2022/9/12  

谷聴泉「庄川峡」 谷聴泉(1898-1939)は、富山県東砺波郡城端町(現在の南砺市)に生まれ、14歳の時に東京に出て石井林響に画を、中村不折に書を学んだ。書は、若いころから金沢の常福寺住職の北方心泉 ...

同郷の土田麦僊の後を追って京都に上った恩田耕作

2022/6/13  

恩田耕作「佐渡三態」両津市郷土博物館蔵 新潟県佐渡郡河崎村両尾(現在の両津市)に生まれた恩田耕作(1896-1974)は、高等小学校を卒業後、農業に従事するかたわら、明治の中頃に佐渡に流れてきた日本画 ...




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