渡辺始興(1683-1755)は、尾形光琳に学んだ光琳派の画家として知られるが、絵巻の研究によって大和絵系の筆法も学び、狩野尚信を慕って狩野派の骨法にも習熟し、晩年には狩野派風の作品を多く描くなどその作風は多様で、多分に写実性が加味されており、円山応挙にも影響を与えたとされる。
始興の作品は、奈良市内では法蓮の興福院、帯解の円照寺に伝わっている。興福院の始興画は、その書院および三代将軍家光をまつる御霊室にあり、円照寺には紙本淡彩の「寿老人」一幅が収蔵されている。
興福院御霊室に伝わる金地着色の花鳥図「松に百合図」(下記掲載作品)は、内陣の襖4面および明り障子腰板内側の紙貼付12面に描かれている。襖正面左寄りに松を中心に、下方に白百合や笹を描き、土坡・流水をめぐらして周囲の明り障子の図柄につないでいる。
渡辺始興(1683-1755)わたなべ・しこう
天和3年京都生まれ。通称は求馬、名は始興。晩年に環翠と号した。絵師として近衛予楽院家熙に仕えた。はじめ狩野派を学び、のち尾形光琳に学んだ。狩野派や大和絵など多様な様式で描いた。宝暦5年、73歳で死去した。
奈良(02)-画人伝・INDEX
文献:奈良市史美術編