花鳥画

酒井抱一・鈴木其一に続く江戸琳派の継承者・池田孤邨

2022/3/30  

池田孤邨「紅葉に流水図屏風」 越後国水原近辺(現在の新潟県阿賀野市)に生まれた池田孤邨(1803-1868)は、10代後半頃に江戸に出て酒井抱一の内弟子となった。抱一門下では、鈴木其一(1796-18 ...

久隅守景の子として生まれ狩野探幽に師事するが吉原通いが過ぎて破門され佐渡に島流しとなった狩野胖幽

2022/3/7  

狩野胖幽「鷹猫図屏風」(左)佐渡市立佐渡博物館蔵 狩野胖幽「鷹猫図屏風」(右)佐渡市立佐渡博物館蔵 狩野胖幽(1649-1730)は、本名を久隅彦十郎といい、狩野探幽門下の四天王のひとり・久隅守景の子 ...

熊斐の後継者として南蘋派の普及につとめた森蘭斎

2022/3/4  

森蘭斎「海棠寿帯鳥図」 越後国頸城郡新井村(現在の妙高市)に生まれた森蘭斎(1740-1801)は、若いころから画才に恵まれ、はじめ新潟町の五十嵐浚明に学んだ。その後、浚明の勧めで24歳頃に長崎に遊学 ...

琳派の近代化に挑んだ佐野光穂

2022/3/30  

佐野光穂「秋草」 下高井郡中野町(現在の中野市)の街の中心部のごく限られた地区に、明治12年、菊池契月、町田曲江、金井一章と3人の日本画家が生まれた。3人は同じ小学校に通い、ともに渋温泉の児玉果亭のも ...

新村龍翠ら荒木寛畝に学んだ信州の日本画家

2021/12/11  

新村龍翠「芦雁図」六曲一隻(部分) 新村龍翠(1866-1939)は、上伊那郡平出村(現在の辰野町)に生まれた。幼いころから絵筆を握り、26歳で上京し荒木寛畝に師事した。寛畝のもとでは、南北合派を学び ...

伝統的な画風で色彩豊かな花鳥画を描いた池上秀畝

2021/12/11  

池上秀畝「威震八荒・渓澗野雉」(双幅)横浜美術館蔵 池上秀畝(1874-1944)は、上伊那郡高遠町(現在の伊那市高遠)の紙商兼小間物屋の二男として生まれた。祖父休柳も父秀花も絵を描いており、祖父・父 ...

日本洋画草創期に美術教師に徹した堀江正章

2021/10/27  

堀江正章「室内草花図」 明治9年、政府は西洋美術の教育の場として工部美術学校を設立、イタリアからフォンタネージ、ラグーザ、カッペレッティといった、それぞれ絵画、彫刻、装飾・用器画の教授を招いた。同校が ...

近代日本洋画の開拓者・川上冬崖

2021/10/25  

川上冬崖「草花図」長野県立美術館蔵 川上冬崖(1828-1881)は、松代藩領福島新田村(現在の長野市屋島)の農家に生まれた。11歳頃に自ら望んで母の生家である須坂の黒坂神社大宮司の家に移り住み、須坂 ...

渡辺小華に師事し花鳥画を多く残した大平小洲

2021/10/20  

大平小洲「群芳争妍図」 大平小洲(1849-1930)は、下伊那郡野池村(現在の飯田市千代野池)に生まれた。生家は酒造業も営む豪農で、父の大平新右衛門は、若い頃に京都に出て四条派の岡本豊彦に画法を学び ...

飯山で児玉果亭ら多くの門人を育てた佐久間雲窓

2021/8/31  

佐久間雲窓「花鳥図」(双幅) 佐久間雲窓(1801-1884)は、飯山藩士の家に生まれ、その後、藩の吟味役をつとめた。幼いころから画を好み、30歳頃、藩主の参勤交代に随行して江戸に上り、許可を得て谷文 ...




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