「花鳥画」 一覧

角館に四条派を移入した武村文海

秋田藩内で盛んになった円山四条派の絵は、柴田南谷や川口月嶺によって広まったものと思われ、幕末から明治にかけて中央画壇でもその画名を知られるようになった角館の平福穂庵も、川口月嶺の影響を受けていると思わ ...

横手の円山四条派・柴田南谷、楳溪、松谷の三代

大坂画壇での長山孔寅の活躍は、秋田で四条派が普及する導火線になったと思われるが、系統として円山四条派の絵画を秋田藩内に広めたのは、江戸で学んだ横手の柴田南谷らとされる。 柴田南谷(1802-1873) ...

横手の南蘋派・佐々木原善と戸村後草園

秋田に最もはやく南蘋派の画法を伝えたのは、横手の佐々木原善(不明-不明)とされる。原善は横手城代の戸村義敬・義通(後草園)親子をパトロンとし、安永年間に江戸に出て松林山人について学び、さらに長崎に行き ...

小田野直武のよき理解者だった角館城代の佐竹義躬

第6代角館城代の佐竹義躬(1749-1800)は、小田野直武が直接仕えた上役であり、よき理解者だった。そして、直武から直接西洋画法を学んだ秋田蘭画の画家のひとりでもある。義躬の父・義邦は芸文を好み、そ ...

日本初の西洋画論を著した秋田藩藩主・佐竹曙山

秋田蘭画が生まれるきっかけとなった平賀源内の秋田招聘は、時の秋田藩主・佐竹曙山によって行なわれた。曙山は、鉱山開発のために招いた源内が角館で小田野直武に洋画法を伝授したことを知ると、すぐに直武を江戸に ...

秋田蘭画の中心人物・小田野直武

小田野直武(1749-1780)は、寛政2年に秋田藩角館の武士の家に生まれ、幼いころから画才を示したといわれ、秋田藩お抱え絵師から狩野派を学び、さらに南蘋派など幅広いジャンルの絵画を独学で修め、秀作を ...

仙台四大画家のひとり・南蘋派の小池曲江

塩竃の旅籠屋に生まれた小池曲江は、はじめ独学に近いかたちで絵の道に入り、20代前半に江戸に出て、長崎出身の南蘋派の画家・松林瑤江に師事した。師の晩年まで江戸で修学を続け、師の没後は郷里に戻り、さらに南 ...

仙台藩最初の御用絵師・佐久間左京

仙台藩国元の御用絵師は、記録によると「手前絵師」と称されており、その最初の絵師が狩野左京である。左京は、京都の狩野派のひとりとして活躍していた青年時代に仙台へ招聘され、藩最初の御用絵師となった。 仙台 ...

最良の師を求めて次々と師を変えた須藤尚義

須藤尚義(1902-1956)は、明治35年田舎館村川部に生まれた。父は早くから尚義を画家にする考えがあり、尚義は小学校4年の時に東京の学校に転校した。東京での最初の師は村上委山で、ここには3年いて、 ...

弘前藩絵師・秦家

弘前藩のお抱え絵師をつとめた秦家の歴代絵師に関しては、現存する作品が少なく、画歴や作風も不明な点が多いが、初代以来幕末まで九代にわたって、国元で絵師をつとめた。藩庁日記などによると、寺社奉納の絵馬や扉 ...

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