画人伝・兵庫 洋画家 人物画

東京美術学校助教授就任直後30歳で急逝した小坂象堂

小坂象堂「草摘み(摘草)」兵庫県立美術館蔵

小坂象堂「草摘み(摘草)」兵庫県立美術館蔵

小坂象堂(1870-1899)は、但馬国出石郡鍛冶屋村(現在の豊岡市出石町)に生まれた。幼いころから画を好み、16歳頃に京都に出て陶器工場で絵付けの仕事をしながら日本画を学んだ。その後京都府画学校に入学するが、まもなく中退して各地を遊歴、東京にも滞在した。

明治28年、最終的な居を東京に定め、橋本雅邦、寺崎広業らとの交流し、翌年には浅井忠の門に入り洋画を学んだ。この頃から日本美術協会や日本絵画協会の展覧会に積極的に出品し、明治美術会にも洋画を出品した。明治31年に日本美術協会展で一等褒状を受賞し、その翌年、浅井忠によって東京美術学校の助教授に迎えられたが、その直後、急性膜炎のため30歳で急逝した。

小坂象堂(1870-1899)こさか・しょうどう
明治3年但馬国出石郡鍛冶屋村(現在の豊岡市出石町)生まれ。本名は力松、旧姓は島村。稜石、螘山と号し、明治27年以後「象堂」と称した。明治19年画家を志して京都に出て粟田の陶器工場で絵付に従事し、京都府画学校に入学するがまもなく中退。明治28年東京に居を定め、橋本雅邦、寺崎広業らと交流。明治29年浅井忠に洋画を学び、明治美術会、日本美術協会、日本絵画協会の展覧会に出品。明治31年日本美術協会展で「野辺」が一等褒状を受賞。翌年東京美術学校西洋画科の浅井教室の助教授に就任。明治32年、30歳で死去した。

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文献:兵庫の美術家県内日本画壇回顧展、兵庫県立美術館所蔵作品選




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