肖像画・自画像

独自画論「直観画」の普及を図った大村長府

2024/6/12  

伝・大村長府「家族団欒図」 大村長府(1870-1925)は、奈良県大和郡山市に生まれ、明治21年、19歳の時に洋画家を志して上京、本多錦吉郎に師事し、翌年本多らによって結成された日本最初の洋画団体で ...

伊藤博文の両親の肖像画を描いて名声を博した早田楽斎

2023/3/15  

早田楽斎「大田美濃里肖像」金沢大学医学部記念館蔵 早田楽斎(1872-1946)は、加賀藩士の家に生まれ、幼いころから南画家の青山観水について画を学んだ。石川県専門学校に入学して得田耕と出会い、その才 ...

タケ・サトーとして英国画壇で名を馳せた佐藤武造

2022/2/9  

佐藤武造「アイラ・サンダム」 長野県下高井郡瑞穂村(現在の飯山市)に生まれた佐藤武造(1891-1972)は、中学時代に丸山晩霞らが講師をしていた水彩画夏期講習会に参加して認められ、中学卒業後に画家を ...

アナキストを描いた肖像画が会場撤去となった林倭衛

2022/1/24  

林倭衛「出獄の日のO氏」 林倭衛(1895-1945)は、小県郡上田町(現在の上田市)に生まれた。幼少期に家の没落と一家離散を経験。15歳で両親の後を追って上京し、印刷会社で働きながら日本水彩画会研究 ...

大正リアリズムの鬼才・河野通勢

2023/9/28  

河野通勢「自画像」 河野通勢(1895-1950)は、群馬県伊勢崎市に生まれ、長野市で育った。高橋由一の門に学び図画教師をしていた父・河野次郎の影響で、子どものころから絵を描くのを得意としていた。大正 ...

青木繁と福田たね

2023/9/28  

青木繁「海の幸」重文(部分)漁師たちの行列のなかで、中央やや右のこちらを向く白い顔は、恋人・福田たねを描いたものとされている。青木繁の生涯と芸術において福田たねの存在の大きさを象徴している。 明治画壇 ...

日光東照宮造営に携わり徳川家康像を描いた狩野探幽

2021/7/6  

左:狩野探幽「東照権現像(霊夢像)」寛永20年12月28日 栃木・輪王寺蔵 重要文化財右:狩野探幽「東照権現像(霊夢像)」寛永20年8月22日 栃木・輪王寺蔵 重要文化財 元和2年、徳川家康(1543 ...

すぐれた肖像画を残し夭折した中村彝

2023/9/26  

中村彝「エロシェンコ氏の肖像」東京国立近代美術館蔵 中村彝(1887-1924)は、明治20年に茨城県仙波村(現在の水戸市)に生まれた。生家は代々徳川家に仕えた旧士族の名家で、祖父の三五右衛門は、藤田 ...

近代歴史画の開拓者・二世五姓田芳柳

2021/7/6  

左:二世五姓田芳柳「羅漢図」坂東市立猿島資料館蔵右:二世五姓田芳柳「菅公梅ヲ詠スルノ図」宮内庁三の丸尚蔵館蔵 下総国沓掛(現在の茨城県坂東市沓掛)の大工の棟梁の家に生まれた二世五姓田芳柳(1864-1 ...

狩野派の筆致に陰影法を加味した作品を残した荻津勝孝

2021/7/6  

荻津勝孝夫妻像 荻津勝孝 佐竹曙山の直臣・荻津勝孝も秋田蘭画を描いた人物のひとりとされ、平賀源内が秋田滞在中に、小田野直武、田代忠国とともに源内に西洋画法を伝授されたと伝わっている。狩野洞春の画風を学 ...




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