人物画

油彩画「南風」で一躍名を馳せ、その後は日本画、色彩研究、舞台美術など幅広い分野でマルチに活躍した和田三造

2024/2/12  

和田三造「南風」東京国立近代美術館蔵 和田三造(1883-1967)は、兵庫県朝来郡生野町(現在の朝来市)に生まれた。15歳の時に家族とともに福岡市に移ったが、翌年画家を志して福岡を出奔して上京、黒田 ...

白滝幾之助、松井曻ら兵庫県出身の初期洋画家

2024/1/31  

白滝幾之助「浴後」 兵庫県の明治以降の美術の動きは、洋画家の前田吉彦からはじまる。前田は、現在の岡山県に生まれ、のちに神戸に出てほとんど独学で洋画を学んだ。神戸師範学校の図画教諭をつとめ、兵庫県内の洋 ...

東京美術学校助教授就任直後30歳で急逝した小坂象堂

2024/1/29  

小坂象堂「草摘み(摘草)」兵庫県立美術館蔵 小坂象堂(1870-1899)は、但馬国出石郡鍛冶屋村(現在の豊岡市出石町)に生まれた。幼いころから画を好み、16歳頃に京都に出て陶器工場で絵付けの仕事をし ...

信濃橋洋画研究所で学び春陽展で活躍した秋口保波

2023/11/3  

秋口保波「ポロネの女」 秋口保波(1897-1976)は、滋賀県犬上郡青波村(現在の彦根市芹川町)に生まれた。滋賀師範学校を出て教職につき、約10年間教員生活のかたわら絵画グループで研究し、のちに大阪 ...

黒田重太郎に学び関西の美術教育に尽くした伊庭伝治郎

2023/11/1  

伊庭伝治郎「大原女」 伊庭伝治郎(1901-1967)は、滋賀県野洲郡北里村(現在の近江八幡市)に生まれた。北里村小学校に通っていた時に父親が死去し、以後母と妹の3人暮らしとなった。高等科卒業後、近江 ...

信濃橋洋画研究所を設立し、関西を中心に後進の育成につとめた黒田重太郎

2023/10/30  

黒田重太郎「母子」 黒田重太郎(1887-1970)は、滋賀県大津市に生まれ、幼少年期を大阪で過ごした。17歳の時に画家を志して京都の鹿子木孟郎(参考)に師事し、聖護院洋画研究所で浅井忠(参考)の指導 ...

大正期の京都洋画壇で活躍した国松桂渓

2023/10/27  

国松桂渓「黄色マント着たる女」 国松桂渓(1884-1962)は、滋賀県栗太郎郡葉山村(現在の栗原町)に生まれた。中学校卒業後、京都に出て聖護院洋画研究所に入り浅井忠に師事し、その後、浅井忠を中心に創 ...

女性で最初の日本美術院同人となった小倉遊亀

2023/10/10  

小倉遊亀「家族達」滋賀県立美術館蔵 小倉遊亀(1895-2000)は、滋賀県滋賀郡大津丸屋町(現在の大津市中央1丁目)に生まれた。父親は大津で時計商を営んでいたが、遊亀が10歳の時、土木事業を興す野望 ...

湖北で農作業をしながら画を描いた片山雅洲

2023/9/4  

片山雅洲「菊慈童図」布施美術館蔵 片山雅洲(1872-1942)は、伊香郡藤西物部村(現在の滋賀県長浜市)の農家の長男として生まれた。高等小学校卒業後、昼は農作業に汗を流し、夜は浮世草紙を読み、葛飾北 ...

大津栄泉寺書院に画室を持った長谷川玉純

2023/9/1  

長谷川玉純「羅浮梅仙女図」滋賀県立美術館蔵 長谷川玉純(1863-1920)は、四条派の画人・長谷川玉峰の長男として京都に生まれた。弟も画家で、雅号を「玉粋」といった。兄弟の雅号は「純粋」の語を1字ず ...




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