人物画

昭和期の水彩運動の担い手として活躍した春日部たすくと渡部菊二

2019/10/31  

渡部菊二「勤労の娘たち」福島県立美術館蔵 会津若松市に生まれた春日部たすく(1903-1985)は、会津中学に入学して図画教師・半沢松吉に水彩画を学んだ。当時の会津中学は「後素会」という美術クラブがあ ...

18歳で夭折した喜多方の女性画家・結城真沙子

2019/10/29  

結城真沙子「仲秋の夜半」 喜多方に生まれた結城真沙子(1911-1929)は、幼いころから絵が得意で、通っていた尋常高等小学校では似顔絵を描いてみせるなど、周囲にも認められる存在だった。しかし、家事の ...

明治・大正生まれの福島県の日本画家

2019/10/28  

猪巻清明「兜虫」 明治・大正期に活躍した福島県の日本画家としては、官展系では、勝田蕉琴、荻生天泉、湯田玉水、坂内青嵐、太田秋民らがいる。彼らは、福島県出身の在京日本画家の結束と研鑽を主眼として大正8年 ...

遠藤香村に師事し、晩年は東京で活動した渡辺東郊

2019/10/9  

渡辺東郊「唐子図」 渡辺東郊(1848-不明)は、会津若松城下屋敷町に生まれた。祖父光蔵は、武をもってきこえ、特に柔術をよくし、屋敷内に修練所を設けて多くの青年を薫陶していた。しかし、東郊は、生来虚弱 ...

白雲、巨野泉祐同様に松平定信に見出されて谷文晁の門に入り、師譲りの幅広い画域の作品を手掛けた白河藩絵師・星野文良

2019/9/20  

星野文良 左:「林和靖」、右:「花鳥図」 白河藩絵師・星野文良(1798-1846)は、16歳の時に江戸詰めとなり、八丁堀の白河藩邸に住み、藩主・松平定信の命を受けて谷文晁の門に入った。享和3年には、 ...

会津・三春で活動した戦国時代の奇想の画僧・雪村周継

2019/9/10  

雪村周継「呂洞賓図」重文 大和文華館蔵 雪村周継は、伊藤若冲や曾我蕭白に代表される「奇想の画家」の元祖とも称される戦国時代末期の画僧で、大胆な構図と奇態な人物描写で知られている。比較的多くの作品が残っ ...

岸田劉生とともに「日本人としての油絵」を追求した椿貞雄

2020/4/26  

椿貞雄「菊子座像」平塚市美術館蔵 米沢市に生まれた椿貞雄(1896-1957)は、幼いころから絵画に親しみ、18歳の時に画家を志して上京、その後まもなく岸田劉生(1891-1929)の個展を見て感銘を ...

文化・文政期の漆山陣屋付き絵師・設楽東玉斎

2020/4/26  

設楽東玉斎、左から「人物図」、「山水図」、「花鳥図」 文化・文政期に活躍した山形・村山地方の絵師に、漆山村(現在の山形市)の設楽東玉斎がいる。東玉斎は、天童奈良沢の菱沼家に生まれ、のちに漆山の設楽家に ...

ブルースの女王・淡谷のり子を専属モデルにしたことでも知られる田口省吾

2019/6/19  

田口省吾「見世物」 田口省吾(1897-1943)は、明治30年東京文京区本郷に生まれた。父の田口掬汀は、秋田県角館出身の小説家で、美術雑誌「中央美術」を創刊し、美術評論も手掛けていた。省吾は、美術家 ...

秋田県の洋画家の草分け的存在・小西正太郎

2019/6/19  

小西正太郎「赤い着物の女」 秋田県人で最も早く洋画を学んだとされるのは、男鹿市出身の斎藤鹿山(1866-1943)だが、斎藤は、その後30歳の時に福田笑迎と秋田新聞を創刊、節堂などの筆名で雑文や短編小 ...




© 2021 UAG美術家研究所 Powered by AFFINGER5