人物画

日本画革新の旗手であり、故郷を想うロマンチストでもあった福田豊四郎

2019/6/19  

福田豊四郎「六月の森」 秋田県北部の鉱山の町・小坂に生まれた福田豊四郎(1904-1970)は、15歳で画家を志し、17歳で東京の日本画家・川端龍子に師事した。2年後には、龍子の勧めで京都に行き土田麦 ...

終生日本画の近代化に尽くした寺崎広業

2019/6/19  

寺崎広業「美人読書図」 秋田に生まれた寺崎広業(1866-1919)は、はじめ郷里の狩野派・小室怡々斎に師事し、ついで角館出身で東京に出ていた四条派の平福穂庵の勧めで上京し穂庵に師事、穂庵の帰郷後も東 ...

写生を重んじ、中央画壇でも活躍した平福穂庵

2019/6/19  

平福穂庵「乞食図」明治13年の龍池会主催「観古美術会」に出品された穂庵の出世作。角館の奇人・小田野弥六をモデルにしたとされる。 角館に生まれた平福穂庵は、幼いころから郷里の四条派の画家・武村文海に学び ...

人生の大半を旅に費やした本荘藩御用絵師・増田九木

2019/6/19  

左:増田九木「良寛図」、右:増田象江「男鹿飛島眺望図」 由利・本荘地方は、本荘狩野といわれる独自の絵画圏をつくり、狩野派が大きな勢力を持っていたが、谷文晁系の南画を学んだ増田九木は、長い旅の末に広く画 ...

横手の南蘋派・佐々木原善と戸村後草園

2019/6/19  

左:佐々木原善「唐美人」右:戸村後草園「花鳥」 秋田に最もはやく南蘋派の画法を伝えたのは、横手の佐々木原善(不明-不明)とされる。原善は横手城代の戸村義敬・義通(後草園)親子をパトロンとし、安永年間に ...

秋田蘭画の画家たち

2019/6/19  

左:藤氏憲承「円窓美人図」、右:太田洞玉「蝦蟇仙人図」 秋田蘭画の画家としては、平賀源内に西洋画法を伝授された小田野直武と、直武から画法を学んだ秋田藩主・佐竹曙山を中心に、直武のよき理解者だった角館城 ...

狩野派の筆致に陰影法を加味した作品を残した荻津勝孝

2019/6/19  

荻津勝孝夫妻像 荻津勝孝 佐竹曙山の直臣・荻津勝孝も秋田蘭画を描いた人物のひとりとされ、平賀源内が秋田滞在中に、小田野直武、田代忠国とともに源内に西洋画法を伝授されたと伝わっている。狩野洞春の画風を学 ...

昭和初期の青森県の洋画家

2019/7/17  

松木満史「ラ・リューヌ」青森県立郷土館蔵 昭和初期の青森では、大正時代に引き続き、いろいろな美術団体や研究所が立ちあげられた。昭和2年には、東京美術学校を卒業して弘前中学校で美術教師をしていた穴沢赳夫 ...

エノケンのレビュー作家をつとめた菊谷栄

2019/7/17  

菊谷栄「踊り娘」 菊谷栄(1902-1937)は、青森市では今純三に継ぐ油絵の草分け的存在だが、菊谷を有名にしたのは、「日本の喜劇王」と称されたエノケン(榎本健一)の劇団に舞台装置家として参加し、レビ ...

本格的な洋画を津軽に持ち帰った羽場金司

2019/7/17  

羽場金司「自画像」 明治も終わり頃になると、東京美術学校西洋画科に青森県出身の若者たちも入学をはじめた。大川亮をはじめ、羽場金司、関彦四郎、大橋貞一らである。大正2年に東京美術学校を卒業した羽場金司( ...




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