画人伝・和歌山

紀伊の近代・日高昌克ら個性的な画家を輩出

2020/4/26  

徳川御三家として栄えた紀伊の地では、紀伊狩野を中心とした御用絵師の系譜が長く続いたが、従来の絵画に飽きたらず新しい表現を探った儒者・祇園南海らを始祖とした南画家の登場や、様々な師系や独修の画家たちが活 ...

紀伊の円山・四条派

2020/4/26  

紀伊の円山・四条派としては、松村景文の門人である鎌田景麟(1808-1864)、景麟に学んだ塩谷景山(不明-不明)、挿図を多く描いた塩路鶴堂らがいる。また、月僊の門に学んだ森月航(不明-1814)も、 ...

紀伊の大和絵師・岩瀬広隆

2020/4/26  

岩瀬広隆 左:大楠公笠置山参内図、右:松風村雨図 岩瀬広隆は京都で生まれ、20代前半には「菱川清春」の名で、菱川師宣五代目を自称し、多くの版本挿画を手掛ける浮世絵師として京都で活躍した。若くして才能を ...

紀伊の南画家たち

2020/4/26  

紀州三大南画家である祇園南海、桑山玉洲、野呂介石を輩出した紀伊には、その門人の他にもさまざまな師系の南画家が活躍した。大江龍眠の実弟で小田海僊に師事した大江霞岳、本草学者で南画をよくした坂本浩雪、『小 ...

野際白雪と門人たち

2020/4/26  

野際白雪「那智懸泉図」 野呂介石の高弟で、紀伊藩のお抱え絵師を務めた野際白雪(1773-1849)は、介石に学びながらも、南画だけでなく、狩野派や四条派風の花鳥画も学んだようで、研究熱心で画域が広かっ ...

野呂介石の門人たち

2020/4/26  

浜口灌圃「山水図」和歌山県立博物館蔵 池大雅の高弟として全国的に名前を知られるようになった野呂介石のもとには、各地から多くの文人たちが訪れてきた。その中には田能村竹田や頼山陽など次世代の南画壇を担う画 ...

最も古い赤富士図を描いた画家・野呂介石

2020/4/26  

野呂介石「富岳紅暾図」 紀州三大南画家のひとりである野呂介石(1747-1828)は、鶴亭と池大雅に学び、木村兼葭堂ら関西の文人たちと交流して才能を開花させていった。同じ紀州三大南画家のひとりである一 ...

紀州三大南画家・桑山玉洲の画業と画論

2020/4/26  

桑山玉洲 左:桃李狸奴図、右:野馬図 紀州三大南画家のひとり、桑山玉洲(1746-1799)は、若くして実業家として成功し、生涯を紀伊の地で過ごした。事業のからわら画法を研究し、理想郷を描いた山水画や ...

日本南画の祖・祇園南海

2020/4/26  

祇園南海「五老峰図」 紀伊の儒者・祇園南海(1676-1751)は、「詩画一致」の思想を打ち立て、高度な教養に裏打ちされた、画、書、詩が渾然一体となった作品を創出し、彭城百川(1697-1752)、柳 ...

狩野派から南画へ・笹川遊原と門人たち

2020/4/26  

狩野派の画人の中には、諸派の画風を取り入れながら画技を模索するものも出てきた。養父である二代笹川遊泉の後を継ぎ、紀伊藩の御絵師をつとめた笹川遊原(1828-1881)は、壮年の頃は純然とした狩野派だっ ...




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