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UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

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甲府城主となった幕府の大老格・柳沢吉保

2021/7/5  

甲斐国は、天正10(1582)年の武田氏滅亡後は、織田・豊臣期を経て、江戸時代には徳川家の領有となり、幕府の直轄あるいは甲斐徳川家による統治が続いていた。宝永元(1704)年、それまで甲府城主をつとめ ...

24歳の時に行方不明となった幻の版画家・藤牧義夫

2021/7/5  

藤牧義夫(1911-1935)は、明治44年、群馬県邑楽郡館林町(現在の館林市城町)に生まれた。2歳の時に実母を亡くし、13歳の時には父親も病没した。さらに、16歳の時に兄も病没したため、藤牧は東京に ...

岩田専太郎と挿絵画家の双璧と謳われた志村立美

2023/9/27  

志村立美(1907-1980)は、群馬県高崎市の質店の長男として生まれたが、3歳の時に質店が倒産し、一家で東京の本所に移住した。しかし、すぐに暴風雨に見舞われ、その1年後には横浜に転居した。横浜では、 ...

群馬美術協会の結成と群馬の美術家

2021/7/5  

昭和8年、東京在住の群馬県出身の洋画家によって、群馬最初の洋画団体と思われる「群馬洋画家協会」が結成された。発起人には、金井烏洲のひ孫に当たる金井文彦をはじめ、横堀角次郎、小林猶治郎、塚本茂、清水刀根 ...

モダンな感覚で新しい日本画を模索した田中青坪

2021/7/5  

田中青坪(1903-1994)は、明治36年に群馬県前橋市に生まれ、3歳の時に一家で東京の浅草に移り住んだ。幼いころから絵に興味を持ち、小学校5、6年の時には油絵を描いていた。15歳の時に画家を志して ...

主体美術協会創立に参加した豊田一男

2021/7/5  

豊田一男(1909-1989)は、明治42年北海道札幌市に生まれ、翌年、父親の転勤に伴って群馬県群馬郡倉淵村(現在の高崎市)に転居した。大正11年、旧制高崎中学校に入学、2級上に山口薫、同級に松本忠義 ...

文芸も絵画も独学で学んだ福田貂太郎

2021/7/5  

福田貂太郎(1903-1991)は、明治36年前橋市に生まれた。前橋市立桃井尋常高等小学校を5年1学期に中退してから、以後、正規の学校教育を受けることはなかった。画家を志してからも、師につくことはなく ...

人間とは何かを一貫して問い続けた鶴岡政男

2021/7/5  

鶴岡政男(1907-1979)は、高崎市砂賀町の建築金物製造を営む家に生まれた。親の転居に伴って兵庫、東京、高崎を転々としていたが、小学校5年生の時から東京で暮らすようになり、大正10年に文京区本郷高 ...

詩情を秘めた独自のリアリズムを追求した山口薫

2021/7/5  

山口薫(1907-1968)は、榛名山麓にある群馬県群馬郡箕輪村(現在の高崎市箕郷町)に生まれた。旧制高崎中学校在学中から油絵を描きはじめ、高崎市公会堂での展覧会などに出品していた。大正13年画家にな ...

日本にシュルレアリスムを紹介した福沢一郎

2021/7/5  

福沢一郎(1898-1992)は、明治31年、群馬県北甘楽郡富岡町(現在の富岡市)に生まれた。旧制富岡中学校を経て、仙台の旧制第二高等学校英法科を卒業、大正7年に東京帝国大学(現在の東京大学)文学部に ...

独立展の重鎮の一人として活躍した中村節也

2021/7/5  

中村節也(1905-1991)は、群馬県邑楽郡長柄村(現在の邑楽郡邑楽町)に生まれた。父親は郡役所の官吏だったが、大正11年に銀行員に転職、それに伴い中村も高崎市に転居した。大正13年前橋中学校を卒業 ...

二科展で注目され前橋で多くの後進を育てた清水刀根

2021/7/5  

前橋市に生まれた清水刀根(1905-1984)は、大正11年に旧制前橋中学校を卒業、大正13年に日本美術学校洋画科に入学した。在学中は石井柏亭の指導を受け、大正15年に二科展に初入選した。また、太平洋 ...

塚本茂ら旧制前橋中学校出身の洋画家

2024/12/11  

旧制前橋中学校(現在の群馬県立前橋高等学校)からは多くの洋画家が誕生している。横堀角次郎は大正3年に同校を中退して上京、その横堀と親しかった南城一夫も大正7年に卒業して上京しているが、その後、大正8年 ...

東京美術学校在学中に渡仏し12年間滞在した南城一夫

2021/7/5  

前橋に生まれた南城一夫(1900-1986)は、群馬師範学校附属小学校を卒業後、旧制前橋中学校に入学、同期には洋画家の横堀角次郎、詩人の萩原恭次郎、先輩には後に俳優となる河原侃二がいた。大正7年に同中 ...

草土社で岸田劉生と行動をともにした横堀角次郎

2021/7/5  

群馬県勢多郡大胡村(現在の前橋市堀越町)に生まれた横堀角次郎(1897-1978)は、大胡尋常高等小学校を卒業し、旧制前橋中学校(現在の県立前橋高校)に入学した。同中学校の一級上には日本画家の礒部草丘 ...

群馬洋画の先駆者・湯浅一郎

2024/12/14  

明治元年、碓井郡安中町(現在の安中市)に生まれた湯浅一郎(1868-1931)は、父と親交のあった新島襄の同志社英学校普通科に学び、明治21年卒業した。卒業後は、画家を志し、その前年10年間のフランス ...

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昭和59年(1984)、田中一村(1908-1977)が奄美大島で没して7年後、NHK教育テレビ「日曜美術館」で「黒潮の画譜~異端の画家・田中一村~」と題して一村の画業が紹介され、大きな反響を呼んだ。 ...

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横山大観(1868-1958)は、明治元年水戸藩士の子として現在の茨城県水戸市に生まれた。10歳の時に一家で上京し、湯島小学校に転入、つづいて東京府小学校に通った。同校卒業後は私立の東京英語学校に進学 ...

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岡山の画家として最初に名前が出るのは、室町水墨画壇の最高峰に位置する雪舟等楊(1420-1506)である。狩野永納によって編纂された『本朝画史』によると、雪舟の生誕地は備中赤浜(現在の総社市赤浜)で、 ...

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