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UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

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平明で親しみやすい「写生画」を確立した円山応挙

2026/4/29  

18世紀の京都では、土佐派や鶴沢派、狩野派などの御用絵師とともに、南画の池大雅や与謝蕪村、新奇を競った伊藤若冲や曾我蕭白ら、さまざまな流派や画家たちが特色ある活動をしていた。そのなかにあって円山応挙は ...

蕪村に師事し夜半亭3世を継いだ高井几董

2026/4/27  

高井几董(1741- 1789)は、俳人・高井几圭の子として京都に生まれ、父のもとで俳諧に親しんだ。父の没後、与謝蕪村が夜半亭2世を継ぐにあたり、几董の3世継承を条件としたことから、30歳の時に蕪村の ...

人間味あふれる禅画を多数描いた仙厓

2026/4/24  

仙厓義梵(1750-1837)は、美濃国(岐阜県)の農民の子として生まれた。11歳で出家し、19歳で諸国行脚に出て武蔵の東輝庵の月船禅慧について法を継いだ。32歳の時に月船が還化すると、これを機に再び ...

蕭白、芦雪ら奇想の画家たちにも影響を与えた白隠

2026/4/22  

白隠慧鶴(1685-1768)は、駿河国の原(現在の静岡県沼津市原)に生まれ、15歳の時に出家し、諸国を行脚して修行を重ね、信州の正受老人(道鏡慧端)の法を継いだ。32歳で郷里に帰り松蔭寺の住職となり ...

奇矯なフォルムと色使いで新奇を極めた曾我蕭白

2026/4/20  

曾我蕭白(1730-1781)は、京都の染物屋の二男として生まれた。若くして家が没落し、17歳で天涯孤独の身となり、生計を立てるため画家になったという。伊勢や播磨を放浪し、それぞれの土地で多くの作品と ...

写実と装飾性をあわせ持ち新奇を極めた伊藤若冲

2026/4/17  

伊藤若冲(1716-1800)は、与謝蕪村と同じ年の正徳6年、京都・錦小路で3代続く青物問屋「桝屋」の3代目伊藤源左衛門の長男として生まれた。23歳の時に父が亡くなったため4代目を継いだが、仕事よりも ...

京焼の陶工で書画詩文にすぐれた青木木米

2026/4/15  

池大雅・与謝蕪村以後、大雅・蕪村に学んだもの以外にも、京坂には浦上玉堂、岡田米山人、青木木米、田能村竹田ら個性的な南画家が現れ、日本南画は豊かな成熟期を迎えた。また、江戸では谷文晁、渡辺崋山、椿椿山ら ...

池大雅・与謝蕪村に学んだ京坂の南画家

2026/4/13  

池大雅に師事したものとしては、大坂の酒造業者で好事家として知られる木村蒹葭堂、最も古い赤富士図を描いたとされる紀州藩の野呂介石、紀州の廻船業者で事業のからわら画法を研究した桑山玉洲、大坂における南画壇 ...

池大雅とともに日本南画の大成者とされる与謝蕪村

2026/4/10  

与謝蕪村(1716-1783)は、摂津国東成郡毛馬村(現在の大阪市都島区毛馬町)に生まれた。早くに両親と家産を失ったが、少年の頃から俳句をはじめ、20歳以前には江戸に出て、22歳の時に日本橋の俳諧師・ ...

日本南画の大成者・池大雅

2026/4/8  

池大雅(1723-1776)は、京都の裕福な町人の子として生まれた。幼いころから書の才能を認められ、7歳の時には宇治萬福寺12世の杲堂元昶の前で書を披露し、神童と評された。画については独学で学んだと思 ...

職業画家を標榜した最初の南画家とされる彭城百川

2026/4/6  

彭城百川(1697-1752)は、尾張名古屋に生まれた。薬種商の子とも、養子に入ったとも伝えられ、祖先は中国からの帰化人という説もある。若いころは俳諧師として知られたが、30代はじめに京都に出て画家と ...

鶴沢探鯨の門人・吉田元陳

2026/4/3  

吉田元陳(1728-1795)は、鶴沢探鯨の門人で、京都の豪商・角倉家の縁者とされる。その活動はほとんど不明だが、法橋、法眼に叙され、探鯨の子・探索らとともに寛政度禁裏御所の障壁画の制作に参加したこと ...

狩野派鶴沢家3代目を継いだ鶴沢探索

2026/4/1  

鶴沢探索(1729-1797)は、鶴沢探鯨の子で、狩野派鶴沢家3代目を継いだ。探索が当主をつとめていたころ、鶴沢派の京都における地位は高まりつつあり、寛政度禁裏御所の造営時には探索が土佐派の補佐役を命 ...

江戸から京都に移り探幽風を京都に広めた鶴沢探鯨

2026/4/1  

鶴沢探鯨(1687-1769)は、狩野探幽の門人・鶴沢探山の実子として江戸に生まれ、探幽の画風を学んだのち、元禄期頃に京都に移り住み、探幽風を京都に広めた。禁裏の御用をつとめ、父とともに宝永度禁裏御所 ...

風俗図に独自の画境を示し一画体を確立した英一蝶

2026/3/27  

英一蝶(1652-1724)は、医師・多賀白庵の子として京都に生まれ、幼い頃に江戸に出て狩野安信に師事した。早くから吉原に太鼓持ちとして出入りしていたためか、浮世絵に興味を持ち、岩佐又兵衛や菱川師宣と ...

幼年期に京都で尾形光琳に直接学んだ深江芦舟

2026/3/25  

深江芦舟(1699-1757)は、京都の銀座年寄筆頭役の家に生まれ、豊かな幼年期を過ごした。父の庄左衛門は、学識豊かな趣味人で、尾形光琳の有力な支援者だった中村内蔵助と親しく、その関係で芦舟は光琳に学 ...

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