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UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

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郷里で自由な作画を続けた湖東の円山派・林東溪

2023/8/16  

林東溪(1807-1887)は、近江国蒲生郡中野村(現在の東近江市)に生まれた。幼いころから学問を好み、特に画を描くことを好んだという。成長するにしたがって、画を学ぶとともに易経・天文学もあわせて修め ...

井伊直弼の墓守に生涯をささげた彦根藩士・遠城謙道

2023/8/14  

遠城謙道(1823-1901)は、彦根藩士の鉄砲足軽の子として生まれた。謙道が藩の足軽をつとめていた38歳の時、幕府の大老もつとめていた彦根藩主・井伊直弼が桜田門外で暗殺されるという大事件が起きた。幕 ...

山本梅逸晩年の有力な門人・青根九江

2023/8/11  

青根九江(1804-1854)は、彦根城下の下魚屋町(現在の彦根市城町)で藩主御用の茶屋を営む富商の子として生まれた。分家して山城屋と称して本家の向かいに住んでいたという。いつ頃京都に出たのかは定かで ...

彦根藩の終焉まで御用をつとめた佐竹永海

2023/8/9  

代々彦根藩主をつとめた井伊家に仕えた絵師については、その全貌はよくわかっていない。江戸の中橋狩野家をはじめ、狩野派の系統の絵師が召し抱えられていたとみられるが、新興の流派の絵師も採用されている。なかで ...

三井寺の円満院につかえ洒脱な画を残した広瀬柏園

2023/8/7  

広瀬柏園(1801-1871)は、彦根城下に生まれた。彦根藩士の子とされていたが、四十九町(現在の城町)に住んでいた町人代官の広瀬治良右衛門順固の子という説が有力となってきている。父は岸駒に師事した画 ...

幕末における円山派を代表する絵師・中島来章

2023/8/4  

中島来章(1796-1871)は、大津または信楽に生まれたと伝わっているが、出生地は定かではない。幼いころから画を好み、9歳の時に画を学ぶため京都に出たという。京都では円山応挙門下の十哲に数えられる渡 ...

幕末の京都画壇で名を馳せた京狩野家9代・狩野永岳

2023/8/2  

桃山時代から続く京狩野家は、初代山楽、2代山雪、3代永納と活躍したが、次第にその活動は低迷していった。一方で江戸に下った狩野派は、江戸幕府の御用をつとめ、江戸狩野として江戸時代を通じて大きな力を持ち続 ...

三熊派の伝統を守って桜の花を描き続けた織田瑟々

2023/7/31  

織田瑟々(1779-1832)は、近江国神崎郡御園村川合寺(現在の東近江市川合寺)に、津田貞秀の長女として生まれた。津田家の先祖は織田信長の九男信貞にはじまり、豊臣秀吉の時に神崎郡内の御園荘に領地をも ...

名古屋にいち早く写実的な描写を伝えた張月樵

2023/7/28  

張月樵(1765or1772-1832)は、彦根城下の表具師・総兵衛の子として生まれた。幼いころから画を好み、同郷の市川君圭に学び、その後京都に出て与謝蕪村門下の松村月渓に師事し、師の号から一字とって ...

湖北・長浜に京都の文化的香りを伝えた山縣岐鳳

2023/7/26  

山縣岐鳳(1776-1847)は、京狩野の画人・山縣頼章の子として京都に生まれた。父の頼章は伏見宮家の邦頼親王に仕えていたが、天明8年の天明の大火を機に一家で京都から長浜に移住した。岐鳳は長浜で父に画 ...

放浪に生きたもうひとりの近江蕪村・横井金谷

2023/7/24  

放浪の画人で「近江蕪村」と称された浄土宗の僧・横井金谷(1761-1832)の生涯を知るうえで参考になるのが、金谷が自ら著した『金谷上人御一代記』である。同書は、挿画入りで面白おかしくつづられており、 ...

与謝蕪村に師事し「近江蕪村」と称された紀楳亭

2023/7/21  

大津で「九老さん」と親しみを込めて呼ばれている画人・紀楳亭(1734-1810)は、山城の鳥羽に生まれ、与謝蕪村に画と俳諧を学んで京都で活動していたが、天明8年の天明の大火を機に、蕪村門下で同門だった ...

伊藤若冲の贋作を制作して名声を失った市川君圭

2023/7/19  

市川君圭(1736-1803)は、坂田郡醒井村大字醒井(現在の米原市)に生まれた。醒井は中山道の宿場があった宿場町で、加茂神社境内から湧き出る名水「居醒の清水」でも知られている。 君圭が誰に画を学んだ ...

高田敬輔に学び風俗画家として大成した月岡雪鼎

2024/12/11  

月岡雪鼎(1710-1787)は、滋賀県蒲生郡大谷村(現在の日野町大谷)に生まれた。本姓は木田といい、号は信天翁、露仁斎などたくさんあるが、雪鼎がもっとも知られている。姓の「月岡」も最初は号で、故郷の ...

近江日野の信楽院に多くの作品を残した高田敬輔

2024/11/13  

高田敬輔(1674-1755)は、近江日野(現在の滋賀県蒲生郡日野大窪町杉野神)に生まれた。祖先は藤原氏の出自で、永禄年間に高田姓となり、織田信長に従って尾張にいたが、敬輔の曽祖父の代になって近江日野 ...

14代にわたり彦根藩主をつとめた井伊家の画人

2023/7/12  

井伊家は、初代直政から最後となった17代藩主直憲まで14代にわたり彦根藩主をつとめたが、そのなかで画を嗜み、作品を残している藩主としては、6代藩主直恒、9代藩主直惟、13代藩主直幸(英)がいる。確認で ...

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昭和59年(1984)、田中一村(1908-1977)が奄美大島で没して7年後、NHK教育テレビ「日曜美術館」で「黒潮の画譜~異端の画家・田中一村~」と題して一村の画業が紹介され、大きな反響を呼んだ。 ...

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横山大観(1868-1958)は、明治元年水戸藩士の子として現在の茨城県水戸市に生まれた。10歳の時に一家で上京し、湯島小学校に転入、つづいて東京府小学校に通った。同校卒業後は私立の東京英語学校に進学 ...

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室町水墨画の最高峰・雪舟

岡山の画家として最初に名前が出るのは、室町水墨画壇の最高峰に位置する雪舟等楊(1420-1506)である。狩野永納によって編纂された『本朝画史』によると、雪舟の生誕地は備中赤浜(現在の総社市赤浜)で、 ...

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