• ホーム
  • 当サイトについて
  • 画人伝・INDEX
  • 画家ジャンル別
  • 画風・モチーフ別
  • お問い合わせフォーム

UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

  • X(旧Twitter)
  • 江戸以前の画家
  • 物故日本画家
  • UAG美人画研究室

新着記事

志賀直哉『淋しき生涯』のモデルとなった小見寺八山

2024/7/7  

大正14年、京都から奈良に住まいを移した小説家の志賀直哉は、先に奈良に移住していた足立源一郎のアトリエ横に、昭和4年、数寄屋造の家を新築した。志賀の奈良への移住は、京都で親交があり、大正12年に奈良に ...

奈良で初となる洋画の展覧会を開催した足立源一郎

2024/6/26  

大正8年、フランス留学から帰国したばかりの足立源一郎(1889-1973)が、奈良に住まいを移し、奈良市郊外の高畑にモダンな赤い屋根のアトリエを構えた。そして同年10月、足立と先に奈良に移住していた濱 ...

生涯軍鶏を描き続け軍鶏の画家と呼ばれた山下繁雄

2024/6/24  

山下繁雄(1883-1958)は、東京京橋の元禄期頃から大名の駕籠づくりを家業としていた旧家に生まれた。幼いころから画を好み、少年時代には小山正太郎の不同舎で学び、18歳で太平洋画会研究所に入り、明治 ...

奈良公園と鹿の生態を描き続けた濱田葆光

2024/6/21  

濱田葆光(1886-1947)は、高知市に生まれ、画家を志して上京、はじめ徳永仁臣の審美学舎で学び、ついで小山正太郎の不同舎に入った。さらに太平洋画会研究所に入り、そこで満谷国四郎や中村不折らに師事し ...

有識故実に基づく歴史画を得意とし「日蓮聖人絵伝」を身延山久遠寺に奉納にした植中直斎

2024/12/11  

植中直斎(1885-1977)は、奈良県天理市山田町に生まれた。はじめ大阪の深田直城の画塾に学び、明治38年上京して橋本雅邦の門に入った。明治40年東京勧業博覧会で2等賞を受賞し、さらに同年創設された ...

日本自由画壇を結成に参加した庄田鶴友

2024/6/17  

庄田鶴友(1879-1948)は、奈良県添上郡柳生村に生まれ、京都市立美術工芸学校絵画科を卒業後、山元春挙に師事した。明治32年から35年まで兵役につき、明治36年に第5回内国勧業博覧会で褒状を受けた ...

黒田清輝らがもたらした外光派の影響を受け平明な風景画や静物画を描いた中村勝治郎

2024/7/7  

中村勝治郎(1866-1922)は、現在の奈良市に生まれ、京都で山内愚仙に洋画を学んだ。その後、明治26年にフランス留学から帰国したばかりの黒田清輝と久米桂一郎と知り合い、教えを受けるようになり、白馬 ...

独自画論「直観画」の普及を図った大村長府

2024/6/12  

大村長府(1870-1925)は、奈良県大和郡山市に生まれ、明治21年、19歳の時に洋画家を志して上京、本多錦吉郎に師事し、翌年本多らによって結成された日本最初の洋画団体である明治美術会の第1回展に出 ...

多くの詩書画を残した最後の攘夷志士・三枝真洞

2024/6/10  

三枝真洞(1835-1868)は、大和国添下郡(現在の大和郡山市)の浄土真宗浄蓮寺に生まれた。近くの村の儒医今村文吾の私塾に通って漢学、国学を修め、京都に出て伴林光平に国学、和歌、書を学び、藤本鉄石に ...

日本最古の私立薬草園「森野旧薬園」を開設し、原色動植物図譜『松山本草』を著した森野藤助

2024/6/7  

森野藤助(1690-1767)は、大和国宇陀郡松山(現在の奈良県宇陀市)の葛粉製造業の家に生まれた。大和国で採薬を行なう幕府採薬使・植村政勝を案内する薬草見習の一人となり、本草を学んだ。享保14年には ...

興福院や円照寺に襖絵が残っている渡辺始興

2026/3/23  

渡辺始興(1683-1755)は、尾形光琳に学んだ光琳派の画家として知られるが、絵巻の研究によって大和絵系の筆法も学び、狩野尚信を慕って狩野派の骨法にも習熟し、晩年には狩野派風の作品を多く描くなどその ...

大黒天1000枚を描くことを請願した画僧・古磵

2024/6/3  

かつて天平文化、あるいは中世文化の舞台となった南都・奈良だが、近世・奈良に描かれた絵画作品を見出そうとすると、その多くが京都をはじめとした来遊画人の手によるものである。 奈良の諸寺に作品を残した画人と ...

詩的感覚の漂う純粋抽象を手掛けた津高和一

2024/5/27  

津高和一(1911-1995)は、大阪市に生まれ、幼少期に兵庫県西宮市の津高家の養子となった。16歳頃から詩作を始め個人詩誌「貎」を創刊、のちにシュルレアリスム傾向が強い詩の研究会「神戸詩人」の同人と ...

初期独立展で注目されたが28歳で早世した飯田操朗

2024/5/24  

飯田操朗(1908-1936)は、兵庫県姫路市に生まれた。はじめ信濃橋洋画研究所に学び、その後上京して太平洋画会研究所で学んだ。昭和6年の第1回独立美術協会展で入選を果たし、その後も受賞を重ね、将来を ...

個展中心に発表し諧謔的抽象表現で注目された菅創吉

2024/5/22  

菅創吉(1905-1982)は、兵庫県姫路市に生まれた。はじめ神戸で日本画の手ほどきを受けたが、ほとんど独習で画家への道を歩んだ。20歳のころから雑誌の図版カットや政治漫画などを描いたが、昭和13年に ...

画業と並行して日本のグラフィックデザイン界の先駆者的役割を果たした今竹七郎

2024/5/20  

今竹七郎(1905-2000)は、兵庫県神戸市に生まれた。早くからバウハウスの理念に共鳴してデザインに関心を持ち、昭和2年神戸大丸百貨店意匠部に入社、店内装飾、飾窓、催場構成、広告デザインなどを担当し ...

« Prev 1 … 18 19 20 21 22 … 98 Next »
  • Post
  • Share




カテゴリー

サイト内検索

関連サイト

湯上がり美術談義
UAG美人画研究室
UAG美術家資料棚

人気記事

  • 26周耕02雪舟を通して牧谿を学んだと思われる周耕
  • 02長谷川久蔵02等伯の跡を継いで一門を率いる存在として将来を嘱望されていたが26歳で早世した長谷川久蔵
  • 10野村満花城02河東碧梧桐の新傾向俳句運動に参加した富山の俳人・筏井竹の門と野村満花城
  • 島根10黄仲祥出雲を訪れた風外禅師に学んだ横山雲南(黄仲祥)
  • 21青木繁03青木繁と福田たね
  • 岡山02宮本武蔵武人画家・宮本武蔵
  • 18豪信02似絵画家の家系の掉尾を飾った豪信
  • 12青木翠山02郷土画家として多くの後進を育てた青木翠山と利根沼田の門人
  • 150佐伯祐三0230歳でパリに客死した佐伯祐三
  • 17後藤碩田02竹田門の四天王のひとりに数えられた博学者・後藤碩田

おすすめ記事

1
能登が生んだ桃山時代を代表する画家・長谷川等伯

長谷川等伯(1539-1610)は、能登国七尾(現在の石川県七尾市)の能登七尾城主畠山氏の家臣・奥村家に生まれ、のちに縁戚で染物業を営む長谷川家の養子となった。雪舟系画人の等春に学んだとされる養父・宗 ...

2
奄美大島に没した田中一村の話

昭和59年(1984)、田中一村(1908-1977)が奄美大島で没して7年後、NHK教育テレビ「日曜美術館」で「黒潮の画譜~異端の画家・田中一村~」と題して一村の画業が紹介され、大きな反響を呼んだ。 ...

3
新しい日本画を追求して近代日本画壇を牽引した横山大観

横山大観(1868-1958)は、明治元年水戸藩士の子として現在の茨城県水戸市に生まれた。10歳の時に一家で上京し、湯島小学校に転入、つづいて東京府小学校に通った。同校卒業後は私立の東京英語学校に進学 ...

4
妖艶で頽廃美漂う画風を展開し、画壇の悪魔派と呼ばれた北野恒富

北野恒富(1880-1947)は、金沢市に生まれ、小学校卒業後に新聞の版下を彫る彫刻師をしていたが、画家を志して17歳の時に大阪に出て、金沢出身で歌川派の流れを汲む浮世絵師・稲野年恒に師事し、師と同様 ...

5
室町水墨画の最高峰・雪舟

岡山の画家として最初に名前が出るのは、室町水墨画壇の最高峰に位置する雪舟等楊(1420-1506)である。狩野永納によって編纂された『本朝画史』によると、雪舟の生誕地は備中赤浜(現在の総社市赤浜)で、 ...

UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

© 2026 UAG美術家研究所