洋画家

芦屋に転居し44歳で没するまでの5年間で数々の裸婦像の名作を生み出した小出楢重

2024/4/8  

小出楢重「横たわる裸身」 小出楢重(1887-1931)は、大阪市に生まれ、中学生のころから四条派の渡辺祥益に日本画を学んだ。卒業後は上京して東京美術学校西洋画科を受験したが、木炭素描の準備不足のため ...

パリで藤田嗣治から強い影響を受け制作した上山二郎

2024/4/5  

上山二郎「キャフェにて」 上山二郎(1895-1945)は、東京神田に生まれ銀座で育った。18、9歳頃から川端画学校に通い、大正9年同校の有志によって結成された「地平社」に銅版画を発表した。その後、日 ...

渡仏しアマン・ジャンに学んだ中村義夫

2024/4/3  

中村義夫「サンジェルマン・アン・レイの冬」 中村義夫(1889-1957)は、兵庫県赤穂市に生まれた。父親の勤務の都合で大阪に転居し、松原三五郎に師事して洋画を学んだ。その後、東京美術学校に入学し、黒 ...

パリで佐伯祐三の壮絶な制作態度と悲劇的な死を目前にし画業のうえで決定的な影響を受けた大橋了介

2024/4/1  

大橋了介「広告」 大橋了介(1895-1943)は、滋賀県彦根市に生まれ、8歳頃に一家で台湾に移り住んだ。台湾総督府台北第一中学校卒業後、大正8年に上京し、翌年東京美術学校の受験にのぞんだが失敗、本郷 ...

欧州放浪を含めた15年間の沈黙ののち華々しい画壇への再登場を果たすが46歳で急逝した青山熊治

2024/2/16  

青山熊治「高原」兵庫県立美術館蔵 青山熊治(1886-1932)は、兵庫県朝来郡生野町(現在の朝来市)に生まれた。同じ生野出身の白滝幾之助、和田三造とともに「生野の三巨匠」と称されており、3人はいずれ ...

画壇から離れ西宮で静かな作画活動を行なった新井完

2024/2/14  

新井完「猫」姫路市立美術館蔵 新井完(1885-1964)は、兵庫県姫路市に生まれた。父と早く死別したこともあって姫路中学を中退して叔父を頼って上京し、日本中学に転入した。明治38年東京美術学校に入学 ...

油彩画「南風」で一躍名を馳せ、その後は日本画、色彩研究、舞台美術など幅広い分野でマルチに活躍した和田三造

2024/2/12  

和田三造「南風」東京国立近代美術館蔵 和田三造(1883-1967)は、兵庫県朝来郡生野町(現在の朝来市)に生まれた。15歳の時に家族とともに福岡市に移ったが、翌年画家を志して福岡を出奔して上京、黒田 ...

各地の風景画に適した場所を訪ね歩いた金山平三

2024/2/9  

金山平三「由良海岸」姫路市立美術館蔵 金山平三(1883-1964)は、神戸市に生まれ、小学校卒業後に京都、奈良、東京の中学校を転々としたのち、東京美術学校西洋画科に入学し黒田清輝に師事した。同校卒業 ...

白滝幾之助、松井曻ら兵庫県出身の初期洋画家

2024/1/31  

白滝幾之助「浴後」 兵庫県の明治以降の美術の動きは、洋画家の前田吉彦からはじまる。前田は、現在の岡山県に生まれ、のちに神戸に出てほとんど独学で洋画を学んだ。神戸師範学校の図画教諭をつとめ、兵庫県内の洋 ...

東京美術学校助教授就任直後30歳で急逝した小坂象堂

2024/1/29  

小坂象堂「草摘み(摘草)」兵庫県立美術館蔵 小坂象堂(1870-1899)は、但馬国出石郡鍛冶屋村(現在の豊岡市出石町)に生まれた。幼いころから画を好み、16歳頃に京都に出て陶器工場で絵付けの仕事をし ...




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