画人伝・長崎

野口彌太郎と長崎ゆかりの洋画家

2019/6/14  

野口彌太郎(1899-1976)は、諫早市出身の銀行家・野口彌三の長男として東京に生まれ、父の仕事の関係で各地を転々としたが、父の田園生活を送らせたいとの思いから、明治44年の約半年間を諫早の小学校で ...

大正初期の美人画作家・栗原玉葉と長崎ゆかりの日本画家

2019/7/21  

栗原玉葉「お夏狂乱(恋)」 大正初期の文展で美人画作家として活躍した栗原玉葉(1883-1922)は、現在の雲仙市に生まれ、上京して寺崎広業に学んだ。大正2年、第7回文展に初入選し、第8回展では褒状を ...

旧派の代表画家・荒木十畝と長崎出身の門人・小林観爾

2019/9/20  

明治5年、現在の大村市に生まれた荒木十畝(1872-1944)は、20歳の時に上京して荒木寛畝に師事、寛畝の娘と結婚して家督を継いだ。谷文晁の流れを汲む南北合派の名門である荒木家を継いだ十畝は、日本美 ...

佐伯祐三と行動を共にしフランスで客死した横手貞美

2019/5/25  

昭和2年、横手貞美(1899-1931)は、東京美術学校を卒業したばかりの荻須高徳(1901-1986)、山口長男(1902-1983)とともに、横浜港からパリへ向かう旅客船に乗り込んだ。すでに2度目 ...

外光派の風景画家・山本森之助と早世した人気画家・渡辺与平

2019/9/19  

明治10年、山本森之助(1877-1928)は長崎市新橋町の料亭一力の長男として生まれた。明治27年に画家を志して大阪の山内愚仙に入門、翌年には上京して浅井忠の明治美術学校研究所に入り、さらに、東京美 ...

存命中に遺作展を開催された長崎洋画の先駆者・彭城貞徳

2021/3/25  

彭城貞徳「和洋合奏図」 長崎出身の明治初期の洋画家としては、まず彭城貞徳(1858-1939)の名があげられる。彭城は、18歳の時に画家を志して上京、高橋由一が主宰する天絵楼に学び、さらに、初の官立美 ...

長崎版画と版下絵師

2019/7/21  

長崎版画 長崎版画とは、江戸時代に長崎で制作された異国情緒あふれる版画のことで、主に旅人相手に土産物として売られた。長崎絵、長崎浮世絵などとも呼ばれている。同じころ江戸で盛んだった浮世絵が、役者、遊女 ...

長崎三画人後の三筆、守山湘帆・中村陸舟・伊東深江

2019/9/19  

長崎三画人らによって大成された南画は、その後も門人たちによって引き継がれ、鉄翁祖門に学んだ守山湘帆と中村陸舟、三浦梧門に学んだ伊東深江の三人は、長崎後の三秀とも崎陽後の三筆とも称された。ほかにも、鉄翁 ...

幕末の長崎三画人、鉄翁祖門・木下逸雲・三浦梧門

2019/9/19  

来舶四大家のひとり江稼圃は、文化元年から6年頃まで来日し、弟の江芸閣とともに長崎の南画興隆の基礎をつくった。さらに続いて来日した徐雨亭、王克三らによって長崎の南画は一段と本格的なものになっていった。幕 ...

来舶四大家、伊孚九・張秋谷・費漢源・江稼圃

2020/3/4  

費漢源「枇杷に小禽図」神戸市立博物館蔵 18世紀の後半から19世紀の中頃になると、渡来の途絶えた黄檗僧に代わって清人が盛んに渡来するようになった。彼ら来舶清人によって南画の画風が伝えられると、長崎の画 ...




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