UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま北関東地方を探索中。

「画人伝・茨城」 一覧

谷文晁門下四哲のひとり・立原杏所

立原杏所(1785-1840)は、水戸彰考館総裁・立原翠軒の長男として水戸下市横竹隈に生まれた。杏所の号は邸内にあった杏の木によったという。画をはじめ林十江に学び、ついで翠軒の門に集まっていた宮部雲錦 ...

周囲に理解されないまま37歳で世を去った奇才・林十江

2019/11/26   -画人伝・茨城, 動物画

林十江(1777-1813)は、水戸城東の下市に酒造業を営む町人の子として生まれ、隣家で醤油醸造を営む伯父の家に養子に出た。絵を誰に学んだかは、はっきりしないが、すでに子どもの頃から画才を発揮し、12 ...

近世水戸の南蘋派・宮部雲錦と栗田長珉

宝暦年間(1751-1764)になると、長崎に来航した沈南蘋が伝えた新しい写実主義が全国的に影響を及ぼし、江戸では宋紫石をはじめとする多くの南蘋派の画家たちが台頭し、当時全盛を誇っていた狩野派に対し、 ...

父雪館に学び江戸で活躍した女性画家・桜井雪保

桜井雪保(1754-1824)は、雪舟十二世と自称した桜井雪館の娘で、幼いころから父に画を学び、父とともに江戸を拠点に活躍した。雪舟十三世と称したという説もあるが、確かではない。画風は雪舟にその様式の ...

自らを雪舟十二世と称した桜井雪館

磯浜(現在の大洗町)に生まれた桜井雪館(1715-1790)は、雪舟に私淑し、江戸に出て画塾を開き、門弟は2百余人を数えたという。雪館の父・桜井担も画をよくし、祖父も画家で、師の桜井才次郎忠重は、徳川 ...

土浦藩士から浮世絵師に転身した磯田湖龍斎

江戸時代中期の浮世絵師・磯田湖龍斎(1735-不明)は、土浦藩土屋家の藩士だったが、浪人となり、その後浮世絵師に転身したとされる。雅号の「湖」は霞ヶ浦にちなんだものだとする説があり、湖畔に生まれ、土屋 ...

水戸光圀が招いた中国明の禅僧・東皐心越

東皐心越(1639-1695)は、明末曹洞宗の禅僧で、延宝5年、政治的混乱を避けて長崎に来航し、長崎興聖寺の明僧・澄一の招請を受けて同寺に住んだが、清の密偵との嫌疑を受けて監禁された。水戸光圀はその釈 ...

近世水戸の狩野派・狩野興也

水戸藩の御用絵師をつとめた狩野派には、紀州藩狩野派の祖である狩野興以の二男・狩野興也、町狩野的な狩野凉岷、および狩野惟信の高弟・山内養春のほぼ3つの系統があった。 参考:狩野興以にはじまる紀伊狩野の系 ...

雪村に院体画法を伝えた常陸太田の耕山寺の僧・性安

性安(不明-不明)は、雪村と関係の深い常陸国太田村(現在の常陸太田市)の耕山寺の僧で、江戸期の画譜類には祥啓に学ぶとあるだけで、詳しい経歴は分かっていない。 性安の作品は図1の「蟹図」が知られるのみだ ...

建長寺の僧となりのちに常州水戸に住んだ長柳斎(可卜)

祥啓の門弟のひとりに、建長寺の僧となり、のちに常州水戸に住んだ長柳斎(不明-不明)がいる。最初の画史といわれる『丹青若木集』によると、祥啓とその周辺の系譜のなかで、可卜(長柳斎)と性安の名があげられて ...

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