• ホーム
  • 当サイトについて
  • 画人伝・INDEX
  • 画家ジャンル別
  • 画風・モチーフ別
  • お問い合わせフォーム

UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

  • X(旧Twitter)
  • 江戸以前の画家
  • 物故日本画家
  • UAG美人画研究室

新着記事

不世出の天才と称された屋台彫刻の谷口与鹿

2025/3/6  

江戸中期になると、建築・彫刻分野で名工、名人が登場する。松田太右衛門は、高山及び近在の寺院建築に腕をふるい、門下から優秀な人材を輩出した。太右衛門の技は師弟相伝で受け継がれ、弟子に東雲勘四郎、今井庄兵 ...

飛騨の匠・伝説の画人

2021/7/10  

豊かな森林に恵まれた飛騨では古くから木工が盛んで、飛騨の匠(たくみ)と呼ばれる大工や木工師が全国各地の宮殿や寺院の建立に携わった。「飛騨の匠」にまつわる伝説は多く、歴史に名が残っている最初の画家といわ ...

明治期の美濃の南画家

2025/3/6  

明治に入っても南画の流行はやまず、第一世代の子や弟子を含め多くの南画家たちが活躍した。明治15年に東京で開かれた絵画共進会には中国南宗派として岐阜県からも多くの入選者を出している。しかし、全国的傾向と ...

異色の南画家・安田老山と蓑虫山人

2022/8/15  

明治の南画壇において名声を博した美濃出身の異色の南画家として安田老山がいる。老山は高須藩の侍医の子として江戸の藩邸に生まれた。養老山からとって、名を養、号を老山とした。長崎に行って鉄翁祖門に南画を学び ...

近江、尾張、三河にまでおよんだ高橋杏村の門人

2022/8/15  

京都で中林竹洞に学んだ高橋杏村(1804-1868)は、のちに帰郷し、梁川星巌に漢詩を習い、西濃の漢詩人・神田柳渓と交わり、さらに昌平校の儒官・曾我耐軒が美濃に来た時に経学を学んだという。弘化のはじめ ...

村瀬一族の奇才・村瀬太乙

2025/3/6  

村瀬藤城、秋水ら優秀な学者や南画家を輩出した村瀬一族だが、その中でもひときわ異彩を放っていたのが村瀬太乙である。太乙は、藤城、立斎、秋水の村瀬三兄弟の従兄弟の子にあたり、詩、書、画すべてに才能を示した ...

美濃の南画、村瀬秋水の一族と門人

2022/8/15  

美濃の南画壇にあって影響力のあった南画家のひとりに村瀬秋水がいる。村瀬秋水は、美濃上有知の造り酒屋で庄屋を務める村瀬敬忠の三男として生まれた。長兄は頼山陽門の儒学者・村瀬藤城、次兄の村瀬立斎は尾張藩医 ...

美濃の南画、竹洞・梅逸の門人

2022/8/15  

全国的な南画の隆盛に寄与した尾張南画の中林竹洞、山本梅逸は、美濃における南画の発展にも大きな影響を及ぼした。美濃の南画家として名を残した、高橋杏村、村瀬秋水、山田訥斎らはみな竹洞、梅逸に師事した。 高 ...

南画家として活躍した大垣の漢詩人・思想家

2022/8/15  

美濃地方での南画家の動向を地域的にみると、第一世代の南画家は西美濃地方から多く出ている。大垣では江馬細香をはじめ、梁川星巌、梁川紅蘭ら漢詩人や思想家たちが南画家として活躍した。これは当時の大垣を中心と ...

頼山陽の美濃訪問と江馬細香

2022/8/16  

文化年間、京都ではひとつの文化人グループが文墨界を牛耳っていた。その中心にいたのが漢詩人であり思想家の頼山陽である。山陽の周辺には、画家、文人、医師、僧侶など多くの教養人が集まり、一種のサロンを形成し ...

美濃の南蘋派

2022/8/15  

中国の画家・沈南蘋によって長崎にもたらされた写実的な画法は、当時の画家たちに新鮮な驚きをもって迎えられ、弟子の熊代熊斐(1712-1772)を経て、江戸、大坂、京都などの画家に伝えられ、のちに南蘋派と ...

南画の衰退、そして近代日本画へ

2024/12/30  

近世尾張画壇の特徴としては、画を学ぶ者の多くがその場を京都に求めたことにある。牧墨僊のように江戸詰めの尾張藩士は江戸で師を見出すことはあったが、彭城百川、中林竹洞、山本梅逸、田中訥言ら著名な画家たちの ...

尾張の岸派、喜田華堂と門人

2024/12/30  

尾張の岸派では、喜田華堂、そのあとを継いだ中島有年らがいる。喜田華堂(1802-1879)は岐阜県不破郡今須村に生まれ、若くして京都に出て岸駒、岸良に学んだ。20年にわたり東国を遊歴して各地の名勝を写 ...

尾張の四条派、張月樵の門人

2024/12/30  

呉春に四条派を学んだ張月樵(1772-1832)は、彦根に生まれ、名古屋に来て活躍した。南画の山田宮常の画才を慕い、四条派系でありながら南画系の画家たちと交流し、合作も多く残している。活躍期は中林竹洞 ...

名古屋四条派、松村景文の系譜

2024/12/30  

呉春の異母弟である松村景文に師事し四条派を修めた名古屋の画家としては、立松義寅、浅井星洲、小栗伯圭らがいる。かれらの系譜もまた、四条派特有の写実性を生かした抒情的な表現で世に受け入れられた。 立松義寅 ...

名古屋四条派、野村玉渓の流れを汲む門人たち

2024/12/30  

野村玉渓の門は多くの有能な門人を輩出し、さらにその弟子たちも多くの四条派の画家を育てた。とくに松吉樵渓、鷲見春岳、奥村石蘭らの門人たちは明治に入ってから内国絵画共進会をはじめ各地の展覧会に積極的に出品 ...

« Prev 1 … 87 88 89 90 91 … 94 Next »
  • Post
  • Share




カテゴリー

サイト内検索

関連サイト

湯上がり美術談義
UAG美人画研究室
UAG美術家資料棚

人気記事

  • 30曽根末次郎04安岡信義、曽根末次郎ら富山の美術文化振興に主導的な働きを果たした美術教師たち
  • 28牧島如鳩02イコンと仏画を融合した独自の宗教画を確立した牧島如鳩
  • 21青木繁03青木繁と福田たね
  • 02狩野山楽02京狩野の祖・狩野山楽
  • 25野沢如洋02画壇を離れ水墨画の原点を追求した野沢如洋
  • 74土佐光起04土佐派中興の祖と称された土佐光起
  • 78俵屋宗達02水墨画にも多くの傑作を残した琳派の祖・俵屋宗達
  • 02長谷川久蔵02等伯の跡を継いで一門を率いる存在として将来を嘱望されていたが26歳で早世した長谷川久蔵
  • 岡山02宮本武蔵武人画家・宮本武蔵
  • 22六條篤02奈良美術家連盟の創立に参加した奈良の洋画家

おすすめ記事

1
能登が生んだ桃山時代を代表する画家・長谷川等伯

長谷川等伯(1539-1610)は、能登国七尾(現在の石川県七尾市)の能登七尾城主畠山氏の家臣・奥村家に生まれ、のちに縁戚で染物業を営む長谷川家の養子となった。雪舟系画人の等春に学んだとされる養父・宗 ...

2
奄美大島に没した田中一村の話

昭和59年(1984)、田中一村(1908-1977)が奄美大島で没して7年後、NHK教育テレビ「日曜美術館」で「黒潮の画譜~異端の画家・田中一村~」と題して一村の画業が紹介され、大きな反響を呼んだ。 ...

3
新しい日本画を追求して近代日本画壇を牽引した横山大観

横山大観(1868-1958)は、明治元年水戸藩士の子として現在の茨城県水戸市に生まれた。10歳の時に一家で上京し、湯島小学校に転入、つづいて東京府小学校に通った。同校卒業後は私立の東京英語学校に進学 ...

4
妖艶で頽廃美漂う画風を展開し、画壇の悪魔派と呼ばれた北野恒富

北野恒富(1880-1947)は、金沢市に生まれ、小学校卒業後に新聞の版下を彫る彫刻師をしていたが、画家を志して17歳の時に大阪に出て、金沢出身で歌川派の流れを汲む浮世絵師・稲野年恒に師事し、師と同様 ...

5
室町水墨画の最高峰・雪舟

岡山の画家として最初に名前が出るのは、室町水墨画壇の最高峰に位置する雪舟等楊(1420-1506)である。狩野永納によって編纂された『本朝画史』によると、雪舟の生誕地は備中赤浜(現在の総社市赤浜)で、 ...

UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

© 2026 UAG美術家研究所