UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま北関東地方を探索中。

「山水・真景」 一覧

狩野派の始祖・狩野正信と足利の武将画人・長尾一族

栃木県足利市の長林寺には、狩野派の始祖・狩野正信(1434?-1530?)の筆による「観瀑図」(掲載作品)が伝わっている。長林寺は、館林から転じて足利長尾氏の初代となった但馬守景人によって文安5年に開 ...

在野精神を貫き、日本美術院を脱退して新興美術院を結成した小林巣居人

茨城県稲敷郡長戸村(現在の龍ケ崎市)の農家に生まれた小林巣居人(1897-1978)は、20歳の時に画家を志して稲敷郡牛久村に住んでいた小川芋銭を訪ねた。その際芋銭に上京を勧められたため、翌年、芋銭の ...

天心を五浦に案内し日本美術院の五浦時代の幕開けに関わった飛田周山

飛田周山(1877-1945)は、茨城県多賀郡大塚村(現在の北茨城市磯原町)に生まれ、16歳で上京、叔父である彫金家の海野美盛の書生となった。19歳の時に美盛の勧めもあり、当時東京に住んでいた京都の日 ...

天心、大観らと行動をともにし五浦に移住した木村武山

茨城県笠間市に生まれた木村武山(1876-1942)は、幼いころから画才に恵まれ、明治24年、岡倉天心(1863-1913)が校長をつとめていた東京美術学校に入学した。この時、3年先輩に横山大観(18 ...

新しい日本画を追求して近代日本画壇を牽引した横山大観

横山大観(1868-1958)は、明治元年水戸藩士の子として現在の茨城県水戸市に生まれた。10歳の時に一家で上京し、湯島小学校に転入、つづいて東京府小学校に通った。同校卒業後は私立の東京英語学校に進学 ...

両国中村楼での書画会で画名を高め東京南画界で活躍した猪瀬東寧

下総国豊田郡三坂新田(現在の茨城県常総市)に生まれた猪瀬東寧(1838-1908)は、19歳の時に画家を志し、故郷を出奔して京都に出た。京都では公卿姉小路公知の家僕として仕え、翌年公知の世話で日根対山 ...

近世水戸の南蘋派・宮部雲錦と栗田長珉

宝暦年間(1751-1764)になると、長崎に来航した沈南蘋が伝えた新しい写実主義が全国的に影響を及ぼし、江戸では宋紫石をはじめとする多くの南蘋派の画家たちが台頭し、当時全盛を誇っていた狩野派に対し、 ...

関東に本格的な水墨画をもたらした室町時代の画僧・祥啓

祥啓(不明-不明)の出自については不明な点が多く、生まれは真壁郡下館(現在の筑西市)とも常陸小田(現在のつくば市)ともされ、野州宇都宮の画家丸良氏の子として、現在の栃木県宇都宮市に生まれたという説もあ ...

大正新南画の中心作家として活躍した湯田玉水

湯田玉水(1879-1929)は、明治12年、福島県南会津郡田島町(現在の南会津町)に生まれた。田島は明治の廃藩置県で福島県になったが、かつては幕府の直轄地で、北関東と商業的な交流などもあり、独特の文 ...

復古大和絵を学び、のちに谷文晁門下の高久靄厓の後を継ぎ、大和絵と南画を融合した画風を確立した高久隆古

高久隆古〔高隆古〕(1810-1858)は、文化7年に忍城下(現在の埼玉県行田市)に阿部家の家臣・川勝隆任の子として生まれた。阿部家は三河以来の徳川家譜代大名として福山の阿部家とともに老中を出す家柄で ...

Copyright© UAG美術家研究所 , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER.