UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま北関東地方を探索中。

「山水・真景」 一覧

人生の大半を旅に費やした本荘藩御用絵師・増田九木

由利・本荘地方は、本荘狩野といわれる独自の絵画圏をつくり、狩野派が大きな勢力を持っていたが、谷文晁系の南画を学んだ増田九木は、長い旅の末に広く画名をあげ、帰郷後には藩御用絵師として活躍した。 増田九木 ...

仙台藩御用絵師・荒川如慶とその画系

仙台藩御用絵師をつとめた家系のうち、江戸中期、後期において活躍をみせるのは、荒川家と菊田家で、両家は藩御用絵師としての家系を幕末まで維持した。 荒川家は、仙台藩五代藩主・吉村の時に御用絵師として仕えた ...

江戸後期の盛岡藩を代表する絵師・川口月嶺

川口月嶺(1810-1871)は、現在の秋田県鹿角市花輪(旧盛岡藩領)に生まれ、江戸で四条派を学んだのち、藩主・南部利済の御側役として盛岡城大奥の障壁画制作などに携わった。それまでの藩内の主流は狩野派 ...

南部八戸で晩年を過ごした盛岡藩を代表する南画家・橋本雪蕉

岩手県花巻の呉服商の家に生まれた橋本雪蕉(1802-1877)は、少年時代に花巻の寺小屋師匠で絵師だった八重樫豊澤に画法を学んだ。師の豊澤は、文人墨客との交わりが広く、谷文晁をはじめ多くの画人たちと交 ...

津軽初の本格的な女性絵師・工藤晴好

津軽初の本格的な女性絵師とされる工藤晴好(1867-1924)は、はじめ弘前で三上仙年に学び、その後上京して奥原晴湖の塾に入り、晴湖の養女・晴翠に学んだ。奥原晴湖は、明治初期を代表する女傑といわれた画 ...

平尾魯仙の高弟・三上仙年

平尾魯仙の門人たちによって、明治期の津軽の日本画は大きな進展を遂げるが、なかでも高弟といわれた三上仙年と工藤仙乙は、明治30年代に弘前絵画会という日本画団体を設立し、弘前における日本画の普及と発展につ ...

毛内雲林第一の高弟・松山雲章

毛内雲林の登場以来、津軽の南画は雲林門下の絵師を中心に展開していくが、なかでも雲林第一の高弟といわれた松山雲章は、多くの弟子を育て、幕末の津軽画壇で中心的役割を果たしていく。雲章が育った松山家は、代々 ...

松前藩御用絵師・熊坂適山

松前藩が梁川に転封され、藩の家老だった蠣崎波響も梁川に移り住むことになったが、波響は縮小された藩の再興に力を尽くすとともに、絵筆を握り続けた。そうした姿に、地元では、波響はすぐれた画技を持つ代官だとい ...

薩摩の円山四条派

狩野派が大勢を占めていた薩摩でも、江戸後期から明治にかけて円山四条派に学んだ絵師や南画家が登場するようになった。京都で四条派の松村景文に学んだ絵師としては、京都見聞役をつとめていた税所文豹(1809- ...

写実的遠近法を用いた柳田龍雪

木挽町狩野家最後の当主となった十代狩野勝川院雅信に学んだ薩摩の絵師としては、柳田龍雲、谷山龍瑞、有田養圓がいる。柳田龍雪(1833-1882)の父親は刀具彫刻を営んでおり、龍雪もはじめは銅版彫刻をもっ ...

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