UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま北関東地方を探索中。

「南画・文人画家」 一覧

山形・村山地方の文人墨客の中心的存在だった細谷風翁

幕末から明治初期にかけて山形の文化の指導的役割を果たした細谷風翁は、山形市にあった真言宗宝幢寺の寺待宮城家に生まれ、十日町の医師・細谷玄琳の養子となり医師を継いだが、医業のかたわら漢学、武道、画業と幅 ...

庄内地方の南画家

庄内藩では、藩の絵師のほかに絵をたしなむ藩士が多かった。石井子龍は、絵を同藩の氏家龍渓に学び、のちに藩医で書家でもあった重田道樹に学んだ。生涯酒を好んで奇行が多かったとされ、金峯山麓の渓流の上に庵を結 ...

人生の大半を旅に費やした本荘藩御用絵師・増田九木

由利・本荘地方は、本荘狩野といわれる独自の絵画圏をつくり、狩野派が大きな勢力を持っていたが、谷文晁系の南画を学んだ増田九木は、長い旅の末に広く画名をあげ、帰郷後には藩御用絵師として活躍した。 増田九木 ...

仙台四大画家のひとり・南画の菅井梅関

仙台城下に生まれた菅井梅関は、早くから画才を発揮し、長じて仙台来訪中の画家・根本常南に師事して本格的に画の修業を始めた。その後は、家業を弟にまかせて、瑞鳳寺の僧・南山古梁をめぐる文化サークルのなかで成 ...

北方防衛を生涯の仕事とした儒者・大原呑響

大原呑響(1761頃-1810)は、北方問題に生涯を捧げた儒者であり、画人としても優れた作品を残し、蠣崎波響や大原呑舟らを育てている。画において特定の師はいなかったようで、「書は張瑞図が法を慕い」と伝 ...

花巻三画人のひとり・八重樫豊澤

小野寺周徳(1759-1814)、橋本雪蕉(1802-1877)とともに「花巻の三画人」に数えられる八重樫豊澤(1763-1842)は、花巻の寺小屋師匠の家に生まれた。父の善兵衛は花巻に寺小屋を開いた ...

花巻の画業隆盛の礎を築いた小野寺周徳

盛岡についで繁栄した花巻では、画業も盛んであり、その礎を築いたのは小野寺周徳(1759-1814)とされる。花巻の医師の家に生まれた周徳は、江戸に出て医学の修業中に谷文晁に学んだと伝わっており、寛政6 ...

盛岡藩の文人画の先駆け・田鎖鶴立斎と本堂蘭室

盛岡藩では、江戸中期以降、狩野派に属さない絵師たちが、江戸や京都で芽生えた新しい画風を学び、帰郷後は藩内でも制作するようになった。代々藩の御用絵師をつとめていた狩野派の絵師たちが、保守的な粉本主義に陥 ...

南部八戸で晩年を過ごした盛岡藩を代表する南画家・橋本雪蕉

岩手県花巻の呉服商の家に生まれた橋本雪蕉(1802-1877)は、少年時代に花巻の寺小屋師匠で絵師だった八重樫豊澤に画法を学んだ。師の豊澤は、文人墨客との交わりが広く、谷文晁をはじめ多くの画人たちと交 ...

津軽初の本格的な女性絵師・工藤晴好

津軽初の本格的な女性絵師とされる工藤晴好(1867-1924)は、はじめ弘前で三上仙年に学び、その後上京して奥原晴湖の塾に入り、晴湖の養女・晴翠に学んだ。奥原晴湖は、明治初期を代表する女傑といわれた画 ...

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