南画・文人画家

詩書画をよくした篆刻家・細川林谷とその周辺

2022/9/3  

細川林谷「林谷山人紀遊漫画」 細川林谷(1780-1843)は、讃岐国寒川町に生まれ、幼いころから阿部良山に篆刻を学んだ。その篆刻は「正雅典則一世に鳴る人皆宇内第一」と称され、頼山陽、篠崎小竹、田能村 ...

讃岐の書聖・後藤漆谷とその周辺

2022/9/3  

讃岐の歴史の中で「書聖」と称された人物が二人いる。一人は空海であり、もう一人は後藤漆谷(1749-1831)である。漆谷は高松の豪商の家に生まれ、幼いころから学問を好み、深井鶏林、後藤芝山に師事、20 ...

京都に出て浦上春琴らに学んだ讃岐の南画家

2022/9/3  

三井飯山「松下高士図」(部分) 京都に出て学んだ讃岐の南画家としては、浦上春琴に学び高弟となった小西松塢をはじめ、春琴門からは、松岡李堂、木村葭郷らが出た。また、田能村竹田に学んだ合葉文山、田能村直入 ...

春木南湖と讃岐の門人

2022/9/3  

春木南湖「七福神図屏風」(左隻) 春木南湖「七福神図屏風」(右隻) 谷文晁(1763-1840)と並び、「天下の二老」と称された春木南湖(1759-1839)は、伊勢国長島藩主・増山雪斎に抱えられ、そ ...

中川馬嶺・愛山親子とその門人たち

2022/9/3  

中川馬嶺(1783-1860)も長町竹石の高弟のひとりで、幼いころから竹石に学び、高松松平家の家臣・大久保家に召し抱えられた。門弟には片山豊泉、松原墨江、赤松陶濱、三枝保年、久保梅亭、畑尾茶庵らがいる ...

引き継がれる竹石の画系、佐々木雲屋・兒島竹處と門人

2022/9/3  

佐々木雲屋「花卉図巻」(部分) 長町竹石の高弟として知られる佐々木雲屋(1776-1831)は、幼いころから画を好み、竹石に師事して絵事を学び、「虹の滝」の席画が認められて藩主に召し抱えられた。山水、 ...

讃岐南画の祖・長町竹石と門人

2022/9/3  

長町竹石「舟曳山水図」 高松藩の家老だった木村黙老が著した『聞ままの記』によると「田中松峯、名ハ正路、號を五峰といふ醤なり京師に遊学して大雅堂(池大雅)に書画を学ふ、當国の漢画ハ我始祖なりといへり」と ...

讃岐に生まれ岡山南画の草分けとなった黒田綾山

2022/9/3  

高松に生まれた黒田綾山(1755-1814)は、池大雅門下の福原五岳に学び、師の五岳同様に人物画を得意とし、明画、とりわけ美人画の名手とされる銭貢に私淑し、主題、構図、筆法、彩色法などを学んだ。五岳の ...

伊予の南画、全盛から現代南画へ

2025/2/24  

林涛光 左:「石槌画賛」賛:半井梧菴、右:「面白の滝画賛」賛:半井梧菴 吉田蔵澤(1722-1802)やその門人たちによって確立されていった伊予南画は、しだいに広がりを見せる。小松藩絵師となった森田南 ...

伊予南画の全盛・続木君樵と周囲の画人

2021/7/9  

三好藍石「讃岐小豆島寒霞渓秋景之図」 天野方壺の登場で全盛を迎える伊予南画だが、伊予画壇において方壺と双璧と謳われたのが続木君樵(1835-1883)である。君樵は庄屋の家系に生まれ、幼いころから書画 ...

伊予出身の旅絵師・天野方壺、伊予を訪れ作品を残している富岡鉄斎

2021/7/9  

天野方壺「興居島古和田山海之図」 幕末から明治初期にかけて活躍した伊予出身の南画家に、天野方壺(1824-1895)がいる。その生涯はほとんど不明確だが、諸々の資料をつなぎ合わせると、はじめ三津の四条 ...

伊予南画の先駆者・吉田蔵澤、正岡子規も愛した竹の名手

2021/7/9  

吉田蔵澤 左:風竹、右:墨竹 伊予南画の先駆的な存在としては吉田蔵澤(1722-1802)があげられる。蔵澤が長崎南画との出会いによって墨竹を始めたころは、ちょうど池大雅や与謝蕪村らによる日本南画の黎 ...

幕末から明治前期にかけての土佐を代表する画人・河田小龍と門人

2024/12/14  

河田小龍 左:上杉謙信陣中詠詩之図、右:山中常盤図 河田小龍(1824-1898)は、様々な絵画様式や技法を会得して南北合流の画人と呼ばれた。知識人としても広く活躍し、アメリカから帰国したジョン万次郎 ...

土佐に来て影響を与えた画人、種田豊水と名草逸峰

2021/7/9  

種田豊水「花鳥図」 土佐の人ではないが、幕末から明治にかけて土佐に来て影響を与えた画人に、種田豊水と名草逸峰がいる。種田豊水は長門国(現在の山口県)に生まれ、小田海僊に学び旅絵師となり、蒔絵を土佐に伝 ...

土佐の印聖・壬生水石と高松小埜

2021/7/9  

壬生水石「七福神之図」 壬生水石(1790-1871)は、寛政2年城下唐人町に生まれ、大坂や江戸で兵学、儒学などを学び、天保3年には与力職になった。篆刻を本格的に学び全国にその名が知られ、「土佐の印聖 ...

竹原没後の土佐画壇を支えた橋本小霞と門人

2021/7/9  

橋本小霞 左:双鶴図、右:山水曲水之図 橋本小霞(1813-1879)は土佐藩徒士の家に生まれ、父の跡を継いで徒士となり、藩主の参勤に従ってたびたび江戸に上がった。江戸では徳弘董斎と同じく春木南湖に学 ...




© 2025 UAG美術家研究所 Powered by AFFINGER5

Amazon プライム対象