祭・宴会図

太夫と才蔵が面白おかしく掛け合いをする「会津万歳」をこよなく愛し、万歳の画家とも呼ばれた坂内文石

2019/10/11  

坂内文石「会津万歳図」 猪苗代湖畔の湊村に生まれた坂内文石(1865-1930)は、14歳の時に本郷の陶画師・水野雪渚に絵の手ほどきを受け、師の勧めで本郷焼の陶画の仕事に就いた。さらに四条派の遠藤霞村 ...

仙台藩士で俳人の遠藤曰人が描いた「ぼんぼこ祭図」

2019/7/16  

遠藤曰人「ぽんぽこ祭図」仙台市博物館蔵 仙台の重要な祭礼のひとつに、陸奥国分寺に隣接する白山神社の「ぼんぼこ祭」がある。これは、秋の東照宮、大崎八幡宮の両大祭に拮抗する、春の城下の代表的祭礼で、伊達以 ...

平尾魯仙門下で三上仙年と双璧とされた工藤仙乙

2019/7/17  

工藤仙乙「七福神遊戯之図」正伝寺蔵 平尾魯仙の門人で、三上仙年と並び称されたのが工藤仙乙(1839-1895)である。仙乙は、幼いころから画を好み、長年魯仙の元で画を学び、その技量は三上仙年を凌ぐとも ...

弘前藩絵師・今村家

2019/7/17  

伝今村養淳惟慶「弘前八幡宮祭礼図」のうち茂森町山車「大根山」(部分) 弘前藩のお抱え絵師・今村家の初代・今村朴元常慶(不明-1729)は、少年期に京都から江戸に出て、狩野常信の門に入り絵を学んでいたと ...

平沢屏山の門人・木村巴江ら明治のアイヌ絵師

2019/7/18  

木村巴江「蝦夷神祭之図」 平沢屏山の弟子といわれる絵師に木村巴江(不明-不明)がいる。函館水元の水茶屋の主人だったとも、理髪業を営んでいたとも伝わっている。経歴などは不明だが、屏山に学び、筆勢は及ばな ...

富岡鉄斎が描いたイオマンテ

2019/7/18  

富岡鉄斎「旧蝦夷風俗図屏風」(右隻)東京国立博物館蔵イオマンテ(クマ送りの儀礼)が描かれており、物語の流れとしては、画面中央右隅にいる5、6人の男たちによる「イナウ削り」から始まり、ついで画面下部にイ ...

函館で活躍した代表的アイヌ絵師・平沢屏山

2019/7/18  

平沢屏山「挨拶図」この図は、アイヌの挨拶の様子を描いたもので、男性同士が互いに膝を擦り合わせあう再会の挨拶、正装での対面の挨拶、女性同士の挨拶などが描かれている。儀礼などにおける男性の正式な座位は胡坐 ...

筑前秋月藩御用絵師・斎藤秋圃と門人

2019/7/21  

斎藤秋圃「七福神酒宴図」 筑前秋月藩の御用絵師・斎藤秋圃(1769-1861)は、京都に生まれ、円山応挙に学び、応挙没後は森狙仙に師事したと伝えられる。大坂時代の秋圃は、新町遊郭の風俗を題材とした「葵 ...

浪速の町絵師・菅楯彦

2019/8/27  

菅楯彦「春宵宜行」 鳥取に生まれた菅楯彦(1878-1963)は、幼くして父で日本画家の菅盛南とともに大阪に移住した。父の没後は特定の師にはつかず、諸派の画法を研究し、独自のスタイルを確立した。常に勉 ...

四条派を学んだ青木図南と門人の菅盛南

2019/8/27  

青木図南「風神雷神図」 京都に出て四条派の柴田義董に学んだとされる青木図南(1790-1859)は、特に人物画を得意とし、一見して誰を描いたかが分かるほどの技量だったと伝わっている。しかし、同時代の鳥 ...




© 2021 UAG美術家研究所 Powered by AFFINGER5