UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま東北地方を探索中。

「祭・宴会図」 一覧

仙台藩士で俳人の遠藤曰人が描いた「ぼんぼこ祭図」

仙台の重要な祭礼のひとつに、陸奥国分寺に隣接する白山神社の「ぼんぼこ祭」がある。これは、秋の東照宮、大崎八幡宮の両大祭に拮抗する、春の城下の代表的祭礼で、伊達以前の代から継承されている伝統的行事である ...

平尾魯仙門下で三上仙年と双璧とされた工藤仙乙

平尾魯仙の門人で、三上仙年と並び称されたのが工藤仙乙(1839-1895)である。仙乙は、幼いころから画を好み、長年魯仙の元で画を学び、その技量は三上仙年を凌ぐともいわれた。はじめは山水画を好み、諸国 ...

弘前藩絵師・今村家

弘前藩のお抱え絵師・今村家の初代・今村朴元常慶(不明-1729)は、少年期に京都から江戸に出て、狩野常信の門に入り絵を学んでいたところを、四代信政に召し抱えられた。以来幕末まで、六代にわたって代々絵師 ...

平沢屏山の門人・木村巴江ら明治のアイヌ絵師

平沢屏山の弟子といわれる絵師に木村巴江(不明-不明)がいる。函館水元の水茶屋の主人だったとも、理髪業を営んでいたとも伝わっている。経歴などは不明だが、屏山に学び、筆勢は及ばないが師風をよく伝えている。 ...

富岡鉄斎が描いたイオマンテ

最後の文人画家と称される富岡鉄斎(1837-1924)は、京都に生まれ、若いころから学問を志し、私塾を開き、各地の神社の神官を歴任していたが、兄が没したために京都に戻り、以後89歳で没するまで、文人と ...

函館で活躍した代表的アイヌ絵師・平沢屏山

アイヌ絵を描いた絵師としては、10人ほどが確認されているが、そのなかでも作品の数と質の高さから、新興の港町・箱館(現在の函館)で活躍した平沢屏山が、アイヌ絵の代表的作家と位置付けられている。欧米の研究 ...

筑前秋月藩御用絵師・斎藤秋圃と門人

筑前秋月藩の御用絵師・斎藤秋圃(1769-1861)は、京都に生まれ、円山応挙に学び、応挙没後は森狙仙に師事したと伝えられる。大坂時代の秋圃は、新町遊郭の風俗を題材とした「葵氏艶譜」の刊行などで知られ ...

土佐南画の流れ、楠瀬南溟から松村蘭台へ

中山高陽亡き後の土佐の南画は、大坂に出て木村兼葭堂、福原五岳ら池大雅系の文人たちと交流した楠瀬南溟(1743-1790)にはじまり、門人の松村蘭台、子の楠瀬大枝らがその流れを引き継いだ。松村蘭台は楠瀬 ...

最古の阿波おどり図を描いた御用絵師・鈴木芙蓉

藩の絵師は通常幕府にならって狩野派か住吉派から召し抱えられていたが、11代藩主蜂須賀治和は、儒者であり南画家の鈴木芙蓉とその養子・鳴門を徳島藩御用絵師とした。南画は民間において非常に流行していたが、徳 ...

伊勢に円山・四条派を広めた岡村鳳水と門人たち

岡村鳳水の主な門人である上部斎、榎倉杉斎、荘門為斎の門からも優れた画家たちを輩出した。とくに上部斎の門から出た林棕林(1814-1898)は、江戸に出て谷文晁や渡辺崋山らと交遊し名声を高めた。さら ...

Copyright© UAG美術家研究所 , 2019 All Rights Reserved Powered by STINGER.