UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま北関東地方を探索中。

「画人伝・沖縄」 一覧

ニシムイ美術村と沖縄の洋画家

戦後、沖縄は米軍による軍政という異民族支配を受けることになった。米軍は沖縄の文化芸術を高く評価し、1948(昭和23)年には、首里儀保町に「ニシムイ美術村」を建設、沖縄の画家たちは美術村に建てられたそ ...

国際スパイ組織に協力して検挙され獄死した画家・宮城与徳

1942(昭和17)年、ソビエト連邦のスパイ組織による日本国内での情報活動が発覚し、各メディアは「ゾルゲ事件」としてセンセーショナルに報道した。この事件の首謀者は、ドイツ人を父に、ロシア人を母に持ち、 ...

池袋モンパルナスの画家・南風原朝光と詩人・山之口貘

1935(昭和10)年は、全国的に喫茶店が大流行した年で、池袋西口にあった喫茶店「コティ」でも、画家や文士、学生たちが集まって、連日にぎわいをみせていた。その片隅で黙々と原稿を書いていたのが、沖縄出身 ...

沖縄で初めて本格的な油彩画を紹介した山本森之助

沖縄県で洋画技法が普及するのは、明治30年代に入ってからである。洋画の普及に大きな影響力を持ったのは、明治後期に本土から派遣された美術教師たちで、沖縄最初の美術教師は、1896(明治29)年に沖縄県立 ...

王朝絵画の要素を受け継いだ最後の画家・比嘉盛清

明治政府による強硬な琉球処分に、琉球の王族や士族などの旧支配者層が強く反発し、沖縄の廃藩置県は本土よりもかなり遅れて、明治12年に実施された。世相が乱れるなか、美術は衰退の一途をたどり、華やかだった琉 ...

明治風俗の琉球美人を形成した友寄喜恒(恵克昌)

最後の琉球国王・尚泰王の時代に活躍した友寄喜恒(恵克昌)は、明治風俗における琉球美人を形成したといわれている。末吉安恭の『琉球画人伝』によると、それまでの沖縄女性は、根をつめて結う髪型をしていたが、友 ...

石垣島で活躍した画家で芸能家・久場島清輝

王朝末期から大正にかけて石垣島で活躍した久場島清輝(1864-1920)は、画家であり、芸能家でもあった。若いころ沖縄で役者をしていて、芝居の巡業で石垣島に渡り、民間の絵師として桃林寺の「十王図」の一 ...

琉球王国解体後も長く活動した長嶺宗恭(孟有文)

2018/06/27   -画人伝・沖縄

1875(明治8)年に王府最後の絵師登用試験があり、安仁屋政伊(東承徳)と長嶺宗恭(孟有文)は、これに合格して王府の絵師となったが、4年後の廃琉置県によって琉球藩が廃止されて沖縄県になったため、失職し ...

西洋画の技法も取り入れた元王府絵師・仲宗根真補(査丕烈)

1879(明治12)年の沖縄県設置を経て、琉球王国は解体された。王国が崩壊すると、それまで王府につとめていた絵師たちは失業し、在野の絵師として生きていかなくてはならなくなった。佐渡山安健(毛長禧)のあ ...

八重山蔵元絵師・喜友名安信(毛裔氏安信)

首里王府時代、久米島、宮古島、八重山の離島には「蔵元」とよばれる王府の出先機関があり、絵師たちはその蔵元に勤務し、さまざまな仕事をこなしていた。主な業務としては、蔵元館内の視察の際の記録、異国舶来航の ...

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