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江戸時代を中心に明治中頃くらいまでに活動していた各地の画家を調査し、都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

谷文晁ら江戸の文人と交流し多彩な画事を展開した小泉斐

2021/7/6  

下野国益子の神官の子として生まれた小泉斐(1770-1854)は、幼いころから画を好み、11歳で茂木に出店していた近江商人の島崎雲圃に入門、雲圃の師である高田敬輔にも師事した。師の雲圃は商売柄、近江と ...

下野に鮎画を中心とした画風を伝えた近江商人・島崎雲圃

2021/7/6  

近江商人のなかには、本格的に画家として活動したものもおり、島崎雲圃(1730-1805)もそのひとりである。雲圃の先々代にあたる初代利兵衛は、近江商人の家に生まれ、商域を関東にも広げるため、元禄16年 ...

狩野派の絵をよくした佐野藩主・堀田正衡

2021/7/6  

下野の佐野藩六代藩主・堀田正敦(1758-1832)は、仙台藩主・伊達宗村の八男として生まれ、近江の堅田藩主・堀田正富の養子となり、天明6年に堅田藩主となった。文政9年に佐野に国替えとなり、以後明治4 ...

江戸狩野隆盛の礎を築いた狩野興以と下野の狩野派

2021/7/6  

下野国出身の狩野派の絵師としては、足利の生まれとされる(伊豆出身とする説もある)の狩野興以(1569-1636)がいる。興以は、狩野永徳の息子光信の門人で、桃山時代から江戸時代初期に活躍した。光信の弟 ...

日光山の絵事に携わったやまと絵住吉派二代・住吉具慶

2021/7/6  

日光東照宮の絵画御用には、狩野探幽、神田宗庭、木村了琢のほか、やまと絵住吉派の住吉具慶(1631-1705)も携わっている。具慶は、住吉派開祖の父・如慶を継いで住吉派二代目となり、徳川幕府の御用絵師を ...

日光山の絵仏師・神田宗庭と木村了琢

2021/7/6  

8世紀中頃に勝道上人によって開かれた霊地日光山には、多くの宗教的絵画が制作され奉納されたが、中世の絵師についての情報は極めて少ない。絵師たちがその名を残すようになるのは、江戸時代になり徳川家康を祀った ...

日光東照宮造営に携わり徳川家康像を描いた狩野探幽

2024/12/11  

元和2年、徳川家康(1543-1616)は駿府(現在の静岡市)で死去し、駿河久能山に葬られた。翌年、二代将軍秀忠によって日光山内に東照社(のちに東照宮)が造営され、家康は神(東照権現)として祀られた。 ...

宇都宮出身説がある関東水墨画を代表する画僧・祥啓

2021/7/6  

関東に本格的な水墨画をもたらした鎌倉五山建長寺の画僧・祥啓(不明-不明)は、はじめ同じ建長寺の仲安真康に学び、のちに京都に上り将軍家同朋の芸阿弥に師事した。その間、室町幕府所蔵の中国絵画の名品を模写し ...

狩野派の始祖・狩野正信と足利の武将画人・長尾一族

2021/7/6  

栃木県足利市の長林寺には、狩野派の始祖・狩野正信(1434?-1530?)の筆による「観瀑図」(掲載作品)が伝わっている。長林寺は、館林から転じて足利長尾氏の初代となった但馬守景人によって文安5年に開 ...

水彩画家として初めて日本芸術院会員となった小堀進

2021/7/6  

日本の水彩画は、幕末の安政年間にイギリスから来日したチャールズ・ワーグマンが、高橋由一や五姓田義松らに水彩技法を伝えたことに始まるが、当時の水彩画は、あくまでも油彩画の修練としてとらえられていた。その ...

ムンクから影響を受け版画制作をはじめた永瀬義郎

2025/3/27  

明治末期から大正期にかけて起こった「創作版画運動」の代表的作家のひとりに、茨城県出身の永瀬義郎(1891-1978)がいる。創作版画運動とは、それまでの伝統的木版画制作の工程が、絵師、彫師、摺師の三者 ...

宮本三郎らと二紀会を創立した栗原信

2021/7/6  

茨城県茨城町に生まれた栗原信(1894-1966)は、戦後宮本三郎らとともに二紀会を創立した画家として知られている。茨城師範学校を卒業後に教鞭をとりながら制作を続けていた栗原は、大正5年に二科展に初入 ...

欧州からの帰国後に東光会を創立、多くの後進を育成した熊岡美彦

2024/12/11  

  熊岡美彦(1889-1944)は、茨城県の石岡に生まれた。生家は地元の素封家で、製糸業を営んでいた。石岡第一尋常小学校在学中は地元の南画家・鬼沢小蘭に学び、土浦中学校卒業後は東京美術学校西洋画科予 ...

文展で「山羊の画家」として注目され、のちに風景画のスタイルを確立させた辻永

2021/7/6  

中村彝とほぼ同世代で、文展、帝展で活躍した茨城ゆかりの画家に辻永(1884-1974)がいる。辻は広島の生まれで、父の転勤の関係で生後7ケ月で水戸に移った。中村彝より3歳年長で、同じ旧制水戸中学校に通 ...

すぐれた肖像画を残し夭折した中村彝

2024/12/11  

中村彝(1887-1924)は、明治20年に茨城県仙波村(現在の水戸市)に生まれた。生家は代々徳川家に仕えた旧士族の名家で、祖父の三五右衛門は、藤田東湖の『回天詩史』にも掲載されている。明治31年、1 ...

在野精神を貫き、日本美術院を脱退して新興美術院を結成した小林巣居人

2021/7/6  

茨城県稲敷郡長戸村(現在の龍ケ崎市)の農家に生まれた小林巣居人(1897-1978)は、20歳の時に画家を志して稲敷郡牛久村に住んでいた小川芋銭を訪ねた。その際芋銭に上京を勧められたため、翌年、芋銭の ...