yuagariart

江戸時代を中心に明治中頃くらいまでに活動していた各地の画家を調査し、都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

ムンクから影響を受け版画制作をはじめた永瀬義郎

2025/3/27  

明治末期から大正期にかけて起こった「創作版画運動」の代表的作家のひとりに、茨城県出身の永瀬義郎(1891-1978)がいる。創作版画運動とは、それまでの伝統的木版画制作の工程が、絵師、彫師、摺師の三者 ...

宮本三郎らと二紀会を創立した栗原信

2021/7/6  

茨城県茨城町に生まれた栗原信(1894-1966)は、戦後宮本三郎らとともに二紀会を創立した画家として知られている。茨城師範学校を卒業後に教鞭をとりながら制作を続けていた栗原は、大正5年に二科展に初入 ...

欧州からの帰国後に東光会を創立、多くの後進を育成した熊岡美彦

2024/12/11  

  熊岡美彦(1889-1944)は、茨城県の石岡に生まれた。生家は地元の素封家で、製糸業を営んでいた。石岡第一尋常小学校在学中は地元の南画家・鬼沢小蘭に学び、土浦中学校卒業後は東京美術学校西洋画科予 ...

文展で「山羊の画家」として注目され、のちに風景画のスタイルを確立させた辻永

2021/7/6  

中村彝とほぼ同世代で、文展、帝展で活躍した茨城ゆかりの画家に辻永(1884-1974)がいる。辻は広島の生まれで、父の転勤の関係で生後7ケ月で水戸に移った。中村彝より3歳年長で、同じ旧制水戸中学校に通 ...

すぐれた肖像画を残し夭折した中村彝

2024/12/11  

中村彝(1887-1924)は、明治20年に茨城県仙波村(現在の水戸市)に生まれた。生家は代々徳川家に仕えた旧士族の名家で、祖父の三五右衛門は、藤田東湖の『回天詩史』にも掲載されている。明治31年、1 ...

在野精神を貫き、日本美術院を脱退して新興美術院を結成した小林巣居人

2021/7/6  

茨城県稲敷郡長戸村(現在の龍ケ崎市)の農家に生まれた小林巣居人(1897-1978)は、20歳の時に画家を志して稲敷郡牛久村に住んでいた小川芋銭を訪ねた。その際芋銭に上京を勧められたため、翌年、芋銭の ...

天心を五浦に案内し日本美術院の五浦時代の幕開けに関わった飛田周山

2021/7/6  

飛田周山(1877-1945)は、茨城県多賀郡大塚村(現在の北茨城市磯原町)に生まれ、16歳で上京、叔父である彫金家の海野美盛の書生となった。19歳の時に美盛の勧めもあり、当時東京に住んでいた京都の日 ...

天心、大観らと行動をともにし五浦に移住した木村武山

2024/12/11  

茨城県笠間市に生まれた木村武山(1876-1942)は、幼いころから画才に恵まれ、明治24年、岡倉天心(1863-1913)が校長をつとめていた東京美術学校に入学した。この時、3年先輩に横山大観(18 ...

新しい日本画を追求して近代日本画壇を牽引した横山大観

2024/12/14  

横山大観(1868-1958)は、明治元年水戸藩士の子として現在の茨城県水戸市に生まれた。10歳の時に一家で上京し、湯島小学校に転入、つづいて東京府小学校に通った。同校卒業後は私立の東京英語学校に進学 ...

横山大観、菱田春草らを率いて新日本画の創造運動を推進した岡倉天心

横山大観、菱田春草らを率いて新日本画の創造運動を推進した岡倉天心

2021/7/6  

明治10年代、東京大学の教師として招かれた米国人アーネスト・フェノロサは、日本美術の優秀性を強調し、伝統的狩野派の様式に西洋画を折衷した新しい日本画を作り出そうとした。その頃、東京大学の学生だった岡倉 ...

日本初のイコン画家・山下りん

2021/7/6  

常陸国笠間藩(現在の茨城県笠間市)の笠間藩士の家に生まれた山下りん(1857-1939)は、15歳の時に嫁入り話を嫌って家出して上京、一度は連れ戻されたが、家人を説得して再び上京し、浮世絵や日本画を学 ...

高山植物研究家としても活躍した水彩画家・五百城文哉

2021/7/6  

五百城文哉(1863-1906)は、水戸藩士の家に生まれ、幼少期を水戸で過ごしたのちに上京、明治17年に農商務省山林局で標本を描く仕事に就いた。また、同時に高橋由一や小山正太郎の画塾に通い本格的に洋画 ...

近代歴史画の開拓者・二世五姓田芳柳

2024/12/11  

下総国沓掛(現在の茨城県坂東市沓掛)の大工の棟梁の家に生まれた二世五姓田芳柳(1864-1943)は、明治11年、父方の従兄弟を頼って上京し、五姓田義松に師事した。明治13年、師の父である初世芳柳の養 ...

今村紫紅や速水御舟らを育てた美術教育者としても名高い歴史画家・松本楓湖

2025/3/27  

松本楓湖(1840-1923)は、常陸国河内郡寺内村(稲敷市寺内)に漢方医である松本宗庵の三男として生まれた。嘉永6年江戸に出て、狩野派の沖一峨の内弟子となり頭角を現わすが、安政2年に師一峨が没すると ...

両国中村楼での書画会で画名を高め東京南画界で活躍した猪瀬東寧

2021/7/6  

下総国豊田郡三坂新田(現在の茨城県常総市)に生まれた猪瀬東寧(1838-1908)は、19歳の時に画家を志し、故郷を出奔して京都に出た。京都では公卿姉小路公知の家僕として仕え、翌年公知の世話で日根対山 ...

幕末・明治初期における南画隆盛の一翼をになった女性南画家・奥原晴湖

2021/7/6  

奥原晴湖(1837-1913)は、古河藩重臣・池田政明の四女として下総国古河城下片町(現在の茨城県古河市)に生まれ、家老の鷹見泉石に学問を学び、藩士の枚田水石に画を学んだ。さらに古名画の模写によって画 ...