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帝展に対抗して会期を合わせて美術展を開催し、実験的な日本画に挑んだ尾竹竹坡
2024/12/11
新潟市に生まれた尾竹竹坡(1878-1936)は、4歳で笹田雲石に師事して南画を学び、13歳の時に、兄の越堂を頼って弟の国観とともに富山に移り、18歳で上京するまで売薬版画の下絵や新聞挿絵の制作に携わ ...
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初期の東京美術学校で学んだ新潟出身の日本画家、佐々木林風・西方春叢・桐谷洗鱗
2025/3/27
明治20年に創設された東京美術学校の日本画科で学んだ新潟出身の画家としては、佐々木林風、西方春叢、桐谷洗鱗らがいる。 佐々木林風(1884-1933)は、東京美術学校を卒業後、一時新潟の小千谷中学校に ...
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南画の近代化の一翼をになった田村豪湖
2022/4/25
田村豪湖(1873-1940)は、南魚沼郡中之島村(現在の新潟県南魚沼市)の農家の四男として生まれた。幼いころから絵を描くことが得意で、7歳の時に病により片足が不自由になったこともあり、早くから画家を ...
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退色しにくい「津端式絵具」を開発した津端道彦
2022/4/22
津端道彦(1868-1938)は、新潟県中魚沼郡外丸村(現在の津南町外丸本村)に生まれた。生家は酒造業を営んでおり「菊水」という銘柄の酒を造っていた。父の荘六は藍亭と号して南画を描いており、道彦も少年 ...
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上海領事館に勤務しながら南画を研究した大倉雨村
2022/4/18
大倉雨村(1846-1899)は、新潟町(現在の新潟市)の医師・大倉良庵の子として生まれ、幼いころから地元の絵師・松尾紫山に画を学んだ。父の没後は江戸に出て、さらに長崎に行き鉄翁祖門に学んだ。27歳の ...
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美人画を通して明治中期の女性風俗を描いた楊洲周延
2024/12/14
越後高田藩の江戸詰藩士の子として江戸に生まれた楊洲周延(1838-1912)は、はじめ歌川国芳の門人となり、国芳の没後は役者絵で人気だった豊原国周に師事した。江戸藩邸で高田藩士としてつとめるかたわら絵 ...
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頚城の異色南画家・東洋越陳人と磯野霊山
2022/4/13
越後国中頸城郡三和村(現在の上越市)の農家に生まれた東洋越陳人(1836-1916)は、7歳の時に荻野退治の塾に入り経史を学んだ。漢詩の暗誦と習字が得意で、子どもとは思えない絵を描いていたという。本人 ...
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新潟への最初の外国船渡来を描いた井上文昌
2022/4/11
井上文昌(1818-1863)は、新潟町(現在の新潟市)で代々町役人をつとめていた井上家に生まれ、江戸の谷文晁に入門し、文晁の高弟・遠坂文雍(1783-1852)に画を学んだとされる。現存作品は少なく ...
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幕末の新潟町で中心的な画人として活躍した行田魁庵
2022/4/8
新潟神明宮の神官の子として生まれた行田魁庵(1812-1874)は、幼いころから絵を好み、新潟の町絵師・志賀北洋に手ほどきを受けたのち、一ノ木戸村の神明宮神官で従兄にあたる行田雲濤のもとで絵を学んだ。 ...
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新潟風俗を描いた絵巻物「蜑の手振り」を制作した初代新潟奉行・川村修就
2022/4/6
天保14年、幕府は長岡藩に対し、唐物抜荷事件の取締まり不備や北国方面の海岸防備の不十分さを理由に上知を命じて新潟を幕府直轄領とし、新潟奉行を新設、初代新潟奉行に勘定吟味役・川村修就の就任を命じた。修就 ...
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戯作者として知られた浮世絵師・墨川亭雪麿
2022/4/4
墨川亭雪麿(1797-1856)は、越後国高田藩の江戸詰藩士の子として江戸に生まれた。藩主・榊原政養に仕えるかたわら、喜多川歌麿の門人である墨川亭月麿に師事し、墨川亭雪麿の号を与えられた。また、戯作者 ...
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佐渡奉行所の絵図師をつとめた石井夏海・文海父子
2022/4/1
佐渡国相川の郷宿を営む家に生まれた石井夏海(1783-1848)は、幼いころから画を好み、15歳の時に地元の絵師・吉村蘭秀に学び、ついで江戸に出て紀南嶺、谷文晁の門に学んだ。また、司馬江漢に天文学、測 ...
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酒井抱一・鈴木其一に続く江戸琳派の継承者・池田孤邨
2022/3/30
越後国水原近辺(現在の新潟県阿賀野市)に生まれた池田孤邨(1803-1868)は、10代後半頃に江戸に出て酒井抱一の内弟子となった。抱一門下では、鈴木其一(1796-1858)と並ぶ高弟のひとりとされ ...
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北越戊辰戦争に参戦し自刃した勤皇の画家・村山半牧
2022/3/28
越後国蒲原郡三条町(現在の新潟県三条市)に生まれた村山半牧(1828-1868)は、幼いころから画才を発揮し、17、8歳頃から父の郷里である小須戸町村の書塾で教えながら、墨竹などを描いていた。19歳の ...
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長谷川嵐渓とともに幕末の越後画壇の双璧と称され多くの門人を育成した富取芳斎
2022/3/24
富取芳斎(1808-1880)は、地蔵堂(現在の燕市)で酒造業や米穀問屋を営んでいた豪商の家に生まれ、9歳で五十嵐華亭に師事し、19歳の時に華亭の勧めで京都に出て中林竹洞について学んだ。 その後、江戸 ...
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幕末の越後画壇で画名を高めた長谷川嵐渓
2022/3/22
長谷川嵐渓(1814-1865)は、蒲原郡三条町(現在の三条市)で醤油醸造を営んでいた会津屋吉右衛門の長男として生まれ、20歳頃に越後を訪れた漢学者・大槻磐渓に従って江戸に出て、はじめ春木南湖に師事し ...