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江戸時代を中心に明治中頃くらいまでに活動していた各地の画家を調査し、都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

日本的洋画を目指して福田平八郎ら日本画家と六潮会を結成した牧野虎雄

2022/5/16  

牧野虎雄「磯」宮城県美術館蔵 新潟県中頚城郡高城村(現在の上越市)に生まれた牧野虎雄(1890-1946)は、5歳の時に新潟を離れ、一家で東京に移住した。日本中学(現在の日本学園高等学校)在学中に画家 ...

高村真夫ら不同舎に学んだ新潟の洋画家

2022/5/13  

高村真夫「停車場の夜」国立東京博物館蔵 明治20年、国立の美術教育機関として東京美術学校が創設されたが、フェノロサや岡倉天心らの洋画排斥運動の影響か、当初は同校に西洋画科は設置されておらず、明治美術に ...

日本洋画の揺籃期に多くの洋画家を育てた小山正太郎

2022/5/11  

小山正太郎「濁醪療渇黄葉村店」ポーラ美術館蔵 越後の長岡藩医の家に生まれた小山正太郎(1857-1916)は、はじめ政治家を志して13歳で上京し、働きながら学んでいたが、幼いころから関心があった絵画へ ...

日本画の理想を求めて国画創作協会を結成した土田麦僊

2023/9/28  

土田麦僊「湯女」東京国立近代美術館蔵 新潟県佐渡の農家に生まれた土田麦僊(1887-1936)は、16歳で京都に上り、はじめ鈴木松年・松僊に学び、ついで竹内栖鳳に師事した。栖鳳のもとでは、四条派の伝統 ...

日本画における新古典主義的画風を確立した小林古径

2023/9/28  

小林古径「機織」東京国立近代美術館蔵 小林古径(1883-1957)は、新潟県中頚城郡高田土橋町(現在の上越市)に生まれた。11歳頃に山田於菟三郎に画の手ほどきを受け、ついで青木香葩に学び、明治32年 ...

帝展に対抗して会期を合わせて美術展を開催し、実験的な日本画に挑んだ尾竹竹坡

2022/5/2  

左:尾竹竹坡「天下廻り持」東京国立近代美術館蔵右:尾竹竹坡「失題」東京国立近代美術館蔵 新潟市に生まれた尾竹竹坡(1878-1936)は、4歳で笹田雲石に師事して南画を学び、13歳の時に、兄の越堂を頼 ...

初期の東京美術学校で学んだ新潟出身の日本画家、佐々木林風・西方春叢・桐谷洗鱗

2022/4/27  

左:佐々木林風「狩猟」東京芸術大学芸術資料館蔵右:西方春叢「唐美人」東京芸術大学芸術資料館蔵 明治20年に創設された東京美術学校の日本画科で学んだ新潟出身の画家としては、佐々木林風、西方春叢、桐谷洗鱗 ...

南画の近代化の一翼をになった田村豪湖

2022/4/25  

田村豪湖「赤壁之図」 田村豪湖(1873-1940)は、南魚沼郡中之島村(現在の新潟県南魚沼市)の農家の四男として生まれた。幼いころから絵を描くことが得意で、7歳の時に病により片足が不自由になったこと ...

退色しにくい「津端式絵具」を開発した津端道彦

2022/4/22  

津端道彦「文武」 津端道彦(1868-1938)は、新潟県中魚沼郡外丸村(現在の津南町外丸本村)に生まれた。生家は酒造業を営んでおり「菊水」という銘柄の酒を造っていた。父の荘六は藍亭と号して南画を描い ...

上海領事館に勤務しながら南画を研究した大倉雨村

2022/4/18  

大倉雨村「早春之図」 大倉雨村(1846-1899)は、新潟町(現在の新潟市)の医師・大倉良庵の子として生まれ、幼いころから地元の絵師・松尾紫山に画を学んだ。父の没後は江戸に出て、さらに長崎に行き鉄翁 ...

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