-
-
画家の家系に生まれ、明治・大正期の石川日本画壇で重鎮として活躍した中浜松香
2023/1/13
中浜松香(1857-1921)は、祖父が中浜鶴汀で、父が中浜龍淵という画家の家系に生まれ、幼いころから画を好み、家代々の画風を学ぶとともに、諸流派の画法を研究し、主に南画の研鑽につとめた。 水墨画、花 ...
-
-
鈴木派四天王随一と称された梶野玄山
2023/1/11
梶野玄山(1868-1939)は、加賀国石川郡松任町(現在の白山市)に生まれ、3歳の時に父を、5歳の時に母を亡くし、幼年期から祖父母に引き取られて養育された。祖父の喜右衛門は金沢の村田芝園について画を ...
-
-
北陸画壇の向上発展に貢献した高村右暁
2023/1/9
高村右暁(1867-1954)は、加賀藩ゆかりの狩野派の絵師の家に生まれ、祖父の玄佳に手ほどきを受けたのち、20歳の時に垣内右嶙の門に入って四条派の画法を学び、北陸地方屈指の作家と称されるようになった ...
-
-
京都の画風を石川に持ち込んだ垣内右嶙・雲嶙父子
2023/1/6
飛騨高山に生まれた垣内右嶙(1825-1891)は、京都に出て四条派の岡本豊彦、塩川文麟に学び、さらに南画の要素を加味して独自の画風を展開した。明治12年に金沢を訪れ、画塾を開いて多くの門弟を育て、こ ...
-
-
狩野墨川ら幕末の神田松永町狩野家の絵師
2022/12/23
江戸の表絵師の画系である神田松永町狩野家は、始祖の狩野友益が五代藩主・前田綱紀に取り立てられて以来、その長男の伯円をはじめ、幕末に墨川の跡目を継いだ宗益まで、加賀藩と深い関わりを持ち続けた。 狩野墨川 ...
-
-
岡田静山ら加賀の近世南画家
2022/12/21
加賀の近世南画家としては、江戸時代中期に加賀藩の計史・深山台州や医師の津田菜窠らが独自の南画を描き、江戸時代中期から後期にかけては、鶴来出身で今枝家の儒者・金子鶴村(1759-1840)や加賀藩士の寺 ...
-
-
藩政の改革につとめた加賀藩士・寺島応養
2022/12/19
寺島応養(1777-1837)は、通称を蔵人といい、高岡町奉行、定検地奉行、改作奉行、大坂借財仕法主付など藩の諸役を歴任し、第11代藩主・前田斉広の重用を受けて藩政の改革につとめた。しかし、晩年は貧し ...
-
-
大雅風を追究し「能登の大雅堂」と呼ばれた池野観了
2022/12/16
池野観了(1753-1830)は、能登国羽咋郡赤住村(現在の志賀町赤住)の真宗大谷派恩敬寺住職の子として生まれた。幼いころから仏典に親しみ、成人してから伊勢の西弘寺恵林和尚に学んだが、まもなく京都に出 ...
-
-
江戸時代中期に活躍した武人画家・矢田四如軒
2022/12/14
矢田四如軒(1718-1794)は、加賀藩の年寄衆前田土佐守家の家老・矢田唯幻の二男として生まれ、兄が病死したため家督を継ぎ、前田土佐家の家老をつとめた。画についての師は不明だが、残された作品から狩野 ...
-
-
桜画を専門に描いた三熊派の祖・三熊花顛
2023/3/27
江戸時代中期の京都において、桜の絵を専門に描く画家たちがいた。その始祖は、『近世畸人伝』の発案者として知られる三熊花顛(1730-1794)で、花顛は、桜の品種や銘木を細かく描き分けながらも、博物学的 ...
-
-
岸駒・岸岱に学んだ加賀の岸派
2022/12/9
文化5年(1808)、金沢城二ノ丸御殿が焼失し、その復興工事が翌年から行なわれた。御殿の障壁画制作のために江戸から狩野友益とその子・墨川が金沢に下り、地元の狩野派からは八代梅田九栄、佐々木泉景らが加わ ...
-
-
京都の狩野派に学び加賀藩に仕えた佐々木泉景
2022/12/7
地元金沢の狩野派として、梅田家とともに加賀藩の御用を受けたのが、江戸時代後期から末期にかけて活躍した佐々木泉景(1773-1848)とその一門である。大聖寺(現在の加賀市大聖寺)出身の泉景は、京都に出 ...
-
-
加賀藩に仕えた地元金沢の狩野派・梅田家の絵師
2022/12/5
加賀藩の御用を受けた絵師としては、幕府の御用絵師・狩野探幽がたびたび三代藩主・前田利常に絵の依頼をされており、その門下である久隅守景も一時期金沢に滞在して多くの作品を描いている。 また、五代藩主・前田 ...
-
-
加賀藩に仕えた神田松永町狩野家の祖・狩野友益
2022/12/2
狩野友益(不明-不明)は、狩野永徳の弟にあたる狩野宗巴種信の孫で、江戸に出て表絵師・神田松永町狩野家を興した。加賀藩五代藩主・前田綱紀のときに加賀藩に仕えて加賀に下ったが、あまり長くいなかったようで作 ...
-
-
加賀地方で多くの代表作を描いた久隅守景
2022/11/30
加賀藩三代藩主・前田利常(1593-1658)は、初代利家、二代利長が帰依した社寺の復興・修復や、自身による新築を盛んに行ない、それに関わる建築や内部装飾の名工を広く呼び集めたため、金沢城下は国内でも ...
-
-
加賀藩主・前田利常の御用絵師をつとめた俵屋宗雪
2022/11/28
本阿弥光悦とともに琳派の祖とされる俵屋宗達(不明-不明)は、17世紀の京都で町絵師として活躍し、やまと絵の様式を基盤に、装飾性と意匠性に富んだスタイルを確立させた。それが18世紀の尾形光琳に継承され、 ...