画人伝・京都 円山四条派 動物画 虎図

山本守礼の養子となり山本家7代目を継いだ亀岡規礼

亀岡規礼 左:「猛虎図」、右:「撫子に蜻蛉図」ともにプライスコレクション

亀岡規礼 左:「猛虎図」、右:「撫子に蜻蛉図」ともにプライスコレクション

亀岡規礼(1770-1835)は、京都の糸職人の子として生まれ、円山応挙の門人・山本守礼の養子となり、どういうわけか守礼の生家の亀岡姓を名乗り、守礼没後は山本家7代目を継いだ。山本家は代々狩野派だったが、守礼の代で円山派に転じており、規礼も守礼とともに若年の頃から応挙一門として活動し、寛政度の御所造営や大乗寺の障壁画制作にも参加している。応挙門十哲に数えられることもある。

亀岡規礼(1770-1835)かめおか・きれい
明和7年京都生まれ。西陣の糸職人・笹井源七の子。名は光茂、のちに規礼、字は子明、のちに子恭。笹井源太郎、定治郎、喜十郎と称した。山本守礼の弟子で、のちに守礼の生家である亀岡家を継いだ。寛政度の御所造営や大乗寺の障壁画制作にも参加し、大乗寺では守礼とともに使者の間を担当した。天保6年、66歳で死去した。

京都(106)-画人伝・INDEX

文献:円山応挙から近代京都画壇、京都画壇の一九世紀(2)、プライスコレクション若冲と江戸絵画、大乗寺




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