
立林何帠「松竹梅図屏風」東京国立博物館蔵
立林何帠(不明-不明)については不明な点が多く、加賀前田家の侍医で、のちに江戸に出て白井姓に改めたなどと伝わっている。江戸で尾形乾山に師事し、乾山から「方祝」印や光琳の宗達写扇面画巻を譲り受けたとされ、その存在は後世の酒井抱一、谷文晁や大田南畝らのあいだでは注目されていた。
立林何帠(不明-不明)たてばやし・かげい
名は立徳。のちに白井宗謙と称した。別号に金牛道人、喜雨斎などがある。鎌倉に住んでいたのか「鶴岡逸民」とも称している。加賀前田家の侍医をつとめ、のちに江戸で尾形乾山に師事した。
京都(81)-画人伝・INDEX
文献:日本美術全集13







