越田香秋(1883-1925)は、金沢市百々女木町(現在の金沢市宝町)に生まれた。はじめ友禅の下絵を描いていたが、画家として立つ決心をして中浜松香の門に入り本格的に修業をはじめた。各種展覧会に出品して次第に名声があがり、北陸絵画協会や若手日本画家たちのグループに参加し、地元の日本画発展のため意欲的に活動していたが、41歳の若さで没した。
越田香秋(1883-1925)こしだ・こうしゅう
明治16年金沢生まれ。本名は繁。友禅の下絵描きから画家に転身して中浜松香に師事した。北陸絵画協会や、その傘下の若手日本画家たちによって結成された青々会に参加し、各種展覧会に出品した。大正7年に日本画家の池田瑞月や洋画家の坂寛二らが結成した絵画研究会創生社にも参加した。大正14年、41歳で死去した。
石川(19)-画人伝・INDEX
文献:金沢市史資料編16(美術工芸)、新加能画人集成