日本画家

日本画の理想を求めて国画創作協会を結成した土田麦僊

2022/5/9  

土田麦僊「湯女」東京国立近代美術館蔵 新潟県佐渡の農家に生まれた土田麦僊(1887-1936)は、16歳で京都に上り、はじめ鈴木松年・松僊に学び、ついで竹内栖鳳に師事した。栖鳳のもとでは、四条派の伝統 ...

日本画における新古典主義的画風を確立した小林古径

2022/5/9  

小林古径「機織」東京国立近代美術館蔵 小林古径(1883-1957)は、新潟県中頚城郡高田土橋町(現在の上越市)に生まれた。11歳頃に山田於菟三郎に画の手ほどきを受け、ついで青木香葩に学び、明治32年 ...

帝展に対抗して会期を合わせて美術展を開催し、実験的な日本画に挑んだ尾竹竹坡

2022/5/2  

左:尾竹竹坡「天下廻り持」東京国立近代美術館蔵右:尾竹竹坡「失題」東京国立近代美術館蔵 新潟市に生まれた尾竹竹坡(1878-1936)は、4歳で笹田雲石に師事して南画を学び、13歳の時に、兄の越堂を頼 ...

初期の東京美術学校で学んだ新潟出身の日本画家、佐々木林風・西方春叢・桐谷洗鱗

2022/4/27  

左:佐々木林風「狩猟」東京芸術大学芸術資料館蔵右:西方春叢「唐美人」東京芸術大学芸術資料館蔵 明治20年に創設された東京美術学校の日本画科で学んだ新潟出身の画家としては、佐々木林風、西方春叢、桐谷洗鱗 ...

退色しにくい「津端式絵具」を開発した津端道彦

2022/4/22  

津端道彦「文武」 津端道彦(1868-1938)は、新潟県中魚沼郡外丸村(現在の津南町外丸本村)に生まれた。生家は酒造業を営んでおり「菊水」という銘柄の酒を造っていた。父の荘六は藍亭と号して南画を描い ...

黒澤映画の衣裳考証でも名を高めた歴史画家・江崎孝坪

2021/12/13  

江崎孝坪「手向け」 江崎孝坪(1904-1963)は、上伊那郡高遠町(現在の伊那市高遠)に生まれた。小学生のころから絵を描くことが好きで、14歳の頃に小学校を中退して上京、日本橋にある呉服の小物問屋・ ...

台湾の美術振興につとめた郷原古統と木下静涯

2021/12/11  

郷原古統「海裳」(二曲一双のうち左隻) 日本統治時代(1895~1945)の台湾には、教育者として渡った信州人も多く、昭和2年(1927)に創設された台湾美術展では池上秀畝や矢沢弦月らが審査員をつとめ ...

洋画の手法を取り入れて和洋の調和を図った矢沢弦月

2021/12/11  

矢沢弦月「新秋」(左から「海」「里」「山」)長野県立美術館蔵 矢沢弦月(1886-1952)は、諏訪郡上諏訪村(現在の諏訪市)に生まれた。父は早くから諏訪で印刷業をはじめていたという。幼いころから利発 ...

大胆な風景描写で京都画壇で活躍した登内微笑

2021/12/11  

登内微笑「入日射す東尋坊」長野県立美術館蔵 東京神田紺屋町の古道具屋の家に生まれた登内微笑(1891-1964)は、2歳で母と死別し、父の郷里である手良村(現在の伊那市)で少年時代を過ごした。小学校卒 ...

琳派の近代化に挑んだ佐野光穂

2022/3/30  

佐野光穂「秋草」 下高井郡中野町(現在の中野市)の街の中心部のごく限られた地区に、明治12年、菊池契月、町田曲江、金井一章と3人の日本画家が生まれた。3人は同じ小学校に通い、ともに渋温泉の児玉果亭のも ...




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