UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま東北地方を探索中。

「鷹図」 一覧

秋田の円山四条派・平福穂庵門の三羽ガラス

秋田の円山四条派としては、長山孔寅、川口月嶺、柴田南谷、平福穂庵を中心に、多くの画家たちが出ており、寺崎広業、平福百穂も画系からみれば、この流派に属する。 角館の呉服屋に生まれた辻九皐は、小学校を卒業 ...

横手鷹の後継者・小川隆雅

横手地方には、好んで鷹を描いた「横手鷹」といわれる画家の系譜があり、小川隆雅はその後継者である。その生涯についてはよくわかっていないが、全国を放浪し、三重県で没したと伝わっている。 小川隆雅(不明-不 ...

仙台藩御用絵師・菊田栄羽とその画系

菊田家は、二代藩主忠宗の時代に東照宮造営に参画した絵師・菊田喜膳に始まると推測されているが、家系がはっきりしてくるのは次代の栄喜のころからである。そして、栄喜の養子・栄羽の代になって菊田家の活躍がはじ ...

新潟の豪商別邸で板戸絵が発見された旧派の実力者・佐藤紫煙

現在の岩手県一関市に生まれた佐藤紫煙(1873-1939)は、16歳で上京し、水沢出身の菅原竹侶、ついで滝和亭に師事した。日本美術協会、正派同志会、日本画会などで役員や審査員をつとめ、官展には出品せず ...

水沢の画人・砂金文洲

文政後期の岩手県水沢地域では、小沢晁洲(1811-1877)をはじめ、そのあとを継いだ砂金文洲、菅原竹侶の三画人が中心になって明治初期まで水沢の絵事にあたった。小沢晁洲は、若くして谷文晁に学び、17歳 ...

盛岡藩重臣の北家に仕えた狩野派・湯川家

盛岡藩重臣の北家に仕えた湯川玉流、玉泉、玉僊の三代も狩野派の絵師として知られている。「湯川系図」によると、湯川家の先祖は、南朝方だった紀州丸山城主の湯川太郎真春で、その子・湯川式部と弟の八兵衛の兄弟が ...

狩野派を学んだ弘前藩士・今井玉慶

藩のお抱え絵師は、国元の藩士にも絵を教えたが、狩野派の描法で画家として名を成すものは、きわめて稀だった。大浦城跡のある賀田に生まれ、藩の狩野派絵師・今村惟慶に師事した今井玉慶は、賀田の玉慶として親しま ...

矢野派の再興者・矢野雪叟

三代茂安の時代に衰退していった細川家御用絵師・矢野家だが、茂安の養子・矢野雪叟(1714-1777)が四代目を継ぐと、牧谿や雪舟など和漢の古画の模写などを通じて雪舟流の画風を再興し、雪舟流を基調とする ...

筑後柳河藩御用絵師・梅沢晴峩と北島勝永

柳河藩においては、江戸初期から中期にかけての文書や書画類が多く焼失しており、御用絵師の存在を確認できるのは江戸後期になってからである。それ以前の柳河藩には、福岡藩の尾形家や久留米藩の三谷家のように代々 ...

江戸浜町狩野と松山藩御用絵師

二代で終わった松本山雪・山月の後を受けて松山藩の御用絵師となったのは、豊田随園、武井周発、豊田随可の三代、三人である。かれらは江戸の浜町狩野家初代・狩野随川岑信、そして二代・随川甫信に学んだ江戸狩野派 ...

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